IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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恐れ

 「織斑先生....」

 「やっと目を覚ましたか、更識。さて、それでは報告会を始めよう。ボーデヴィッヒ、そっちでは何が有った?」

 

 楯無が目を覚ました直後に直ぐ始められた報告会。それが指し示す『報告』とはたった1つ。先程の文化祭でのテロ組織襲撃の件しか無いだろう。

 

 「はい、私達は鈴、セシリア、シャルロット、私で応戦しました。相手は以前私と共に転校してきたカレン・ボーデヴィッヒ改め赤羽夏蓮と戦い、手も足も出ずに敗北を喫しました」

 「ふむ...何か損害は?」

 「特には有りません。何かを奪う事も無く、ただ拍子抜けと言って戦闘と訓練に関する的確なアドバイスを残していきました」

 「なんだと?....しかし、お前が言うのならそうなのだろうな。更識、お前はどうだ?」

 

 楯無は一瞬狼狽する。来るとは思っていたが、やはり言いたくはないだろう。幾ら敵になったとは言っても想い人なのだ、その想い人が敵になったなどと言いたがる者はそうそう居ない。だが、自分の立場上言わない訳にもいかないのだ。震えそうになる声をどうにか取り繕い、ゆっくりと喋りだす。

 

 「....私と織斑くんの所には、恐らく【亡国機業(ファントム・タスク)】の幹部と思われる者ともう1名が現れました。所持していたISの名前は【絶月・災禍】、です」

 「【絶月】だと!?」

 「はい、お察しの通りですよ。その正体は、2人目の男性操縦者である更識響弥改め、赤羽響介でした。彼は【亡国機業】幹部の腹部を拳で貫き、ISコアを奪い取るとアジトに帰っていきました。織斑くんは発展していた武器に胸の肉を削がれ、私は最高火力である【ミストルテインの槍】で対抗したものの、あっさりと負けてしまいました」

 「そうか....更識、お前に追い撃ちを掛ける様で申し訳無いが、お前の妹が懲罰房に入っている」

 「え!?」

 「整備室の監視カメラに、舞原の首を絞めて殺そうとしていた所が捉えられていた。何故か2人とも気絶していたものの、更識簪には致命的な精神疾患が確認されたから周囲の安全も兼ねて懲罰房に閉じ込めている」

 (響弥くんだ....雪菜ちゃんを助けたのね。...簪ちゃんに、暴力を使って)

 

 楯無は確信を持って思えた。彼が簪のやった事、現状を知っていたのは彼が簪を助けたからである故に楯無との戦いの中でああ言えたのだ。デタラメを言えばブラフにはなるものの、後で真実を知る事は楯無にとって容易い。だから敢えて真実を響介は告げたのだ。響介はそういう事を良くやる。嘘ではなく真実を言う事で相手を疑心暗鬼にさせて自爆させるやり方を。

 

 「確かに色々有ったが、先ずはその更識....いや、もう赤羽なんだったな。赤羽の事は舞原には--」

 「私がどうかしましたか?織斑先生」

 「ま、舞原....」

 「2人目の男性操縦者ってどういう事ですか?そして、何故その男性操縦者は私に秘密なんですか?」

 

 今此処にいる専用機持ちと教師全員が思う、此処に居てはいけない者が其処に居た。恐らく盗み聞きをしに来ていたのだろう。元々違和感を感じ、簪が言う『お兄ちゃん』の存在を疑問に思ったのだ。自然ではあるだろう。

 

 「そ、それは....」

 「まさか、私の記憶ですか?」

 「なっ!?」

 「....ブラフを張っておいて正解でした。まんまと引っ掛かってくれましたね、織斑先生。元々違和感は感じていたんですよ、私」

 「違和感だと?」

 「身体に染み付いた癖は抜けません。私がパソコンを起動させた際、何故か癖でマウスカーソルを何も無い場所に動かしてしまうんですよ。幾ら癖でも何も無い場所にカーソルは動かしませんし、良く使うアプリを其処に置いた訳でも有りません。他にも、設楽さんの席が今までは1番前だったのにいきなり後ろになっていたり、山田先生の点呼がサ行になると少し詰まり、稀に言い直す事も有りましたからね。後は....慣れているハズの1人の部屋に、言葉にするのは難しい寂しさや孤独感を感じましたから」

 「男性操縦者というのは研究施設に配備されている。学園には織斑1人しか男性操縦者は居ない」

 「それなら何故楯無さんと織斑先生と他の専用機持ちの皆さんが知っているのでしょうか?更に言えば、何故私には言わない様に箝口令を敷こうとしたのですか?」

 「そ、それは...」

 「織斑先生」

 

 雪菜は一旦息を吐くと、覚悟を決めた様に目を千冬に向けて語る。自分の覚悟と、逃れられない『恐れ』を。どれだけ目を反らそうとも、背後からゆっくりと迫り、首筋に刃を当てられる様な恐ろしい感覚すら覚えるその『恐れ』を。

 

 「私は、『誰か』と出会うまでは人形でした。会社からの命令に従い、ただ淡々とその課せられた命をこなす。そして、難しい命をこなしても無感動に次の命に従う。モノクロでした、目に映るもの全て。その『誰か』がそんなモノクロの世界を斬り裂いて私を助けてくれたんです。でも、何も思い出せない。シャルロットさんと知り合った経緯も、暴走したラウラさんを助けた人も、何故私の部屋にベッドが2つ有るのか、そのベッドを使っていたのは誰なのか!......恐いんです。ふとした拍子に現れて、でも誰だか解らない。私は何か大事な人を忘れているのではないのかって、そんな私が恐いんです」

 「....雪菜、本当に良いのか?」

 「菫先生.....」

 

 横から聴こえた声は菫のものだった。何故か、と問われれば此処が保健室だからだろう。頭も良い上に元々菫は保険医として転勤してきたのだ、保健室に居るのは当たり前だろう。いつもはうっすらと笑いながら喋る菫だったが、今は完全に真顔だった。此処まで必死で真面目な菫は誰も見た事が無いだろう。

 

 「.....確かにお前の想像は合ってる。私がお前の記憶を封印したんだよ。だが、そうしなければお前は簡単に壊れてしまいそうだった。その封印した記憶を受け入れられなかったからこそ、処置としてそうした。悪いとは思ってはいる。だが、悪戯にこの封印を解けばお前は凄まじい感情や記憶に呑まれるかも知れない。そうなれば良くて廃人、基本は死ぬぞ。.......それでも、お前は良いのか?」

 「はい。私の記憶なんです、私が受け入れなきゃ駄目ですから」

 「....其処に座れ。今から解いてやる」

 「有り難う御座います、菫先生」

 

 礼を言っても菫は返事を返さない。だが、コードやらを握るその手は真っ白で、小刻みに震えていた。別に自分の発明品に怒っている訳ではない。ただ、心配しているのだ。自分の教え子を1人のみならず2人目も何処かへ行ってしまうのではないか、と。今までの教え子も含めれば、何度も何度も気が遠くなる程に置いていかれたのだ。行って欲しくないと思うのは自然な事だろう。

 

 「グウッ......フッ!.....う、あぁぁぁ!!!」

 

 一瞬の格闘と共に機械を外す菫。雪菜は呼吸をちゃんとしており、目も焦点が合っている。だが、一言言うとぶっ倒れてしまった。

 

 「ちょっと...休みますね」

 

 だが、心は壊れずに済んだのは確実だ。それは雪菜本来の強さと、何処かのお節介焼きの存在が大きいのだろう....




 案外、封印解けるのが早かったですね。良かった良かった。
 それで、明日は何とか響介サイドを1話投稿できるとは思いますが、部活の都合上明後日から2日ほど投稿を休ませて貰います。楽しみにして頂いてる方には申し訳有りませんが、許して頂けたら幸いです。

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