響介は1人海上を翔んでいた。別に
オータムは激情家である為か、ふとした事で怒鳴る事が多い。それはスコールを向かわせれば一転静かにはなるのだが、それはそれでまた違う騒音が鳴ってしまう。M...織斑マドカはよく訓練をする。まぁシャワーやらの音が五月蝿い。他にも良く様々な事を思って叫んだりする為、結局だ。スコールの部屋からは夜な夜な女の喘ぎ声が聴こえてくる。欲情などしないが、とにかく耳障りなので五月蝿い。
響介は眠らない分、音が聴こえる。なので外で海の音を聴きながら眼を瞑る方が心地がいいのだ。
「そんな夜に、何の用だ?しかも今回はお前1人で。なぁ、舞原」
「..........」
そんな時、何故か雪菜が現れた。雪菜本人の性格を考えれば万全を期する....即ち、響介の
「だんまりか?それでも構わないが、少しは話そうぜ。こんなに月が丸くて綺麗な夜だ、俺だって猶予は与えるさ」
「....これは私の独断です。あの学園の生徒達には何の関係も有りません。貴方を取り戻す、ただそれだけの為に私は此処に居ます」
「....なんつーかさ、お前も物好きだよなぁ。俺にはお前と過ごした記憶なんざ無いんだぜ?そんな俺をいつまでもいつまでも追い掛けて、倒されてもまた追い掛けてくるって....ハッキリ言って狂ってるぜ、お前」
「そんなの解っています。でも、私は私を絶望から救ってくれた貴方を取り戻したい。例え貴方がもう【更識響弥】じゃなくても、【赤羽響介】としての貴方と過ごしたいんです!!貴方が狂ったと言うなら、私だって狂ってみせますよ」
「其処までする理由は何だ?お前は....俺の何だ?」
「私は舞原雪菜。貴方に生涯付き添うと誓った、専属開発者ですよ」
響介は贄姫を喚び出し、下段に構える。絶対防御が起動しない事を知っていながら攻めの姿勢を崩さず、防御を捨てているのだ。雪菜も細剣を構え、響介の出方を見ている。
海鳥の鳴き声が響くと同時に真下に加速、全力でカグツチを纏わせた贄姫で一帯を薙ぎ払う。どういった原理か、基本的に相殺は不可能なカグツチを雪菜は斬り裂き、響介との鍔競り合いに持ち込んだ。
「貴方が憑かれたその執念、私が断ち斬ります!!」
「やれるもんならやってみろ、俺から【彼女】を引き離せるもんならな!」
響介は【彼女】の導きに従って動き、剣を振る。普通の人ならそれだけで追い詰められ、結局は死ぬというのに雪菜はどうにか捌き、それどころか響介に反撃を当てようとしてくる。そんな様を見て響介は興奮に震え、そしてそんな雪菜を愛しく感じていた。自分を取り戻すと言いながら殺意を向け、細剣を振るう彼女の矛盾に愛しさを感じるなど、狂人の思考ではないか。
そんな楽しい戦いに
「単一仕様能力は使わないんですか!?」
「こんなに楽しい戦いだ、使ったら白けるだろぉ!だなら使わねぇ、お前は剣だけで殺す!」
「殺されては堪りません、貴方を取り戻すまで!!」
ファングも使わない。彼女が銃弾をばら蒔くと響介は右に制動を掛け、雪菜の腕部装甲に斬り掛かる。【ヤタノカガミ】は常時起動している為、普段なら抵抗感など感じずに肉体ごと斬り裂くハズが、今回は剣が全く進まない。響介は一旦距離を取って仕切り直しを選択した。
「お前が俺の専属?ならもう要らねぇ。俺に仲間なんて必要ない。人との関わりなんざ面倒なだけだって学べたんでな、帰れ。良い所で諦めるのも生きるのに必要なテクだぜ?」
「貴方が間違えたら私が正します。それが専属の...いえ、貴方に救って貰った私に出来る事です。そして、貴方を想う私の自己満足です」
「自己満足、ねぇ。上等、来いよ。その想いごと、俺が殺してやる」
「何度も言いますが、殺されてなんてやりません。今の貴方は野良犬だ、差し伸べられる手が怖くてむやみやたらに噛み付いているだけ。逃げているだけの貴方に、私は殺されないッ!!」
「俺が逃げてる、ねぇ.....良い啖呵だ。野良犬でも構わねぇ、俺は俺の為に全部斬り捨てるだけだッ!!」
雪菜は銃を構え、そのまま
鈍い衝撃に響介は顔をしかめるが、義眼が告げる雪菜の突進をバックステップで回避し、贄姫を海面を擦る様に振り上げる。水柱が雪菜の視界を一瞬奪い、動きを止めた所で右手の薬莢を激発。人体へと放つ強さではない拳が雪菜の腹部へと突き刺さる。
「カハッ....!」
「健闘賞代わりの大盤振る舞いだ、たっぷり味わいな....!!」
「スラスターの予備は
「チッ、だが――」
「詰みです!私の目的は貴方を取り戻す事であって、
「なっ!?」
「墜ちろォォォォァァァァァ!!!!」
雪菜は壊れたスラスターを取り外し、正常な予備のスラスターに交換し、響介に突進してくる。贄姫の性能を一番知る響介は逃げようと横に動くが、糸が動きを阻む。SEを纏わせた特殊な糸だ。断つには刃物、要するに贄姫が必要だ。ファングを喚び出して糸を斬り、離脱するまでには雪菜は響介の身体を貫くだろう。万事休す、逃げようが無い。
「....この程度で諦める程、俺は諦めが良くねーんだよォォォォォォォッ!!!!!」
「アアアアアアアァァァァァァァァ!!!!」
2人の叫びが木霊し、響介の右腕と贄姫がぶつかり合う。エネルギーを無効化する響介の右腕とその響介の主武装であるIS墜としの剣の贄姫、どちらも無効化するという性能を持つ武器は全てを無に還しながら互いを穿たんとぶつかる。空間が揺らぎ、海面は半円状に抉れていた。
そんな時間がいつまで続いたのか分からない。1分?1時間?もしかしたら10秒かも知れない。だが、終わりは唐突に呆気なく訪れた。パンパンに膨らんだ風船に針を刺した時の様に簡単に弾け、2機が放っていたエネルギーが荒れ狂い全てを呑み込んだ。
最後に響介が感じたのは胸の中に飛び込む様な形で入ってきた、確かな重みと温もりだった。