IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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病愛

 今日はIS学園の文化祭当日だ。雪菜はクラスの出し物--ラウラ発案『メイド・執事喫茶』の手伝いをしようとメイド服の試着をしたまでは良かったのだが、全員が顔を真っ赤にして「もう大丈夫!」と言われたので少し休憩している。

 

 「あ、雪菜。もしかして今時間ある?」

 「はい、暇ですよ」

 「ならお茶でも飲んでいきなさい。あたしの奢りよ」

 「え、良いんですか?」

 「うん」

 「確か2組の展示は飲茶(ヤムチャ)でしたね。そのシニョン、とても似合ってますよ。流石は本当の中国の人です」

 「あ、ありがとね。ほら、早く早く!」

 

 2組の教室に押し込まれ、座らせられる。少し待っていると良い匂いがするお茶が鈴によって運ばれ、目の前に差し出される。少し冷ましてから飲むと、緑茶や紅茶とは違う深い味わいがあってとても美味しいと雪菜は思った。

 

 「凄く美味しいです。なんて言えば良いんでしょう....『深み』がある気がしますね」

 「中国茶は発酵させて淹れるからね。緑茶とか紅茶も美味しいけど、たまには良いと思うわよ。....あれ?雪菜は仕事してないの?」

 「やろうとしたのですが....メイド服を着たら皆さんに止められまして」

 「なんで?」

 「私にも分かりません。これ、一応撮って貰った写真ですが...」

 「ッ......!!これは、その気持ちも解る....わね」

 「?」

 

 雪菜とメイド服を着た写真を見た鈴は直ぐに目を反らし、鼻を押さえた。何故なら、あまりにも似合っているからだ。皆に見られて少し赤らめた頬、あざとくない可愛さ、それら全てが合わさり最強に見えるのだ。余談だが、この服装を見た時に1番最初に雪菜を止めたのは一夏だったりする。滅多に女子の服を見て顔を赤くしない一夏でも真っ赤になる程の破壊力を持つ最終兵器、それが舞原雪菜(メイド服ver)だ。

 

 「あ、そろそろ友達と待ち合わせをしている時間になってしまいます。鈴さん、失礼しますね」

 「えぇ。じゃあね、ありがと」

 「いえいえ、此方こそ美味しいお茶を有り難う御座いました」

 

 整備室へと小走りで雪菜は向かう。それは簪の告白への返答、専属になる気は無い、そして自分は簪と付き合う気は無いという事を告げる為だ。簪が自分に向けてくれる好意を無下にして断るのは気が引けるが、結論を出さずにズルズル引き延ばしたり考える事を止めて無理矢理に付き合うよりも、どちらの立場から考えても最善の決断だろうと思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「あ、雪菜!」

 「お待たせしました、簪さん」

 「ううん、全然待ってない!それで、専属になってくれる?あと、付き合ってくれる?」

 

 いつもの大人しい雰囲気からは想像もつかない、弾んだ声で雪菜の所へ駆け寄ってくる簪。その心中は雪菜が自分の専属になってくれる事を確信している。響弥が居ない状態なのだから。簪は雪菜から響弥の記憶が封印されている事は知らないし、しかも4組は【銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)】戦には殆ど関わっていない為、雪菜の前での響弥に関する箝口令は敷かれていない。だが、響弥が行方不明になっている事は知っているので、簪は雪菜が自分の専属になってくれると確信しているのだ。

 

 「その....それは....」

 「どうしたの?早く返事して欲しいな」

 「簪さんには申し訳有りませんが、私は簪さんの専属になる気は有りません。そして貴女と付き合う気も、全く有りません。...起動コードはもう簪さんの端末に転送してあります。それでは、次は友達として会いましょうね」

 

 簪は時間が止まった様に錯覚した。それほどに大きなショックだったのだ。何故断られた?そんな疑問が頭を埋め尽くす。自分は今まで雪菜に嫌われる様な事はしていない。()()()()()()()()()()()()()()()()。そう思っている。

 しかし現に簪は告白を拒まれ、雪菜は簪に背を向けて整備室から出ようとしている。自分が描いていた未来はこんなハズではなかった。雪菜が簪の告白を受け、それに喜んだ簪は手を握り、雪菜にハグをする。それを見た雪菜は苦笑いをしつつ簪を抱き返す。そんな未来になるハズだったのだ。だが、こんなザマだ。

 何故?と思考を続ける簪はある1人の人物を思い出す。簪が姉に「無能で居続けろ」と言われ、助けを求めた簪を「出来損ない」と罵った最悪の兄、更識響弥を。今でも「お兄ちゃん」と呼んでいるのは他の呼び方が思い付かないからであり、本来なら「アイツ」と呼びたい程の憎悪を抱いている。

 行方不明になっても尚、簪の願望を嘲笑(わら)い、雪菜を専属にしたいという願いを叶えさせない。そして断られた自分を見て再びせせら笑う。その最悪の兄に縛られている限り、雪菜が自分の専属にならない事を簪は悟った。

 自分の専属にならないのなら、()()()()()()()()()()。簪は間違った結論に行き着く。今響弥は居ない。なら雪菜が死ぬ最期の美しい瞬間は自分だけのモノになる。幸いにも此処は整備室だ。殺す為の道具は幾らでもある。

 だが、簪が選んだのは自分の手で絞め殺す事だった。道具で殺すのも良いが、やはり雪菜の命を刈り取る瞬間は自らの手で味わいたい。そんな歪んだ願望に、刷り変わってしまった。

 

 「雪菜ァ!」

 「ッ...!かんざし、さん....!?」

 「私は雪菜を殺すね!!だって雪菜が私の専属にならないから、お兄ちゃんに縛られてるなら私が解放してあげるからッ!!」

 「おにい、ちゃん.....?」

 

 雪菜は抵抗しようとした。幾らでも反撃の手段は思い付く。確実に脱出でき、かつ安全に出来る方法は幾らでも思い浮かぶ。しかし雪菜は簪の濁った眼を見て憐れに思う。何故かは分からないが、憐れに思えて仕方がないのだ。

 

 「ゴブッ!?ガッ.....ハァッ.....!」

 「随分久し振りではないか、我が愛しき出来損ないの妹よ」

 

 目視では捉え切れない程の速度放たれた蹴りが簪の腹部に叩き込まれる。吹き飛び、苦痛に呻く簪は怨みが滲み出た呪詛にも似た響きでその人物を呼ぶ。つい、心の中で呼んでいる呼び方をして。

 

 「アンタは....!」

 「他人の専属に手を出すとは、其処まで卑しくなったか。精神くらいはまだマシだと思っていたのだがな....まさか、暴力的にも手を出しただけではなく、引き抜こうとしたのか?ハァ.....才能でも努力でも実力でも勝てず、こんな卑怯な手段に走っても結局は失敗か。つくづくお前は神に見放されているな」

 「うるさい....うるさい...うるさい....うるさい....うるさいッ!!

 

 貶され、馬鹿にされた事による今までの憎悪がその叫びに乗せられていた。簪を知る者なら今の叫びが簪の叫びだとはまず思わないだろう。整備室いっぱいに響く、憎悪の叫び。普通の人なら一瞬フリーズし、猛突進している簪が握るドライバーを突き刺され、大怪我を負うだろう。しかし、相手は少なくとも【普通の人】ではない。

 簪は脚を掛けられ、情けなく転ぶ。その途中の一瞬宙に浮かぶその刹那の瞬間に、彼は左手で腹部に重い拳をまた叩き込む。危うく意識を手放しそうになる簪だったが、後ろで雪菜が見ている事を思い出してどうにか踏み留まる。

 

 「結局はそういう事、か。人とは心持ちだな。どれだけ才能が有っても、本人の心が堕ちているのなら宝の持ち腐れ、馬の耳に念仏、猫に小判だな」

 

 彼は空中で旋風を起こす様に横に身体を1回転させると、頸椎を折る程の勢いで回し蹴りを放つ。その重い蹴りに吹き飛ばされた簪は打鉄弐式の脚部装甲に頭をぶつけて気絶してしまう。彼は雪菜に近付き、シルクハットと仮面を取って笑って話し掛ける。

 

 「さて、やっと本題に入れるな。......舞原、俺を覚えてるか?」

 「え....?貴方は....」

 

 何処か見覚えがある少年の顔を見て、記憶を掘り出そうとする雪菜。だが次の瞬間、頭の中で火花が散る錯覚を覚え、万力で締め付けられている様な頭痛が雪菜を襲う。今まで経験した事の無い程の凄まじい痛みに、情けないが叫んでしまう。

 

 「あ....貴方は誰....!?私は、私はァァァァァァァァァ!!頭が、頭が痛い!あああああぁぁぁぁぁぁ!!」

 「クヒッ.....クヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャヒャ!!」

 

 そんな雪菜の様子を見て彼は合点がいった様な表情をすると、狂った様に笑い始めた。痛みで明滅する視界の中で近付いてくる彼が分かる。そして右手で頭に触れられると、彼は背中を向けて整備室を去っていく。手放していく意識の中で雪菜は彼の頭の触れ方に懐かしさを覚えていた。大切な記憶を、忘れている気がした。そして呑気にも、防犯カメラに捉えられている簪の行為によって課せられる簪の罰則を心配しながら意識を手放した。




 書き上げてから試したくなりました。章をサイド毎に分けるなら同時に投稿しなきゃ駄目じゃね?と思ったので同時投稿にしましたが、今までの様な形で良い人も同時投稿が良い人もコメントで教えてくれると有り難いです。

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