崩壊
「雪菜.....こんなに、傷付いて...!」
シャルロットは自分の無力さに嫌気が差していた。自分を何だかんだ言って助けてくれた恩人をみすみす拐われ、その恩人の大切な友達を癒す事も出来やしない自分に。
雪菜はかなり荒んでいる。表面ではなく、内面が荒れているのだ。表面上では皆にいつも通りの笑顔を見せ、丁寧な態度で応対している。しかしその分、皆が見ていない場所では荒れている。
シャルロットは最近千冬に許可を貰い、2日に1回くらいの頻度で雪菜と響弥の部屋に行っている。何故なら、もう内面はボロボロである雪菜は部屋の掃除も何もしていないからだ。流石に必要最低限の--歯磨きや風呂、洗濯などはしているものの、その全てに拘っていない。洗濯なんて前は柔軟剤も洗剤も入れずただ水洗いになっていた事だってあった。それでも雪菜は傷付いた内心に仮面を無理矢理嵌めて、皆と付き合っている。それがシャルロットには痛々しくて堪らないのだ。
他の専用機持ちも、取り憑かれた様に練習している。特に一夏は凄まじい。白式は【
ただ保険医として転勤してきた菫からすれば、全員の精神状態が危うい。雪菜は当然だが1番危険だが、意外にも2番目に危険だと思われているのは鈴だった。自分が前にさえ出なければ、響弥の援護に入れたかも知れない、という自責の念が溢れている。残酷ではあるが、正直な話で鈴が入った所で響弥が助かっていた事は有り得ないだろう。響弥自身、代表候補生を2人纏めて敵に回しても立ち回れるのだ。そんな響弥が手も足も出ず負けた相手に、鈴が勝てる訳がない。鈴だけではなく、全員が。それが解っているからこそ、悔しいのだろう。その悔しさは相当なものだ。だが、それを画面越しにしか見る事が出来ず、しかも何も出来なかった雪菜は.....もう想像も出来ない。
そしてある日、事件は起きてしまう....
「ねぇねぇ、なんで更識くんが消えたか分かる?」
「知らなーい。え、もしかして知ってんの?」
「それがね....専用機持ちがあの時集められたじゃん」
「うんうん」
「2回出撃したらしいけど、その2回目が問題だったんだって。なんか、その2回目の時に拐われたらしいの」
「拐われたの!?」
「多分、他の専用機持ちのレベルが低かったかららしいよ!」
「うわ、何ソレ。更識くんはとばっちりじゃん!」
「しかも、動機が織斑くんの為だったんだって。その織斑くんが倒れたのも、篠ノ之さんのせいだって話で--」
--ドンッ!!
教室の後ろで話す女子達。初めはコソコソと小さい声で話していたのだが、後半に関してはテンションが上がったのか大きな声になっている。その会話が聴こえたのがシャルロットならまだ良かった。セシリアならまだ良かった。一夏ならまだ良かった。箒ならまだ良かった。鈴ならまだ良かった。ラウラならまだ良かった。千冬だったなら正論で捩じ伏せただろう。しかし聴いてしまったのは、雪菜だった。
「ま、舞原さん?いったい--」
「--貴女達なら、どうだったんですか?」
「...え?」
「その時あの場に居たのが貴女達なら響弥くんは助かったのか、と聴いているんですッ!!」
その女子達は悪気があった訳ではない。幾らIS学園の生徒と言えど、噂好きの10代の女子だ。そういう風に話してしまうのは仕方がない。そう理性では解っていても、荒れ狂う心が止まる事を許さない。
「そもそも、旅館に戻って震えてただけの癖して何を言ってるんですか!ふざけるな!確かにその噂は事実です、だからどうした!?友達が墜とされて、それをリベンジに行く事の何が悪い、言ってみろよ!!黙って聴いてりゃグチグチグチグチと、どうせお前らじゃ解決なんざ出来やしないだろうが!!そんなに言うなら今すぐ此処で専用機を出せよ!出してみろよ、アァ!?実力も無けりゃ頭も悪い、良い所なんて有りやしないなぁ!助けてこいよ、今すぐ!今すぐ此処から響弥くんを捜し出して、助けろよ!専用機持ちのレベルが低かったぁ?だったらお前ら訓練機でも借りて勝負してみろよ。レベルが低かったって言ったんなら、勝てるよなぁ!?違うか、オイ!返事しろよコラァ!」
「雪菜、落ち着いて!」
「雪菜さん、落ち着いて下さいまし!深呼吸を!」
「大体お前ら全員おかしいんだよ!何が女尊男卑だ、ISを纏えなきゃ男の足元に及びもしない事を理解出来ない猿以下の奴等がどうしてこの学園に居る!?前のラウラが言ってた事は正しいなぁオイ!なんでISという人を殺せる代物の授業を受けている途中に笑える!?」
「雪菜さん、落ち着いてくれ!もう大丈夫だから!」
「頼む雪菜...もう落ち着いてくれ。そんな哀しい声で叫ぶな....頼む....!」
「私も含めて全員が人殺しの授業を受けてる自覚が足りないだろ!男性操縦者にその軽い尻を振る事しか出来ない雌犬が!お前ら全員の頭の中を覗いてみたいな!きっと脳味噌じゃなくて豆腐とか花とか入ってそうだ!」
「どうしたの!?...雪菜、もう解った。大丈夫だから...ね?」
「そうだ、雪菜。もう良いんだ....だから、
「ハッ、傑作だな!私達の担任は世界を変えた張本人、大罪人だ!何万人もの男性の人権を踏みにじり、このクソッタレな世界に変えた、最悪の--....ァ」
「........すまない、舞原。お前は、其処まで...!!」
半ば錯乱状態で捲し立てていた雪菜を気絶させたのは千冬だった。いつもならその表情は不敵な頼れる表情だったが、今はすっかり暗くなっている。千冬も響弥を喪ったショックは少なくない。いや、それどころか巨大な程だった。そんな千冬は痛みを感じないように一瞬で意識を刈り取ったのだ。そして力を失い、床に倒れ伏す雪菜を抱き起こし、胸に抱えて保健室に運んでいった。
残された教室の雰囲気は最悪だった。もし雪菜が出鱈目を怒りのままに捲し立てていたのなら、クラスメートは陰口やら悪口を言えただろう。だが雪菜は違う。いつもの敬語は崩れ、粗暴な言い方ではあった。しかし、雪菜が言った事の全てはどうしようもない正論で、誰にも言い返せなかった。自分達が笑ってISの授業を受けてる事も、ISを纏わなければ男性には勝てない事も。他の全てが自覚できる事だからこそ、誰も言い返せなかった。言い返したとしても、更なる正論で捩じ伏せられそうだったから。
こうして壊れていく。何処かでなにかが、雪菜の心が....
どっちサイドも暗い話になります。苦手な人はブラウザバックを推奨します。