IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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 遅れてしまいましたね。テスト期間なので、許して下さい。


蹂躙

 「.....ん?.....あぁ、そういう事か。なら迎え撃とうな」

 

 アリシアの幻影により響介の後ろを着いてくる艦に気付いた響介は、路上にバイクを放り捨ててISを展開する。そしてSEを行き渡らせた【贄姫】を薙ぎ払う。硬質な手応えが手に伝わり、装甲を斬り裂く音がする。義眼により拡張された視界には、大型の艦がやっと見える様になっていた。

 

 (戦艦ってヤツか?にしても、随分と情報が早いな。何処の国だ?)

 

 その予想は外れているとも当たっているとも言えないものだった。この戦艦の所属は確かに日本ではあるのだが、これを送り込む様に言ったのは女権団。即ち、世界の殆どの女性が染まりきっている女尊男卑の思想を信じる者全員の総意であり、それは世界が望んだ事である。要するに響介を連れ戻す、又は響介を殺す事は世界の総意なのだ。

 

 「まぁ良いさ、俺は殺すだけだからな」

 

 剣を構え、戦艦に相対する響介。戦艦の先端部にあるカタパルトから現れたのは白と銀に包まれた目映いIS、乗っている者は分からないにせよ、雰囲気と威圧感からして搭乗者が相当の手練れである事が分かる。

 

 「響介くん、貴方はどうしてテロ組織に入ったのですか?」

 「俺の名前を知っている?....あぁ、昔の俺を知ってるのか。なら話は早いな、俺はもう俺であって俺じゃない。俺の目の前に立つなら、殺すだけだ」

 

 言い終わると同時に接近し、横一文字に贄姫を薙ぐ。零落白夜を超える必殺の刃は敵の構えたレイピアに防がれていた。拡張領域(バススロット)から展開する速度、そして細剣で両刃剣を受け止める技量共に高い事が分かる。

 だがその程度は予想通り。一旦贄姫を拡張領域に戻し、その中からファングを展開する。2基のファングを両手に取るとナイフを両手で扱う様に振り始める。雨霰と襲い掛かる斬撃を嫌ったのか、敵は後ろに下がっていく。逃がさん、と追撃に走る響介だったが、首の後ろを彼女に引っ張られた為咄嗟に後ろに下がる。

 

 「あっぶねぇ....随分と殺しに来るなぁオイ」

 

 響介の目の前を通過したのは【絶月】の機体の高さ程もあるビームだった。しかし危険な事態を招いたのは響介の安易な突撃と早期決着を望んだ浅はかさであり、それを嗜めるかの様に彼女も頭をペシペシと叩いてくる。

 

 「....私の名前は舞原雪菜、この機体は【極光(きょっこう)】です。貴方の名乗りは特に--」

 「--必要無いってか?そうはいかねぇな。俺だって名乗らせて貰うぜ。名前は赤羽響介、機体名は【絶月・災禍】だ」

 「....貴方を、絶対に連れ帰ります」

 「ハッ、やって見せろよ。.....そんな想いごと、斬り捨ててやるからよ!!」

 

 空中に贄姫を展開、意識を一瞬反らさせるとブースターをONにしたファングを投げる。射撃武装並の速度で飛来するファングを左手の手刀で叩き落とした雪菜は此方に接近する--と見せ掛け、拡張領域から網を発射した。捕まって堪るか、と後ろに下がると火薬が炸裂する音が聴こえる。自分の能力である思考時間の拡張と義眼の演算、そして彼女の予測によれば迫るのは銃の中でも面の制圧力が凄まじい物、つまりはショットガンの弾が発射された事が分かった。

 響介は自分の機体が巻き付けているマントに身を隠す。防弾性と防刃性に特化したマントはダメージこそほぼ完全に遮断するが、少なくない衝撃は防げない。歯を食い縛って耐え、義眼を使ってマントを透過して外を見れば、もう1機響介の後ろに回り込んでいた。稲妻をイメージさせる蒼と黄の機体は両手にショットガンを持ち、響介の次の動きを慎重に見定めていた。

 

 (さて、どうする?【極光】の武装も後ろの機体の武装も不明。もっと言えば相手は多分タッグ前提の訓練を積んでるだろうから連携ミスとか連携を崩す選択は論外、個人の隙を突こうにもその隙をカバーし合うのが連携の大前提だからな.....手詰まりってヤツか?)

 

 元々、この【絶月・災禍】は一対一に於いて強さを発揮する機体だ。前は【メイデンハーツ】という両槍刃があった為に一対二までなら対応出来たが、今は贄姫とファング系統のみしか残っておらず、ファングを使おうにも2人はファングを使いつつ片手間で相手できる程度のレベルではないだろう。其処まで思考を巡らせ、そして始めに戻る。これの繰り返しだった。ほぼ完全な手詰まり、正に八方塞がりの状態だった。

 ふと、横を見てみる。其処では、腰に手を当てて胸を張っている彼女が居た。やけに自信満々なその姿に、やはり彼女には勝てないな、と少しだけ笑みを溢して彼女のプランに従う事を決めた。

 

 「そっちが来ないなら、僕達から行くまでだよ!」

 「誰が....行かないなんて言ったぁ!?」

 

 マントの内部から贄姫を突き出す。マントは残念ながらもう使えなくなってしまうが、この際そんな損害は無視する。SEを全て使いきるつもりで加速し、純粋に速度で翻弄する。

 普通ならばこんな機動を取ればSEは直ぐに枯渇し、機能を止めてしまう。だが、【絶月】ならば話は別だ。【絶月】の機体各部にはクリスタル状のエネルギー生成体【凶星】がある。これは【凶星】に掛かったあらゆる負担、エネルギーを全てSEに生成、変換していくと言った所謂永久機関なのだ。白式に1つ付けるだけで零落白夜の消費を余裕で賄える程のSEを生成出来るのだ、加速を始めれば視界の端に表示されるSEの残量は上限から減る気配が無い。

 

 「早く対応しねーと、どんどん俺は加速するぜ!!」

 

 SEを用いて加速するのには、必然とも言える理由がある。確かに今の状況を打開する為、という事も含まれる。しかし、幾ら大きいバケツでも水をずっと入れ続ければ溢れてしまう様に、SEを入れる上限が大きい絶月とは言え、凶星の生み出すエネルギーを貯め続ければ機体は爆散してしまうのだ。故にどうにかして貯まり続けるエネルギーを放出しなければならない。だからこそ、()()()()()()()()()()()

 

 「ただ速いだけで.....振り切れると思わない事です!」

 「悪いけど、捉えたよ!!」

 

 ただ速いだけでこの2人を振り切れるハズも無い。段々と加速していく響介の速度に対応、更なる速度にまた対応していく2人は容易く響介の機体に攻撃を届かせる事が出来た。装甲の厚さは平均的とは言え、速度特化の絶月では何度も撃ち込まれる弾丸にはいずれ負けてしまう。響介は二重加速(ダブル・イグニッション)を行い、悲鳴を上げる身体は無視して贄姫を振る。

 

 「【カグツチ】ッ!!」

 「エネルギーの....刃!?」

 「雪菜、避けて!!!」

 

 焔の様に揺らぐ剣状のエネルギーは雪菜ではない方の敵のウィングスラスターを1つ斬り落とし、機動力を削ぐ事に成功した。【カグツチ】は機動力に回していたエネルギーを贄姫に充填し、射程を増加させるモードである。威力は通常より劣るものの、エネルギーさえ有れば理論上リーチは無限に伸ばせる状態で、盾にも使える上に際限無く放出されるエネルギーが攪乱幕の役割を果たすので対ビームに関しては最強の性能を誇る。

 

 「シャルさん、機体は大丈夫ですか?」

 「雪菜が造った【エクレール】だよ、当たり前じゃん。それより、弾薬の消費が心配かな。あっちが近距離メインな以上、ジリ貧になるのは此方が先。早く決着を着けないと」

 

 無尽蔵にSEを生成でき、ほぼ一撃必殺の威力を持つ武装を有する響介と、SEを全て使い切れば艦に戻らねばならず弾薬に制限がある2人では短期決戦の方が響介を取り戻せる可能性が高い。そう判断した2人は攻め込もうと近付いてくるが、響介に近付ける事はもう無かった。

 

 「ったく、苦労したぜ....【カグツチ】の出力を極限まで落として、バレない様にするのにはよ」

 「バレない...何か細工をしてるの!?いつの間に...」

 「細工なんて俺がマントから飛び出した時から始まってた。この空間を俺の機体のSEで満たすっていう、セッティングがな。もう逃げられねぇぜ。今、お前らは全員俺の箱庭の中に居るんだからな」

 『ッ!!駄目だ、早く逃げろ!!』

 「夏蓮さん?使うなら個人秘匿通信(プライベート・チャネル)を...」

 『そんな場合じゃない、早く逃げないと()()()()()()()()!!』

 

 公開通信(オープン・チャネル)から聴こえるのはいつもの口調を崩し、本気で退避を指示する夏蓮の声。夏蓮は知っているのだ。響介の単一仕様能力(ワンオフ・アビリティー)箱庭(クレイドル・ガーデン)】の効果がどれだけ馬鹿げていて、破る事がどれだけ難しいのかを。そして彼が本気になればISなんて関係無く、命を簡単に奪える事を。

 

 「中世の戦士達は見世物として戦わされたと言うな。それ、体験してみろよ」

 

 空中に現れたのは大小様々な鈍く輝く剣だった。響介が指揮棒を振る様に右手を下ろすと、金属音を鳴らしながら2人の元へと向かっていった。どれだけ回避しようとも追尾し、響介を狙った射撃も謎の障壁に阻まれる。もう勝ち目は皆無に等しかった。

 

 「まだ終わらない。前座の剣舞が終わったんだ、本番の理不尽な暴力、もっと味わってくれ」

 

 目の前まで迫っていた剣が突然消え、雪菜達を襲ったのは身体に響く凄まじい衝撃だった。慌てて周囲を見回しても何も見えず、それでも全方位から鈍器で殴られる様な衝撃と鈍痛が絶え間無く機体と搭乗者本人を追い詰めていた。

 次に雪菜を襲ったのは、凄まじい『重さ』だった。スラスターが壊されたのか、と思えばそうではない。スラスターは雪菜が思う通りの出力を出し続けている。どんどんと地面に近付いていき、最後は地面に押し付けられていた。機体の装甲がミシミシと音を立て、限界を必死に告げようとしているのだ。だが、抜け出す事は出来ない。

 シャルロットを襲うのは身を引き裂かれる様な痛み。剣で斬られ、銃で撃たれ、四肢をもがれる様な痛みを感じながらも悲鳴を上げない。いや、上げられないのだ。喉を締め付けられる様な感覚は、明らかに気道を潰すつもりでいる事が分かった。悲鳴を上げれば、殺されると。

 

 「....良く耐えられるな、俺はお前らの事を覚えてねぇのに。どうせ意味なんて()ぇんだから、諦めちまえよ」

 

 記憶が既に灼け尽きたとは言え、一応は自分の過去を知っていたのだ。普通なら問答無用で殺す所だが、情けを掛けて諦める様に忠告する。だが、返ってきたのは鋭い目線。「絶対に連れ帰る」という、初めに言ったその言葉を表す様な覚悟に満ちた目線だった。

 

 「そんなになってまで、ねぇ....理解に苦しむな。もう良いや、殺すぜ」

 

 贄姫に凄まじい量のエネルギーが満たされていく。黒い余剰エネルギーから【カグツチ】だと全員判断は出来るが、先程とは威力が段違いだ。跡形も無く消し去るつもりで響介は贄姫を振りかぶるが、その右手に添えられた彼女の両手が優しくそれを止めた。

 彼女は首を横に振り、違う場所に行きたいと言うかの如く指を指して響介を急かした。殺してから、と一瞬思うが彼女がこのタイミングで止めたなら意味が有るのだろう。そう結論付けると【箱庭】を解除し、彼女が指を指す方向へと飛んだ。たった一言だけを残して.....

 

 「この程度じゃ、俺は倒せない」


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