ターニャがケーキを作ってレルゲンとかに食わせるショートショート   作:潜水艦

1 / 3
書きました。



ターニャがヴィーシャとケーキを作ってレルゲンに持っていく話

「成人男性の喜ぶ物……ですか?」

「貴官も年頃の娘だ。そういうものの一つや二つ知っていてもおかしくはないと思ってな」

「ちゅ、中佐殿がお慕いしている男性への贈り物……私の……中佐殿が…………」

「誰が『私の』だ」

 

 帝都へ戻る航空輸送機の中からごきげんよう。

 仕事を万全に完了させた報告を持ち帰る時ほど清々しい事はございません。

 申し遅れました。小官はターニャ・デグレチャフ魔導中佐であります。

 誤解の無いよう申し上げておきますと、小官は断じてセレブリャコーフ中尉のものではありません。

 こんな雑談に興じていられるのも我が第203航空魔導大隊が敢闘精神旺盛に敵を千切っては投げ回していた所をしっかり参謀本部にご覧いただけていたからこそであるらしく、その健闘を称えて内容はサプライズで素晴らしい任務と、ある程度の休暇を参謀本部より宛がっていただけるそうであります。

 たまにはゴネてみるのも悪くないですね。

 

 

 

 この機会に、いつも……査問会議では特にお世話になったゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下、並びにレルゲン大佐殿に何か贈り物でもして好印象を得ておくというのも悪くない。

 それに、今回の休暇を進言してくださったのはレルゲン大佐殿らしい。最近思うのだが、参謀本部で私の真意を見抜いているのはレルゲン大佐殿だけなのかもしれない。一際豪華な物を送ろう。

 大量に余らせている給料の使い道を作り、経済活動に参加しておくというのは資本主義社会において特に重要な事であり、余計な事は進んでやるくせに何故か信仰は集められると信じて疑わない自称神よりはよっぽど確たる正義だ。個人が金をいくら溜めても社会は裕福にならず、社会が裕福にならなければ個人が裕福になる事もないのである。

 といっても、PSVR(私が欲しかったもの)は……発売前に私が“こう”なってしまったし、そもそもこの時代にそんなものが売っている訳が無い。

 もちろん両閣下も必要な物は全て持っておられる筈なので、数があっても困らないものがいい。嗜好品という手もあるが、ゼートゥーア閣下はまた禁酒中だし、全員タバコを吸っているが当然ながら私は吸っていないので全く詳しくない。

 前世と合わせれば中年と言ってもそろそろ差支えの無い年齢ではあるが、正直この時代の人々が何で喜ぶのか見当もつかん。

 いや、そういえば有ったぞ。日常的に使えて場所を取らず、かつ安すぎないもの。この時代でも定番ならいいのだが、元々軍事オタク気味だった私は、この時代の戦争背景に多少詳しいが、生活などにはそれほど詳しくないのだ。とはいえ、他に気の利いたものを思いつかないのも事実。

「よし」

 となれば、帝都に戻り報告を終えたらすぐに買い物に行くか。と心を決めると、セレブリャコーフ中尉が何やら言いたそうにしているので促す。

「中佐殿? 何を贈るか決められたのですか?」

「ああ。ゼートゥーア、ルーデルドルフ両閣下には万年筆を、レルゲン大佐殿にはそれに加えてもう一つ何かをお送りしようと思う」「中佐殿はレルゲン大佐殿と……その、親交を深めたいと?」

「ああ、レルゲン大佐殿は良識と常識を持ちつつも士官として非常に優秀な御方だ。それに、今回の休暇もどうやら大佐殿が捻じ込んでくれたらしい。司令部に居ながら貴官らの疲れを見抜いたその視野の高さには恐れ入るよ」

 私も良識ある文明人として殺すだの殺されるだのという戦場に長く居るのは、正直に言うともちろん嫌だ。当然、出来る事なら銃弾飛び交わぬ安全な後方で書類仕事に従事したいものだ。そして、元々会社では人事を担当していた私にとって、レルゲン大佐殿の椅子は正しく憧れの場所。好印象を与えて、いずれは……というより帝国の敗北が確定する前にその後釜につきたいものだ。

「とはいえ、何をお送りすればいいものか……」

「中佐殿、そういう時、婦女子は手作りの料理を贈るものです」

 そういう時がどういう時かは知らないが、作戦行動の時のように真剣な面持ちで言うのであれば恐らく間違いないのだろう。

 しかし二つ問題がある。

「私は人に出すような料理なんか作れんぞ」

「大丈夫です! 私が誠心誠意お教えします! 中佐殿の想いがレルゲン大佐殿に届くよう……!」

 一つ目は即座に解決したが、二つ目は……まあ個人的な理由によるものなのでいまいち言い出しにくい。金を使うのは容易いが、時間を使うのは少々面倒だ。休暇とはいえ、銃を持って飛び回らなくてもいいだけで、処理しなければいけない書類も、処理しておきたい書類も山とある。しかし、それを部下に言っても仕方ないので、私は方便を使う事にした。

「いや、元々私の思いつきによるものであり、完全にプライベートの用件に部下の休暇を消費させるわけにはいかん。休養も仕事のうちだ。私は私で、出来合いで評判のいいものでも買って持っていく」

「いけません! 中佐殿は何を考えていらっしゃるのですか! 女が男に贈り物をするのですよ! 中佐殿は本当に女の子ですか、まったくもう!」

「おう……」

 誰が女の子だと思うより先に、男として女に気圧された気分だ。ある意味懐かしくもある感覚に対応しきれず微妙な返事をしてしまった。周りを見渡すとほぼ全ての隊員が目を丸くしている。恐らく私も似たような表情だろう。

「とにかく、1日は料理作りにお付き合いいただきます。いいですね?」

「いや、その前に、その女の子というのを――」

「いいですね?」

「は、はい」

 かくして、私は何故か私より必死な部下に料理作りを手伝ってもらう羽目になった。

 

 司令部に戻った後もひと悶着あり何かと騒がしくしているうちにさっさと次の行動に移るという、いつものような休暇取り消しもなくかつてないほどあっさりと解放された私は部隊に休暇を全うさせるべく、部下の待機している部屋の前まで来た。が、室内の様子がおかしい。中からなにやら話し声がする。

「今作戦は今までで最も重要な物である可能性があります。隊員各位、気を引き締めて臨んでください」

「セレブリャコーフ中尉、それは考え過ぎじゃないか?」

「いえ、ヴァイス大尉殿、中佐殿の目は本気のそれでありました。あの顔をご覧になったでしょう?」

「言われてみれば確かに……グランツ、どう見る?」

「自分はそういった機微には疎い方ですが……アレは本気だったんじゃないでしょうか」

「そうか? 私がおかしいのか?」

「セレブリャコーフ中尉の手前大きな声では言いませんが、ヴァイス大尉は一度自分のおかしさを再確認したほうがいいのでは?」

「そ、それは言わない約束だろ……」

 こいつら、休暇慣れしてなさすぎて変な勘繰りが入っているんじゃないか? 幸い、今回は本物の休暇だ。まあ、必要だったとはいえこいつらをこうした責任の一端は私にもある。ここはしっかりと伝えておく必要があるな。

「入るぞ」

「デグレチャフ中佐殿!」

 何故か全員立ち上がり気まずそうな顔をしているが、戦局から見た作戦の予想を責めるほど私も狭量ではない。むしろそこは褒めるべきだろうが、こいつらが知られたくなさそうにしているのであれば知らないフリをしてやるのも上官としての務めか。

「さて、大隊諸君。流石にビアホールで連日飲み明かせとは言わないにしても、気を張り過ぎず体と心を休める機会だ。参謀本部の心意気を無駄にせぬよう、節度ある休暇を楽しんでくれたまえ。私も私で休暇を満喫させてもらおう。では、解散」

 尤も、私は時間を無駄に使うほど恵まれた才能がある訳でもなければ、大隊各員と比べて戦闘大好きでもない。これを機に、前回は失敗した後方に帰り咲くための準備に勤しもう。

「では中佐殿、料理作りはいつになさいますか?」

「本当に作るのか……じゃあ三日後に頼む」

「はい! では私はこれで」

 スキップでもしそうな足取りで部屋を飛び出すセレブリャコーフを唖然と見送っていると、中隊長連中がこちらに敬礼をしてきた。

「ご健闘をお祈りいたします!」

「は? ……まあいい。貴官らも、羽目を外し過ぎるなよ」

「はっ! では、失礼いたします!」

 

 

 じんせいというのはかくもままならないものである。この供給不足の世の中でどうやってこんな無駄な装飾を手に入れたのかと思わざるを得ない、手編みのレースがあしらわれた小奇麗なエプロンを装備させられて、目の前には小麦粉、卵、ブランデーとベーキングパウダーにチョコレート、ココア、砂糖、それに生クリームだ。髪の先から足の爪まで贅沢を固めてきたようなテーブルを見て唖然とするほかない。

「やはり女性から男性に物を贈るとなれば、甘い物が定番です。レルゲン大佐殿も参謀本部勤め。頭を使ったら甘いものが欲しくなる筈です!」

「その理屈はわからなくもないが、何故エプロンを……しかもよりにもよってこんな……」

「デグレチャフ中佐殿は私服をほとんど持っておられず、今日来てみれば案の定軍服ではございませんか。中佐殿は我々に休暇を命じてもご自分は全く休まれないお方だというのはラインからの付き合いで存じております」

 別に休んでいない訳ではないし、堂々と休日を無意味に費やしたいという気持ちも勿論ある。まあ、それが出来ればという前提もあるのだが、今後はもう少し休暇を楽しんでいるという事を、せめて私服のひとつでも着てアピールしてやらねばなるまいな。

 などと現実から目を逸らしている間にも、中尉は異常なほどの手際で様々な道具を用意している。

 悲しいかな、その多くが私には使い方もわからない代物なのだが、いつの間にそんな事を覚える暇があったのかセレブリャコーフ中尉は説明と共に道具を握らされた私の手を背中から握って分量を量ったり材料を混ぜたりと実に手際が良い。

 間に私が挟まっていては邪魔だろうと抜け出そうとしたら怒られた。どうやらこの状態でもこの『チョコレートを使った何某か』は私が作っている事になるらしい。

 

「ところでセレブリャコーフ中尉」

「はい、何でしょうか、デグレチャフ中佐殿」

 

 作り始めて1時間ほど経っただろうか。丸い型に流し込んだ茶色いペースト状のソレをオーブンに突っ込んで一息ついた私の言葉に中尉が飛び上がった。

 

「コレは今何を作っているのだ?」

「えぇ!? わからなかったのですか!?」

「うむ、いや……ケーキなんだろうとは何となくわかるのだが、正直こういうものを食べる機会が無かったから全く完成図が予想できん」

 軍大学時代の行きつけの喫茶店でコーヒーを頼んだ時にたまにおまけで出てくるケーキも切った後の物だったし、個人的に前線に持って行っているのも板チョコレートだ。糖分が多いため頭を使ったら欲しくなる。カロリーが高く、不味くないのも高評価だ。だがそれだけのもの。そこにこだわりは無く、軍用チョコレートじゃなければ何でも万歳だ。

 セレブリャコーフ中尉は何故か顔を手で覆って震えているが、寝不足だったのだろうか。まあたった三日でこの時勢にここまでの食材を手に入れたのだ。寝不足にもなろうというものだ。優秀な副官を無為に疲労させるのも本意ではない。労いを込めて、たまには私がコーヒーを入れてやろう。

 

 

 元が黒いからわかりにくいが、焦げたりもせず無事に出来上がったらしい生地をオーブンから取り出し、ホイップした生クリームにココアと湯煎したチョコレートを混ぜて生地に塗りたくった。

 至って普通のチョコケーキに見える。初めてにしては中々見栄えがいい。まあそれも当然ではあるが。

「完成です! お疲れ様でした」

「私はほとんど見ているだけだったがな」

「まあそれは戦後にゆっくり覚えられたら良いかと。中佐殿はまだまだお若いですので」

「戦後か……まあ、そうかもしれんな」

 この情勢にあっても、というか、この情勢だからこそセレブリャコーフ中尉は…………いや、誰しもだろう。誰しもが帝国が負けるなんて露ほども考えていないのだろう。

 戦争が終われば資源と時間を余らせるほど手に入れられるだろうと。それを使って何でもできる筈だと。

 だがそれは帝国が勝利するという前提が無ければ成り立たない話だ。『負けない』ことと『勝つ』事が同義だった頃とは違い、ただ勝つだけで勝ち続ける事のできない近代戦にそのロジックは通用しない。

 だが、そんな夢を語れる状態でもなければ戦争なんてやってられないだろう。それに、夢が兵士を、前線を、人々の生活を支えているのだ。下手な事を言って折れてはかなわん。

 結果私は曖昧な返事をしてしまっていた。

 

 

「では早速お届けに上がりましょうか」

「もう行くのか?」

「はい。ケーキは生ものですから」

 中尉に背中を押される形で宿舎を追い出され、小奇麗にラッピングされたケーキとモントブラント文具店で買ってきた万年筆を持って突っ立っていると、幾分も待たずに車が回される。実に手際の良い事だ。

 そのまま参謀本部まで連れ去られて、こちらを見るなり何故かギョッとした顔をした受付にレルゲン大佐殿が居られるか問い合わせているセレブリャコーフ中尉の背中を見ながら、将来は豪胆な母親になるのだろうなどと考えていると、後ろから声をかけられた。

「おや、貴官はデグレチャフ中佐――ッ!?」

 振り向くとその人、レルゲン大佐殿だ。何故かとんでもないものを見たという顔をしているが、ひとまずさておき挨拶をしたものの心ここに在らずという有様で、セレブリャコーフ中尉の挨拶にも空返事。戦局に何か良からぬことがあったという感じでもない。首を傾げていると中尉に背中を軽く叩かれる。

「中佐殿、贈り物贈り物」

 小声ではあるが、この距離だ。本人にも聞こえているだろう。やりにくい事この上ないが、突っ立っている訳にもいくまい。

「失礼いたします。レルゲン大佐殿、お時間よろしいでしょうか」

「あ……ああ。特に問題ない……ついてきたまえ。その、出来れば貴官の副官も……」

「では、私は外で待機しております。中佐殿、ご武運を」

 ああ、行ってしまうのか。表情には出していないと思うのだが、レルゲン大佐殿を見ると私の心の顔と同じ表情をしている。

 

 

「今日はそのような……ああいや、どのような用件か? 貴官は確か休暇中だった筈だが」

「はい、大佐殿。小官は普段からお世話になっている大佐殿にせめてもの恩返しをと。お気に召されるかわかりませんが、是非ともお受け取りください」

「これは……近頃市井で話題になっているという文具店の万年筆か」

「参謀本部勤務ともなれば書く文字の量も膨大でしょうと思い、僭越ながら評判の良い物を選ばせていただきました。ゼートゥーア閣下とルーデルドルフ閣下にも同じものをお送りさせていただくつもりであります」

「ああ、それは実にありがたい。安いペンだと手が疲れるのだが、いいものは贅沢かとなかなか手が出なかった所だ。貴官には世話になりっぱなしだな」

 さて、妙にそわそわしているのはレルゲン大佐殿だけではない。私もさっさとこの爆弾を処分したいのだ。申し訳ないが、手伝ってもらおう。

「あとこちらを……」

「これは?」

「チョコレートケーキです」

「まさか手作りか?」

 何故わかったのだろうか。特にラッピングに特徴がある訳でもない筈だが……レルゲン大佐殿は案外ケーキにお詳しいのかもしれない。

「はい。お口に合うと幸いなのですが……」

「そ、そうか。感謝する。……良ければこれからコーヒーでも――」

「では、小官は副官を外に待たせておりますので、これで失礼いたします」

 何か言おうとしていたのだろうか。話が区切られたと思い言葉を被せてしまったが、聞き返そうとしたら普通に返事が返ってくる。

「あ、あぁ、そうか。感謝する」

 

 

 

「どうでしたか、中佐殿?」

「ああ、渡せたぞ」

「そんなあっさりと! もっとこう、何かあったでしょう!?」

「いいや、普通だったが……」

「なんで普通なんですか!」

 我が副官が最近情緒不安定なんだが、どうにか対策をした方がいいのだろうか。

 しかし、たまには料理というのも案外悪くない。いつもと違う事をするというのは、それはそれでリフレッシュになる。帰ってから中尉と余っていた生地で焼いたケーキをつつきながらそんな事を考えていた。

 夕方、借りていたエプロンを中尉に返そうとしたところで妙な違和感を感じるも、まあ大したことではないかとそれを無視した。

 まさか裏であんな面倒な事になっていたとは、この時の私は全く考えもしなかったのだが、それはまた別の話だ。

 

 

 

 後日、自分一人で焼いてみたケーキはとてもあの時のようには上手くいかず、かといって捨てるほどのものでもないという微妙な物が出来てしまったため、暇そうな隊員に声をかけて食わせておいた。

 何故か大喜びしていたが、この程度のものなら帝都であれば食えないでもないだろうに、変な奴らだ。




続きは今後書きます

サラマンダー編成前の設定だったけど中佐になってますね。
まああんまり気にしないでください。
面倒なので修正はしませんし、今後もこのシリーズはこの階級でいきます。
なんだったら編成後という事にしてくれてもいいです。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。