一将功成りて万骨枯る   作:キューブケーキ

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4.劉琦様ばんざい

4-1

 どんな功労者であろうと、善人でも朝敵となった者は討伐される。そして勝てば官軍だ。

 愚かな野心を抱いていた曹操を破った連合軍は恩賞として官位や領土を下賜された後、解散して所領へと帰還した。袁紹は皇帝の守役として漢の丞相(じょうしょう)、公に任じられた。

「丞相への就任、おめでとうございます。もっとも、華麗な本初殿の前では官位も引き立て役でしかありませが。御家中の方々も我が事の様に誇らしい事でしょう」

 コネは大切だ。俺は祝いの挨拶で袁紹の元に訪れた。

「此方こそ荊州からは多大な御尽力を頂いて感謝していますわ」

 愁傷な返事を返してくれるが、立場から言って州牧の息子と丞相では天と地の開きがある。俺は適当に褒めて袁紹を持ち上げてやった。

「いえ、本初殿の笑顔が見れるならこの程度の労など厭いません」

 連合軍の後方支援でうちは色々と支払った物も多い。

 例えば復興事業もそうだ。都の風水は曹操軍の策で滅茶苦茶に破壊されているそうだが、風水は気にした事が無い。現実問題として焼け出された民の暮らしが残っていた。

 洛陽の復興に諸侯は人手と資金を供出させられた。金に余裕のある荊州(うち)は、金銭消費賃借契約書を作成して諸侯に金を貸した。十万億土の彼方(あの世)に行ってからでは金も使えないからな。後々、倍返しで返して貰うさ。

「劉琦様は何人の相手にそう言ったのかしら。男の方ってそう言う事を誰にでもおっしゃるのでしょう?」

 軽く眉を寄せた袁紹だが、前屈みに成ると強調されるおっぱいの谷間が俺の視線を惹き付ける。

「これは心外ですな。貴女だけですよ。本初殿は実に楽しいお方だ。そして興味深い」

 特に性的な意味で。

「そうかしら?」

「自分が何者かであるかは身分や血筋で決まる。貴女は袁家を継ぐ者として、正しく、そして精一杯やってる様に私には見えますよ。おっと偉そうな事を言いましたが、これからは丞相閣下とお呼びすべきでしたね」

 軽口を叩く俺に対面して座る袁紹は、形の良い顎に指を添えて一瞬、考えると口を開いた。

「劉琦様、私の真名は麗羽ですわ」

「……はい?」

 とりあえず手元の杯に口を着けて場を繋ぐ。俺が飲み干すと、控えていた侍女が杯に酒を注ぐ。

(あー、カルーアミルク飲みたい。コーヒー牛乳でも良いや)

 俺は袁紹に視線を戻す。金糸の様な髪は美しく、翡翠色をした瞳も俺の視線を捉えて離さない。

 その姿は孫家の女達程に扇情的では無いが、十分魅力を感じた。

「麗羽殿、落ち着いたら荊州に遊びに来て下さい。歓迎しますよ」

「それなら、私の家に御招待するのが先ですわ」

 袁紹は俺の肘に手をかけて来た。

「そうですよ、姫もこう言ってますし」

「ちょっと文ちゃん、失礼だよ!」

 袁紹の側近である文醜は、俺が真名を許されたのを見て羽目を外してやがる。

「ははは、麗羽殿は良い家臣をお持ちだ」

 顔良も大変だな。

 袁紹との歓談を済ませて暫くすると、袁紹は本拠地に引き揚げて行った。

 代わりに審配(しんぱい)を指揮官とする袁紹軍10万が洛陽に残り、司隷の治安維持に当たる事と成った。

 洛陽は荒廃しており、復興事業を始めると言っても時間がかかるからだ。

 治安は悪くない。晒し者にした曹操の死体は、食い物に混ぜた毒で死んだ民の家族に散々、蹴られたり殴られた痛めつけられた。不満は多少、晴らせたのか民は落ち着いていた。

「劉琦様、またお逢いしましょう」

 高笑いを残して去って行く袁紹を見送ると、俺も荊州に戻った。

 そう言えば曹操の首を見たら唇にヘルペスが出来ていた。どうやら淋病やクラジミア等の性病にもかかっていたらしい。遅かれ早かれ性病で死んでいただろう。

(この後、世はどう動くのか?)

 勢力的に見れば淮水(わいすい)から北の華北、()州、(せい)州、(えん)州、()州、司隷(しれい)を支配する袁紹の一人勝ちと言える。

 袁紹の回りでは田豊(でんほう)沮授(そじゅ)と言った知恵者が居て政を支えている。余程の失策でもしない限り、天下は袁家の物だ。

 うちはうちで、従軍した将兵に手当てを出したり色々と忙しかった。俺が荊州刺史を親父から引き継いだり、それに伴い荊州の人事を若手の面子に交代させたりだ。

 ある程度、周辺情勢の目処が着いたら面倒な政は弟に押し付けて、俺は勇退しておっぱいと楽しく余生を送る積もりだった──。

 

 

 

 華美な暮らしをして来た袁紹は辺境に興味を持たない。(へい)州の統治は名の知らん奴がやってるし、(りょう)州の馬騰は蛮族と蔑み、幽州の公孫賛は辛うじて友人付き合いしていた。それ以外の有象無象は名家の自分に相応しく無いとかで相手にして無かった。

 あんまりつまらない連中とは付き合うのは良くない。それを無意識の内に識別してる所が袁紹の悪運の強さか。

 うちは袁紹とそれなりの付き合いはあるが、あいつみたいに領土的野心は無かった。しかし家臣はそんな俺の施政に焦燥感を感じていたらしい。このままでは袁紹に呑み込まれると。

(えき)州牧劉焉(りゅうえん)殿は恵文王や始皇帝を敬愛されているそうで、何れは皇帝に成る事も考えられている様です」

「漢を滅ぼした太祖劉邦の子孫にしては色々と迂闊だな」

 内輪で言う分は許されても、外に漏れる事は失点でしかない。

「ええ、その大望を抱く故でしょうか、劉焉殿は(こう)州に手を伸ばしつつあります。袁家に挟まれる我らは、(よう)州を手に入れ足場を固めるべきかと」

 俺の政を孫権(そんけん)周瑜(しゅうゆ)陸遜(りくそん)がよく補佐してくれた。荊州では人目を気にしなくて良いからだ。

「うん? あ、そう」

 君主は愛されなくても良い。現実に潰されない政を行えれば良いからだ。

 無能な敵と頼れる味方、理想的な状況だ。だが袁紹の優位性は大きい。袁紹の野心が我慢の限界を迎えればうちも攻められる。そうなればどちらも消耗するだけだ。

 一か八かの賭けに出れば、一度の失敗で全てを失う事もある。だから家臣は揚州の確保を進言して来た。

「お前達が荊州の為に考えた策だ。だったら反対はしない。揚州を取ろう。だけど劉繇(りゅうよう)の政は悪く無い。名目が要るな。何か考えたのか?」

 揚州の九江(きゅうこう)郡、廬江(ろこう)郡、豫章(よしょう)郡には戦で発生した流民が流れ着いて難民キャンプを形成していた。荊州の治安を脅かすと言う事で、組合を通じて雇用を作り援助を行っていた。

劉繇(りゅうよう)様は家臣や民に愛されております。いささかどころか、信義に(もと)る行為ですが……」

 仁徳のある者から領土を奪う。その行為はどう言い繕っても侵略だ。孫権は表情を曇らせた。

「お前らは俺が信頼して取り立てた者で、荊州の家族だ。遠慮はいらん。ここには身内しか居ない。言いたい事があるならはっきり言え」

 促すと、孫権に代わって周瑜が話した。

「流民を利用しようかと考えております」

 曹操を討伐し袁家によって漢は再興され流民は減りつつある。周瑜が言うには、残りカスにも役立って貰う計画だ。劉繇(りゅうよう)は暗殺で排除する。その後、捕らえた賊に流民のキャンプを襲撃させ、揚州の民を保護と言う名目で派兵する。俺の名声で治める自作自演だ。

「そんな事させません! そんな物、認められる訳無いじゃないですか!」

 劉備が唯一反論して来た。あ、こいつは身内とは違う。

「止めて、劉琦様! 変な事、考えないで下さい」

「聞きたくない。空気読めよ。脳ミソ腐らしてんのか? もういい、これ以上、何も言うな」

 全員から白い目で見られた劉備は賛同者も居ず、泣きながら評定の場から走り去って行った。

 可愛そうな劉備。君主には向いてないし、導かれる民が可愛そうだ。一生飼い殺しにしてやる。

「どうしようもない事だ。民を傷付ける事だがやってやる」

 方針は決まった。後は誰が行くかだ。具体的な案を煮詰めさせる傍らで、俺は鳳統に尋ねた。

「皆が取れ取れって言うから揚州を攻めるけど、何人ぐらい要るかな?」

 鳳統は答える。

「あわわ、わ、私の考えでは、2万人は必要だと思います」

 見舞いがてらに荀彧の所に行った次いでに同じ質問を行うと、その答えはもっと少なかった。

「6000人も居れば十分でしょう。我が軍略と劉琦様の御威光があれば、怪しげな天の御遣いなど尻尾を巻いて逃げ出すに決まってます!」

 揚州に天の御遣いが降臨したと言う噂が近頃、流れていた。今までは漠然とした話だったが、今度は場所まで明示されている。噂が本当で、意図的に匿っていたなら漢に対する謀叛だ。討伐の大義名分にも成る。

 天の御遣いなんて怪しい者を認める事はあり得ない。天は一つ、漢室を支える事こそ民と諸侯の務め。

 現実主義な荀彧が(いみな)と言える天の御遣い(それ)を口にするのは、比較に成らない程までも俺を敬愛して忠を尽くしてくれると言う事だ。その発言は重い。

「お、おぅ。お前のやる気は買うが先ずは安静にして傷を治せ」

 忠誠心は分かった。だが想いの重い女も扱いに困る。

「はい……」

 意気消沈した荀彧の被り物が、たれた耳みたいで面白いと思った。

「劉琦様?」

 黙った俺を見て、不安そうな顔をする荀彧に悪戯心を刺激された。

「何、桂花の唇が柔らかそうだと思ってな」

 真名を呼ばれて荀彧の冷静さが崩れた。

「たたた、試されますか!?」

 面白い返しだが、そこでどもるのは台無しだ。

 結局、揚州攻めでは余裕を持った行動を行う為に鳳統の策を採用し2万の兵を動員した。鳳統を司馬に任命したが、本来なら荀彧に任せたい所だ。

 

 

 

 州牧が殺害されるほどの治安悪化と言う事で、隣国である荊州(うちら)は治安回復を目的に越境、主力はこれまでに十二の街を落としていた。そして俺は山の中に居た。

 眼下では、揚州軍の輜重兵が隘路を通過している。敵は稜線に斥候も出さず、警戒しない間抜けだった。

 周泰の指が指し示す方向に視線を向ける。学生服みたいなのを着たガキが行軍序列の中程に居た

「白く輝く衣を纏ったあの者が天の御遣いだそうです」

 揚州軍の御輿(みこし)に担ぎ上げられているそうで、目立つ服装は殺してくれと言ってる様な物だ。

「ふーん、ただのガキにしか見えんな。それで連中は、天の御遣いを旗印にしてるから降って来ないのか」

「でも天の御遣いは異性に大層、御持てに成るそうですよ。配下の同性に不満を抱かせないのはさすがですよね」

「……リア充は死ね」

 今回は揚州の民を納得させる為に俺も出るしか無かった。劉繇(りゅうよう)の支持者が主亡き後も抵抗を続けている。不思議と言うか、面倒な連中だ。

「仕方無い。天の御遣いは天に返して、目を覚まさせてやれ」

 決して嫉妬では無い。俺にはおっぱいが居るからな。天の御遣いに負けてなどいない。

 自分が絶対に正しいと信じて戦う事は強さと成り、迷いは弱さと成る。やるなら自らの正義を徹底的に信じるべきだ。侵略を荊州の為と美化すれば良い。気持ちは楽に戦える。

 真の強者とは心身共に鍛えられた者を言う。平和の礎として敵を葬ろう。

 目立つ標的を外すはずも無く、黄忠が必殺の矢を放った。

 額に矢をめり込ませて天の御遣いは落馬した。瞬殺だ。

 黄忠の攻撃を合図に隘路の稜線に伏せていたうちの兵が攻撃を開始した。頭上から降り注ぐ矢は敵をズタズタにした。文字通り射的の的だ。

 19世紀位までは、東西を問わず戦争は火器が普及しても方陣や戦列による戦術が基本であった。1000年以上も昔の古代中国であれば尚更だ。陣形を組まねば戦えず、かと言って陣形を組む余裕すら無かった。屍がそこらに転がり、血で足元はぬかるむ血流満谷である。

 弓や弩による戦闘要領には遠距離早期射撃と近距離不意急襲射撃がある。今回は近で火網を構成していた。近距離になるに従って濃厚となる。錯雑した丘陵の地形効果が我に味方をしていた。

 うちの戦略は敵野戦軍を日干した後に雌雄を決すると言う方針だった。今回の指導要領は輜重兵を撃破した後に、事後の戦果拡張を行うとある。

 戦いは掃討に移行して来た。気分は良い。

「相手が間抜けで良かったな」

 山間部の移動は最短距離を通過すると考えられた。だから此方は道に重点を指向した攻撃で、敵を各個撃破出来た。

「ああ、それと捕虜はいらん。全員斬首だ」

「御意」

 恭しく頭を下げた黄忠の胸元に自然と視線が向いた。若作りが上手いのか相も変わらず美しい。おっぱいに手を伸ばしたいが今は我慢する。黄忠の手を握るだけにした。

 何れ人は死ぬが、生まれ変わって愛しい者達と再会出来ると言う。俺は現世だけで手一杯だ。だからこそ今を楽しむ。

 

 

 

 天の御遣いを討たれた揚州軍だが、統率を失ってはいない。優秀な軍師が居たらしく、そいつの指揮で元からの兵に家族や土着の人々、流民を加えて集団を形成した。

「我々が迅速に揚州を制圧できなければ、袁家や益州が動きます」

 俺の軍師兼護衛役として従軍している呂蒙(りょもう)の言葉だが、分かりきった事の再確認に過ぎない。

「だろうな。相手がもう少し阿呆で弱かったら良かったのだが、結構、粘るな」

 あの後、主力と合流し転戦した俺は寿春(じゅしゅん)を攻めていた。

 ここは始皇帝の時代、()が治めていた地だ。

 寿春は楚、(ちょう)()(かん)(えん)(えい)が連合して(しん)を攻めたがぼろ負けして、遷都した楚の都と成った。その後、何年かしてから王翦(おうせん)蒙武(もうぶ)が楚の王、負芻(ふすう)を捕らえて楚を滅ぼすと秦の支配下に入った。他にも廉頗(れんぱ)の亡くなった場所でもある。

 まぁ、史跡研修は勝った後にでもしよう。軍師連中なら喜んでガイドをしてくれるだろう。

「楚も秦も滅んだ。盛者必衰の理か……」

 人には想いがある。想いは人を強くする。心の貧しい胆力の乏しい者は英傑には成れん。

 呂布が一騎駆けをしていた。いや、部下が追従出来ていないだけか。

 死体を積み重ねた先に勝利と栄光がある。

 呂布の食費は半端無い。食事は現品給与であるが、一食が米10斗、肉50斤と報告されている。食い過ぎで限度を超えており、民の税で賄われている事を教えて、呂布の給与から超過分を徴収した。

「こいつら、マジで強ぇ!」

 だろう。敵の悲鳴も裏を返せば味方の強さに対する称賛の声と同じだ。

「貴様ら、こんな真似してただで済むと思ってるのか!」

 蝶のように舞い、蜂のように刺す敵が居た。

 何処かで見た記憶のある水色の髪をした女だが、槍を振り回しながら文句を言っている。

 思い出せんが、生きてる者も呂布によって葬られ、すぐに死んだ仲間の後を追う事に成る。俺が殺すと決めた。ここで死ぬ事が奴らの定められた運命だ。

 俺が共に生きたいと想うのは荊州の民と家臣だけだ。黄忠の娘、璃々(りり)も血の繋がりは無くても、掌中の珠と慈しんで可愛がってやっている。

 俺が逝く時は戦場では無く愛人(おっぱい)に囲まれて逝きたい。

 

 

 

4-2

 戦争策略とは戦術と戦略を纏めた言葉である。荊州で過ごす俺の生活を守る一番確率が高い行動は何か、安定行動を取るべく生存戦略を考えていた。それには歴史の表舞台で目立たず、影に潜み謀略を巡らせるだけの根性が必要だ。

 だが俺は親父の息子として生まれた。別に漢帝国を牛耳る気は更々無いが、MOBキャラの様に目立たないと言うのも限界がある。

 今後、揚州の制圧を終えた後だが、漢の情勢を動かせる勢力は数える程しか残っていない。袁紹は領土の広さの割には、飢饉の影響で大規模な動員で遠征を行う事は出来ない。曹操の討伐ではうちが援助したから動けただけだ。

 現状、侵略的傾向を見せているのは益州を地盤とする劉焉だ。あいつは次の皇帝を狙ってるらしいので要警戒と言える。

 だからこそ揚州攻めで多大な時間を浪費する事は避けねばならん。

「敵の軍師は諸葛亮孔明だと?」

 敵の残して行った指令書や書簡から問題の相手が判明した。

「はい。水鏡女学院で私と同門の者でしゅ!」

 勢い込んで報告する鳳統だが、最後で噛みやがった。涙目が嗜虐心をくすぐる。

 鳳統と諸葛亮は真名を交換した間柄で親友であった。だけど艶本のカップリングで争い、袂を別ったそうだ。

「あぁ、そう言えば退職届けが出ていた様な……」

 一時期、諸葛亮は鳳統と共に、うちへ仕官しに来ていた。それなりに仕えるやつだから引き立ててやろうと思っていたが、曹操との戦が終わった後に辞職していた。田舎にでも帰ったのかと思っていたが、天の御遣いに仕えてたのか。

「そうです。朱里ちゃんは、天下を治めてくれる方を主君に仰ぎたいと言ってました」

 俺は将来、怠惰で気楽な生活に憧れている。そんな俺に天下を治める気が無い事は皆知っている。俺に対する失望で荊州から諸葛亮を離れさせたのだろう。

(主は死んだ。後は何だ。意地か、復讐か?)

 個人の趣味はどうでも良いが、諸葛亮が厄介な敵だと言う事は、三史の全てを読んだ訳でも無い浅学菲才(せんがくひさい)な俺でも、歴史上の偉人として名前を覚えている。ほぼゲームや小説の記憶だけどな。

「ふーん、そんなに優秀な奴なら速やかに排除するべきだが、暗殺ばかりやってたら州牧ぶっ殺したのもばれるか」

 揚州の兵や民に偽装した特殊部隊に指揮所を襲撃させて諸葛亮を殺すとか考えてみたが、敵の中枢部の所在が分からん。隠蔽が上手い。

「朱里ちゃんは決戦を避けて、劉琦様が行われた様に小部隊による襲撃を行って来るでしょう。ここは逆手に取って、兵を集結させて決戦を強いてみてはいかがでしょうか」

「諸葛亮が誘いに乗らず、項燕(こうえん)を破った王翦の様に守りに徹して動かなければどうする?」

 戦の主導性とは、敵に我が意を強要し戦勢を支配する事である。

 過去にも秦の李信(りしん)が敗れた後、新たに南伐の指揮を任された王翦は始皇帝に与えられた任務を確実に達成出来る事を主眼とし、守りを固めて我に最も望ましい戦場を演出した戦訓がある。

 諸葛亮が同様の策を取らないとは言えない。

「もし朱里ちゃんが此方の誘いに乗らず我が軍を放置すれば、守る意志は無しと見てとられ揚州の民の支持を失うは必然です」

 呂蒙に視線を向けると、鳳統に賛成なのか頷いた。

 軍師連中が同意見なら俺に反対する理由は無い。上手くやっておけと指示を出した。

 

 

 

 寿春を落としても敵は降らなかった。この時代、敵の首都を陥落させても戦は終わらない。揚州残党との決戦を挑むべく長江の南に兵を進めた。

 第一梯団は洞口(どうこう)蕪湖(ぶこ)を渡河し、急襲した。さすがにバーレブ・ラインに比べたらトーチカは築かれていない。それに敵の応援も来なかった。

 橋頭堡が確保されたので俺も長江を渡った。敵の水軍は見当たらない。

「敵は出て来ませんでしたね」

 黄忠が周囲を警戒しながら話しかけて来た。

「このまま残党も解散してくれたなら楽で良いけど、そうじゃねえな」

 この後の統治では、何れ発展するであろう南京、上海方面の開発を誰に任せるか候補を考えた。傀儡を置く間接統治は可能だが面倒だ。それなりの才覚もあって友好的な人物が好ましい。

 今回の遠征で劉備には後方警備と暫定的な軍政の指揮を命じてあった。あいつには捕虜の虐殺も出来んしな。

 仁の人と呼ばれる劉備の特徴を活かした占領政策を期待したからだ。

 飴と鞭で、最初に徹底的な力の差を見せ付ける。それが苛烈な程、DVの相手と別れられない関係の様に(なび)き依存する。

 敵に荷担しなかった者達は、うちに敵対して死んだ者と比較して、自分達の選択は間違いなかったと確信する。そして劉備の優しい対応でころりと転がるだろう。

(南京はこの時代だと建業(けんぎょう)か。建業と言えば、やっぱり孫家かな?)

 三國志で呉は孫家の支配地だ。だったら孫権に預けて見るのも一興かと思った。

(でも袁紹に滅ぼされたはずの孫家が出てきたら不味いか。呂蒙を太守にしても良いな)

 戦が終わるまで暫くは保留だ。

 袁紹と言えば、誕生日が近いと言う事で、揚州の特産品である茶葉と酒を送っておいた。口に合うと良いが。

「それで、如何なさいますか?」

 黄忠の尻を軽く撫でながら俺は答えた。

「敵が決戦に応じないなら、残る三郡も呑み込むまでだ」

 俺はそう宣言したが、会稽(かいけい)郡と丹陽郡、呉郡。橋頭堡を拡大して内陸部に前進すると、この三郡の周囲には強固な要塞線が構築されていた。

「ただあるだけで軍勢の進軍を阻害する障害物とは、敵ながら見事な構築ですな。龍の歯と言った所でしょうか」

 呂蒙の言葉に、俺の軍師は流石だと思った。

「うん、それだな」

 実はこの要塞線構築には、元請けで組合も参入している。ゼネコンがトート機関をやってる様な物で、向こうのインフラ設備も情報はだだ漏れだった。

 天の御遣いは雑学程度の知識を有していたらしい。その漠然とした知識を前の州牧と優秀な官僚は、具体的施政に反映させて実現した。お陰で建築関連の融資でうちは稼がせて貰った。

「ま、障害物と言っても時間稼ぎにしかならん。ぶっ壊して進めば問題なかろう」

 俺達を要塞線で拘束し、その間に敵が迂回して襲撃して来るとかの選択肢もあるが、行動の自由を失いつつある現状で難しい。あるとしたら間隙を突いて来る位だ。

(問題は諸葛亮がきっちり釣れるかどうかだな)

 敵の主力を撃破しなければ逆襲を受ける。それ故に効率良く肉塊が大量生産される決戦による野戦軍の撃滅が望ましい。

 野戦築城の技術と発想はうちだけの専売特許では無い。努力など才能のある者の閃きの前では塵にも等しい。進軍する俺達の前進経路はある程度限られている。全てを網羅する必要も無かった。諸葛亮は落とし穴や障害物を使って、俺らを誘導しようとしていた。

「この落とし穴は酷いな。竹槍に糞まで塗りたくってやがる」

 俺が見た落とし穴だけでも、毒蛇を入れた物や糞尿が溜まった物まで様々な種類が用意されていた。

「あわわ……」

 障害物を排除しながら前進すると、宣城(せんじょう)の近くで偵察から報告が入った。斥候班長によると前衛の前に、小規模な敵部隊が展開していると言う。指揮官は聞いた事も無い様なMOBキャラだ。

「敵の警戒部隊か」

 宣城は李白の五言律詩で有名で、江南の経済と政治の中心地でもあった。

 此方と決戦する、しないはともかくとして、敵が流動的な抵抗を構想してる事だけは間違いない。

「あれは遅滞陣地守備部隊ではないでしょうか」

 呂蒙が言って来た。細かい解説や気配りが出来るのはこいつの美点だ。

 呂蒙の言葉に従って観察をする。

 遅滞陣地守備部隊は数線の陣地を準備して、俺らを遅滞する事を目的に行動する。問題は敵主力がその間、どう動くかだ。

「待ち構える先が罠でも、お前らなら食い破ってくれるのだろう?」

「勿論です」

 呂蒙の言葉を合図にしたかの様に周りの者は(こうべ)()れる。

 君主に必要なのは見たい物、聞きたい物だけを選ぶ前向きな姿勢だ。家臣は主の理想を実現する為に邁進する。だから俺はやる気を煽ってやれば良い。

「敵を叩き潰して荊州兵の武威を知らしめてやれ」

 貴賤で命の値段は変わって当然だ。俺の様な上に立つ者の命は兵卒の命と比較に成らない。だから俺の為に忠を尽くして彼女達は頭や武を使う。

「撃て!」

 黄忠の号令で数千の矢が敵陣に放たれた。対弓兵戦で先に敵の弓兵を潰すのは戦の常識である。陣地攻撃において弓兵は、戦闘の終始を通じ、敵騎兵・弓兵・弩兵等の制圧、うちの陣地占領の援護を調整実施するのが役割だ。

 激しく攻撃が行われる中で、敵の陣地に向けて呂布が率いる騎兵が突撃した。その側翼を固める関羽は、呂布の広げた穴を更に広げ様としていた。

 騎兵は歩兵と密接な連携の下に、特色を最大限発揮して戦闘を遂行する。と言うが、一騎当千の将でも囲まれたら討たれるから、一騎駆けは控えている。要するに有機的に結合した戦闘部隊として行動していた。

 戦闘の推移を俺は後ろから眺めていた。

「敵陣地の縦深は浅いな」

 バーミリオン星域会戦の帝国軍に比べたらペラペラだった。まあ、あれは宇宙で縦深防御やろうと言う時点で変だったな。

「そうですね。敵が此方を漸減(ぜんげん)するにも、恋さんや愛紗さんが突破して後ろから崩されますね」

「はわわ、あの、敵の地形は敵にとって最も有利な条件で選ばれてるはずですよね。朱里ちゃんがそれを見逃すとは思えないのですが……」

 そう言ってるとイベントフラグを立てたのか、伏兵が後方から襲撃して来た。

「これが諸葛亮の奥の手か?」

 名軍師とは、攻める時期と方法を弁えているらしいが、何かぱっとしない。

 戦場で戦う事を生業とする武官や策を立てる軍師は、どこかで精神の均衡を崩している。

 でなければ賊や捕虜を千や万単位で生き埋めにしたり、斬首にしたりは出来ない。

「あわわ、単純過ぎるよ朱里ちゃん」

 陣地にうちの攻撃を引き付けて、後方より伏兵により逆襲する。それも中途半端な兵力では効果も薄い。

 鳳統が眉をしかめて、呂蒙は考え込んだ。俺から見ても、脆い敵に薄っぺらな奇襲で胡散臭過ぎる。

(いかに名軍師と言えど、これは酷い。これが鳳統に並ぶ才を持つ諸葛亮の策か? 狙いは何だ。最小限度の損害で最大の効果……)

 後衛を指揮する魏延(ぎえん)が敵を食い止めていた。

 後衛が迎撃に当たっていると、側面から火攻めを受けた。黒煙が立ち上ぼり生臭い香りがする。

「魚油ですね」

 魚油の入った樽と火矢による単純な組み合わせだが、効果はあった。

「水だ、水を持って来い!」

 陣地攻撃の最中だった俺達は、宿営地で天幕を拡げて居た訳でも無い。だが可燃物はそこらにある。慌てる校尉達だが、携行するのは飲料用で炊事の水も限られていた。

「落ち着け。地面を掘れ。土をかけろ」

 俺は窒息消火で土をかけろと指示を出しておいた。

 単純な奇襲を(よそお)いつつ、罠に誘い込む。常套手段だが、この火攻めも決め手には欠けていた。

 

 

 

皖城(かんじょう)が奪還された?」

 敵の奇襲を撃退して宣城を攻めていると、石亭(せきてい)に進出していた陸遜(りくそん)から長江の水路を使って火急の知らせが入った。

 諸葛亮急攻皖城、と色めき立ったが、落ち着いて話を聞く。

「劉備は投降して来た揚州兵を独断で受け入れたそうで、その後、城内からの蜂起で陥落したそうです」

 俺は殺せと命じた。だけど劉備は処断出来なかった。

(何をしてるんだ、あの糞女は。足を引っ張るしか脳が無いのか)

 言葉だけの人道主義は存在を許せるが、行動が伴う場合は迷惑も増加する。

 劉備自身に償って貰わねば軍規が維持出来ない。首と胴体がおさらばするのは劉備だ。

「劉備の罪は明白です。劉琦様の信頼を裏切り、これ以上は流石に看過出来ません!」

 関羽を筆頭に俺のおっぱい達は劉備の処断を求めた。

 軍師連中も前々から劉備の排除を進言していた。西漢の時代、諸侯王である宗主の七家が反乱を起こす七国の乱があった。劉姓がどうのと言うより、同族であっても骨肉の争いをすると言う事だから油断はできない。俺の知る三國志では劉備が益州を奪い取っていたから、軍師連中の心配を杞憂とは言えなかった。

 だけど俺は、あのおっぱいを惜しいと思い決断が出来なかった。

「劉琦様、劉備は存在事態が危険です。御命令下さい、劉備を討てと」

 決心するべき時が来た。

「春秋時代、(しん)魏絳(ぎこう)は、君主である悼公(とうこう)の弟、楊干(ようかん)が法を乱した時、その従僕を処断した。軍規とは人として守るべき最低限の法であり、法を守る者が居なくなれば国は乱れる。こんな結果になって残念だ」

 いかにも俺は苦渋の選択だと言う表情を浮かべて劉備の処断を決定した。

「陸遜から、他に何かあるか?」

「石亭には荊州から応援を送り込み対応するので、御心配はいりません。お任せくださいとの事です」

「ふん、頼りになるやつだな」

 後方は陸遜に任せた。劉備を信頼した俺が馬鹿だった。体の相性は悪く無かったから、チャンスを与え様などと考えたのが大間違いだ。政の前では結果が全てで、穴さえあれば良いと言う問題では無いな。

 宣城から更に南下してると、劉備が連行されて来た。

「劉琦様、ごめんなさい!」

 (ひざまず)いた劉備が頭を下げ泣き崩れる。

「私の行いは、劉琦様の意に沿わない物です。私の感情だけで敵を見逃した軍法に抵触する部分がありました。敵が再び武器を携えて向かって来る事を認識せずに、味方にも被害を与えて本当に申し訳御座いませんでした。でも、皆は私の指示に従っただけです。許してあげてください。お願いします!」

 額を地面に擦り付けて部下の助命を行う劉備だったが、俺に何の感銘も与えなかった。

「なぜ命令違反をしてしまったのか。それはお前自身の認識の甘さ、将としての未熟さだ。安易な偽善で判断を誤り、敵は武器を再び手に取って向かって来た」

 城内を制圧されたのは初めから敵の策だったからだ。見抜けなかったのは仕方無いとしても、その前に処断しておけばこの様な事態を招く事も無かった。

 休む時はしっかりと休む様に、殺せと命じられた時はしっかりと殺すのが仕事だ。規範意識の欠如は明らかだ。

「給金貰ってるだろう。遊びじゃねえんだぞ。お前が下手打って自滅するのは勝手だが、俺らを巻き込みやがって……。下郎が。もうお前、いらねえから死ねよ」

 俺の合図で関羽が劉備の首を跳ねた。

 

 

 

4-3

 戦場は流動する。しかしそれに惑わされて戦略目的が達成出来ないなら意味が無い。

 そう言う意味でも任務分析は基礎中の基礎である。任務分析を適切に行う事で行動指針は決定される。

 任務の完遂と目的の達成である。

「我が軍の達成すべき目的は揚州の制圧であり、抵抗勢力の一掃は目標である。具体的な目標を達成する為には諸葛亮の無力化が望ましい。ただし、必ず達成すべき目標では無い。敵の所在や目標が不明なら、諸葛亮の撃破は困難であると言えるだろう」

 敵は後方攪乱や奇襲で我を攻撃する公算が大と判断される。指導要領としては江南において敵を撃破し、事後戦果を拡張し呉郡の敵を覆滅すると言う事で、当初の目的を忘れず俺達は呉に進んだ。地盤である呉を失えば、いかに諸葛亮と言えども戦い続ける事は出来ないからだ。

 その間、劉備の処刑を知った張飛が部下を連れて逐電。鈴々山賊団を名乗って九江郡の合肥(がっぴ)城を奪取した。

「城一つ取っても周囲はうちが固めてるのに、何を考えているんだ」

 俺の言葉に呂蒙が模範的回答を述べた。

「合肥の失陥で兵站も伸びるのでは無いでしょうか?」

 それに鳳統が反論する。

「いえ、江南の私達を寸断するには橋梁を破壊したり渡河点を確保した方が手硬いし楽ですよ。合肥を落としても精々、此方の戦力を誘致して後続戦力を遅滞させる程度の効果しかありません」

 俺も場当たり過ぎて、孔明の罠だとは思わない。影に潜み謀略を巡らせる者が居るとは思えなかった。揚州残党の生存戦略にしては中途半端で、精々が嫌がらせて程度の効果しか無い。実体は張飛の武に注目して利用した小悪党による煽動ぐらいだろう。

 俺は股肱(ここう)の臣である関羽に張飛討伐を命じた。

「張飛は幼い。それ故に周りの者に(そそのか)されたやもしれん。可能なら捕らえて来い。望むなら平凡な民として過ごさせてやろう。ただし周りの大人は殺せ。(いさ)める事もしない、ただの賊だ」

 塵を処理する事に心は痛まないが、大人に利用された子供相手に無益な殺生をする事は俺達の好む所では無い。大人と違い子供は学習すれば更正させる事も出来る。

(劉備は駄目だったな……)

 子供のまま大人に成るのは馬鹿と変わり無い。大人には責任も付随する。子供を導くのも大人の務めだ。

「お任せ下さい。綺麗に片付けて参ります」

 関羽は兵を纏めると北に向かって行った。

 こうも予定外の事ばかり起きると疲れる。心が休まる癒しが必要だと思う。

 口の中であっさりと食べやすい小籠包を摘まみながら考える。最近、ストレスで食ってばかりだ。

 とりあえず呉を平定したら大閘蟹(しゃんはいがに)を食べたい。目ぼしい美女も居ないし、やっぱり食うしか楽しみが無い。

 何だか腹が減って来た。

(うーん……よし、行くか)

 警戒を配置して斥候を周囲に出して休止をしてる間、庶民の服を着て一人で馬を走らせて街に入る。

 護衛には周泰が付いてるから厳密には一人とは言えないが、解放感を満喫出来る。自然と笑いが出るな。

 荊州から離れると風土や街並みも変わる。揚州には揚州の顔がある。

 街の中では人通りがあり、馬も徐行して進んでいると幼子が前を歩いていた。

(親はどうした?)

 注意して追い抜いたら鈍い音と衝撃を感じた。

 まさか、と振り返ると子供が倒れており、周囲の者がちらほらと集まって来る。

 咄嗟に、逃げ出す事も考えた。しかし人目がある。

(どうする俺?)

 瞬間、煙幕が張られた。周泰の咄嗟の判断だ。

 とんでもない事だが、俺は馬を走らせて街から逃げ出した。

(俺は悪くねえ。俺は悪くねえ。子供を管理しない親が悪いんだ!)

 いかん。歴史を動かせる俺が下郎ごときの些細な事に心を奪われていた。ちょっと寄り道したのが間違いだった。

 何だか疲れたが、また仕切り直しだ。

 悠久の大義の為だ。それに相手は、まだ俺の民では無い。さくっと忘れる事にした。

 揚州残党が天の御遣いを信じてるのかは知らないが、速やかに呉郡を平定して荊州に帰ろうと思った。軸はぶれない。

 良いアシストをしてくれた周泰には後で褒美をやろう。

 

 

 

 土地を失う諸葛亮は地元の名士や豪族の支持を失っていた。諸葛亮の撤退が擬態であっても、俺達は揚州の面を稼いでいたからだ。

 負け戦を演じて敵を懐に率いれて潰すやり方はロシア人だけの家芸では無い。逃げる事に関しては中国の軍事史も中共軍の行った二万五千里長征、主導権を失った国民党の台湾への撤退以前にも色々と記録を残している。

 三國志では北伐を繰り返し国力を衰退させた諸葛亮だが、守るべき蜀と言う重石がまだ今の彼女には無い。それならば泰緬孤軍の様に粘るかもしれない。

 諸葛亮の位置を探るべく、今は斥候をもっと出す位しか出来なかった。

「鈴々は二度と裏切らない。約束するのだ」

 俺の前に愁傷な態度で張飛が膝を屈していた。接収した館で、関羽に連行されて来た張飛と面通しをしていた。

「お前を信じよう。これからは愛紗を義姉として敬い従え」

 俺は張飛の頭を撫でて桃饅頭を与えてやった。

「わかったのだ」

 話を終えた俺は水でも飲もうと食堂に向かった。

「酷い行いですね」

 鳳統と呂蒙が雑誌を覗いて顔をしかめていた。

「どうした?」

「馬がやって来て子供の首が折られたそうです」

 心臓が鷲掴みにされた様に痛みを覚えた。

 地域の情報誌で、俺が先日の事故で殺した子供の事を小さく取り扱っていたのだ。

「俺からの見舞いだ。その者の家族に望む物を与えてやれ」

「承知致しました。その様に手配致します」

 二人は俺に敬意を表したが、これは犯した罪を表に出せない俺の謝罪の気持ちだ。

 だが被害者の家族は犯人が俺だとは知らないので感謝する事に成った。

 貴人と平民は直接言葉を交わす事が少ない。機嫌を損ねれば一族皆殺しもあり得る時代だ。

 内心の後ろめたさから施しをした俺の行為は、為政者からの温情と受け取られ、揚州での支持は鰻登りに上がった。

 この間にも、汚い野心家の諸葛亮は天の御遣いの名を利用し腐っている。

 支持者を失い補給が途絶え、兵を食わせる為に揚州の民から略奪を始めていたのだ。だから俺達が諸葛亮を排除し民を救うと喧伝した。

 そしてうちに協力する者も多く、諸葛亮の所在が知らされた。

会稽(かいけい)郡東部臨海の章安で諸葛亮の本陣を発見しました」

 家臣を通して民の情報が届けられ照査した結果、斥候が本人を確認。万金に値する情報であった。

「揚州の民の漢に対する忠誠、しかと拝見したぞ。民の暮らしは、これからより良くして行こう。安堵致せ」

 漢に忠を尽くす味方には十分な恩賞を与える。それが俺のやり方だ。揚州の民は俺に味方している。

 反乱鎮圧(COIN)作戦と同様で民心を抑えた方が勝つ。 

 賊の討伐に於ける作戦では大量の兵力で包囲するのが楽だ。地元民兵による義勇兵が包囲の間隙を埋めてくれ後方警戒や輸送業務をこなしてくれた。兵馬の数に訴えるのは時と場合による。

 俺は義勇兵と言っても、俺の民となる働き手を死なせる事が忍びない。口袋陣戦法を実施しながら、同時に金をやり敵を寝返らせて諸葛亮を襲わせた。

 人の手配は甘寧に任せた。甘寧は寡黙で忠実な人物だが、若い頃は徒党を組んで乱暴狼藉を行っていた黒歴史があり、その頃の伝があった。だから無頼の輩を上手く扱う事が出来た。

「手段は問わないと言いたいが、暗殺を疑われる様な傷を残すな。毒も使うな」

 人は寝る時、飯を食う時、排泄をしてる時、風呂に入ってる時は警戒が解けている。その中で、飯に毒を混ぜる方法は多用し過ぎると世間の受けが悪い。だからそれだけ注文した。

 結果は直ぐに出た。

「諸葛亮は溺死したとの事です」

 仕事の報告が届いた。窒息と言う方法で事故に見せかけたと言う。

 ブラボー、満足する結果だった。

 この世の中は誘惑に満ちている。悪行に手を染めないように阿呆で間抜けな民を導いてやる者が必要だ。

 不確定要素のチートキャラ、諸葛亮が排除された今、正道を進む俺達が負ける要素は無かった。

「奸賊に相応しい最後だ。地獄で鬼共を相手に遊んで貰うと良い」

 動揺する敵に対して容赦はしない。味方には攻撃を命じた。

「我らは数多の賊軍を打ち破って来た精強たる荊州兵。敵は塵屑だ。一気呵成に押し潰し勝利を手に入れろ」

 この場合は感情のままに戦わせる方が良い戦果を上げる。兵は将と違い、頭で考えずに感じるままに戦えば良い。勝ってる時はそれが力と成る。負けてる時は尚更、頭を使う必要が無い。そして数が増えるに連れて兵卒の激情が戦場を動かす。

「殺せ殺せ殺せ」

 首魁を失った残党は簡単に撃滅され、1万程を斬首した。章安保衛戦は大屠殺事件として語られるが、揚州全体では6万も殺しては居ない。敵は漢に逆らう賊徒としてだけで、無差別に殺した訳ではない。

 害虫を排除したし、これから揚州を建て直す事が出来るだろう。


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