「皆さん、集まってくれて有り難う御座います」
「前置きなんて良いわよ、雪菜」
「あぁ、全くだ。....分かったのだろう?」
「....そうです。あの人の、次に参加するであろう作戦の日時が」
1学年の専用機持ち(簪は除く)と生徒会の全員が集まったのはシャルロットと雪菜が形式上所属する企業【森守技研】の会議室だった。殆ど...いや、1度も使われていないその部屋の空調は気温を適温に保っているものの、全員の視線が気温に影響を与えているかの如く、少しだけ寒く感じる。
「楯無さん、説明をお願いします」
「はいは~い、じゃあ皆注目してね。一気に説明するから、質問は後でね」
プロジェクターによって映し出された画面には、日本の近くの海にピンが刺さっている画像と凄まじく大きい1個の建造物の写真だった。流石は代表候補生、誰も棒や高層ビルなどと勘違いする事無く、電波搭だと認識していた。
「はい、これは超高度電波搭【ヘルメス・レター】よ。日本で言うスカイツリーみたいなものね。全世界からの電波を受信して、それをまた全世界に放送する役割をになう事になるらしいわ。表向きは、だけどね。パラボラアンテナがどうとか、そんなどうでも良い事が表向きの理由よ」
「実際の目的は、基本的に軍事目的だよね。ほぼ確実に」
「そうね、正確には他国のISの通信を傍受する為らしいけど。そんな使い方はどうでも良いの。肝心なのはこの電波搭が
「普通のアンテナなら理想的なんだろうけど.....それ、どんなに不都合な事でも放送できるじゃないか」
「そう、その通りよ一夏くん。1度ジャックされれば、どれだけ揉み消したい不都合な事でも放送してしまえば止めようが無いの。だから防衛をかなり厳戒にしてるみたいだけど、防衛に参加するのはアメリカと中国、そしてドイツの3ヶ国。ほぼ確実に突破されるわ」
「何故其処まで断言出来る?」
「簡単な話よ、ラウラちゃん。先ず3ヶ国程度で止められる訳が無いし、それ以前に襲撃してくる相手が分からないのに派遣するって事は十中八九量産機よ。量産機程度で、人を殺した事のあるテロリストを倒せる訳がないの。要するに派遣された部隊は捨て駒って事よ」
衝撃的ではあるものの、それは確かな事実だった。考えれば簡単に分かる。そもそも、軍事施設や私設の部隊に身を守らせていた政治家の所へ何度も襲撃しているにも関わらず、確信に近付くどころか誰の顔も分かっていないのだから。そんな凄腕のテロリストが襲撃してくるかも知れないのに配備したのは量産機。明らかに量産機では役不足だ。
「分かっている事は少ししか有りません。少なくとも中国は量産機しか配備しない事は確実です。アメリカとドイツですが....恐らくアメリカからは【ファング・クエイク】が、ドイツからは【シュヴァルツェア・ツヴァイク】が配備されます」
「何だと!?」
ラウラが驚愕するのも当然、【シュヴァルツェア・ツヴァイク】のパイロットはクラリッサ・ハルフォーフ。ラウラ率いる
「落ち着いて下さいまし、ラウラさん。それで、わたくし達はどうすれば宜しいのですか?」
「心苦しいですが、私達は今回傍観に徹します。相手方の戦力と人数を見極める為です」
「【ヘルメス・コード】を短時間とは言ってもジャックするには大規模な戦闘が起こるのは確かなのよ。だから組織も全力を出さざるを得なくなる。だから傍観に徹するって結論に至ったの」
「説明は以上です。他に質問は有りますか?」
「....なら、余計だけど少し良いかな?」
「どうぞ」
「じゃあ聴くが....どうして雪菜さんや先輩は其処までの作戦を予想出来たんだ?幾ら何でも予想にしては大胆だし、何で国が出撃させるISの事を知ってる?」
「....良い質問ね、一夏くん。これは雪菜ちゃんの方が適任ね」
雪菜は無言でドアの方を指差す。いきなり開いたドアの先に居たのはやけに機械的なデザインのウサミミを着けた『1人不思議の国のアリス』とでも名付けるのがピッタリなファッションをした女性。この世界に悪い意味での変革をもたらした張本人、篠ノ之束だった。
「やっほー、いっくん。臨海学校ぶりかな?」
「束さん....」
それだけで全員は察してしまった。この天災の頭脳を持ってすればこの地球どころか世界中の何処にも逃げ場は無い。束が本気にさえなれば知れない事は無いし、創れない物も存在しない。彼女の力を使えば、テロ組織の襲撃計画を知る事も容易いだろう。
「まぁちーちゃんにも頼まれたしね、仕方無いから束さんが一肌脱いで--」
「何が仕方無いだ。元々は自分のの身勝手が招いた面倒だろうが」
「ふん、凡人如きがよくも束さんにそんな口を叩けるものだね」
気配を消し、メスを片手に持って束に肉薄する菫。束は一気にしゃがむと、身体を回転させつつ菫に足払いを掛ける。ジャンプして脚の骨をへし折ろうとする菫の顔面に正拳を当てようとするが、それは簡単に受け流され、壁に叩き付けられる束。その程度で怯む訳も無く菫が右手に握るメスを無理矢理もぎ取り、詰めに入ろうとした所でどちらの視点も天地が逆転する。
「グッ....」
「ヅッ....」
「いい加減にして下さい、2人とも。流石にみっともないですから」
束はまだ抵抗しようとしたが、全員が向ける敵意と警戒の目線に気付けない程馬鹿ではなく、素直に拳を解いた。ラウラは左手に拳銃を、セシリアはティアーズを2機背後に、シャルロットはISを部分展開、鈴は片手に青竜刀を、一夏は左手の雪羅をクローモードで起動している。腕の1本でも代償にすれば勝利こそ収められるが、流石にそれだけの為に腕を犠牲にする訳もない。
「今此処に束さんが居るのを見て分かる通り、束さんに教えて貰いました。ですが、流石の束さんでもあの人の機体とその他の幹部の機体について詳しくは分からないそうですから、傍観する為の艦も造って貰いました」
「そうだったのですね。確かに篠ノ之博士ならそんな情報を知り得る訳です」
「はい、私が織斑先生を通じてお願いしました。でも、篠ノ之博士--」
雪菜は冷えた目線で束を見据える。何も感情を抱かない、冷徹な目線を向けて言い放った。
「あの人が彼方側に行ったそもそもの原因は篠ノ之博士、貴女です。それも分からないなら、もう2度と天才を名乗るな」
「......ッ!!」
一瞬だけ放たれた濃密な殺気。首元に鋭利なナイフを添えられているかの様なプレッシャーを感じた束は息を呑み、一瞬だけ何も言えなくなる。それを見た雪菜は部屋から「会議は終わりです、有り難う御座いました」とだけ言って立ち去っていった。ぞろぞろと出ていく全員の視線は、少なくとも尊敬の視線が含まれる事は無いと判った束は歯軋りをして森守技研から足早に立ち去っていった。