一将功成りて万骨枯る   作:キューブケーキ

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3.劉琦様でかけましょう

3-1

 

 俺は人の才を羨み妬む者や権力に媚びる者を優遇する。何故ならばこいつら俗物は向上心を持つからだ。

 豚もおだてれば木に昇る。凡愚も信頼すれば答えようと努力する。ちょろいのだ。

「劉琦様の参陣、心強く思いますわ。力を合わせて洛陽の陛下や民をお救いしましょう!」

 うちが味方に付いた事が嬉しいのか、高笑いする袁紹に俺は苦笑しながら答えた。

「勿論です。逆臣曹操、彼女は才こそありますが、才能や努力だけでは血筋や家柄を覆す事は出来ません。愚かな賊軍に対して、本来の従うべき正道を示すべく本初殿は華麗な戦を見せて下さい。その分、兵糧の手配はうちにお任せを」

 袁紹は目を伏せて笑みを浮かべた。

「貴方は私こそ、華琳さんに勝つに相応しいとおっしゃるのですか? そこまで評価して下さるのは本気なのかしら」

「端的に言えばそう言う事です」

 胸元を手で押さえた袁紹の表情は喜びを浮かべていた。

「でしたら、華琳さんに勝つと言う私の目的の為に劉琦様を利用させていただきますわ」

「喜んで」

 俺が頷き答えると、袁紹は満足したのか頬を紅潮させて笑い声をあげた。

 袁紹軍は黄河を渡り(えん)州東郡を通過すると陳留郡に雪崩れ込んだ。うちの荊州兵も潁川郡より東進、民衆に食い物を配りながら進むと歓呼の声で迎えられた。買い占めた米や食い物は腐らせるほどあるからな。

 今回は曹操の信頼厚い張邈(ちょうばく)満寵(まんりょう)と言った重臣の裏切りも効果的だった。民から略奪を行う行為を黙認した曹操に失望したと言う事だった。我ながら上手く行きすぎて怖いぐらいだ。

 中には抵抗する者も居たが兵力差で押し潰されるだけだ。

 朝歌の鹿腸山に捕虜は集められていた。

「だずげで」と、ガタガタ震えた捕虜の群れに俺は近付いた。普段なら面倒臭いから皆殺しにしてる。

 捕虜の管理を行っていた者達が、護衛を引き連れた俺に気付いて挨拶をする。

「落ち着きの無い連中だな」

 飯を食えば落ち着くのでは無いかと思った。戦災の復興に、こいつら人的資源の活用を考えていた。

「劉琦様、彫物は如何様に致しましょうか」

「刺青?」

 咄嗟に思い浮かんだのはベルメールさんのみかんとゲンさんの風車だが、ネタの通じる相手ではない。

 説明を聞くと、罪人に刻む刺青のデザインを訊かれていたと分かった。

 その会話を聞いて、俺が偉い人間だと気付いた捕虜達が俺に向かって懇願する。

「おでがいじまず、命だけはお助けを!」

「お、おちびが居るんです。どうか、どうか命だけはああああっ!」

 今回は賊とは違うので配慮する。

 簡単に命乞いする者は、固定観念に捕らわれる事なく頭の柔らかい者だと言える。だから俺は許した。

「劉琦様、宜しいのですか」

「民や家臣は主に仕え忠を尽くす。今回は仕える相手を間違えた。まぁ、こいつらは運が悪かったんだよ。それだけだな」

 俺は曹操を偉大な傑物と評価している。領内では私腹を肥やす官吏や悪徳商人を排除していた。だから残った連中は、曹操の基準ではそこそこ使えて、人間性もそれなりに信用出来た者だと分かる。

「これからは曹操の下で働いた様に、漢の為に働け」

 占領統治なんて面倒な事は地元民に任せるに限る。こう言う時に組合の伝が役立つ。

 話し合いってのは大切だな。無駄な血を流さなくて済む。

 だけど例外はある。曹操の一族は残らず殺せと袁紹から連合軍に通達が出ていた。俺も異論は無い。残せば復讐を選択するだろうからだ。雑草を根っこごと引き抜くのと同じだ。

 袁紹が動員した連合軍は諸侯の兵力を合わせて30万。顔良、文醜、高覧と言った諸将が田豊、審配ら優秀な軍師の智謀に支えられて、洛陽を目指して華麗に進軍している。都の解放、曹操軍主力との決戦は袁紹軍が受け持ってくれているので、占領地の治安維持はうちに任せられた。

「袁紹め、劉琦様にこの様な扱いをするとは無礼な」

 苦虫を噛み潰した様な表情で不満を表して、関羽は目立たぬ裏方仕事を押し付けられたと怒っていたが、俺は気にしない。むしろ嬉しい。

 荊州から都に向かうのは白地図なら近い様に見えるが、実際は山があって兵を疲弊させてしまう。俺は無駄に疲れる事はしない。袁紹が華を求めるならくれてやる。

「目立つ戦いはその分だけ被害も多数出る。精々、共食いで倒れてくれる様に頑張ってもらうさ」

 俺の言葉に軍師連中も頷く。

「劉琦様、李典(りてん)殿が挨拶に参られました」

「おう、そうか」

 李典のはち切れんばかりのおっぱいは俺の視線を集める価値がある。それはともかくとして、李典は今回の武装蜂起で陳留制圧に貢献したシンパだ。誉めてやらねばいかん。

曼成(まんせい)、久し振りだな。相変わらず見事なおっぱいよ」

「あーもう、劉琦様も相変わらずやな」

 ふくれっ面をする鳳統を視界の端に入れながら、俺は李典との会話を楽しむ。

 苦笑する李典には二人の連れが居た。警備隊の同僚で楽進(がくしん)于禁(うきん)と名乗った。

 曹操の重臣ではあるが、古参の家臣では無いので忠誠度は高くなかったと言える。

「劉伯安の名に於いて、お前らには陳留を任せる積もりだ。出来るな」

「ええよ。その代わり給料は弾んで貰うで」

 農業改革とか富国強兵を求める訳ではない。とりあえずの急場凌ぎで民の暮らしさえ守れれば良い。その面で、こいつらはそれなりに使える。それに良い体をしてるから楽めそうだ。

 

 

 

 屋台で買った手羽先をむしゃむしゃ食いながら俺は朝歌(ちょうか)の街に居る。ここはもう司隷だ。

「この戦、既に勝ちは見えました。この後、漢は生まれ変わるでしょう。ですが袁紹などは場繋ぎでしかありません。荊州劉氏の時代です」

「かつての朝歌が住む者を変えたようにですね」

 軍師連中は史跡研修みたいに盛り上がってるが、俺にはよくわからん。

 輿(こし)に乗る俺は油で汚れた手を従者が清める間、背中のおっぱいに頭を委ねる。

「いつの時代も勝てば官軍。のうのうと生き延びれば正しいんだ」

 俺の言葉に周りは納得していた。真実は一つ。正義も一つ。勝者が歴史を作るのだ。

 うちの財力が物を言う。いつの時代も金は力だ。

 金が無い者は成功の可能性も無い。

 株の初期投資金額が大きいほど利益を得られるのと同じだ。

 どうせ荊州以外は元々、持って無かった領地だから、諸侯が分けあってもどうでも良い。それよりは貸しを作って組合の加盟店を出店させたりで便宜を図らせた方が良い。これで荊州に金と物と人が更に集まる事だろう。

 天下を望まなければそれなりに楽しく生きていける。才を愛し凡人を切り捨てた曹操には想像出来ない世界だ。

「兄上」

「おう、劉琮(りゅうそう)

 俺の弟がやって来た。今回は勝ち戦確定だから荊州から呼び寄せた。

 呂布や孫権を使えば更に楽に成るが、諸侯の目があるので荊州に残している。

「兄上と共に戦える事は我が誉です」

 真面目な弟にアドバイスした。

「気楽に行けよ。戦で勝敗を決めるのは意思の軽さだからな。肩に力が入っていては良い戦働きも出来んぞ。何なら、何人か試し斬りでもするか?」

 死んで良い人間は幾らでも居る。死ぬ理由、殺される理由があれば人は死ねる。悪党は特にその対象だ。うちの弟の為なら喜んで死ぬべきだ。

 弟は冗談と受け止めたのか笑っていた。まあ肩の力も抜けた様だし良いか。

「劉琦様?」

 考え込む俺に背中のおっぱいが声をかけて来た。

「気にするな漢升」

 そう言って黄忠の太腿に手をはわせ、下着の奥に指を伸ばすが叩かれた。

「真面目にして下さい」

「お、おう」

 子持ちに見えない凄艶な美貌で俺の愛人(おっぱい)に加えた黄忠は、閨では献身的で情熱的だが、昼間は真面目で詰まらん。だが子育てをしながら軍務や政務を補佐してくれる事には感謝している。

「いつもありがとうな」

 俺が礼を言うと黄忠は機嫌を治して笑みを浮かべた。

 鼻がむずむずしたので俺は塵紙を手にした。曹操の書いた兵法書だ。

 陳留を落とした時にかなりの書簡を手に入れた。曹操の軍略や人となりを知る手がかりと成る。あまり価値の無い物は古紙として処分した。

 鼻をかみながら曹操について想いを巡らせる。

「曹操は矜持の為には戦う」それが結論だった。

 馬鹿らしい。誇りで腹は膨れないし、民も国も守れない。

 死に方を求める曹操に先は無い。本当に何を考えてうちに攻めて来たのかは知らないが、踏み込んで話す機会ももうないだろう。

 弟の連れて来た補充兵は予備隊に加えられた。その指揮は関羽に任せている。

「戦いでは常に一方向のみに注意を配れ。お前らの隣には戦友が居るからだ。隊形を維持しろ。お前らは個人戦を行う武人ではない。集団戦を戦う兵士だ。生きたいなら喚いてでも覚えておけ。常に五対一の戦いで伍を意識しろ」

 行軍の道中で関羽が訓示をして居る。とは言うが、袁紹や諸侯の軍勢が矢面に立ってくれているのでうちは損害も少ない。

 ああでも、殺し、殺され、奪い、奪われる覚悟は準備していた方が無難か。

 

 

 

 洛陽戦役は対曹操戦争時、最大の山場と言えた。曹操は重点防御的戦略方針を取っていた。これは此方にとっても敵を一度に叩く好機であり、決戦は望むところだった。

 戦場には敵か味方しか居ない。そのはずだが、目の前で両軍の指揮官が口争いをしていた。

「華琳さん、大人しく降伏するなら私の側仕えにして差し上げますわよ」

 高笑いする袁紹に対して曹操は鼻で笑い飛ばした。

「麗羽、貴女って相変わらずの馬鹿ね。貴女が私に降るならともかく、私が貴女に降るなんてあり得ないわ」

 曹操は強気だ。威風堂々とした佇まいで王たる風格、覇気が滲み出ている。

「泣いて頭を下げる事に成りますわよ、チンチクリン」

「それは此方の台詞よ、お・ば・さ・ん」

 このまま弓で曹操を射殺したら楽に終わるんじゃないかと本気で思う。だけど武人としての矜持はフェアに戦う事らしい。君主なら味方の損失を抑えるべきだが、そこは暗黙の約束らしい。

 二人は戦の前段階として挨拶を終えた。

「出来れば華琳さんは捕らえて下さい」

 やはり幼なじみとして情は捨てきれんのだろう。俺の世界の歴史から考えても二人は戦う天命だった。曹操を生きたまま捕らえる事は袁紹の要望だが、殺られたら殺り返す。荊州の民を殺害した復讐を遂げさせて貰う。これが俺の流儀だ。

 曹操を捕らえたらエロゲーみたいに元家臣とか平民の慰み者にしてやるとか楽しそうだ。見た目は良いから宦官に献上しても良いが、なんかあいつ、相手を殺してでも脱出して再起を計りそうだな。下手に求心力ある奴は生かすと面倒だ。やっぱり殺そう。

 連合軍の意思決定は総大将である袁紹の機嫌次第だが、一応、諸侯の連絡機関として中央軍事委員会が設置されていた。勿論、トップは袁紹だ。

「此度の戦は皇帝陛下を逆臣曹操から助け出す事が第一。火攻めも投石も出来ん」

 韓馥(かんふく)の言葉に集まった諸侯の表情が陰る。

「先ずは曹操を逃がさぬ様に周囲を囲んでから再度、軍議を開いてはどうでしょう」

 俺の言葉に賛同を得た。そりゃそうだ。洛陽の周囲を見れば、曹操は地形地物を利用して出城と言うか砦と言うか、陣地を築城していた。丸裸の城では心許ないから当然と言えば当然だ。

 連合軍は洛陽解放作戦にあたって東西南北の四方より前進する。この為、4個兵団に再編成された。

「戦とは常に頭で考えて終わらせる物だ。現場の臨機応変等、頭で予測を立てられなかった者の言い訳に過ぎない。机上で終わらせてこそ将軍と呼ばれるのだ」

 なんて言いながら俺は攻撃を先伸ばした。敵は糞ビッチだが烏合の衆では無い。

 下手に攻めれば此方が手痛いしっぺ返しを食らうし、時間は此方の味方だ。

 確かに20万以上の将兵に与える日々の給食も馬鹿に成らないが、それ以上に洛陽の曹操軍に負担を強いる事が出来た。兵糧攻めだ。

 連合軍によると悪いのは曹操で、倒せば明るい未来が待ってるらしい。世の中、大衆迎合してれば良いから、簡単で楽だ。大局の流れに逆らわないって事だ。

 

 

 

 戦の落とし所は大将が降伏か討ち取られた時だけだ。

 荀彧がこっち向いて欲しいと視線を放って来た。風でフードコートが猫耳の様に揺れている。

「どうした?」

「火攻めが駄目なら坑道を掘ってはどうでしょうか。我が君にはそれを成せるだけの力があります」

 上等だ。うちの兵が損なわれないのが特に良い。だが最上では無い。

「それなら穴掘る次いでに水も流してやろう」

 黄河の支流、洛河が洛陽の真横を流れている。それに水攻めは一度にやってみたかった。

「韓遂﹑馬騰の所から作業に兵を出させろ。あいつらの食い扶持分は働けと言っておけ」

「御意」

 細部の調整と検討を指示してると曹操軍から投降者があった。名を郭嘉(かくか)と良い、曹操を支える軍師の一人であった。

「話せ」

 郭嘉は姿勢を正すと語りだした。

「私は友人の(ふう)程昱(ていいく)と華琳様の天下を支える為に仕官致しました。出仕してから漢と言う腐りかけた大樹を打ち倒し、新たな王朝と制度を創ると言う夢を聞かされそれに賛同しました。自らの仕える君主の器に疑問など抱きはしませんでした。しかし、あの蝗害が全てを変えました。いかに民を守ると言っても限界がありました。先ずは華琳様の支配地を確保する為にも兵を飢えさせる訳にはいきませんでした。そこで曹洪様が民の口減らしと不満分子の一掃の両立を提案されたのです。こうすれば家臣の引き締めにも成りますから、感情論抜きで名案だと思えたのです。ですが村の一つ、二つを消した所で焼け石に水でしかありません。だから現場では独断で動き始めました。違和感に気付いた時には遅く、軍全体で虐殺と略奪を平然と行う様に成っていました」

 正直、蝗害でとち狂って虐殺して様がどうでも良い。

「その辺、端折って良いぞ。何で今更、投降して来たんだ?」

「何故、今更投降して来たのかですか。私は政に携わり民の暮らしを良くする事に誇りを持っていました。ですが今の華琳様の下では、悪化する事はあっても改善される可能性はありません。それこそ、この戦で奇跡でも起こして連合軍に勝ちでもしなければ無理でしょう」

「まぁそうだな」

 今の戦力差で勝とうなんて無理ゲーだ。

「私はこれ以上、民を苦しめる姿を見たくありませんでした。あの方の覇道を支えると誓いました。ですが、諫言も受け止められなくなったあの方に私はもう必要とされません。風は、処刑させられたのです。華琳様に反対し軍規を乱したと言われ。もはやあの方は私が忠誠を捧げた華琳様ではありません。御自分の都合に悪い者は排除する暴君です」

 酷い言われ様だ。袁紹との口喧嘩を見た時は狂った感じはしなかったが?

 真名を許された主を簡単に見限るだろうか? 答えは否だ。俺の手元にある情報では、郭嘉は曹操の熱烈な信奉者だとある。それは宗教に近い。

(偽装した投降だな)

 程昱が処刑されたと言う話も聞いていない。曹操軍で郭嘉の地位は高い。普通なら、その証言は重要視される。

「分かった。戦が終わるまで俺の幕下で働け。しばらくは監視付きだが我慢しろ」

「いえ、当然の配慮かと」

 郭嘉を下がらせた後、荀彧を呼んだ。

「あいつに洛陽解放の策を考えさせろ。だが最後はお前が検討しろ」

「宜しいのですか。あの者の投降が偽りの可能性もありますが」

「その為の聞き取りだ」

 郭嘉から曹操軍の状況の聞き取りを行わせた。此方の情報は組合とシンパからの情報で比較的、正確な情報が入っているから、答え合わせも出来る。大きな違いがあれば嘘か間違いかを確認出来る。

 俺が指示をしてから答えが返ってくるまで時間はかからなかった。頭の良いやつは仕事も早い。

 郭嘉からの提案は、敵前に大量の兵糧を運び込み、宴を連日行う事で物量差を見せかけて内応や投降を誘うと策だった。

 秀吉の小田原攻めみたいなやり方だ。

 悪くはない。これが普通に提案された策ならば。

 特に手間もかからず出来る策だから、坑道を掘らせながら郭嘉の策を進める事にした。

「宴会をしろ」

 俺はそう命じた。ただし飢えた敵が陣地に襲撃して来て物資を奪われる可能性もあった。だからベニダケ、ハエトリタケ、アミガサタケ、テングタケと言った毒キノコを鍋にして、運び込む兵糧も劇毒物を混ぜさせた。

「兵には食わせるなよ」と注意もしておいた。

 これで敵が兵糧目当てで奇襲をして来たら、郭嘉の投降が嘘っぱちな事が確定する。ああ、でも目を引くから偶然の一致と言う可能性もあるか。その辺りも全部、家臣に丸投げしよう。

 

 

 

 個人として俺が曹操を評価していても、それと戦で手を抜くかは別だ。勝つ為には手段を選んでは成らない。

 一度負ければ破綻する軍事作戦は計画立案段階で失敗してる。危険予測、事故と災害防止で安全管理に気を付けて負けない戦で敵を疲弊させる。これは下手な英雄願望で夢見るより、分相応の生き方だ。

 一方で荊州の民の復讐も忘れない。

 復讐が何も生まないと言うのは大嘘だ。復讐を成し遂げる事は、家族や仲間を失った民や兵を慰撫する事に成る。復讐は心の平穏、生産性の向上、君主への忠誠心など様々なメリットを生む。敵の首を討てばそれで報奨を与え、経済が回る。全て需要と供給が成り立っている。

 何でそんな事を今更、ぐだぐだ考えているのか。

 沸騰しそうな頭を落ち着ける為だ。

「落ち着けるかあああああああ!」

 俺の腕の中で荀彧は死にかけていた。

 敵の襲撃で餌として置いておいた兵糧は奪われた。ここまでは計画通りだった。

 薄暮に紛れて奇襲して来た敵、その将は夏侯淵。予想外の大物だ。

 味方の伏兵が敵奇襲部隊を捕捉し囲み込んだ。俺は投降勧告をしたが、敵は頑強に抵抗した。その戦いで夏侯淵は、せめて俺を討とうとしたのだ。

 狙った矢は俺を貫く事なく、咄嗟に盾と成った荀彧の体にめり込んで居た。

 倒れて来た荀彧を抱く形に成った俺は服も血で染まって行く。荀彧の口元に耳を寄せた。

「劉琦様……お怪我は……」

 うん、明らかに致命傷だな。これどうするんだ。医師を後方の患者集合点から呼んでいる。

「俺は大丈夫だ。お前こそ、死にそうじゃないか」

 俺の軽口に笑い返そうとするが、喋るのも辛そうだ。

「申し訳……ありません。もっと……お役に、立ちたかったの……ですが、もう……無理そう、です……」

 諦めんの早すぎだろ。気合いが足りねえ。生きる根性の無い奴は負けるんだ。

「いや、お前は役に立ったぞ」

 返事は無いが、口は浅い呼吸をしているのでまだ生きている。

「お前が元気になったら、上手い物でも食いに行こうか。桂花」

 真名を呼んでやると微かに口元に笑みを浮かべた。荀彧の傷口を圧迫止血する。

「なぁ郭嘉、これもお前の計算の内か?」

 俺の背後で突っ立って居る郭嘉に声をかけた。

「私は関わっておりません。私の献策に穴があり御味方を傷付けた事は間違いありませんが、私にその意図は無かった。その事は御理解頂けると……」

 こいつ、俺のおっぱい候補生を死なせかけながら、自覚がないし、失敗の責任を負う素振りさえ見せない。いや、そもそも失敗を装った内通者かもしれん。

「ああ、お前は何もやってない」

 医師が駆け付けて来たので荀彧の体を託し、俺は郭嘉に振り向く。

「だったらお前は用無しだ」

 俺の指示で親衛隊が郭嘉を拘束する。手ぬるいのは無しだ。尋問をやらせようと決めた。

「漢にもはや民を導く力が無い。それを建て直せるのは……」

「うるせえ」

 もう御託は聞き飽きた。続きを言う前にぶん殴って気絶させてやった。

 人前で部下を殴る行為は名誉を傷付ける事で、評判を落とし、名士の協力を得られなく成る。しかしここは戦場だ。幾らでも理由が付けられる。個人の生き方を決めるのは権力者であり、この場では俺だ。

「痛め付けても構わんが、内通者かどうかの確証を得てからだ。それまでは慎重に調べろ」と命じておいた。

 この間も俺の優秀な家臣は敵を叩いていた。黄忠は渋っていたが、毒矢もガンガン使わせた。

 包囲の袋は閉じられた。兵糧の運び出しは黙認したと言うか、持って帰ってくれないと準備が無駄に成る。俺の奢りだ。遠慮せずにたっぷりと堪能して貰いたい。

 洛陽の民や兵は、普段の食生活で(ひえ)(あわ)(きび)(かゆ)や雑炊で食べていた。蝗害の後は野菜鍋を食べるだけでも贅沢だ。街には料理店も建ち並び中産階級以上を相手に繁盛していたらしいが、大多数の低所得な民には無縁な食生活だ。日々の食料を調達するだけでも苦労する。

 そこに我が軍から奪取した兵糧が運び込まれる。民にも分け与えるかは知らないが、酷い状況に成る事だろう。皇帝や曹操の口に入る前には毒味されるだろうが、戦う兵には振る舞われるはずだ。敵の継戦能力は更に低下するだろう。

 戦闘の処理が行われる中、関羽に捕らえられて夏侯淵が引き出されて来た。

 水色の色素が薄い髪をした女で、こいつは戦犯夏侯惇の妹だ。

(姉の方は黒髪だが、妾腹の生まれか?)

 姉の不始末は妹に尻拭いして貰う。

「劉琦、貴様もひとかどの将なら正々堂々と戦え。家臣の背に隠れる卑怯者!」

 開口一番それか。謝罪は無いらしい。

「何寝言ほざいてる。お前、戦を舐めてるのか? 俺達は生存競争をしてるんだ。遊びじゃねえ」

 俺の家臣は俺の持ち物だ。生殺与奪の権利は俺にある。そして身近な者を傷付けられた怒りは大きい。感情のままに今すぐぶち殺したくなる。

士元(しげん)、こう言う奴の扱いはどうするべきだと思う?」

 深呼吸して心を押さえつけ、俺は背後に控える魔女の帽子を被った子供、鳳統(ほうとう)に声をかけた。見た目はガキだが、水鏡女学院から推薦され出仕して来た軍師見習いで大人顔負けの知識で中々使える。鳳統と同期で入って来た諸葛亮の方は名前を知っていたが、こいつは掘り出し物だと目をかけてやっていた。

「えっと……あの、まずは圧倒的絶望感と恐怖を与えるべきだと思いますよ。兵隊さんにこの者を貸し与えて見てはどうでしょうか?」

 戦場で闘って居た兵に与える。慰安婦か? 夏侯淵と関羽の顔が歪んでいた。面白い。

「はははははっ、士元。中々、戦を分かってるじゃないか」

「あわわ、帽子が壊れてしまいましゅ」

 鳳統の頭を撫でると俺はそうする様に関羽に指示を出した。

 

 

 

3-2

 

 夏侯淵は凌辱される事を覚悟しただろう。俺は下品な事はしない。紳士だからな。

 それでもあいつの心は恐怖心が勝り綻びが出来た。曹操への忠誠心でどうこう出来る問題では無い。後は崩すのも簡単だ。どちらが勝者か意識させた後は斬首にした。

「華琳様、姉者、私は……」

「言わせねえよ」

 最後の台詞をぶった切って首を落とさせたが、滑稽な死に顔をしていた。嫌がらせも俺の自己満足に近い。

 翌朝、洛陽から見える場所に夏侯淵の首を晒した。これは曹操軍への挑発だ。

 土葬の常識から外れ死者の尊厳を貶める行為だが、先に荊州で虐殺をしたのは向こうだ。此方も容赦はしない。

「貴様ら、よくも秋蘭を!」

 夏侯惇の隊が首を取り戻そうと向かって来る。しかし味方陣地前縁にもたどり着けない。

 火力集中点の一つに猪の隊が入った。

「放て」

 黄忠の号令で味方弓兵から矢が数千本、効力射で放たれた。まともに矢の雨を浴びた先頭集団は崩れる。しかし夏侯惇は怯まない。悲鳴をあげる部下を気にせず突き進んで来る。あれは馬鹿か?

「関将軍に伝令、敵の側面を突くように伝えて下さい」

 俺の膝の上で鳳統が指示を出す。猪の相手を練習として指揮を任せていた。命令は簡単明瞭に分かりやすく伝える。

 ぬるま湯を武人は誇りから拒む。でも死んだら終わりだ。特に無意味な突撃は戦果拡張に繋がらない。ワーテルローのミシェル・ネイにだって戦略的動機はあった。

 夏侯惇と言えば曹操の片腕で武官の筆頭、犬なら主の意に沿って動くべきだ。

 俺がそう思っていると洛陽から伝令の騎馬が夏侯惇に向かって駆けて行く様子が見えた。撤退命令だろうか。俺は夏侯惇に視線を向けた。憤怒の表情で此方を睨んでいた。

「……もう少し挑発するか」

 あの視線に俺は決めた。鳳統の頭を揺さぶった。

「何か考えろ。あいつも討ち取りたいしな」

 小柄な鳳統を膝の上に乗せていても欲情はしない。

 女の価値はおっぱいの大きさで決まる。ちっぱいの需要もあるだろうが、成人女性に相手されない奴だけだ。だから現状、抱き枕か愛玩用動物みたいな物だ。

「あわわ、止めて下さい!」

 悲鳴をあげる鳳統と弄る俺のやり取りを、呆れた表情で周囲から見られたが構うもんか。俺より軍略に秀でた才があるなら、引き出して活用するのが上司である俺の役割だ。

「非才の身ですが全力を尽くしますって言ったのはお前だろ」

「そうですけど……」

 君主は最後まで足掻いて生き残らなければ民を守れない。誇りを持つ者は君主に向いてない。自分の生き方でがんじがらめに成って身動きが取れなくなるからだ。軍師はそんな主の意思決定に助言をする役割だ。任務に基づき、その実施要領について計画する。それが策だ。

 俺は意思を表した。後は鳳統が考える時だ。最後に一押ししておいた。

「お前なら出来る」

「あわわ」

 ちょっと甘い言葉を囁くと顔を真っ赤に染める鳳統だが、やる時はやる。

 鳳統は素早く任務分析、見積、調整等を検討した上で端的かつ的確に今出来る策を組み立てた。

 具体化した計画は、兵士達に行わせる罵声と言う単純な方法で、あの猪の意識を此方に向けさせたのだ。簡単明瞭な策は効果的だった。

「お、部下を振り切って向かって来るな」

 憎しみは良い方向に向かえば未来を切り開く活力と成る。あの猪の場合は視野狭窄に成っているが。

 仕上げだ。指揮官が指揮・統制を放棄した瞬間、猪の隊は烏合の衆と化した。関羽隊は相互支援を適切にして機を見ては蹂躙し貪り食って行く。草刈りしてるみたいだ。

 夏侯惇は矢を切り落とすか巧みに避けていた。部下の方はそこまで化け物染みては居なかった。

 矢を受けて倒れた馬は起き上がろうとしていた。しかし、その上を他の馬蹄が踏み潰して通り過ぎて行く。残るは肉塊だけ。将を射るには馬からと言うが、その通りだった。

「とりあえず、うちの連中に比べてあいつら修行足りねえな」

 関羽の隊は夏侯淵の迎撃に参加した部隊だ。

 一回戦闘に参加した部隊は休養で休みを与えるのがうちの決まりであるが、今回は妹に続いて姉との連戦に成ってしまった。その分、時間外手当ては割り増しする積もりだ。金、地位、名誉でしか忠勤に応えられないのが残念だ。

 関羽が猪と斬り結んでいる。こうなると決着が着くまで終わらんな。

「文若の様子を見に行くか」

 俺は負傷した荀彧の様子を見に行く事にした。

「えっ、宜しいのですか?」

 鳳統は俺の言葉に驚いている。これは信頼の形だ。仕事を投げた訳では無いぞ。

「勝手にやらせておけ。関羽と黄忠なら上手くやるさ」

 あの猪は立場的に曹操を裏切る事はしない。例え世界が敵に回っても最後までその剣で曹操の為に敵を切り伏せてしまう。しかもあいつは戦況を覆すだけの武がある。捕まえても処刑しか選択肢が無いか。

 この後、荀彧を見舞っていると討ち取る事に失敗したと結果が報告されて来た。曹操の親衛隊が出て来て猪を回収して行ったと言う。

「ま、気にすんなって。俺も遊び過ぎた。昨日から連戦で腹へっただろう? 飯にしよう」

 俺は申し訳そうな顔をした関羽達に労いの言葉をかけて一緒に昼食をとった。うこぎ汁がうめえ。

 

 

 

 平和の為なら如何なる手段も正当化される。勝てば良いのだ。

 堰を切った濁流が坑道を伝って洛陽に流れ込む。地盤が水流の勢いで浸食され、そして城壁が崩れるまで時間はかからなかった。

 坑道は洛陽の城壁の真下に掘られていた。流石に皇帝の居る宮殿や市街地を破壊する訳にはいかんからな。これでも被害の範囲は限定する様に配慮した策だ。

 城壁の機能は失われ瓦礫の山が出来ている。敵の防衛に文字通り穴を開けた。

「ふっ、見事だ。良くやったな、曼成」

 口元がにやけてくる。李典も自分のからくりによる成果で満足そうだ。

「んふふ」

 李典は螺旋槍の応用による岩盤掘削機を開発し坑道作戦を成功させた。この時代にドリルって、技術チートかよ。

「袁紹に伝令を送れ」

 洛陽一番乗りは袁紹に譲った。

 液状化で泥濘と化した外周に艀を浮かせ、連合軍は殺到する。これに対して守備側も果敢に抵抗していた。

 矢に射たれ泥に沈んで行く兵の骸。あれも足場には成る。

 兵卒は命令されるまま動く。戦って死ぬ事は契約に含まれる代償だからだ。だから将は給料分、働いて来いと言える。

 ぐうの音も出ないぐらい敵を叩いて手柄は十分なので、最も危険な市街地の掃討作戦は諸侯に任せてうちは高みの見物だ。皇帝の御所や主要な建物の制圧だけでも数日はかかるだろう。

(頑張って抵抗してくれよ)

 曹操軍の抵抗が続けばその分だけ諸侯の軍も損害を受ける。周辺の国力低下は荊州の安全保障に繋がるので良い事だ。

 この戦が終わった後は伝染病が流行るだろう。都の復興も協力しなくてはいけないのがダルい。俺の指示で引き起こした水害だが、伝染病まで責任は持たん。

徳謀(とくぼう)、死体集めて燃やしとけ。目障りだからな。後、洛陽の民に食わせる炊き出しの準備も忘れるな」

 感染経路の遮断、感染源の撲滅、個体の抵抗力の強化って衛生救護の教範に書いてあった。そう言えば性病も伝染病だが、抗生物質なんてこの世界には無いし、兵にも注意しておこう。

「うふふ、優しいですね」

 程普(ていふ)はそう言うと指示に従って下がった。

 見える所で、やることをやっておけば世間に対してうちの評価は悪くならない。人の目がある時に掃除してこそ近所付き合いも上手く行くのだ。

子布(しふ)、引き続き情報の入手に努めると共に、警戒を厳にし、後は適当にやっておけ」

 外哨、斥候の配置等必要な警戒の処置を忘れてはいけない。油断してぼろ負けしたって話は歴史上、幾らでもあるからな。張繍(ちょうしゅう)に負けた曹操とか。

「うむ、承った」

 張昭(ちょうしょう)の返事に鳳統は眉をひそめていた。

 程普も張昭も、孫家から出仕してる身で、正式に俺の家臣として仕官してる訳では無いから俺は気にしないが、俺の家臣の中にはそれを不快に思う者も居る。

 下手に暴発する馬鹿は居ないが、何れは正式に臣従させねば示しが付かない。

 反乱は漢帝国の広域重要指定事件であり、賊将は指定被疑者特別指名手配として名指しを受けた者も多い。顔と名前は全国に出回っており、時間と共に記憶が風化するのは間違い無いが、現時点ではそのまま登用出来ない。人的資源を遊ばせて置く無駄に、残念だと思う。

(やっぱり袁紹が問題だな)

 朝廷は形骸と化している。だから文句を言われる事は無いだろう。

 問題は袁家だ。曹操を無事に討伐出来たとして、この後は袁紹と取り巻きが漢の舵取りをする事に成るだろう。

 そうなると、もう一波乱起きそうだ。

 

 

 

 洛陽では夜通しで掃討が続けられている。連合軍の目的が殲滅である以上、敵も頑強に抵抗する。どちらの側にも理由があり、まったく正しい選択だ。

 普段、城での夜はおっぱいに囲まれて寝る。しかしここは戦場なので、天幕と言う限られた空間しかない。

 俺は陳珪(ちんけい)を呼び寄せた。

 陳珪(ちんけい)は娘の陳登(ちんとう)、他に徐晃(じょうこう)や家臣を引き連れて、俺の保護が欲しいと投降して来ていた。

 曹操の一門や古参の家臣でも無ければ助命する。好んで官吏に成った者達だ。能力も申し分無いだろう。

 しかし陳珪には胡散臭い物を感じた。心の卑しい人間は利用出来るが、誇りのある奴は厄介だ。

(あれは良いおっぱいか? 娘が居ても垂れないおっぱい、生理食塩水が詰まっている訳でもない、夢いっぱいのおっぱい。素晴らしきかなおっぱい……)

 ぷるんぷるんのおっぱいは俺の思考を妨害する。卑怯な策だ。

 曹操と袁紹の件が片付いたら後はのんびり出来る。おっぱいも楽しめる。漢もいずれ滅ぶが俺の生きてる間は延命出来るだろう。後は知らん。

「劉琦様、御召しにより参上致しました」

 艶やかな笑みを浮かべて陳珪は天幕に入って来た。胸元を強調し大きく開いた服装は、淫靡な雰囲気を漂わせている。

「降ったとは言え、敵に仕えていた者と一人で逢うとは剛胆な方ですわね」

 監視と護衛は外に待機させている。話をする為でナニをする為では無い。

「用心しても、駄目な時は駄目だ。そんな気苦労をしてもしかたない」

 苦笑を浮かべながら陳珪は訊いてきた。

「それで私を呼び寄せたのは、夜伽をせよ、とでも仰るのでしょうか?」

「ああ、違う。おっぱいは間に合ってる。それより聞きたい事だ」

 おっぱいと言う単語に反応して、まばたきするまつげが長いな。

「曹操はいつ動くんだ?」

「と言いますと?」

 惚けてやがる。曹操の魅力に引かれて集まった人材だ。簡単に転向する根性の連中とは思えない。

「この世で長生き出来るのは臆病で利己的な者だ。だけど曹操は違うよな。全身全霊をあげて責務をまっとうする。官吏としての献身と自己犠牲は大した物だ。自らの正義を他人に押し付ける根性もある。あいつこそ王と呼べるだろう。そんな曹操がこのまま負けるか? それは無いな。再起を図るなら今頃、洛陽を捨てている。だったら乾坤一擲の大勝負を仕掛けて来るだろう。俺はそう確信している」

 おっぱいを楽しむ空気は消えて、陳珪の紅紫色の瞳が揺らいでいた。

「おい」

 俺の言葉に音も無く周泰(しゅうたい)が現れた。陳珪は目を開いて驚いている。

 周泰は孫家所縁(ゆかり)の武官で、俺の身辺警護と連絡に当てられている。

「違う、まだ早い」

「え、あ……はい!」

 俺の手振りで周泰は慌てて姿を消した。あいつ、段取りを間違えやがって。猫グッズは没収だ。

 溜め息を吐く俺の続く言葉を陳珪は黙って待っている。咳払いをして空気を切り替えた。

「曹孟徳の身柄を渡せ。そうすれば俺が生きてる限りは、お前らの将来も保証してやる」

「どうして私が嘘をついてると?」

「おれのおっぱい好きは調べれば分かる事だ。あまりにも露骨過ぎる。この段階で曹操は諦めていないって分かるだろう」

 簡単に降伏はしない。兵を無駄死にもさせない。機会をうかがって最後まで足掻くのが曹操だろう。

「なるほど。そうすると私が劉琦様に寝返って協力すると信用なさるのですか?」

「まぁな。それに俺を裏切ったら、お前の娘も係累もいたぶってから皆殺しにしてやる。犯されて生きたまま解体される様子とか見物(みもの)だろうよ。史記の黥布(げいふ)列伝や漢書の食貨志も楽しそうな事が書いてあったな」

 俺の恫喝に陳珪は不快感と不安の色を浮かべていた。故事にも通じており、意味が分かったのだろう。

 史記の黥布列伝や漢書の食貨志には中華民族の食文化が記載されている。その中には食人もある。そう考えたら食われるよりはましだ。

 秦の降兵二十余万人を坑殺(いきうめ)した黥布なんかは人に出来ない事が出来るヒーローだな。そこに痺れる、憧れる。

「真面目な話、俺は荊州さえ守れたらそれでも良い。お前らが恭順するなら受け入れるだけの余裕はあるからな。協力すれば見返りはくれてやる。だから大人しくして、怪しい動きはしない事だ」

 俺の笑い声が天幕の中に響く。

 

 

 

3-3

 戦争とはとどのつまり、五銖銭を何枚まで支出出来るかの財政力が決め手と成る。金さえあれば人も消耗品も幾らでも調達出来るからだ。一騎当千の猛将を揃える事が出来れば100人は10万人の働き手となる。

 まぁ、実際に10万と100人が戦えば、火力指数、戦力点数と、防御側の修正で地形、準備日数と言った戦力比の算定を含まなければ、正の平方根(10万の2乗-100の2乗)でほぼ無傷の99,999.5生き残る。あくまでも数学上の数字だが、数の力は個人の武さえ凌ぐと言える。だから数を揃えれば良い。そして世の中は金だ。

 しかしこの世界で錬度の高い曹操軍は、数字の理論を越えて連合軍相手に勇戦していた。準備日数に応じて防御陣地の強度は変化する。曹操の備えが十分だったと言う事だ。

 闇が覆う天文薄明の時間、洛陽の中心部で大規模な爆発が確認された。そして都の四方で火の手が上がり、赤々と染まる空に黒煙が立ち上っていた。

「始めやがったな。何を使って爆破したんだ。まさか火薬か?」

 中国大陸には天然資源が多数眠っている。ガス田もその一つだ。それに気付いて利用したなら凄すぎる。

 洛陽の消火で連合軍はてんてこ舞いとなっていた。しかしこれは序曲に過ぎなかった。

 洛陽の郊外で偽装し隠蔽されていた敵が袁紹本陣を襲撃、連合軍の兵糧庫である俺の陣地も襲撃された。

「ふーん。陳珪、お前の言った通りだな」

 陳珪の情報で曹操軍の奇襲は知っていた。だが連合軍には消耗して貰いたいので知らせはしなかった。

 味方の全般前哨は抜かれ、戦闘前哨も抜かれ、戦闘陣地の前縁に忽然と奇襲部隊が現れた。ここまで見付けられなかったとは、敵ながらまったく見事な隠蔽だ。

 敵の先頭集団が掲げる牙旗が闇夜に目立つ。

「来たな」

 うちに向かって来たのは曹操直卒の親衛隊。袁紹より俺を評価してくれたらしい。光学機材も何も無いのに夜間行軍で攻めて来るのは凄いと思う。

 それに、此方の予備隊による逆襲を拘束する為に行った複数の目標への同時攻撃も素晴らしい。袁紹の阿呆に予備隊投入の時期を判断出来るとは思えん。洛陽の火消しに駆り出されているだろうから、慌てて呼び戻しているのだろうか。

「劉琦様、ここは私達に任せてお下がり下さい」

 黄忠は俺の身を案じてそう言ってくれたが、それは断る。

「何を言ってるんだ。お前らの晴れ舞台じゃないか。特等席で見せて貰うぞ」

 最高のショーが始まるんだ。見逃せない。

 俺には降伏を勧告すると言う選択もあった。曹操を降し鷹揚な所を見せる。上手くすれば曹操に心酔する家臣を此方に引きずり込めるかもしれない。

 しかし、それはナンセンスだ。俺は脅威を放置はしない。殺れる時に始末すべきだ。

 防御における黄忠の役割は、敵の進出に応じて所望の時期と場所に、部下を指揮し矢の雨を集中発揮して、敵を撃破する事だ。

 突撃破砕射撃は、敵騎兵と随伴する徒歩部隊の突撃を破砕する為に、戦闘陣地の前方で始める宴だが、既に敵味方が入り乱れて曹操軍は浸透しつつある。

 袁紹からは景気の良い情報で「曹操軍的士気低下落」「曹操退出漢歴史舞台」とか伝わって来ていたが、負けてるにしては敵の士気と錬度が高い。主君と共に戦う最後の守り、親衛隊であるからだ。

 と言う事で、近接戦闘部隊に対する密接な矢による支援を行おうにも、こうも敵味方が入り乱れては、黄忠と言うか、弓兵は部隊としての活躍が出来ない。技量が求められる個々の戦闘に成ってしまう。

 ここで頼みにするのは関羽だ。

 陣地防御を行う場合、関羽は戦闘地域守備隊、予備隊又は警戒部隊として使用される。そして必要に応じて逆襲を行う。

 逆襲をやるのは、今でしょう!

「愛紗、俺は知己のある曹操を阿呆な袁紹や有象無象に討たせるのは忍びない」

「お任せ下さい。曹操殿の御首級(みしるし)、この関雲長が上げて見せましょう」

 関羽は義に厚い。焚き付ければ、俺の意を深読みして勝手に盛り上がってくれた。

「頼んだぞ」

 個人の武で関羽は秀でている。これで曹操も終わりだ。

 鳳統の立案した防御計画に従って俺は陣地正面で曹操軍を拘束した。さらには関羽を投入している。

 その間に隣接する友軍は、俺の位置からは見えないが敵の側翼を通過すべく動いていた。後方の遮断を指向したのだ。

 友軍の指揮官は馬騰(ばとう)の名代でやって来た馬超(ばちょう)で、地味な見た目の奴だが騎兵と言う機動力を持ってるから、ぴったりの役だ。是非とも、皆で協力して成功させたい。

 目指す所は世間一般で言う所の包囲で、曹操を討ち取る事だ。

 指示は出した。後は報告を待つだけだ。黄忠を呼ぶと膝枕をさせて俺は寝る事にした。何だかんだと言ってもまだ夜だしな。睡眠は貴重だ。

 

 

 

 感覚的に30分ぐらいは寝ただろうか。黄忠に起こされた。

 まだ空は薄暗い。

「どうした、紫苑(しおん)

 二人だけの時は真名を呼ぶようにしている。しかし甘い空気は無く、外から剣戟の戦場騒音が聴こえて来た。

「敵か」

 寝起きの気だるさは掻き消え、新鮮なもやしを食べたみたいにしゃきっとした。

「はい、劉琦様」

 曹操の家臣はよくやっている。敢闘精神は大した物だ。

 天幕の外に出ると味方第一線は突破されていた。関羽は夏侯惇に食い止められており、まだ曹操の首を取れてない。

 返り血か、あるいは本人の物か。曹操は血まみれで戦っていた。

 黄忠が矢を射るが大鎌で弾き飛ばされる。

 曹操の視線が俺を捉えた。その瞬間、アドレナリンが分泌されているのか、何だか背筋がゾクゾクした。

 どちらからと言う訳でもなく、お互い自然と笑みが浮かんだ。

「よくここまで来たな、曹孟徳殿。Come on(こいよ).Let's Party(遊んでやるぜ).」

 俺の声が聴こえたとは思えないが、奴には俺の意志が伝わったのだろう。曹操は獰猛な笑みを浮かべて雑兵を葬りながら此方に向かって来る。脇を固めるチビッ子二人も鬼神の如く暴れていた。家臣の武を信じるのは良い事だが、子供まで戦わせるのは俺の好みでは無い。

 子供は好きだ。待つのが長ければ長いほど、成長した時が楽しみだ。

 曹操も俺を待たせて楽しませてくれる。

流琉(るる)季衣(きい)、下がっていなさい」

 この段階でこいつが影武者と言う事は無いだろう。これだけの観客と舞台で偽者であれば、勝っても負けても世間が許さないからな。

 曹操は大将同士の一騎討ちをお望みの様だ。チビッ子と親衛隊が下がったので、俺も黄忠を下がらせて曹操が息を整えるのを待った。

「全部、貴方の仕業(しわざ)だったのね」

 地位と金を手に入れても落ちぶれるのは早い。曹操がその証明だ。

「何の事かな? 私は何も知らない」

 嘘は言ってない。過大評価されてるな。

「もう騙されないわ」

 気が強い曹操が這いつくばった所が見たい。きっとギャップ萌えするだろう。

「何なの。そんな風に見て」

 おっと、じろじろ見すぎた。

「強引に迫られたら断れないから、私、困るわ」

「ははは」

 お互い笑い声を上げながらも空気がどんどん張り詰めて行く。

 曹操は前傾姿勢でダッシュして来る。鎌が俺の足下を刈り取ろうと迫るがサイドステップして避けた。

 が──そこには南蛮から手に入れた我が軍の増加食、バナナの皮が落ちていた。

(はっ、何それ!?)

 滑る俺は、転んで剣を手放してしまった。周囲の者は王の決闘と見なして手出しをしない。今すぐ助けろよと思ったが、声援を貰うだけだ。

 曹操は俺の剣を蹴り飛ばした。そして斬撃が襲いかかって来る中、俺は無様に這いつくばって避けた。

「見苦しいわよ。悪足掻きは止めなさい」

「諦めが悪くて申し訳無い。諦めなければ何度でも戦えるからな」

 軽口を返しながらも俺の体は曹操の攻撃を避ける。

(武器、武器は無いか)

 配膳を行う天幕の傍らに調理器具が並んでいた。

(あれだ!)

 俺は女に暴力を振るうのは嫌いだ。だが今は仕方無い。

 俺の人生を終わらせない。嘘だと思いたくない。生存本能が俺に得物を握り締めさせた。

「ちょいな!」

 フルスイングですりこぎ棒を曹操の側頭部に喰らわした。頭蓋骨が陥没して鼻や口から血を流しながら、曹操は何が起きたか分からない顔をしている。

 曹操が落とした鎌を俺は手にした。無茶苦茶重いぞ、これ。小娘の細腕でよくも振り回せた物だと感心する。

「Hasta la vista, Baby」

 曹操の家臣が絶叫を上げる中で俺は鎌を振り下ろした。

「華琳様! 嘘だ、こんなの嘘だ! お前ら許さない!」

 チビッ子達が向かって来る。一騎討ちを汚す積もりかと俺の家臣はチビッ子を拘束した。

 二人は曹操の首チョンパされた死体を前に泣き崩れた。

「華琳様、どうして……嫌……嫌よ! ああああああああ──っ!」

 うるせえ、黙れ。喚くな。今すぐ殺すぞ、と内心で思いながらも外聞があるので言葉は選ぶ。

「曹操は君主として責任を果たした。お前ら子供は家に帰れ。これは大人が始めた戦だ。お前らが付き合う必要は無い」

 可愛い子は飽きないが、ガキは対象外だ。俺のおっぱいに加えるまでも無い。だから解放する。他の親衛隊は殺すけどな。

「来ないで!」

 黄忠が手を差し伸ばすと水色の髪のガキが叫んだ。そして俺を睨み付ける。

「私は許さない! 貴方を恨みます。私、絶対に許しません!」

 恨みは消えないか。面倒臭い。

「口では何とでも言えるが、もう諦めろ。戦は終わりだ。今までの事は忘れろ」

 覇道を望んだ結果、曹操は自滅した。漢にとって不必要な人間だったと言う事だ。

 曹操が漢を継承したとしても、同性愛者では後継者は生まれず、乱を呼び起こした事だろう。

「お前らはまだ、平穏な暮らしに戻れる」

 俺は今の生活を守りたいだけで、諸悪の根源は乱世を望む者だ。


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