一将功成りて万骨枯る   作:キューブケーキ

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1.俺は劉琦様

1-1

 

 豪華な寝台、鳥のさえずりが目覚まし代わりとなる。控えめな声がかけられた。

劉琦(りゅうき)様、お早うございます」

 傍らに侍る女官に優しく起こされて俺の一日は始まる。

「ああ、おはよう」

 女官のおっぱいを軽く揉みながら応える俺は劉琦。

「あぁ……だめです……!」とか言われてるけど、無理矢理ではないからな。

(ナイスおっぱい)

 おっぱいを揉むのは挨拶だ。睦事(むつみごと)の様に愛撫をするには日が高い。だから優しく触れるけど、感度が良いのか、首を反らせて嬌声を漏らし愉悦に呑まれている。

 良い声で反応しくれるから、つい調子に乗ってしまう。俺が悪いんじゃない。彼女の為で、仕方がないんだ。

「可愛いぞ」と耳元で囁き、くちづけをする。で、なんやかんやと朝からハッスルしてしまった。

 気に入った女官を侍らせて人生を堪能しているようで、俺は人生の生き方に悩み模索中の男だ。

 俺の親父は劉表、前漢景帝の子、魯恭王劉余の末裔で荊州(けいしゅう)を牧として治めている。要するに本物の皇族の末裔で特権階級の富裕層だ。

 荊州は孫子が言う所の衢地(くち)だ。どうせなら益州とか端っこが良かった。

 将来、群雄割拠の時代がやって来る。そうしたら荊州を欲しがる奴はわんさかと出てくる。……つまり俺は嫌でも、クソッタレな世界を生き延びる為に戦う時が来る。

 俺は長男と言う事で、何れは国を背負わねばならない立場だ。

 運命と言う言葉は嫌いだが、敷かれたレールは存在する。例えば、親父から生前贈与と言うか修行の一貫として荊州北部にある新野城を与えられた。

 これが小さい城でな、練習にはもってこいだった。親や家臣、民に期待されている。そして民の税で俺は育てられたと言う自覚もあった。

 権力を持つ強者が弱者を導くのは生まれながらの義務だ。これを怠る事は許されない。

 平民に生まれていれば兵役や納税とかもあるから、結局は誰しも食って行く為に働かなくてはいけない。俺は利益を還元し、食い扶持を稼ぐ。

 次男の劉琮(りゅうそう)は異母弟だが仲も良く、今回も俺に着き従って新野城に赴任した。でも親父の部下の蔡瑁(さいぼう)は快く思って居ない。

「軍は私塾とは違う。お遊びでは務まらない。そしてお前らは兵士ですらない。本物の兵士が我が兄、劉琦の御為に戦う為の盾だ。お前達は盾として死ね」

 劉琮は新兵の人格を否定し、誇りを壊し我が軍の一員とすべく教育を行っていた。

 怒鳴るのは教官、助教として付けられた校尉や古参兵が行う。

「生き残ったその時こそ、我が兄の兵士となれる。その時までお前達は等しく盾の価値しかない」

 戦をするなら指揮系統確立は絶対条件だ。命令に従わぬ兵はいらん。

 だから徹底的に自尊心をへし折る。朝鮮人のやる注入式教育と言うやり方で、後は競争心を煽りながらやる気を与えてやる。

 少なくとも他所よりは良い職場だと俺は信じている。給料も休日も各種手当ても保証している。

 賊や罪人の糞共の処刑で度胸を付けさせたり、劉琮は新兵の心を掴み精神的支配下に入れていた。うーん、やっぱり頼りに成る身内は最高だな。

 今日の所は、可愛い娘も居ないし他所に移動するか。

「さーて、城下の見回りでも行くか」

 コネと言うのは大切だ。地元の名士、名族と知り合い人脈を築く事は、今後、楽をする為だ。利用出来る物は利用する。内政は文官にぶん投げて、俺はそう言った調整を行う。

「店主、変わりは無いか」

 新野城に赴任してから馴染みとなった本屋に顔を出した。この店主、意外に顔が広く本屋は道楽でやっている。本業は手広く多角経営の総合商社と言った感じだ。

「これは劉琦様、お勤め御苦労様です」

 満面の笑顔で寄ってくる店主。俺は少し距離を取る。

 全くこの世界は変わってる。店には製本された天然色の本が並んでおり、巷には服飾、化粧品や食材、嗜好品等と様々な物が流通していた。建築資材や武具、日用品にも鉄器が普及している。

(歴史の知識なんてあてにならんな)

 民が飢えている。漢王朝は腐敗し、生活が困窮して賊に身を落とす。そう言う話を聴いていたが、俺の周りでは笑顔が絶えない。これは親父の統治が優れていると言う事ではない。

 腐っているのは一部だけで、大袈裟に騒ぎ立てられている。

(誰かが大乱を引き起こそうとしている?)

 実際に、うちの領内で不正をしてるやつは、庶民のガス抜きも兼ねてぶち殺す。

 と言っても綱紀粛正何てやり過ぎても息苦しいだけだ。やり過ぎなければ目こぼしはする。このやり方で反乱は起きていない。賊の発生も数えるほどだ。

 恩と義理で人は動かせる。そこに金があれば言う事は無い。

 例えば戦もそうだ。いかに気持ち良く敵を倒せるか。効率良く損害を減らして倒しても、人々の心に訴えかける物が無ければ誹謗中傷される。勝利とは心を掴む事なのだから。

 今の生活に不満は無い。前世は一発逆転、東芝の株で信用取引レバレッジ最大をやって追証が発生し破産した。ある意味、楽になれた。最低から最高ではないが最適な生活に生まれ変わった。

 この世界では何もしなくても収入を得られるが、頑張れば頑張っただけ収入も安寧も手に入れられる。方法は簡単、人脈を作り人を右から左に紹介すれば良いだけだ。

 親族や血縁に頼るだけでは人材も限られる。そこで、こうやって市中を見回ったりして縁を繋ぐ事もやってる。

「劉琦様のお陰で組合は、全国に4000もの店が提携する大規模な物に成りました」

 それは良いが、俺はホモじゃねえ。指を絡めてくるな。

「商売の融資が成功すれば皆が幸せになれるな」

 やんわりと手を離して更に距離を取る。邪険に扱え無いので面倒くせぇ。

 組合は資金の調達にも役立つ。楽市楽座を信長はやったと言うけど、あれは国家が運営する社会主義の経済に近い。現代日本でも全労済、農協、商工会議所とか色々な組織が存在した。組合を潰せば、絶対に自由経済で発展すると言う物でも無いと言う事だ。だから組織力の低い商人達に組合の設立を推奨した。利点も沢山出来るからな。

 金、物、人、情報が集まる組合に影響力を持つ事は俺にとって力に成る。

 無条件では信用しない。それは怠惰である。人の善意を疑うのは卑しい事では無い。危機管理の意識の問題だ。特にこの世界ではな。

 

 

 

 世の中はゲームと同じで敵と味方に分けられる。協力出来るなら味方、出来ないなら敵だ。俺は宦官とだって折り合いをつけてやっている。少額でも定期的な賄賂を贈って名を売っている。いざと言う時に便宜を図って貰う為だ。

(と言うか、まもなく黄巾の乱が始まるのか)

 未曾有の国難が訪れる。その時、諸侯は朝廷の命で賊の掃討に駆り出される。それはうちも同じだ。

 そこらで目についた食堂に入った俺は定食のメニューを眺める。

 コロッケ定食、フライドポテト定食、肉じゃが肉抜き定食、じゃがバター定食、ジャガイモカレー定食、ポテトサラダ定食、じゃがいもグラタン等々、食文化は古代中国とは思えない程に発達している。

(調味料や食材の種類が多い。どうやって漢に普及したんだ?)

 考えても仕方がない。あるがままに受け入れるだけだ。

 俺は適当に選んで注文した。そして出来上がるのも早い。

「お待ちどうさま、焼き香蕉(バナナ)定食です」

「うむ」

 店の娘の尻を挨拶代わりに一撫でする。むふふ、弾力があって良い尻だ。

「きゃっ」

 顔を真っ赤に火照らせ恥ずかしがって走り去るのは、俺の周りに居る女官と違って初々しくて良い。

 うちの女官は俺のお手つきばかりで反応も新鮮味に欠ける。たまにはお茶漬けが食べたく成るのと同じだ。

 真の男はあらゆる女を認める。何故なら、あどけなき少女でも孕ませる事は出来るからだ。老婆もロリババアなら許す。見た目、イケテるなら立派な女性として認めてやろうでは無いか。

 食べると言えば食事だ。

「さて、食うか」

 俺の前に焼き香蕉と麦飯、納豆汁の定食が並べられる。南蛮から渡ってきた貴重な栄養源だ。ほとんど山ばかりの漢帝国でフルーツは限られている。だからこの料理は大流行していた。

 麦飯に焼き香蕉を乗せ、納豆汁をかけてぐっちゃぐっちゃに潰しかき混ぜる。そして飲み干すのが正しい食べ方だ。

 ぐっちゃぐっちゃにしていて思う。まるで朝鮮人の弁当だ。

(味も大切だが、見た目どう食べるかを気にしないのも問題だな)

 人の生き様もそうだ。『どう死んだか』よりも『どう生きたか』こそが大切である。

 俺は生き抜いてやる。俺以外の家臣、民草が死に絶えても俺さえ生き残れば荊州は滅びぬからだ。どんな場所で生きようと、我が力で世の中を変えれる。この先、どんな道を進もうとそれは俺の選択だ。

(この糞不味い料理も俺の選択だな……)

 飯を食い終わった俺は郊外の共同墓地に向かった。

「ご苦労さん。どうだかみさんの調子は」

 馴染みの守り番に声をかけた。こいつは産後の妻が家で帰りを待っている。朋輩としての意識は団結を生む。だから俺は身近な者の個人情報は頭に叩き込んでいた。

「はい劉琦様、お陰様で異常ありません」

 好意を稼いで置くのも布石だ。いつかこいつの妻と会う機会があるかもしれんからな。

「かみさんに喰わせて栄養をつけてやれ」

 守り番に差し入れを手渡すと施設の中に入る。

 ここでは医療や防疫の研究を行っている。送り込まれた罪人は生体サンプルとして切り刻まれ活用される。

 名医に数えられる華佗を誘致出来たのは幸いだった。あらゆる臨床試験を認可しており、華佗は人々を救う為だと嬉々として仕事に邁進していた。脳梁(のうりょう)を切除して分離脳を作ったり、野犬の首と罪人の胴体を繋げたり、娼婦を介して性病を、流民を介して疫病を感染させるとか、優性遺伝の理論やら中々、面白い研究をしていた。

 一方で人体に有害な成分の発見も進んでいる。病原菌や劇毒物だ。俺は戦で味方の損害を減らすべく、これらの発見を利用させた。

「劉琦様、ここは素晴らしいですな。皆が病を根絶する為に寝食を忘れる程、取り組んでいる」

 華佗は笑顔でそう言うが、ここは牢獄だ。医師や研究者を掴まえて放さぬ為のな。

 前に進もうとすれば袋小路にはまる。だから無理に進むより立ち止まった人は強い。

 守りの姿勢こそ現状を認識し視野が開ける。だから投資も出来る。

 

 

 

 俺の元には様々な人材が訪れる。多くは俺を見極め仕えるか判断する為にだ。

 雇うのは俺なのに上から目線じゃ気分が悪いわ。

 今回はそうでは無かった。

「お側に置いて貰えませんか。お役にたちたいと思います」

 そう言って仕官して来たのは荀彧、数年前に人拐いから助けた少女だった。

 この娘、若輩ながら名士を次々と輩出する荀家の出で、麒麟児と巷でも噂されている。その気に成ればコネだってあるし、中央での役職や仕官も望みのままだろう。それがわざわざうちに来た。

「荀文若、お前は物好きだな。うちは確かに中原と江南を結ぶ要だが、都に比べたら色々と劣るぞ」

「その様な事、劉琦様にお仕え出来るなら問題ではありません」

 答える荀彧の容姿を観察する。まだ成長途中か、身長、胸囲共に足りない。だが俺に仕えたいと言う心意気は買ってやる。

「うちでは年若いからと官吏を遊ばせて置く余裕は無い。覚悟しろ。荊州の為に馬車馬の様に働いて貰うぞ」

 荀彧は金髪を揺らして力強く頷いた。

「はい!」

 この時代は身分制度が厳しく、官位を持つ者とそうでない者の差は隔絶している。

 平民の搾取と虐待。気に入らないと権力者は民に暴力を向け命さえ簡単に奪えた。何の罪があったのか? 無実でも無実の罪と言う罪だと捏造出来た。正にやりたい放題である。

 しかしそれは民を統べる者として相応しくない。品位に欠ける行為だ。

 官匪は漢帝国を滅ぼす獅子身中の虫と言え逮捕か処刑すべき相手だった。

 しかし現実は目こぼしされ、私腹を肥やしてやがる。

 だから俺は親父の為にも風通りを良くしてやろうと動いた。

「どれにしようかな」

 荊州の地図を前に(ひょう)を投げる。刺さった場所が今回の目的地だ。

 豪族の不満分子を処断する。これは州牧であるうちの親父の権威を見せつける事に成る。奴等の貯め込んだ財産は国庫に入れるし、領内は引き締められる。良いことづくしだ。

 俺は直接手を汚す事はしない。世間での印象って大切だからな。信頼のおける武官、関羽を呼んだ。

 関羽は俺の情婦でもある。しかし公私を切り替えられる良い女だ。

「ここの一族、好き放題にやってるんで邪魔に成ってきたから、ちょっと行って皆殺しにしてくれるか」

 俺が多くを語る前に、関羽は何か納得したのか頷く。

「民草を苦しめていると噂を聞いております。性悪な連中、叩き直す事も出来ぬなら処断も仕方ないでしょう。承りました」

「ああ、だが若い女子供は助けてやれ」

 ロマンチストで過去を忘れず男は復讐に走るが、女は昔の男なんてすぐに忘れる。儒教の教えがどうの、品位に欠けるとか関係無い。現実主義だから状況を受け入れる。子供は幾らでも教育で書き換えられる。やっぱり周囲の環境の影響が大きいな。

「それは真っ先に処断すべきでは無いでしょうか。情をかけても遺恨を残す事に成りましょう」

 眉をひそめ異論を唱える関羽だが、まあ一般的な見解だな。俺とは見えてる物が違う。

「何処にでも居る普通の家族。善き父、夫、兄であったかもしれない。だが民にとっては最悪をもたらす者であった。その事実を確りと教えてやれば良かろう。考え違いをさせるなら、それは俺の努力が足りなかった結果だ」

 お陰で死ぬならそこまでって事だな。

 俺は「頼むぞ、愛紗」と真名を呼び、拱手(きょうしゅ)の礼をした関羽の肩を叩いた。

 

 

 

 治安部隊や民兵グループは正規軍の補助的な役割がある。外敵が侵攻して来る有事に備えて実戦経験を積む良い機会だった。俺は新兵に合流する様に命じた。

 関羽が手勢を率い疾風迅雷と出発して行くと、後続として弟が鍛えている新兵を、物資の輸送と死体の処理に送り出す。兵士は血に慣れる事が必要だからな。戦の雰囲気も体感出来る。

 責任者は最終確認をする義務がある。

 関羽の仕事は早い。俺にとって邪魔者は始末してくれる。

 俺は制圧した街に悠々と入城した。我が兵士は、痩せ細った民に食事を配給している。

 宣撫工作ってやつだ。

「劉琦様だ」

 俺に気付いた民が感謝の声をあげる。

「劉琦様、有り難う御座います」

 劉琦様、劉琦様と騒ぐ民に笑顔で手を振り、屑の首と御対面に向かう。

 素直に縛につく連中でも無いから生き残りは女子供だけに成ったそうだ。

 街は綺麗に清められており血の臭いもしない。屑が幾ら死のうと構わんが、民の生活を乱せば収益も減る。それは宜しくない。だから整理整頓、清潔清掃は当然だ。

 遊んだ後はお片付け、殺した後は清掃。社会の常識だな。

 とは言ってもこの時代、町の道端には糞尿が普通に垂れ流しされている。俺の前世でもバスの中で女性がやって注意され、逆ギレの暴行を起こした事件があった。中華の民族性は凄い。数世紀経とうが変わらないって事だ。

 だけど俺は不潔なのは我慢できない。何かヤバい病気が流行るからだ。

「準備出来ました」

「よし、いっちょぶわぁーっと行こう」

 死体を作る時は後始末に配慮する。纏めて燃やした。

 立ち上る煙を眺めながらぼんやりと洋画の葬式シーンを思い出した。神父か牧師が台詞を言っていた。

(ashes to ashes, dust to dust、いやこの場合はdustよりgarbageの方が正しいか?)

 何しろ殺される連中は、殺されるだけの罪を犯して来たゴミだからな。

 

 

1-2

「あっ、劉琦様、んっ……悪戯は駄目ですぅ……」

「むふふ、良いでは無いか」

 若い女官に膝枕をして貰いながら俺は今後の生存戦略を考えていた。嘘じゃないぞ。いかに来るべき乱世を生き残るか。これが難しい所だ。

「ひぁ! 劉琦様がいらっしゃるから動けないのに……そんな所ばかり触らないで」

 太股を撫でるとくすぐったいのか、可愛らしく痙攣していた。哀願する様に劣情を感じさせる。

 するとドタドタと足音が聴こえて来た。

「劉琦様、大殿より火急の使者が参りました」

「何だ、親父に隠し子でも居たか?」

 そんな冗談を言いながら使者を通した。拝礼しようとするのを止め用件を告げさせる。

「急用なのだろう? 挨拶は良いから話せ」

「はい、袁術配下の孫堅が南郡に攻め寄せて参りました。樊城(はんじょう)に於いて黄祖将軍が果敢に抵抗しておりますが、敵の兵力は圧倒的。劉表様より参陣のご指示です」

「ふぁっ?」

 孫堅、江東の虎と自称する中二病っぽい奴だと思っていたが、うちに攻めてくるとは覚えていなかった。孫堅は三國志の英雄、ガチで勝負するには不味い。主人公補正で此方が負けると思った。

「豫州から来るのに、どうやって此方の警戒を突破したんだ?」

 豫州は荊州の東、南郡は新野城の西。間には俺の新野城があるのにだ。競合地域である南陽郡で動いていたら流石に気がつく。考えられるとしたら江夏郡から水路を利用した浸透であろうか?

「それは後で考えれば良いでしょう。孫堅だけでも手強いのにこの上、袁術軍主力が到着すればどうなるかは明らか。兄上、ここは急ぎ父上に合流すべきかと」

 親父の物は将来、俺の物に成る。すなわち俺の私有財産が脅かされている。それは許せねえ。

「劉琮、関羽。お前達にここを任せる。背後を突かれてはかなわんからな」

「お任せ下さい。兄上の留守は確りと御守り致します」

 俺は襄陽城(じょうようじょう)の親父に合流すべく兵を率いて南下した。

 

 

 襄陽城に入城した俺は親父と合流した。親父は漢水の水運を使い、俺より先に到着していた。情報も早いな。流石は領主様だ。

「遠路、御苦労だったな」

「父上の命とあれば地獄の底まで御供します」

 畏まった口調とは裏腹に俺はニヤリと笑みを投げかけた。

「はっはっはっ」

 親父は機嫌良く笑うと俺の肩を叩き、軍議の席に招いた。本当に儀礼を重んじるなら使君とか呼ばないといけないのだろうけど、ここには身内と家臣しか居ないので親父もざっくばらんだ。

 親父の傍らには蔡瑁の野郎が居やがった。視線が合うと一礼して来た。

「孫堅の仕掛けてきた戦は孫家開闢以来の愚挙であると考えます。これを討ち滅ぼすは我ら荊州、劉表様の家臣として正義であり武人の名誉であります」

 軍議が始まると最初の発言は、蔡瑁の精神論的な発言だった。

「ごたくはいいから、本題に入れよ」

 俺の言葉に蔡瑁は顔を歪める。

「敵は樊城を包囲、黄祖将軍は敵中に孤立しております。どの様に救援を行うべきかが目下の議題であります。敵は大兵力で袁術の資金によって装備も優れていますが、地の利なく、我々が大義に基づいて行動すれば解囲は容易いでしょう」

 蔡瑁の言葉に苦笑を浮かべる親父や武官連中だった。言葉を飾った所で現状は変わらん。俺は親父に意見具申した。

「父上、俺は来たばかりだし、ちょっと偵察に行って来ても良いですか?」

 親父の許可を得ると早速、俺は敵情を自分の目で見るべく少数の供周りを連れて前線に向かった。英傑と言う物を直に見たかったのだ。

「何だと……!」

 だけど予想外の光景が広がっていた。

 略奪と殺戮が行われている。自分の領土に組み込もうとするなら民を虐げてはならない。

 だが、それを行っていたのは孫家の兵達であった。

 特に長女の孫策は血塗れで、兵士も民も関係無しに殺しまくっていた。

 くすくす笑い声をあげながら切り殺して行く姿は恐ろしい。そして俺の視線も釘付けだった。

(何て見事なおっぱいだ。ぷるんぷるんとしてはち切れんばかりじゃないか)

 組合の情報網で孫策が女だと言う事は知っていた。特徴的な褐色の肌と桃色の髪、報告書にあった似顔絵にそっくりだ。だけどおっぱいについては書かれていなかった。

 俺好みではあるが、あいつを倒して俺の女にしてやる、とかはチラリとも思わなかった。

 何しろ相手は猛獣。油断すれば此方が喉笛を食い千切られる。

 猛獣を倒すには散弾銃とか猟銃だろうけど、火薬式の武器は俺の手元に無い。

「あれ使うか」

 劇毒物使用、毒矢による奇襲を思い付いた。卑怯とは言わせない。相手も非道を行う連中だ。目撃者もぶっ殺せば後腐れ無い。

 侵略者の親玉を殺せば荊州は平和に成る。殺さねば民の暮らしが脅かされる。

 だから俺は悪くねえ。

「糞共を必ず全部ブッ殺せ」

 俺の指示を伝えると伝令が足早に走って行った。

 外聞もあるし広言は出来ないやり方だが、成功すれば親父は黙認するだろう。

 

 

 

 孫堅の後を継ぐべき孫策は気分屋で、よく周りに迷惑をかけており古参武将から叱責を受けていた。

 だが彼女には生まれ持った動物的直感と言う最大の特技があった。故に配下の者は誰も彼女の心配をしない。信頼していたのだ。

 その事を俺は知らなかったのだが、殺戮の血に酔っていた故に孫策には油断があった。

(とりあえずあいつから潰すか)

 俺は陽動を開始した。堂々とあいつの前に俺は姿を現した。

「孫伯符、我が領を犯し民草への虐殺、断じて許せん。これ以上の暴虐は俺が止めて見せる」

「誰よアンタ?」

 桃色の髪をかきあげながら孫策は俺を見下した視線で問いかける。

「腐った袁術の犬に答える舌は持たぬ」

 あ、でも我が領とか言っちゃった。でも俺が誰かまでは気付いてないみたいだ。

「いい度胸ね」

 孫策が真顔で斬撃を放って来た。あぶねぇ、避けたら後ろの木が木っ端微塵に成った。

「なんちゅう攻撃をして来るんだ」

 ぞっとしながらも俺は計画に従って孫策を伏兵の位置まで誘き寄せる。後退する途中で何人かの部下が倒されてしまった。仇は必ず討つ。

 俺を追って孫策は隘路に入った。腐れ外道め、天誅を食らわせてやる。

「今だ、放て!」

 甘寧の奇襲部隊によって落とされた大岩が孫策の退路を断った。続けて矢の雨が彼女を襲う。

 孫策に続いていた孫家の兵は主人を守ろうと盾となるが次々、矢に射たれ倒れていく。残るは孫策のみ。実に勿体無い女だがやむを得ない。

「とどめを刺してやれ」

 俺が部下を煽ったら、「雪蓮!」と大声が聴こえた。岩で塞いだ退路から騎馬が一騎、飛び込んで来た。

「母様、どうして!」

「馬鹿娘を守るのも親の務めだ」

 孫堅だ。ムチムチとした色香を放っており、子持ちにしては体の線も崩れておらず美しい。

 何とも凛々しい姿だが、岩を越えて来たのは彼女だけだった。

「くっ……!」

 剣を振り回し矢の雨を凌いでいる。母娘揃ってなんちゅう身体能力をしてるんだ。

 だけどこれは戦なんだ。感動の再会やご都合主義な救援が間に合うなんて事はあり得ない。

「かっ……あっ……!」

 二人はじわじわと体力を削ぎ落とされ、矢の雨に針鼠となって倒れた。泥と血にまみれて無惨だ。

 華佗の発見した病原菌、マジ強ぇ。ちょっとかすっただけで致死量だからこれだけ食らえば死ぬわな、当然。

 よく見ればまだピクピクと痙攣している。命も風前の灯火か。だが油断はいかん。

「息の根を止めてこい。ただし遺体は丁重に扱え」

 生きていても邪魔だが、死体なら役に立つ。

 俺は孫権に会談を申し込んだ。母と姉の不在で彼女が遠征軍を指揮している。

 会談の場で脇を固めるのは古参の将、黄蓋と軍師の周瑜。対して俺は身に寸鉄も帯びず、供も置いてきた。

「孫文台殿、孫伯符殿は我が軍が討ち取りました」

炎蓮(いぇんれん)様と雪蓮(しぇれん)を? あり得んな」

 周瑜は軍師でありながら現実を認めない。

 一方で、俺の言葉に表情を変える孫権。脇に控える黄蓋は鋭い視線で此方を観察している。

「元々、我らと孫家の間に恨みはない。御遺体をお返しいたします」

 俺は死体を凌辱して喜ぶ性癖は無い。反応が無いなんて詰まらないからな。

「うあああああああっ!」

 疑ってかかっていた様だが、遺体と対面すると孫権達も流石に動揺を見せた。叫び声をあげたのは周瑜か。

 連中は混乱しており、家臣の中には誠意を見せた俺に殺意を向けてくる者さえ居た。だが誠意を見せた俺を斬れば悪名が広がる。そこら辺は阿呆でも分かる理屈だ。

 孫権は感情に耐えながら口を開いた。残され家を継ぐ者としての自覚か。

「御配慮に感謝します。しかし我らは亡き主君の命により、引き下がる分けには参りません」

 袁術の命令による出兵孫堅が死んでも義理を通す価値があるのか疑問だ。

「それですよ」

 俺は素直に疑問を投げかけた。

 なぜ袁術は動かないのか。俺が兵を率いて来るまで猶予はあった。袁術軍が孫堅軍に合流していれば、此方の損害は計り知れない。だが敵は勝機を掴まず、逆に孫堅と孫策が死んだ。

「誰が一番、得をするのか」

 荊州を攻める孫堅。双方が共倒れをすれば絵図を書く者にとっては理想的だろう。勝てば荊州が手に入る。負けても孫堅の鍛えた軍勢が手に入る。

「本当に倒すべきは誰だか心当たりがあるのでは無いですか?」

 はっとした表情を浮かべる孫権。一方、周瑜は俺に厳しい視線を向けてくる。

 俺が囁いたのは、袁術と孫家の間に疑心暗鬼の不和を生み出す為の毒だ。効果はじわじわと効いてくるはずだ。

 こいつらが撤退しない場合、漢水の江賊やヤクザを扇動して兵站をかき乱してやる。食中毒を流行らせて苦しめてやるのも楽しそうだ。

 

 

 

 孫権がどう動くか色々と考えていたが、杞憂に終わった。

 孫権は夜を徹して軍を返し袁術を攻めた。孫家の戦意は高く瞬く間に旧袁術領を制圧したが、袁紹が袁術の仇討ちを名目に軍を派兵、孫権はこれも撃ち破った。

 しかし国力など持たない孫家は継戦能力の限界に達していた。一方の袁紹は宦官に訴え、孫権討伐の勅許を求めていた。袁紹は名家の面子にかけて引き下がる分けには行かなかったのだ。

 悪いのは袁家で、俺も何とかしてやりたかったが、袁家は腐っても名門。孫権ごときとは影響力が違った。

 賄賂を贈って来ない孫権は宦官に受けもよろしくない。故に孫権討伐の命が下された。

「孫権は朝敵、か」

 荊州にも勅使が来た。親父は俺に諸侯との顔繋ぎも兼ねて行って来いと丸投げして来た。

 新野城に戻った俺は家臣を集めて相談をした。

「孫権を追撃しないと聞いた時は驚きましたが、深謀遠慮の策、袁家をここまで疲弊させるとはお見事です」

 家臣は離間の計と俺を褒め称えるが、スッキリしないな。

「だけどこれでは袁紹を助ける事に成る。孫権討伐に参陣せよと言う命令だが、どうするか」

 うちは皇族の末裔、それでも袁紹の風下に立つ事となった。

「頃合いを見て孫家の将を引き抜き、あるいは保護してはどうでしょうか」

 荀彧は新参者と言う立場に臆するされることなく、堂々と見解を述べた。

 荊州を治めるうちにとって人材は少ない。この機会を活かして人的資源の確保を行うべきだと。

 確かに滅ぼされる事に成る孫家なら吸収するのも悪くは無い。それなら討伐に参加する意味もある。

 侵略者であった孫家に家族を殺され復讐したい民も居る。諸悪の根元であるくそったれの袁術は取り巻きの豪族や官吏と共に孫権達が皆殺しにしたから、俺としてはもう復讐はどうでも良い。賊軍であっても漢にバレなければ匿っても問題にならない。保護する事が今後の乱世で荊州が生き延びる術と成る。

「基本、その線で行こう。行く面子だが、劉琮は残れ。俺が死んだらお前が後を継ぐ立場だからな」

「はい、兄上のご指示に従います」

 指揮官と次席指揮官が同じ船に乗る事があってはならない。船が沈めば一気にスタッフが壊滅するからだ。例えるなら織田信長の政権を支える中枢が本能寺の変で壊滅し、織田家が滅んだのと同じだ。

 信長と嫡男信忠が死んで残ったのはぼんくらばかり。そりゃ秀吉の良い様にされるわ。

 

 

 

 諸侯の軍勢や義勇兵から成る官軍による孫家討伐。

 官軍の総大将に任じられた袁紹のお顔を拝みに行く前に、俺は準備の為に動いた。

 これからの戦を感じさせないうららかな日差しの中、それは実行した。

 金髪と白い肌。何処が漢人なのかと思うが、その特徴は袁家を表している。

 川で水遊びをする袁紹主従。その周囲を金色の武具を纏った親衛隊が警護している。しかしざるだな。

 護衛の数は少ないし、俺の位置からは視姦出来るぐらいだ。俺は林の中に伏せていた。

「そろそろです」

 甘寧の言葉に頷く。

 喚声が聴こえた。部下に身分を隠して雇い集めさせた者達が、ケツ拭いて待ってた。そして頃合いを見て襲撃に移った。

 一斉に飛び出した襲撃者は、護衛を数の力でねじ伏せて警戒を突破する。脆すぎる。俺の兵なら失格だ。

「何事ですの!」

 慌てて衣を身に纏う袁紹の前で護衛の兵が次々と倒されて行く。親衛隊の名が泣くぞ。

「お命頂戴する」

「させるかぁ!」

 側近の武官は主人の盾として立ち塞がる。しかし数で押され始めていた。

 流民を雇い襲撃させる。計画通り上手く行っている。だけどこのまま死んで貰っては都合が悪い。

 頃合いを見ていた俺は供回りを連れて、馬を走らせ襲撃者に切り込んだ。

「そぉい!」

 俺の斬撃で敵の首が転がって行く。駆けつけた振りをして袁紹は救出、襲撃者は全員殺して証言者を消す。

 我ながら、計画が上手く行きすぎて怖いくらいだ。

「どなたか存じませんが、御助成、(かたじけ)ない。此方は袁家当主の袁本初様、貴殿の御名前を御伺いしても」

 討ち漏らしは無い様だ。死体の数を数えていると、袁紹の家臣が謝辞を述べて来た。

 俺は名乗った。

「俺は荊州の劉琦だ。本初殿に怪我は無い様だな」

 俺の視線の端で袁紹は侍女に着付けの介助を受けている。濡れた体に着た衣類の着心地が悪いのか、体をひねったりもじもじしている。

「何と、劉表様の御子息であらせられますか。これは御無礼を」

 改めて礼をさせて下さいと言うが、俺は兵を率いてこの地にやって来たばかり。宿営地の手配もあるし後程、参陣の報告も兼ねて御伺いします、と応対した。

 向こうも当然と納得する。だが俺はここで更に好感度を稼いでおく事にした。

「本初殿、ここで知り合ったのも何かの縁、帰りの護衛に俺の従者を半分、同道させしましょう」

 襲撃にあったばかりで護衛の数も減っている。目に見える形で貢献できる。

「あら、劉琦様は親切ですのね」

 皇族の末裔である俺に様の敬称を一応、付けてはいるが何か上から目線だ。単に阿呆の子か?

 無礼で非常識な者は実力も知れている。袁紹もその程度の器量と言う事だな。

 国を守るのは言葉だけではない。目に見える武力が抑止力となる。民を信じ諸侯と同盟を組むにしても、絶対必要な力だ。

 俺は颯爽と駆けつける事で袁紹に恩を売り、力の一端を見せつけた。

 国家に真の友人は存在しない。やるかやられるかだ。最初の掴みとしては悪くないスタートだ。

 

 

 

 歴史に転換期や特異点があったとしたら、袁術が倒れた事だろうか。

 南陽郡は豊かな地であった。だが孫権と袁術の戦い、そして袁紹と孫権の戦いで疲弊した。孫権は袁紹の侵攻を撃退した後、戦力の回復を行うべく豪族の私兵である部曲に限らず、民からも大規模な動員を行っていた。それは生産力の低下を意味する。

 本拠地の渤海を離れやって来た袁紹は、接収した地方領主の屋敷に討伐軍の本営を置いていた。太守と言う地位は諸侯を束ねる総大将として不足無い。俺は袁紹を襲撃から救った事と、名家の生まれと言う事で次席指揮官の地位を得た。

「劉琦様、私は曹孟徳と申します」

 隣の席に座る金髪クルクルヘアの娘が話しかけてきた。曹操は宦官の孫と言う卑しい生まれだが、歴史を俺は知っている。だから友好的に対応した。

「貴様が曹孟徳か。中々の切れ者だそうだな。活躍を期待してるぞ。まぁ、うちはコネだけはあるから金以外の事なら大抵、相談に乗れると思う」

 飾らない言葉に曹操は驚いていた。

「そ、そうですか。有り難う御座います」

 俺が曹操や諸侯から挨拶を受けていると、頃合いを見て軍議が開かれた。

「皆さん、今回は私の為にお集まり頂き有り難う御座います」

 袁紹の開口一番な言葉に、お前の為じゃねえよ、と内心で皆が突っ込みを入れたはずだ。

「お馬鹿さんな孫権さんは愚かにも劉表様を攻めましたけど、尻尾を巻いて逃げたと言うじゃありませんか。それにも飽きたらず、今度は高貴な私に刃向かって来ました。名門中の名門である袁家を敵に回すとは、即ち漢を敵に回すと言う事ですわ」

 以下省略、袁紹は長々と喋りっぱなしだった。だから途中から俺は聞き流す事にした。

 これだけの官軍を動かすと兵糧も大量に必要と成る。

 この頃の漢は農村が多く重工業は存在しなかった。逆に言えば農作物の自給率は高い。

 だから金のある袁紹が兵糧を負担してくれていた。

 それだけは役に立っているな。

「麗羽、本題に入ってくれないかしら」

 お、勇者が居た。

「ちょっと、華琳さん、人がお話をしてるのに口を挟まないで下さるかしら。まだ終わってはいませんわ」

 俺の隣に座っていた曹操がうんざりした口調で口を挟んだが、かえって袁紹を調子づかせた様だ。

 うちの荊州もそこそこ金がある。まもなく黄巾の乱が起きると言う知識で、各地から米を買い漁っている。そうすれば米の相場が動く。どんどん釣り上がって行くが、その分、市場の流通量が減り庶民の口に入る量も減る。

 結果として蜂起を助長する。それは乱世の始まりを加速させ、俺にもチャンスがやって来る。

(結局、戦で適度に間引かれるから食料事情も好転するし、その後に出生率も上がるし、日常の大切さを認識するから平和への近道かもな)

 勝てる戦を選んで戦う。先ずはこの戦からだ。

 官軍と孫権の戦は南陽郡を襲う三度目の戦禍となる。多くの民が巻き込まれるが仕方ない。それに荊州にとっては民を殺された復讐戦でもある。

(何人か良い人材を確保出来れば儲け物なんだが、孫家が玉砕するまで抵抗されると厄介だな。どうやって接触するか……)

 俺が色々、考えている内に袁紹の演説も終盤に差し掛かって居た。

「それに、これは聖なる戦いですのよ。私達が孫権さんを討たねば誰がやると言うのかしら?」

 袁紹は正義のヒーロー気取りでそう言うが、獣の血が騒ぐ戦いだろう。皆、飢えた虎や狼に成る。心まで武装しろとは言わないが、頭のネジがぶっとんでるのは確実だ。

 袁紹と目があったので俺は軽く頷く。勝ち方は大切だからな。悪評は千里を駆ける。

「私と同じく高貴な血を継ぐ劉琦様は、他の皆さんと違い名家なだけにお分かりの様ですわね」

 文句の付け所の無い勝利こそ俺は求める。

「まったく、目立ちたがりの馬鹿ね」

 曹操の呟きに反応して視線を向けると彼女と視線が合った。お互い苦笑を浮かべた。

(曹操は幼児体型で男に日照ってるから女に手を出してるらしいな)

 最低限の情報交換、行軍序列の割り振り等で議事は進んで行く。

 袁紹は本気で勝つ積もりだろうが、頭が足りていない。四世三公を輩出した袁家と宗室の流れを組むうち。どちらも名家だが、最後は本人の努力だ。

 袁紹は恵まれた立場に甘えている。それでは勝てる戦も負けてしまう。総大将が阿呆だからと言っても共倒れは御免だ。

 俺の明るい生活を守る為にやるべき事は多い。荊州を守る事は前提条件だ。

 世界の片隅ではなく要所なので厄介だ。

 うちに喧嘩を売って来た孫堅、そして親玉の袁術は消えた。荊州の平和の妨げに成る者は皆、殺す。その覚悟はある。だけど今回の目的は人的資源の確保、忘れては居ない。

 軍議といいながら攻撃計画は決まらず、中身としては実り薄く、ほとんど諸侯の顔見せだけで終わった。流石にそれでは不味いので、俺は斥候の派遣により更なる情報収集を進言した。

「お任せしますわ」

 袁紹は簡単に了承したので、用件は済んだ。行動に移すべく宿営地に戻ろうとした。

「劉琦様」

 しかし袁紹に呼び止められた。なんじゃらほい。

「まったくあのちんちくりんは、私に嫉妬してるのですわ」

 御自慢の金髪をいじりながら袁紹は俺に不満を漏らしている。曹操とは真名を交換する間柄だが生意気だとか、あの髪型は自分に対する憧れだとか思い込みも混ざっている。

 他人の愚痴に付き合うほど鬱陶しい事は無い。このまま袁紹に付き合っていては日が暮れる。

「それなら曹孟徳には手柄を立てる機会を与えない。後方に配置すればどうでしょう。本初殿は孫権相手に負け戦をされたが、最後に勝てば良い」

 とりあえず目についた敵にぶつけて消耗させ磨り潰す方法もあるが、曹操は三國志の英雄。簡単には潰せないだろうから出世の機会を潰す方向を勧めた。

「そうですわね。華琳さんには後詰めをして貰いましょうか。米蔵の番人がお似合いですわ」

 何と言っても、道義的にも討伐の勅許が出た官軍には正義がある。

 だけど討伐は簡単に済まないはずだ。賊軍の汚名を被った孫権には後が無い。だから戦意は高い。

 古来より名将は天才ではなく変人である場合が多い。名将を支えたスタッフこそ優れて居たと言える。孫権の軍事行動を支える将と軍師をもぎ取れば、抵抗力も削がれる。

「民を苦しめない為にも、速やかに孫権を撃ち破りましょうぞ」

 勿論、建前である。

 

 

 

 袁家の名声と勅許と言う錦の御旗で集まる有象無象の輩。お陰で官軍と孫権の兵力差は10倍まで膨れ上がって上がっていた。これだけあれば孫家を潰すことだって出来る。

(幾ら袁家が金持ってると言っても出費がでかそうだな)

 戦費の報奨は略奪の自由と言う形で報われる。

 報告によると、諸侯の兵は各地で略奪をしながら進んだ為に、進行は遅々として進んで居なかった。一方、親父の率いる荊州兵は南陽郡を解放、俺は長沙から豫州に入った。汝南を落とす事は官軍の最終目標だが、俺は着実に地固めをした。

 捕虜はそのまま荊州に送り、ふるい落しにかける。此方に鞍替えをするか、役立たずで朝敵の賊として扱われるかだ。そして孫権には、不幸にして刃を交える事に成ったが落ち延びるなら受け入れる用意がある、と密かに伝えておいた。お陰で敵の抵抗はほとんどなく、此方も無駄な攻撃を行なう必要が無かった。

 たまに話が伝わっておらず襲って来る奴も居たが、孫権から通達の行って無い身内以外のMOBだろうから、此方も遠慮なく反撃し叩き潰した。

 まともに孫家の猛者を相手にしていたら荊州の損害も大きい。八百長試合を申し込んで良かったと思う。

 初めに投降して来た有力武将は孫家の宿将である黄蓋だった。黄蓋と言えば投降を偽装して火攻めを成功させた逸話を思い出すが、今回は孫家を生かす事に繋がるから裏切りは無いと思う。

「袁紹にはしてやられた。わしらは負けた様じゃな」

 疲労感を漂わせて黄蓋は言った。

 普通に考えて消耗戦に持ち込めば官軍は勝つ。孫権は負けだった。

 黄蓋の大きな胸から顔に視線を向けて俺は答える。

「いや、お前らの選択は正しい。意地を張っても民を苦しめるだけだ。まぁ悪い様にはしないから任せろ」

 黄蓋は頭を下げた。

「宜しく御頼み申す」

 黄蓋は連絡と調整の為に俺の所に残り、他の兵や官吏は家族共々、後方の荊州に送り出す。

 いくらうちの領内でも、本来は捕らえたら処断すべき賊軍の将だから自由に出歩く事はさせられない。暫くは不便をかけるが我慢して貰う。

(全部が全部、助けられる訳じゃないしな。そこは仕方ない)

 神ならぬ身、己に出来る事も限界があるが、主だった将と家族は救えると思う。

 

 

 

 袁紹の従妹、袁術は字を公路と言い、汝南汝陽の人、司空であった袁逢(えんほう)の子……って、そんな事はともかく、豫州の汝南郡は、袁家発祥の地らしい。と言う事で袁紹は聖地奪還に燃えていた。

 袁紹が従妹の復讐にどの程度の感心があったのかは知らん。曹操や俺らにとってはアウェイで無理に血を流す必要は無かった。

 とりあえず参加した諸侯は稼ぎ時と言わんばかりに略奪に邁進し、北東の魯国、梁国、沛国を制圧。潁川群で抵抗を受けている。俺達、荊州兵は南から進撃し汝南郡に一番乗りをしている形だ。

 袁術が倒れた時点で、袁家は面子を失っている。袁紹には、下がった袁家の威信を取り戻す事は出来ないだろう。

 今後、ライフラインの復旧等でも莫大な金が必要に成る。袁家の資産は湯水の如く消費されるだろう。従妹のつけが高くついたな。

(そう言えば株と妹って漢字が似てるな。置き換えると意味が全く違って面白い)

 等と考える余裕すらあった。

 結局、この戦は賊軍の将、生死不明の形で終わった。

「孫権の首、この手で取りたかったですわ」

 威勢の良い言葉を袁紹は言うが、このお嬢様は、実際に人を殺した事は無いだろう。

「本初殿は胆が太いですな」と上部だけ誉めておいた。

 高笑いをする袁紹と別れて俺は、火事場泥棒の様に孫家の面子を連れて帰国した。

「劉琦様、この度の御配慮に感謝致します」

 プライドの高そうな女だが、孫権は躊躇無く俺に頭を下げた。孫権の胸を覗く形に成ったので、楽しみながら俺は告げる。

「孫仲謀、借りはいつか返して貰うぞ」

「はい」

 荊州は人口が多い。前に人が多いなら、と親父に言って税率を他所より下げてみた。

 するとますます人が増え、税収が増えた。産業革命以前の時代で農業主体ではあるが経済活動も発達している。

 北朝鮮がミサイルを撃ったとか、アメリカが空母を派遣したとか地勢リスクで為替や株価が変化すると言う時代では無いので、内需で補えている。孫家が来ても負担は少なかった。

 今回の討伐で朝廷には「50萬的孫家将士全被殲滅」「最震撼的戦役」等と報告を成されており、これは住民の殺害数も含まれている。

 実際、孫家の将兵はうちの荊州兵より戦闘力があるはずだ。数はうちの方が多いけど1対1なら負ける。三國志の英雄相手に勝つ自信は無い。だからこそ奇策や武器に頼る。それで孫権の母と姉を殺した。幸い孫権は俺達に感謝していたので、婚姻や姻戚関係で無理に血を入れ無くても信頼関係は出来た。

「朝廷から見たらお前達は逆賊だが、俺はそうは思わない。荊州で心と身体を休めると良い」

 俺としては荊州を守ると言う大義があるので、利用できる者は利用する。その為の布石だ。

「孫家の力、如何様にでもお使い下さい」

「先ずはそうだな……知り合う事から始めよう。お前達の事を教えてくれ」

 俺には荊州と自分の生活を守と言う目標がある。それで孫家の将にうちの連中を鍛えて貰えれば良い。

 袁紹に対しては、愚者を導くのは高貴なる者の務めと適当に吹き込んで置いた。袁紹はただの暗愚では無い。馬鹿っぽい所もあるが寛容さも併せ持っており、民を慈しむ心もある。多分な。

 だから、袁家はこれから復興に忙しいだろう。此方を窺う余裕は無いはずだ。


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