SAO〜赤目の罪人〜   作:鎌鼬

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真紅の死神

 

 

メインシティ〝グロッケン〟から東に十数キロ離れた荒野、そこは俺が狩場としているフィールドである。凹凸が少なく、なだらかな地形から姿を隠すことが出来ないが相手も同じく姿を隠すことが出来ない。それとここではエネミーの沸きが他よりも若干早く、その上複数体で出てくるので気に入っている。

 

 

〝ガンゲイル・オンライン〟は現実世界と時間が完全同期しているのでリアルで深夜ならばここでも深夜。夜の帳が下りきって、光量が足りずに視界の確保が難しくなる。なのでストレージから暗視ゴーグルを取り出して装備し、銃のスコープを通常のものから暗視スコープに変える。そしてタバコを取り出して火を点ける。リアルでは虚弱体質故に吸えないが、仮想現実内なら吸えない事もない。しかし目的は喫煙では無くて風を見る為だ。

 

 

タバコの煙が右へと緩く流れていく。これで風向きと大凡の風量が分かり、それを元にしてスコープを調整。これで準備は出来た。

 

 

背負っていた実弾銃〝PMG・ウルティマラティオ・ハデスIII〟を構え、地面に腹這いになる。対物狙撃ライフル、俗に言うアンチマテリアルライフルとして知られているこの銃の元々の名前は〝PMG・ウルティマラティオ・ヘカートII〟だったが一月前にとあるボスエネミーを倒した時にドロップし、それを知った知り合いの銃職人(ガンスミス)に改造を丸投げしたら名前が変わって帰って来たのだ。冥府の女神(ヘカート)から冥王(ハデス)に名前が変わっていて、驚きのあまりに硬直したのは懐かしい。

 

 

そして、この銃は冥王の名に相応しいだけの威力を持っている。

 

 

「……見つ、けた」

 

 

エネミーを探して十数秒で、スコープ内に獲物を捕らえる。数は五、タイプは無機物と融合した様な象。距離は1500メートル。風向きと風量から問題無いと判断し、その内の一体に狙いを定めると着弾予想円(バレットサークル)が出現する。このサークルは心臓の鼓動に合わせて拡縮する。普通ならば緊張から鼓動が速くなり、サークルの拡縮のリズムもメチャクチャになるだろう……が、俺のサークルはサークルの拡縮のリズムは一定のまま。

 

 

緊張などしていない。外しても問題無い。外したからと言って、()()()()()()()()()()()()

 

 

サークルが一番の縮小を見せた時に引き金を引いた。轟音と共に銃口部に取り付けられたマズルブレーキが爆ぜ、それでも抑えきれない反動を腕力で解決する。そしてスコープの中に映るのは、胴体に風穴が空いた三体の象の姿。なんて事はない、貫通力が強すぎてそのまま貫通し、三体を纏めて倒しただけだ。

 

 

崩れる仲間の姿を見て狙われている事を残りが察するが遅い。冥府の女神(ヘカート)ならばボルトハンドルを引くのだが改造された冥王(ハデス)はセミオート、自動で巨大な薬莢が飛び出して次弾が装填される。そして引き金を引く。それをもう一度繰り返せば、スコープの中に映るのは消滅するオブジェクト片だけ。

 

 

あのエネミーはここらで出現するエネミーで、ボス程ではないが高い物理耐性と多いHPで倒すメリットよりも失うデメリットの方が多いと敬遠されがちなエネミーだった。それをたった一発で、しかもワンショットスリーキル出来るだけの威力をこの冥王(ハデス)は持っている。

 

 

そして何より、反動が大きいのが好ましい。手に残るあの感触を塗りつぶしてくれる様な反動が、あの夢を見た後だとありがたい。

 

 

と、その時、風上から僅かだが銃声が聞こえた。スコープから顔を上げて暗視機能付の双眼鏡で風上の方向を見る。すると銃を持ったプレイヤー8人が走っているのが見えた。笑っているのを見るとおそらくPKで他のプレイヤーを追い詰めているのだろう。双眼鏡をそいつらの顔の先にズラして追い詰められているプレイヤーを探す。するとそこにいたのは弟の友人で、俺の顔見知りのプレイヤーだった。

 

 

「助ける、か」

 

 

()()の顔は屈辱で歪んでいた。おそらくいい様に嬲られているのが気にくわないのだろう。手を出す事で俺も噛み付かれるかもしれないが流石に知り合いがPKされるのを黙って見過ごすのは気分が悪い。

 

 

ハデスIIIの銃口をPKプレイヤーの最後尾に向ける。風向きは正面から、風量は微風。距離は1800メートル。情報を纏めて問題無いと判断し、着弾予想円(バレットサークル)が一番の縮小を見せたところで引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハッ……ハッ……!!」

 

 

荒野を踏みしめて走る。暗視ゴーグルは落としてしまったので僅かな星明かりだけが頼りだが躊躇わない。例え踏み外して転ぶとしても、一歩を踏み出さなければならない。

 

 

「おい見てみろよ!!必死になって逃げてやがるぜ!!」

 

「マジウケる!!死んでもデスポーンするだけなのによ!!」

 

「あははは!!」

 

 

背後から聞こえるのは耳障りな声。思わず言い返したくなるがそんなことをしている余裕は無くて歯ぎしりすることしか出来ない。

 

 

そもそもの発端は私をこのゲーム〝ガンゲイル・オンライン〟に誘ってくれた友人と一緒に夜にしか沸かないエネミーからドロップするアイテムを求めて東の荒野に来たことだった。狩りは問題無く終えて、目的のアイテムも入手する事が出来た。良かったと気を緩めた、それがダメだった。

 

 

突然、友人のアバターの頭が弾けた。呆けていられたのは一瞬だけ、すぐに狙撃されたと、相手の狙いがPKだと理解した。狙撃された方向は分かったので弾道予測線(バレットライン)は認識出来た。だが東の荒野特有のなだらかなフィールドが最悪だった。遮蔽物が無いのだ。隠れて体勢を立て直せる、射撃から身を守る遮蔽物が全く存在しない。

 

 

それを理解した私は反撃では無くて逃走を選んだ。相手がPK目的でエネミーを狩っていた私たちを狙ったのだとしたら間違いなく対光学銃の〝対光弾防護フィールド〟を装備しているはずだ。ハントのために光学系のブラスターしか持っていない私1人では勝てないと判断して。

 

 

そして、相手はそれを理解しているのか私を嘲笑うかの様にワザワザ姿を見せて追いかけて来た。逃げられるものなら逃げてみろと完全に私のことを見下している。

 

 

それに腹が立つ。そしてこの現状を打破出来ない私に腹が立つ。

 

 

サブに実弾を使う拳銃を持っているが、それを使っても倒せるのは1人か2人が良いところだろう。そもそも、拳銃を向けた時点で前衛の2人が持っているショットガンとマシンガンに撃たれるのが目に見えている。

 

 

どうすればこの状況を切り抜けられるのかを考えながら走っていると、後ろから銃声が聞こえて身体が動かなくなった。全力で走っていたので前のめりに倒れる事になる。何が起きたのかはわからない。考えられるのは相手を行動不能にするスタンバレットを撃ち込まれたのだろうと予想が出来る。

 

 

動きたくても動けない、だけどあいつらの足音は聞こえている。油断か慢心なのか分からないが、勝利を確信している様だ。

 

 

「ふざけ……るな……!!」

 

 

動け動けと念じながら動かない身体を動かそうとするが動かない。あんな奴らに負けたくないのに、動く事が出来ない。辛うじて右手だけなら動きそうだが、それだけでこの状況を打破出来る訳がない。倒されるにしても1人は道連れにしてやると思い、腰に下げていた拳銃に手を伸ばそうとして、離れた所から弾ける様な音が聞こえた。そして数瞬遅れで慌てる奴らの声が聞こえる。

 

 

「なんだ!?なんだよ!?」

 

「狙撃されてる!!スナイパーを探せ!!」

 

「クソッ!!邪魔しやがって!!」

 

 

奴らの声から、奴らが狙撃されている事は分かった。身体が動かせないので見る事は出来ないが聞こえる音から私よりも狙撃者を探すことを優先した様だ。

 

 

「またやられた!!」

 

「上半身が吹っ飛ぶ程の威力……まさかアンチマテリアルライフルか!?」

 

「まて、東の荒野でアンチマテリアルライフルって言ったら……〝真紅の死神(クリムゾン・デス)〟か!?」

 

 

真紅の死神(クリムゾン・デス)〟。その名前は〝ガンゲイル・オンライン〟でも有名で、東の荒野を狩場にしているアンチマテリアルライフルを持った狙撃者(スナイパー)だとしか分かっていない。狩場にいるのならエネミーでもプレイヤーでも容赦無く狩る姿は死神、そしてその姿を目視出来たプレイヤーによると紅い目をしていたという証言からその通り名で呼ばれる様になった。

 

 

その名前を聞いて思わず笑ってしまう。何しろその死神とは知り合いなのだから。正確には友人の兄だと紹介されたのだけど。

 

 

狙撃している方向が分かったのか、奴らは必死にそこに向かって銃を撃っているが届くはずがない。何せ彼の銃の射程距離を知っているから。きっと奴らの狙撃銃では届かない距離から一方的に狙っているに違いない。

 

 

最初の狙撃で1人が、そして立て続けに2人やられたところで奴らは撤退する事を選んだらしい。狙撃の方向が分かっているから弾道予測線(バレットライン)は現れる事を考えたら確かにその判断は間違っていない。

 

 

彼が相手でなければ。

 

 

弾ける音が二回ズレて聞こえた。そして喚き立てる奴らの声。いい気味だとほくそ笑む。彼が何をしたのかは見なくても分かる。弾道予測線(バレットライン)無しで狙撃をしたのだろう。弾道予測線(バレットライン)があるから避けられるなら、弾道予測線(バレットライン)を無くせばいいと言っていた事が昨日の様に思い出せる。

 

 

システムアシストである弾道予測線(バレットライン)を無くすことは可能かどうかで言えば可能である。だがそれは同時に弾道予測円(バレットサークル)を無くす事を、システムアシスト無しで狙撃する事を意味している。それを実行する彼も彼だが、廃人プレイヤーはこれを普通にしていると言うのだから驚くよりも呆れるしかない。

 

 

弾道予測線(バレットライン)があるから、奴らは狙撃を躱せると考えていた。だがそれが無くなってしまえば?誰にでも分かる。始まるのは一方的な蹂躙だ。

 

 

三回の弾ける音と同時に、奴らの声が聞こえなくなった。スタンバレットの効果が切れて動ける様になり、辺りを見渡せばPKされたペナルティーによるランダムドロップされた銃が8つ転がっていた。

 

 

助かったと思うと身体から力が抜ける。全力で走ったので身体が疲れてしまい、動かせるが動きたくないと思ってしまい、その場で仰向けになって寝転ぶ。

 

 

しばらくそうしているとエンジン音が聞こえてきた。それに反応して身体を起こすとアンチマテリアルライフルを背負いながら愛用しているサイドカー付きの〝BMW R75〟に跨ってやって来る彼の姿が見えた。

 

 

ボロボロなローブを着込んでフードを被って暗視ゴーグルを装着している上に口元をマフラーで覆っているので一見すれば不審者にしか見えない。だが、私には彼が誰なのか分かっていた。彼は私のそばに来て〝BMW R75〟を止めると、フードとゴーグルを外してマフラーをズラして顔を晒した。

 

 

リアルと同じ白髪で、リアルよりも老けた顔付き、そしてリアルと同じ死んだ、〝真紅の死神(クリムゾン・デス)〟と呼ばれる由来となった紅い目をした彼は気まずそうな顔をしていた。

 

 

「……邪魔した、か?」

 

「いえ、助かったわ。エネミー狩りに来たのだけどPKスコードロンに襲われたみたいで……シュピーゲルは早々に狙撃されるし、エネミー狩りに来たから光学銃しか持ってなくて〝対光弾防護フィールド〟が突破出来なかったし」

 

「災難、だった、な」

 

 

リアルと同じ、どもった様な口調を聞いていると妙に安心してしまう。シュピーゲルから聞いた話だとリアルの虚弱体質で人と話す機会が少なかったからでは無いかと言っていたが、おかしいどころか彼らしいと何故か納得してしまった。

 

 

「〝グロッケン〟まで、送るが、どうする?」

 

「それじゃあ頼んでもいいかしら」

 

「あぁ、サイドカーに、乗ってくれ、シノン」

 

 

差し出された彼の……ステルベンの手を取り、私は〝BMW R75〟のサイドカーに乗り込んだ。

 

 

 




シノノンがやっと出せた……名前だけだけど新川きゅんも出せた……あ、シノノンはリアルの主人公を新川きゅん経由で知ってます。

ステルベンはプレイヤーネームは知る人ぞ知るって感じで有名では無いけど、〝真紅の死神(クリムゾン・デス)〟という素敵厨二ネームで知られている。

そしてGGOのどこかにヘカートIIを魔改造してハデスIIIに改名させた戦犯者がいるらしい。


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