彼方に輝く明星へ   作:さくい

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第1話

 オレンジ色が空を彩りどこか物悲しさを感じさせる夕方。帝都ザーフィアスから半日程離れた草原のど真ん中に茶髪の女の子と紫の羽織を着た無精髭の生えている中年の男がいた。
 女の子は地面に敷いたシートの上に座り込みカチャカチャと機械類を弄っており、中年の男はその様子をしゃがんでぼーっと見ている。


「ここの銅線をもう少し増やして、ここに基盤を嵌めて……エンジンの回転数を上げなきゃ駄目か……うーん、もう少しエネルギー補填量を増やして……」

「ねえリタっちー、もうそろそろザーフィアスに戻んない?おっさん朝から立ちっぱなしで疲れたんだけど?」


 リタと呼ばれた少女は自分のことをおっさんと呼ぶ男、レイブンをちらりと見てすぐに視線を元に戻し機械を弄りながら面倒そうに呟いた。


「今しゃがんでるじゃない」

「いや、そういうことじゃなくてね……」


 バッサリと苦言を切り捨てたリタの言葉にレイブンはガクリと肩を落とした。初めて会った頃から変わらない淡白というか……素っ気ない態度のリタ。そんなリタを見てレイヴンはふと目の前にいる少女や、旅を共にして来た仲間達のことを思い出した。


 始まりはユーリとザーフィアス城の地下牢でのちょっとした出会いから。そして暫くしてカプワ・ノールでユーリと再会してラピード、エステル、カロル、リタの新しいメンバーと出会って騙す形でラゴウの屋敷に潜入し、聖核(アパティア)を探したこと。

 更にカプワ・トリムでユーリと遭遇した直後にリタに追い掛けられたこと。

 それから少し置いてシュバーンとしてカルボクラムからヘリオードへとシュバーン隊に連行されるのを見届けたり、レイヴンとしてケーブ・モック大森林について行って死にそうになったこと。

 その後戻ってみればユニオンと帝国が衝突しそうになったり、バルボスが築いたガスファロストまでユーリを除いた一行と行きバルボスの最期を見届けたこと。

 一連の事件が終わってすぐにドンからベリアルへの届け物を託されてユーリ一行とまた遭遇してご一緒になったり、船でノードポリカを目指している途中で幽霊船に遭遇して乗り込んだこと。

 そのノードポリカで魔物が暴れ周っているその時にザギという狂人がユーリに熱烈に愛を叫んだり、その混乱に乗じてラーギィに紅の小箱を奪われてカドスの喉笛まで追いかけると其処にエアルクレーネがありまた死にそうになったと思ったら突然見たことのない魔物が現れてエアルを吸収してったこと。

 マンタイクで準備を整えてコゴール砂漠に入ったはいいものの不気味な魔物と対峙して力尽きて倒れ、起きたらヨームゲンという町で保護されていたこと。

 その後ノードポリカでハリーの失態によりベリアルが死に、その途中でジュディスが船の魔導器を破壊して離脱。更にダングレストではドンが孫のハリーの責任を取るために首を差し出した。

 ドンの死によって悲しみに暮れるもユーリ達は立ち上がり、ギルドの仲間であるジュディスを迎えに行くためにテムザ山へ。それによって何故ジュディスが魔導器を壊したのかを知り、始祖の隷長のフェローに会いに行きエステルの秘密を知った。

 フェローから様々な話を聞き、目指したのは歴史を知るクリティア族の街ミョルゾ。ミョルゾに着き満月の子の伝承を聞いて飛び出したエステルを追い、シュバーンとしての任務のためにエステルを誘拐。

 誘拐したエステルをアレクセイに引き渡し、バクティオン神殿で追いかけて来たユーリ達と対峙。

 シュバーンとして刃を交わし、一度死んでいる身であり空虚な自分に終止符を打つ為にこの神殿を墓場に定めてユーリの刃を自分から受けた。そしてアレクセイによって崩れ行く神殿からユーリ達を逃がす為に心臓魔導器を暴走させて崩落した天井を支え、そして潰れ行く神殿と共に散ったはずだった。

 だが運命の悪戯か悪魔の仕業か、しぶとく生きていたが故にユーリ達を追いヘラクレスへ。どうせ死んだ命、殺してくれるなら本望とユーリ達に言えば全員に引っ叩かれて許された。

 ケジメをつける為にエステル救出に参加し、ザーフィアス城にてアレクセイに操られたエステルと対峙。救出するもアレクセイを取り逃がし、彼が向かったザウデ不落宮へ。

 そこでイエガーと対峙し、打ち倒してアレクセイと打ち合い、世界の生まれ変わりを望んだアレクセイの手によって太古の災厄である星喰みが星を覆い、崩れ行くザウデ不落宮と共にアレクセイは絶望しながら落命した。

 星喰みを打倒すべく動き出し、エアルの乱れを抑制する方法をリタが見つけ、始祖の隷長達が精霊に転生し、エアルと物質の中間にあるマナを見つけた。

 それらを合わせて打倒出来ると判断して、星喰みとの決戦に意気込んだ直後に古代ゲライオス文明の遺産タルカロンが浮上。

 タルカロンにてデュークと戦い、和解し、そして星喰みを打倒する事が出来た。


 等々思い出せば暇がないほどに深く関わりを持ってきたユーリ、ラピード、エステル、カロル、ジュディス、パティ、フレン……そして目の前で機械を弄っているリタ。

 彼等には様々な面で助けてもらい、また助けてきた。とりわけリタには心臓魔導器関連で救われていて助けられている比率が大きい。というよりも現在も定期的に心臓魔導器の定期メンテナンスをしてくれていて尚更に頭が上がらない。
 助けてもらってばかりだと内心でレイヴンは苦笑しつつもそれを苦に感じないのは、それらを自分の中で消化して返してきているから。

 ちなみに何故今日一日リタの機械弄りを見ているのかというと、三日程前にリタから『デートしましょ』というお誘いがあったからだ。
 それに浮かれてわくわくしながら待ち、その日を迎えていざ待ち合わせに着くと嫌にデカイ麻袋を荷車に乗せて待っているリタがいた。
 それを見た時点で嫌な予感を感じつつ声を掛けると挨拶もそこそこに荷車を渡されてここまで来たのである。少女の誘いに浮かれて乗った結果がこれである。悲しきおっさんの性ここに極まれり。

 とは言っても最初こそガッカリはしたもののレイヴンは考え方をポジティブに変えた。そう、つまり今日一日中この茶髪の美少女をじっくりと好きなだけ見れる事が出来ると。
 あからさまにいやらしい思考だがそう考えないとやっていけない。だっておっさんは女の子が好きだから。そう考えたらさっきまでのがっかりは空の彼方に消し飛び残ったのは欲望に忠実な自分。ただし、ノータッチ精神で見るだけに留まる。
 紳士とはしっかりとそういう関係になってから初めて同意の元に優しく手を出すものなのだ。


「あ……」


 空を見ながらつらつらと今日一日を振り返っていたレイヴンの耳に小さい声が届き、続いて走る音がこちらに聞こえてきた。

 其処に視線を向けると切羽詰まり慌てた様子のリタが自分の方向に走ってきており、視線をもう少し奥にやるとバチバチと紫電を纏う如何にも爆発寸前の機械が映った。


「ちょっ、リタっちどうしたの……!?」

「おっさん早く逃げるわよ!爆発するわ!」


 その言葉を聞きすぐにレイヴンは行動を起こした。直ぐ側まで来ていたリタの手を取り紫電を放つ機械とは逆の方向に走り出すのと同時、紫電の規模が大きく広がる。


「チッ!リタっち!」

「きゃっ!…え、なんでっ…!!」


 このまま走ってでは逃げきれないと判断したレイヴンは、自らがリタの上に覆い被さり地面に伏せることでリタを守ろうとした。


 リタを守ろうとして咄嗟にとったその行動、その何かを覚悟した表情。それらはリタの目にバクティオン神殿で自らの命と引き換えに自分達を助けようとして弓を番えた姿と被って見えた。

 肉体が弱り決して浅くない傷を負った状態で生命力を糧に心臓魔導器を過剰に動かし、崩れ行く神殿から自分達を救おうとしたレイヴンの覚悟の姿。

 それはリタにとって初めてに等しい親しい人との別れ。ベリウスが死に逝くのを見届けた時とはまた違う深い悲しみと絶望が胸に去来して狂おしい程に締め付けた。


 今の状況はその時とほとんど同じ…いや、事の原因が自分にある時点で尚質が悪い。原因が自分である以上その被害を被るのは自分だけでいい。

 そう思いレイヴンを退かそうとしても固く抱きしめてきて身動きすることすら許してくれない。

 そんなリタの考えを察知したのかレイヴンはリタに話し掛けた。


「ちょっとリタっち、あまり暴れないでくれるとおっさん嬉しいなぁ」

「何言ってるのよ!これはあたしが原因なの!それならあたしがおっさんに被害がないようにするのが道理ってもんでしょ!?だから早く退きなさい!!」

「まあまあ、ここはおっさんに任せて。それに、可愛いおにゃのこを守るのがおっさんの役目なのよ」


 そう冗談めかして言い序でとばかりにウィンクをするレイヴンを見てリタの思考は白に染まった。親しい人が、大切な仲間が自分のミスが原因で傷つこうとしている。

 それに機械の暴発はかなりの規模になるとリタは理解している。今爆発しそうになっている機械はエアルの代わりとなり世界に満ちている新しいエネルギー、マナを使った機器の作成。

 マナとはエアルと物質の中間に位置するエネルギー。魔導器なしで術を行使できる満月の子の力とエアルを摂取する事で己の活力とする始祖の隷長からヒントを得て、全てのものはエアルからなるという仮定を組み更にエアルと物質の中間に位置するマナを見出した。


 レイヴンの心臓魔導器以外の全ての魔導器がなくなった今、マナを活かした新しい技術の開発が急務。だが、エアルとは違うエネルギーでありその扱いは当然エアルとは異なる故の危険が付き纏う。

 今回は先日完成させた小型の動力の起動実験及び改良を目的としており、そのエネルギーは下手を打てば小さな街を全壊させる程の爆弾となり得る危険な代物。

 だからザーフィアスから離れた何もない草原にまで来たのだ。周りに被害を出さないために。だが、結局は大切な仲間をこうして危険に晒している。


 危険を承知している。それなら一人で来ればよかった。

 だが、自分はこうしてレイヴンを同行させている。それは、レイヴンなら何があっても大丈夫だという甘えがあったから。

 後悔と自責の念がリタの頭を支配する。そして、その念は一筋の雫となって表に出てきた。


「……ごめん、あたしの、せいで……」

「気にしなさんな、こういうこともあるって。次は失敗しないようにすればいいのよ。それにおっさんは頑丈だからね。こんな爆発くらいケロっと受け流せるのよ?」


 あくまで冗談めいた態度を貫くレイヴン、だがその頬に汗が伝ったのをリタは見逃さなかったが、それを言葉にはしなかった。自分のために身を投げ打とうとしているレイヴンを見て、その覚悟を感じたから。

 レイヴンはそのリタの様子を見て僅かながらに苦笑した。最初会った頃は問答無用でファイアーボールを打ち込もうとしていた少女が、今や自分を思って涙を流している。

 それを嬉しく思いつつ、来る衝撃に備えた。




 そしてその数秒後、紫電を纏った爆炎が二人を襲った。

 爆発の威力は草木を消し炭に変え、大地を抉り巨大なクレーターを残し、其処には何も残らなかった。

 爆発した機械の破片も、人の形をしたものも、生物の欠けらさえも。



 その後、謎の大地震を確認した帝国は直ぐに騎士団を派遣して震源地の調査が開始され、派遣された騎士達は一様に驚愕に表情を染めた。

 何故なら巨大なクレーターが震源地と推測された地点にあったから。

 そして、懸命な調査虚しくわかったことは何一つとしてなかった。どうして起きたのか、それが魔物によるものなのか、人によるものなのか、はたまた星喰みに変わる新しい災厄が訪れたのか。


 何も分からず、その手掛かりを何一つ掴めず。ただ、人々から目撃された情報によりこの爆発の同時期にリタ・モルディオとレイヴンが大きな荷物を持って帝都を出ているということがわかった。

 星喰みの件を解決した人物達の中の二人という事もあり、現皇帝であるヨーデルはこの二人が何かを知っているのではと推測してフレンを中心とした騎士団の面々に捜索を命じた。

 また、エステルを始めとしたユーリ、カロル、ラピード、パティ、ジュディスといったかつての仲間達も消えたリタとレイヴンを探したが……これ以降、二人の姿を見た者は誰もいなかった。





 ーーーーー


 全身に鈍い痛みが走りレイヴンの意識が覚醒した。


「……っ、ここは……」


 寝起きでぼやけた視界が少しずつ鮮明になり、やがてはっきりとして写る。木の中にある家、それが此処を見た時に一番に感じた感想だった。
 何故自分が此処にいるのか、最初はそのことに若干混乱したがすぐに思い出した。マナを使った機構の失敗による爆発でリタを庇って共に爆発を受けた。

 それを思い出した瞬間に跳ねるように身体が動いて、止まった。

 何故なら身体中に数えるのが億劫になるほどの傷があり全身に包帯を巻いている様は明らかな重傷人。その身体で動けるわけもなく痛みに顔を歪めるが、今大事なのは目視出来る範囲にいないリタのこと。


「何やってんだい」


 無理矢理に身体を動かそうと奮闘するレイヴンの耳に届いたのは老齢の女性の声。痛みで生理的に涙が出てきているせいでボヤける視界に入ったのは髪色が桃色の老女。
 恐らく、自分を此処に保護したであろう人物を視界に収めてレイヴンは混乱していた脳内を無理矢理治めた。
 混乱するよりも現状を把握して情報を集めないと……最低でもリタが無事なのかを確認しなくては。そう考えてレイヴンは老女に声を掛ける。


「つぅっ……、あー、その、此処はどこでしょうか?」


 普段なら軽い世間話から始まり少しずつ聴きたい内容を聞き出していくのがレイヴンのやり方だが今回の状況では流石に無理がある。
 自分は大怪我を負っており、そして相手は恐らく自分を保護して治療した者。そんな大怪我を負った自分が『いい天気ですね』などから話を始めるのは怪しいし不自然。


 そう考えてレイヴンは直球に此処が何処なのかを聞き、そして視界に収まる範囲内では見つからない茶髪の少女の居場所を聞こうとした。
 流石に自分のようなおっさんだけが保護されてリタのような美少女が保護されない筈がないという判断からである。そしてその判断は間違いではなかったようで老女は軽く息を吐いてから話し始めた。


「此処は私の家だよ。あんたらは森の中で倒れてたのを発見されて此処に運ばれてきたんだ」

「あんたらってことは、他に茶髪の少女も?」

「ああ、あの娘の怪我は大したことなくてね、今は外で何かやってるよ」


 そう言って今度は大きい溜息を吐く老女に苦笑する。恐らくリタのことだ、何かしらの実験や検証を……恐らくあの爆発した機械に関しての考察とかをしているだろうことは明白である。
 躓いてもただでは起き上がらずに何かしらのテーマを発見して検証する。そういう少女なのだ。リタ・モルディオという少女は。
 リタの事を考えて苦笑したレイヴンを訝しげに見た老女は『まあいい』と呟き小瓶と包帯を持って近付いてきた。


「あんたはまだ怪我人なんだ、それもとびっきりのね。怪我が完治するまで此処から出られるとは思わないように」

「……あ、はい」


 謎の威圧によってついつい頷いたレイヴンを見て、老女は軽く目を伏せたのを疑問に思いつつ聞く事はしない。
 何せ明らかに暗い過去がありますよ、という雰囲気が出ているのだ。そこまで親しくない人のそんな話を好き好んで聞きたくはない。


「……はあ、あの馬鹿共もこんだけ素直だったらどれほどよかったか……」


 訂正、単に苦労しているだけらしい。相当、という但し書きがつくだろうと思われるが。
 そんな老女になんとなく申し訳ない気持ちが浮かぶのは自分が何かと傷を作ることが多いからか。そんなことを思いつつ老女の治療を素直に受ける。
 包帯を外され患部を清潔にして瓶から出された軟膏を塗ってガーゼで覆い包帯を巻く。その過程で胸に埋め込まれている心臓魔導器が露わになるが、老女はそんなことお構いなしと淡々と治療を施していく。


 老女の態度にホッと安堵してふと近くにある窓から外を見る。窓から見える景色は完全に何処かの森の中、帝都ザーフィアスの近くで大きな森といえばクオイの森とかが思い浮かぶがそこに生えている植物と、今見える景色から生えている植物が明らかに違う。
 それ以前にテルカ・リュミレース全土と言っていいほど旅をしてきた中で一度も見たことがない植物群だった。知っている植物が一つもない。そのことにかなり動揺したが表には辛うじて出さずに内心に留める。


 此処は一体何処なのか、ザーフィアスの近くで爆発が起きたのに何故ザーフィアス付近に生えている植物がないのか。
 爆発で飛ばされたからとかそんな次元ではない。もしかして此処は……。そこまで考えたところでガチャリとドアが開いた。


 そこに視線を向けると見慣れた少女……リタが難しい顔をして入ってきた。それを認め、リタの怪我がどの程度なのかをさっと判断する。
 立ち歩き、動作に問題なし。怪我は話の通りに酷くなく、見える範囲ではあるがガーゼは太股と頬にあるくらい。そこまで見てホッとするがリタの目を見て僅かに瞠目した。目の周りが赤く腫れぼったくなっていて、明らかに泣いていたことが窺える。


 いったい何があったのか。自分の知るリタという少女は怒りっぽいところがあってファイアーボールをぶちかます程に理不尽さがあるが、仲間に対してはかなり情が深い。
 そして、十代半ばという若さで感情の制御に長けている。実際にどんなに辛い場面でも彼女は泣き叫ぶことなく感情を抑制し、冷静さを失わずに最善の手を弾き出して仲間を助けてきた。

 だが、それでもまだ十代半ばの少女なのだ。いくら天才魔導師と謳われ、実際にその才を遺憾なく発揮していても成熟していない少女なのだ。そんな少女が泣いていた。それはつまり、冷静さを無くして目が腫れるまで泣く程に切羽詰まった状況と言えるのではないか。

 レイヴンがそこまで考えを巡らすと、老女は何かを察したような口調でリタに問うた。


「……出た方がいいかい?」

「そうね、お願いするわ……」


 老女の質問にそう答えたリタは申し訳なさそうに目を伏せる。それを見て仕方ないとばかりに溜息を吐き、老女は外に出て行った。


 老女が出て行って少しの時間が経った。リタはその場から動かず、何かを堪えるかのように自分の片腕を抱いて歯を食いしばっている。


 その状態からどれくらい経ったのか、長いような気がするし短いような気がする。ただ、リタの只事ではない様子から察することはできた。

 今まで自分達を救ってきたかの天才魔導士ですら、どうすることもできない程の自体が起きているということを。


 暫くの沈黙の後、ぽつりとリタの口から言葉が漏れた。


「まず、あたしのせいでこんな事になったのを謝るわ。ごめん……。それで、今あたし達がいる場所の事なんだけど……端的に言うわ。ここは、異世界よ」


 普段なら、そして、他の人が言うなら今のリタの言葉はただの冗談として片付ける類の突拍子のないもの。だが、今は自分の知らない植物群があり、そして知らない薬品や薬品の瓶に貼られたラベルを見る限り見知らぬ文字が存在していて、異世界だと話す人物は非科学を嫌う天才魔導士。冗談を言うにしてももっとマシな冗談を言うだろう。

 流石にその話をそっくりそのまま信じる事はできない……と言いたいところだが、さっき自分で確認したように知らない植物があり、見知らぬ文字がある。テルカ・リュミレースは秘境と呼ばれるような場所でさえ共通の言語で文字なのだ。

 古代ゲライオス文明の文字とも違う事からも否定する材料が見当たらない。それらの事を考えれば必然的にテルカ・リュミレースとは違う世界、ということになるのかもしれない。


「……冗談、じゃなさそうね」

「冗談だったらどれだけよかったか……。今あたし達がいる場所の詳細はフィオーレ王国の東方にあるマグノリアの街。そのマグノリアにある東の森の中の治癒魔導士ポーリュシカの家よ」

「……ポーリュシカっていうとさっきの女性?」

「ええ」


 とりあえず、さっきの老女の名はポーリュシカというらしい。そこでまだ自己紹介してないことに気がついたが、それはまた後ですればいいと判断して思考する。

 フィオーレ王国の東方にあるマグノリアの街。リタは確かにそう言った。

 それと同時に今いる場所がテルカ・リュミレースとは異なる場所だと再認識させられた。何故ならテルカ・リュミレースにある国はザーフィアスだけだから。

 そして再認識して思うのはユーリ達をはじめとした仲間達のこと。

 異世界にいるということは恐らくもう会うことができない可能性が高く、会えたとしてもそれに至るまでに途轍もない労力と時間を必要とする筈だ。


 何せ異世界、又は異星と言っても差し支えない場所にいるのだ。バウルという最大の移動手段でさえ空の向こうにすら行けないのである。

 それをバウルの力を借りずに自分達の力で行おうとするのならば、一体どれ程の時間が掛かるか皆目見当もつかない。

 とりあえず、殆ど期待はしていないがほんの少しの希望に掛けてリタに問いかける。


「ちなみに、テルカ・リュミレースに戻る方法は……」

「正直言うと、わからないわ。ただ、仮説とも言えない単なる予想を立てるなら……あの爆発で空間に穴が開いて、その穴に私達は吸い込まれてこの世界に流れ着いた。その予想ですら不確かなものなの。なんであの爆発で空間に穴が開いたのか、なんでそれに吸い込まれたのか、なんでこの世界に流れ着いたのか……何も、何もわからないの……笑っちゃうわよね。天才魔導師なんて言われてマナやそれに関する技術体系の第一人者なんて言われても、所詮はそれだけ……。それ以外は、何も知らないんだもの……」


 そう言って自嘲するように笑うリタには、普段の勝気な様子は全く見られない。

 迷子の様に途方に暮れ、灯りのない道を泣きそうになりながら歩く子供の様にその姿は酷く哀しくて儚い。

 励まそうとしてもその言葉は浮かばず、無理して励ましてもそれはきっとリタを苦しめるものになるだろう。

 だから、レイヴンは思った事を言の葉に乗せる。


「……そんな事ないって、おっさんは思うけど……。それに、分からないならこれから分かればいいじゃない」

「……そう、ね……少し、弱気になってたみたい……ありがと……」


 少し考え、まだ不安定そうながらも笑顔を見せてリタは呟いた。

 無理してるのは一目瞭然だが頑張って普段通りを演じようとするリタを見て、レイヴンもその事には触れずに努めて明るく振る舞おうと決める。


「気にしなさんな。こうゆうのは持ちつ持たれつってね。それに異世界なんていう所にいるんだし、楽しまなきゃ損じゃない?」

「……なにそれ、バッカみたい……」


 レイヴンの言葉に憎まれ口を叩きながらもリタは笑みを零した。

 そのリタの表情を見てレイヴンは一先ず胸を撫で下ろす。まだまだ無理はしているが、現状これ以上は期待出来ない。

 この世界を、そしてテルカ・リュミレースに戻る方法をリタ以上に知らない自分がこれ以上何か言えば……それは恐らく爆弾になる。

 だからレイヴンは話題を変える。

 自分が寝ている間に調べたであろうこの世界の事を。


「話変わるけど、この世界で分かった事ってあったりする?」


「そうね……まず、この世界は色んな国があって魔法っていう技術体系があるわ。って言ってもあたし達の使う術技と殆ど似たようなものだけど。此処でもあたし達が使ってる術技は使えるわ。寧ろあたし達が使う術技は軒並み威力が上がってるの。この世界にあるエネルギーはエアルやマナよりエネルギーが膨大みたいで、下級の術式で中級や上級の威力を発揮するわ。ノードポリカで聖核(アパティア)が術式に干渉して魔術の威力が上がって暴走した事があったわよね?それと同じ様なものって考えればいいわ。つまり、魔術やそれに関する術を使おうとするなら細心の注意を払わないと危険っていうこと。あと、この世界の一般的道徳はテルカ・リュミレースと同じね。色々とこの世界ならではのルールとかはあるけど、それは追々知っていけばいいわ」


 この世界の国や道徳をサラッと、そして魔術に関してやけに詳しいのはリタがそれに特化しているからか。それはまあいい。何も知らずに使って大惨事を引き起こしていたかもしれないし。


「あと、私達がこれからどうするかだけど。おっさんの怪我が治ったらマグノリアにある魔導士ギルド…妖精の尻尾フェアリーテイルに行くわよ。そこでお金を工面して、テルカ・リュミレースに戻る方法を探すわ」

「魔導士ギルド……そんな所もあるのね」

「ええ、ポーリュシカが言うには馬鹿の集まりらしいけど」


 ということでこれからの展望が決まり、怪我の回復にレイヴンは努める事に。ちなみに、妖精の尻尾フェアリーテイルに入るということを自己紹介した後に言うとポーリュシカは盛大に眉を潜めて溜息をついた。



色々と矛盾はあると思いますが、作者の頭ではこれが精一杯です……。
次の更新は何時になるか。






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