IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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告白

 「ダメージレベルはF、か。ほぼ完全に大破、辛うじて動かせる程度、だったか。贄姫は無事だが...」

 

 響介は自分の隣で気絶する雪菜を見て悩む。流れ着いた場所は電波など通っていない完全な無人島、確実な脱出手段である【絶月】も大破状態だ。修理できる物資も無い上に救助も望めない。ならば不安因子である雪菜を殺し、その肉を喰らう事を考える。だが響介は首を左右に振って笑う。

 

 (俺はまだ【人間】だ。本能にだけ振り回される【獣】には成り下がらない)

 

 兎に角、水が無ければ人は生きられない。響介は拡張領域からどうにか非常食とペットボトルを取り出し、2人に等分する。確かに絶月の装甲は貧弱だが、それは雪菜の【極光】も同じ話だ。ならば自分と至近距離に居た雪菜の機体が大破していない訳がない。そう思った響介はまず雪菜が起きるまで贄姫を抱え、地面に座る。そして力を抜いて眼を閉じ、身体を休めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「....ん、赤....くん、赤羽くん!」

 「ッ.....聴こえてる、寝てないからな」

 「ね、寝てないって...」

 「眼を瞑って身体を休めてるだけだ。で、お前の機体は大破してるのか?」

 「はい、そうですね。辛うじて拡張領域から非常食と水は取り出せました」

 「良くそんなの入れてたな。俺ぐらいなもんだと思ってたけど」

 「....貴方がやってた事を真似したんですよ?どんな状況でも生きられる様にって、いつも言ってました」

 「.......そうかい」

 

 響介は眼を伏せて言った。雪菜がする話は【響弥】であって今の【響介】ではない。気分的には顔も名前を知らない人の話を延々と聴かされて散々、といった所か。もう記憶など無いのだから、自分が言ったと言われてもピンと来ないのだ。

 

 「っ、いた....」

 「怪我したのか?」

 「掠り傷なので大した事は有りませんから、気にしないで――」

 「その掠り傷で死ぬ事もある。ほら、足出せ」

 「ですが布も何も有りませんし、有ったとしてもこんな事で消耗する訳には...」

 「アホか。一応助けが来るまでお前は相方なんだ。死なれたら最大級の損失なんだよ。だから気にすんな」

 「は、はい...」

 

 響介は自分が着ているロングコートの裾を裂き、包帯代わりにしてからアルコールで濡らし、声を掛ける。

 

 「ちょっと滲みるぞ、我慢しろ」

 「ひゃう...!」

 「変な声を出すな、変な声を」

 「2度も言わないで下さい!くすぐったいんですよ!!」

 「痛みよりそっちかよ....終わったぞ」

 「ありがとうございました、赤羽くん」

 「響介で良い」

 「え?」

 「苗字じゃなくて名前で呼べって言ってんだ。そっちの方が個人的に良い」

 「わ、分かりました。響介...くん」

 「君付けもしなくて良いんだが....まぁ良い。それより大事なのは食糧だ」

 

 これからは明日の生死に関する生存戦略だ。流石に熊やらは居ないだろうが、海のど真ん中にある無人島だ、鮫くらいは出るかも知れない。だが非常食を食い漁れば明日の命が危ない。それ故の相談だ。

 

 「1周回ったけど、中々デカイ無人島だ。動物もそれなりに居たから海と陸を交互に使えば良いか?」

 「...この島の干潮時と満潮時の海面の高さが判っていません。ですから、出来れば陸に近い方が良いかと」

 「だけどお前の服装がなぁ...流石にその破けたタイツとスカートじゃ蚊に刺され放題蛇にどうぞ咬んで下さいって言ってる様なもんだぞ?」

 「でも替えが有りませんし、耐えるしか無いでしょう」

 「.....ハァ、仕方ねぇ。其処の針と糸貸せ」

 「どうぞ」

 

 響介は目測で雪菜の腰回りのサイズを測り、自分のロングコートをズボンに改造し始めた。10分程経つと、少し縫い方や縫い目に甘さがあるものの、蛇や蚊からは最低限守る事が出来るくらいのズボンが出来ていた。

 

 「コレ、履いてみろよ」

 「そんな、コレは響介くんのコートなのに」

 「良いから履いてみろ。別に服なんて着れりゃ良いし、転用するのもリサイクルで素敵ってヤツだろ?生きる為なんだ、気にすんな」

 「...凄い、ピッタリです」

 「流石はこの眼だな、目測でも大体当たってんだから」

 「その義眼になった理由、覚えているんですか?」

 「ん?あぁ、アリシアに抉られたんだよ。あとこの手と足もな。別に後悔も憎悪もしちゃいないさ、お陰でISを墜とせるんだから」

 「そう、ですか...」

 

 雪菜は少し残念そうな表情を浮かべるが、響介は気付かない振りをして話を続ける。

 

 「何か使える武器とか無いか?俺はこの贄姫だけだ。ファングは使えない事も無いけど重たいし本体が殆ど刀身だから危なくて持てねーからな」

 「えっと....あ!【アコール】はどうにか使えます!」

 「アコール?」

 「細剣の事です。特に頑丈に設計したのが功を奏しましたよ」

 「ほーん、良かったな。じゃ、取り敢えずヤシの実でも採るか。肉は....今日は俺のビーフジャーキーで良いだろ。明日は内陸でビタミン源とかタンパク源になる食材を採る。それで良いか?」

 「はい。....とは言っても、ヤシの木なんて何処に有るんですか?」

 「島を一回りした時に見付けた。今から行くぞ」

 「分かりました」

 

 響介は雪菜をヤシの木の場所へ案内する。そして2人でどうにかこうにかヤシの実を採っている最中、少し自分が変わったと実感していた。以前の自分ならヤシの木の場所を教えるどころか、そもそも初めの時点で雪菜を殺していた。そう思えば自分の人間性は徐々に戻って()()()()()()。何かが自分に起きたなど響介にとって心当たりは無いのに、迷惑な事だと笑って砂浜に座る。

 

 「.....なぁ、舞原」

 「雪菜で良いです、むしろそっちで読んで下さい」

 「おう、了解。なぁ雪菜」

 「はい、どうしました?」

 「お前にとって、俺は誰だ?記憶を灼く前の俺か?」

 「私にとっての響介くんは、響介くんです」

 「いや、そんなナゾナゾじゃなくて俺は――」

 「響介くんが信じる道を真っ直ぐに歩む響介くんが私にとっての貴方です。それが例え人殺しの道だとして、それが響介くんが選んだ道ならそれで良いんです」

 「なら、どうして俺を追い掛けてきた?コレは俺が選んだ道だ、どうして俺を止める?」

 

 そう問うと雪菜は答えた。問うた本人ですら唖然とする答えを、至極当然の様に。

 

 「私は、別に貴方を止めようなんて思ってませんよ」

 「..............は?」

 「私は貴方に連れていって欲しかっただけなんです。確かに学園の皆さんは友達ですが、私にとって響介くんは友達よりも大きい存在なんですよ。拐われたって聴いた時は助けたかった。でも、貴方がテロリストとしての道を歩んだ時、私は貴方の隣に居たかった」

 「.........」

 「だから私は嘘を言いました。貴方に人殺しをさせない、なんて詭弁を言って追い掛けてきたんです。その実、私は隣に居たいなんて身勝手な理由しか考えていませんでした。それは全て......貴方を愛しているからなんですよ、響介くん」

 

 ハンマーで頭を殴られる様な衝撃が響いた気がした。人殺しを犯し、テロリストに堕ちた自分を見ても尚、愛していると言った雪菜が信じられなかった。そして、そんな清らかな想いを向けられた自分が酷く醜く思えた。

 

 「だ、まれ!!こんな、殺されそうになってもそんな嘘を言えるのか!?俺は人殺しだ!それにテロリストで、それに....」

 「知ってます。全部、知ってます。それでも貴方を愛し、私だけは貴方を赦します」

 「お、俺はまだアリシアに囚われてる!そんなダラダラとした男を愛しても――」

 「良いんです。この想いは私だけの想いですから。まだ囚われているなら私が忘れさせます。私で、貴方を溺れさせます」

 「.....ぁ、あぁ.....」

 

 響介は涙を流した。どれだけ自分の悪い所を言って自分を否定してもそれを上回る好意で雪菜は自分を肯定する。それが嬉しくて哀しくて、恨めしくて妬ましくて、有り難くて残酷だった。

 今まで自分に向けられた理不尽、奪われた怒り、それら全てを引っ括めて【憎悪】として練り上げ、その憎悪を剣として自分は自分の【人間性】を殺した。そうでなければ成そうとしている復讐など不可能なのだから。だがそれを雪菜は無理矢理に復活させようとしているのだ。響介は気にも留めなかった、名も無き子供が芽生えさせた僅かな人間性を糧として。

 

 「俺、はお前に想って、貰える人間なんかじゃ...もっと、好い人が...」

 「....響介くんは覚えていませんよね。響介くんは私を救ってくれたんですよ?何も聴こえず、見える世界はモノクロ。そんな風に感じていた世界をその右手で壊して、光溢れるこの世界に引き摺り上げてくれたんです。そんな人を好きになって悪いんですか?」

 「そう....か。少し、時間をくれ。頭の整理が、まだつかないから」

 「分かりました。....もう1度言いますね。私、舞原雪菜は赤羽響介を愛しています。今までも、これからもずっと」

 「.......うん、ありがとう.....」

 

 響介は木の根元に腰掛け、眼を瞑る。意識は手放して居ないハズなのに、響介の意識は闇に呑み込まれていった...


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