『世界各国でのIS否定派の活動が盛んになり、世界情勢は混迷を極めています。ISを開発している企業の株価は大暴落し、政府へのデモも多発しています。既にISの設計者やIS至上派の政治家が殺害される事件も起きており、国連は――』
「.....これが、ウォックを犠牲にして得られた混乱か。
「響介....」
【イグドラシル号】の自室に備え付けられているテレビで世界の情勢を見ていた。しっかりと【ヘルメス・レター侵攻戦】での犠牲を補える程の大成功ではあった。損失も優秀なパイロット1人
だが、響介は親しかった仲間が目の前で死んだとしても『大成功』を祝える程冷徹ではない。それどころか、作戦より数日経過した今でも自分の無力を責めていた。
「駄目だった...この程度じゃ、全く届かなかった...」
「そんな事無いよ」
「いや、俺はまだ弱いんだ。だから守れなかった。俺がまだ
「........」
「強くなきゃ、アリシアも守れない。また大切な人が目の前で死ぬのは御免だ」
その自責からか、響介はひたすらに訓練を繰り返していた。射撃用の訓練施設――的がひたすらに出てくる、制限時間中にどれだけ撃ち落とせるか、という近接特化の絶月では使わないであろうその施設を使っている。義手と義足の能力と義眼と響介の能力をフルに使って予測を行い、今では遠距離の武装を使ってやるよりも速く、正確にこなせる様になっていた。
最近は朝早く起き、トレーニングルームで一時間ほど走ったりして身体を温めてから訓練をぶっ続けで行い、夜になって倒れる様に眠り込む事が習慣になりつつあった。身体に悪い事は誰もが承知しているが、その鬼気迫る表情や連続して行われる訓練のスパンの短さに言う暇が無いのだ。休憩など殆ど行わず、身体が動かなくなって初めて休むのだ。このままでは身体は勿論、心が壊れてしまうというのが全員の見立てだった。
「だから、もっと鍛えなきゃな。アリシア、其処を退いて――」
「――駄目!もう、無理しないで!」
だからこそアリスは言うのだ。誰もが言えず、また言っても響介が止まらないと判っていても、言わずにはいられないのだ。響介が、愛する人が壊れていく所を、見たくないから。
「...アリシア」
「本当に、本当に気付いてないの?響介の身体はもう動くのもやっとで、心だって磨り減って戦える心理状態じゃないんだよ!?ISが思い通りに動かない事に気付けない程、響介は鈍くない!」
「心がボロボロだとしても、立ち止まる理由にはならない。確かに絶月の動きが重い気がするけど、それを俺の実力で補えば問題は――」
「――自分の状態も分かんなくて、自分の心を守れない人に他人を守れる訳が無いでしょ!!ねぇ、お願い響介...当面、私達の出番は無いの。だから....だから訓練を止めて、私と少しの間だけ田舎で暮らそう?」
「...退いてくれ、アリシア。俺は同じ事を何度も言うのは嫌いだ。俺は止まらない。あんな無力感、味わいたくはない」
それでも今の響介は止まらない。その行動が、想い人に心配を掛け続ける事である、という当然の事を認識出来ずに。その様は正に忌避してきた織斑一夏そのもので、それに気付けない響介はもう一夏の同類だった。
自らの正義と都合を押し付け、他人に迷惑と心配を振り撒く害悪。そう認識してきた一夏と今の響介に、相違点など1つも存在しなかったのだ。
それでもアリスは諦めない。言葉で駄目なら行動で示す。今までやってきたこの手段で、アリスは自分の想いを伝える。
「あんな戦いを響介はして、生き残ったんだよ!なのに、まだ戦うの!?」
「俺の戦いに大義は必要ない。ただ純粋なエゴが俺を突き動かすだけだ!俺は子供っぽくて我が儘で独占欲が強い、クソ野郎でしかない!人を殺めてエゴを貫くなら、俺の身体ぐらい幾らでもくれてやる!」
「ッ、響介の....バカァ!!」
アリスは響介を無理矢理ベッドに押し倒し、涙をその頬に流しながら伝える。
「頑張らなくて良いの、もう。頑張った、辛かった、踏ん張った、食い縛った。涙も、堪えなくて良いんだよ...」
「.....良いのか?何も守れない、ただ殺すしか出来ないサイコパスが、涙を流しても....許されるのか....?」
「良いなんてものじゃない。響介は泣くべきなんだよ?奪ったのは私だけど、手足と片目を理不尽に奪われて、死に近いこんな場所で戦って....確かに響介はそれで皆を救うかも知れない!でも、誰が響介に救いと許しをあげられるの?」
「なぁ、アリシアはなんでそんなに優しくなれるんだ?」
「....え?」
「人間がどうしようもない屑の1面を持ってるって事を、俺達は良く知った。こんな短期間しか居ない俺でもこれなのに、なんでアリシアはそんなに優しく出来るんだ?少なくとも、俺は他人に優しくなんてもう出来ないかな」
アリスは一瞬だけ考え、少しずつその答えを紡ぐ。言葉で表すのは難しく、また明確に意識した事の無い事を答えるのは難しい事だろう。それでもアリスはどうにか、その答えを響介に伝える事が出来た。
「私は...うん、確かに人の嫌な面も、気持ち悪い面も沢山見てきたよ。でもね、やっぱり、そんな人の澱んだ面を見てきたからこそ、人の綺麗な面が際立つと思うの。確かに私はこの組織に入ってるけど、その理由はそんなに大した事じゃないの。確か、響介は皆が幸せになれる世界って感じだったのは知ってるよ。でも、私は何も無い。それでも、人の綺麗な面が消えちゃうのは凄く嫌なの、本当に。だから私は優しくしなきゃって。戦いっていう、優しさが命取りになっちゃう中でも、優しさを捨てたら鬼になっちゃうから」
「鬼になる...か。そうだな、確かにそうかもな。俺も、戦うのは少し疲れたのかも知れないな....だから、ちょっとだけ...休んでも、良い、よな....?」
「うん。休も?私も一緒に休むから。ずうっと一緒に、ね?」
「あぁ...ずっと、ずっと一緒だ....だから、俺を...置いて逝か、ないで.......」
あまりの疲れに意識を手放した響介を置いて、アリスはラビットの所へと向かった。内容は療養の為に一時的に組織を脱退させて欲しい、というものだった。夏蓮も何処かへ行ってしまい、戦力が大幅にダウンしているので説得はかなり苦労すると思われたが、なんと予想外な事に1発で許可を出されてしまった。
「じゃあ、行くね?」
『うん、気を付けて行くんだぞ』
「響介、しっかり運転するんですよ」
「任せとけって。...行くぞ、アリス」
エンジン音を響かせて小さめのクルーザーを運転する響介を見守るハンプティとウサギの縫いぐるみ。クイーンは仕事の為に見送りは出来なかった様だ。
少し経ち、影がかなり小さくなった所でハンプティは口を開き、疑問を投げ掛ける。
「ラビット、本当に良かったのですか?今は少しでも多くの戦力を確保したい段階でしょうに」
『良いんだよ。また少し経てば戦乱の日々だ、許してあげなければ擦り切れるだろう』
「じゃあついでにもう1つ。なんでナイトをあの時出撃させなかったのですか?機体的にも不備は無かったハズですが」
『.....あれは私の人選ミスだよ。そう、ただの人選ミスさ』
「ふぅん、そうですか。それなら仕方がないですね。騒がしいのが居なくなって、逆に清々しましたよ」
『....そんなに自分を殺しても、別に良い事は無いよ、ハンプティ。泣きたい時に泣かないと、いざという時に固まってしまうからね』
「.......残念ながら、涙なんてとうの昔に枯れ果てましたよ」
そう言いつつ自分の仕事場へと戻る彼女の顔が、どんな表情を刻んでいるのかは誰も、本人でさえも察する事は無かった。ただ、胸に穴が空いた様な喪失感は不思議と感じられたハンプティであった...