「んっ....」
「お目覚めですか?赤羽夏蓮さん」
「お前は...舞原雪菜!」
「覚えて頂いて光栄です。さて、貴女はIS学園の捕虜的な存在になっています」
「は!?」
夏蓮はIS学園の指導室を改良した尋問室に寝ていた。目が覚めた途端、目に入ったのは夏蓮の兄の元相棒である舞原雪菜と壁に掛かるペンチやノコギリだった。あのペンチやノコギリは少なくとも真っ当な事に使う訳ではない事ぐらいは簡単に理解できた様だった。
「そんな拷問器具を用意しても、私は何も話さないよ」
「え?あぁ、この道具ですか。特に何も使いませんよ?ただムードを出す為の飾りです。気圧されるとは思ってませんでしたが、流石の胆力ですね」
「つ、使わないんだ...ゴホン、取り敢えず!私は何も話さないからね。話した所でメリットが無いもん」
「メリットがあれば良いんですか?」
「ふぇ?....うん、まぁ、そうかな」
「流石に首輪とかそういった道具は身に付けて貰いますが、学園内を監視無しで歩き回れるというのはどうですか?部屋も用意します」
「....其処までされたら、流石に答えなきゃ駄目かな。3つ!3つまでなら答えてあげる。機密とかは喋らないけど、よっぽどな事じゃなきゃ答えるよ」
正確に言えば夏蓮は機密を『喋らない』のではない。まず喋る喋らない以前に、夏蓮は機密なんて知らないのだ。それは他のメンバーでも同じで、機密クラスの事を知っているのはラビットくらいのものだ。更に言えば、夏蓮が知る情報なんて極僅かであり、喋っても問題なんて無いものばかりなのだから雪菜の出した条件に対して夏蓮は殆ど損をしないのだ。言わなければバレない為、口に出すなんて初歩的なミスは流石にしない。
「それでは先ず1つ、貴方達の組織の戦闘員は何人ですか?」
「5人だよ。前の戦いで1人死んだからね」
「そうですか....じゃあ次は--」
「雪菜ちゃん、私達も質問させて貰っても良いかしら?」
「楯無さんにラウラさん。...分かりました、どうぞ」
「じゃあ私からね。....夏蓮ちゃん、貴方のお兄さんの戦う目的は何なのか、そして何故ああなったのか教えてくれるかしら?」
「うん。でも、私も其処まで深くは知らないよ。お兄ちゃんが本当に心を許してるのは、アリスしか居ないから」
何度も夏蓮は質問をしたが、響弥はのらりくらりと話題を反らし、軽く説明したとしても深い所....即ち本質は決して語らなかった。今の夏蓮が知るのは響弥が何故組織の側に付いたのか、そして響弥の戦う目的の一端のみである。
「お兄ちゃんを拐った私達はある場所に連れて行ったの。宝石で有名な鉱山とちょっとした果樹がある場所だったよ。現地の子供達とお兄ちゃんは直ぐに打ち解けたけど、お兄ちゃんが私達の側に付く気が無いって判ったから、帰す予定だったの」
「予定だった?」
「うん。でも、ISの襲撃に遇って、お兄ちゃんが打ち解けた子供達は皆....死んじゃった。それからだよ、お兄ちゃんは皆が当たり前に幸せになれる世界を築くって言って、利害が一致してるから組織に入ってる」
「利害が一致しているから、だと?お前達の組織は一枚岩ではないのか?」
「ラウラ、ナイスな推測だね。うん、私達はただ利害が一致してるから組織に所属してるの。基本的に皆目的は明かさないけど、私が知ってるのは私を含めた3人だけ。他は知らないよ」
「それについて聴くのはアリかしら?」
「んー....まぁ、なんて事も無いから良いのかな。....そうだね、私は特に無いかな。スカウトされたし、悪い世界じゃなさそうだから協力してる。お兄ちゃんはさっき言った通りだね。それでアリス...あぁ、アリスって言うのは組織内最強の戦闘員ね。で、アリスの目的は運命の人を見つける事--だったけどもう違う」
「もう違う?どうしてそんな目的がコロコロって...」
「もう見つかったからだよ。アリスに目を付けられた人は、基本的に生きて帰る事は無いの。でも、過去に手足を奪われて、更には片目を奪われても生き延びていた人が、組織に所属したからね。だから今のアリスの目的はその人と共に添い遂げる事ってなるのかな?離れる事は無いだろうね」
「その人とは....響弥なのだろう?」
「響弥?.....そうか、偽名の事だね。うん、その通り。凄いよね、まだ5歳なのにそんな事も出来るなんて、根から狂ってるとしか思えないよ」
そう、アリスと響弥の年齢は同じなのだ。大人に見えるのはISに一時的に搭載していたダミー映像で、実際の響弥は同い年の少女に手足をもがれて目を抉られたのだ。そんな苦痛を与えられた本人と与えた本人が依存しあっているなど、正に滑稽ではないだろうか?
「では、私からも1つ良いか?」
「構わないよ、別に」
「ならさせて貰おう。.....響弥は、私達を覚えているか?」
その答えは簡単だ。と言うより、これは質問ではない。ラウラ達がしているのは『確認』で、もう殆ど自力で響弥が自分達との記憶を何らかの原因で無くしているのは知っているのだろう。だが、認めたくない余りに立場的に敵である夏蓮に言わせたいのだろう。「覚えていない」と。
それを全て察した夏蓮は薄く笑い、期待に添うことにした。言っても、特に問題は無いのだから。
「うん、覚えてないよ。覚えてるのはそうだね....本当に極僅かな思い出と、一部の装備とか戦い方くらいだと思うよ」
「.....そうですか、有り難う御座いました。今日はもう終わりにして、用意した部屋に移動して下さい。あと、変に歩き回られて噂が立つのも面倒なので、国からの特待生という事で編入して貰います」
「あー、うんうん。オッケー。じゃあ明日からがっ--ん?」
波乱の予感はまだまだ消えない。生徒からテロリストになった響弥の代わりに、テロリストから生徒になった少女が、また波乱を巻き起こす...