IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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泡沫の夢

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 誰でしょう、泣いているのは。

 誰よりも強く、誰よりも気高く、誰よりも優しい。でも、誰よりも孤独で、誰よりも心が泣き叫んでいる。誰にでも助けの手を差し出し、悩み、願いを聞き入れる。故に狂った。悲嘆に暮れる叫びは怨念と復讐を謳う声へと変わり、恐怖は狂気に変異した。そして、誰よりも頑張っている、そんな人。

 

 「どうして泣いてるの?」

 「この子、動かなくなったの....どれだけ呼んでも、揺すっても動かないの」

 

 少女が泣いている少年に声を掛ける。少年が身体を此方に傾ければ、その小さな腕に抱いているモノが明らかになりました。まだ小さい、真っ白な毛並みをしている猫。その綺麗な猫は、身体中から真っ赤な血を流しています。一目見れば何が原因なのか、1発で分かるでしょう。もう、その猫は死んでいるんですから。

 でも、少年はその猫が死んでいるという事実を受け入れたくないのか、それとも『死』という概念を解っていないのか、ひたすらに呼び掛けて腕を揺らして起こそうとしています。でも、死んだ生き物は絶対に甦らない。誰でも分かる事なのに....

 

 「アイン、アイン、アイン.....!」

 「その猫は死んでる。もう、2度と動かないよ」

 「え.....」

 

 普通ならもっとオブラートに包んで言うでしょう....そんなある意味では常識外れの少女は残酷な真実を淡々と少年に教えていました。彼は頭を左右に振り、涙を流して叫んでいます。

 

 「嘘だ!!アインはちょっと疲れてるから寝てるだけだよ!!」

 「嘘なんかじゃない。もう固くなってるでしょ?」

 「これは筋肉が固くなってるだけだ!」

 「そんなに筋肉は固くならない。もう冷たいハズだよ」

 「まだ温かい!!まだ....まだアインは温かい!!」

 「なら、少し地面に寝かせてみなよ。冷たく、固く、揺らしても2度と動かないから」

 

 少年は少女が嘘を吐いている、そう証明しようとして(アイン)を地面に恐る恐る寝かせてます。そして1分程経過した後に、ゆっくりとアインに触れる。そして、顔色を一気に変えて呟いていました。

 

 「冷たい.....固い.....!」

 「そうでしょ。これが『死ぬ』って事」

 「どうしたらまた動いてくれるの!?どうしたら....」

 「死んだらもう2度と動かない。だって、命はたった1つしか無いんだから。どれだけ偉い人も、どれだけ凄い人も命は1つだけだから」

 「でも....でも....」

 「その子が可哀想なら、忘れちゃダメ。死んだ者に出来る事は、祈る事だけだから」

 「....分かった」

 「うん、良い子だね。じゃあ、祈ろ?」

 「うん...」

 

 少年と少女はもう動かない猫の前にしゃがみ、祈りを捧げました。そして景色は移り変わります。

 

 

 

 

 

 

 「死んでいく....何故あの子達が死んでいく!?」

 

 もう近くには誰も居ません。彼は血で染まった地面の中心で、血の涙を流して叫んでいました。肩には半透明の猫の霊が。それだけであの猫を喪って哭いていた少年だと解りますが、雰囲気は全く違います。

 少年時代は可愛い、といった印象だった彼は、もう格好良いという印象を受けます。その端正な顔を歪め、ナニかを抱える反対の手にはナイフが握られていました。足元には顔が見えない死体が無数に転がっています。そのナイフに血が付着している事から、彼が殺した事は明らかです。

 その死体は全てが滅茶苦茶になっていて、特に顔の損傷は酷いものでした。顔のパーツはもう見ていられないくらいボロボロで、見ているだけで常人なら吐き気を催す程でした。

 

 「何故だ!?どうしてだ!?どうして精一杯生きてるコイツらが死んで、クズが生きている!?必死に生きて、助け合って生きてるこの子達が、何故ぬくぬくと肥えているクズどもに殺されなきゃいけないんだッ!!」

 

 目を凝らせば彼の周りには無数の半透明な人影が。袖を握ったり、裾を引いたりしているが、彼が気付く様子は有りません。その人影の身長はまばらで、彼よりも大きい人影こそ居ませんが、私より少し大きいくらいの人影から私の腰くらいまでしかない人影も居ました。その全員の顔つきは幼く、1番大きい人影でもまだあどけなさが見え隠れしています。その人達の表情は誰も苦痛などを訴える表情などせず、彼を心配する表情を浮かべていました。

 

 「壊す....!殺す....!人間にこんなふざけた選民意識を持たせるISと、それを傘に来て好き勝手する人間全て!!殺し尽くしてやるッ!!」

 

 其処に居たのは、もう私と同じくらいの少年とは思えませんでした。もう涙など見せず、眼から流すのは彼にとっての『敵』の血液。片手に握るナイフと抱き寄せている死体だけを持ち、敵との戦いに身を投じる彼を止める手段は、生憎私は持ち合わせていませんでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「これが、我が主人の記憶に刻まれた感情だ」

 「え...?貴女は誰ですか?」

 「私は....まぁ、謎の存在とでも思ってくれ。()()()()()()言っても解らない」

 「どういう--」

 「そんなどうでも良い事は置いといて、だ。貴女はあの映像(ビジョン)を見てどう思った?」

 「可哀想...とは思いませんでした。何故私があの場に居なくて、どうして彼の傍に寄り添えなかったのか。そう、思いました」

 「......そうか。やはり貴女は記憶を封じられても【舞原雪菜】なのだな。我が主人が心の奥底で惹かれたのも納得出来る」

 「あの....」

 「私が課された命は貴女の心を壊す事だったが....まぁ、私の本分は我が主人を助ける事だからな。貴女なら....怒られるかも知れんが、最も我が主人と距離を縮めた人だからな。少しは多目に見てくれるだろう」

 「どういう事ですか?」

 「さ、もう目覚める時間だろう。もう目覚めると良い。そしてもう1つ、お節介だが....貴女の主治医は敵ではない。だが、決して味方でもない。それを覚えていると良い....」

 

 そして一時の夢は、泡の様に呆気なく覚めていく....


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