一夏は学校を休んでいる。まぁ、あんな取り乱し方をすれば当たり前なのだろうが、それを先輩や同級生が心配しているのだから一夏も可哀想だ。今ではすっかり対人恐怖症だというのに、ドアの向こうには沢山の人が居るのだから。ドローンを飛ばして(犯罪行為だという突っ込みは無しだ)見た女子が言うには、部屋は真っ暗で一夏は布団にくるまって全く動かなかったらしい。
「つーか、彼処までトラウマになるもんか?下手すりゃPTSDだぞ、アイツ」
「今まで自分が正しいと思ってた事を私が全否定しましたからね、逆に平然と登校してきたら手に負えませんよ」
「...ま、それもそうか。そういや今日からラウラが復帰するハズだな。変に恨みとか持ってなきゃ良いけど」
「流石にそれは無いのでは?」
「そーだよな。てか、お前何時間寝た?クマがくっきりだぞオイ」
「う~ん...2時間くらいでしょうか?」
「おま、馬鹿!今日はさっさと寝る!夜更かしは美容の大敵だって聴いた事有るぞ」
「....?そうなんですか、初耳です」
「ハァ~.....俺は良く分かんねーけどそうらしいから、今日はさっさと寝ろ。身長も伸びねーぞ」
「む、それはいけませんね。分かりました、今日は早く寝ます」
「そうしとけ」
教室に入ると響弥は昨日出ていた宿題を机の上に広げ、猛スピードで答えを書き込みだす。恐ろしいのはその早さと正答率、字の綺麗さだ。女子以上に綺麗な字、1つも間違わない解答、それは菫の教育の賜物だろう。
「相変わらずの効率ですね。昨日の内に終わらせれば良いのに...」
「良いんだよ、こんな低レベルな問題。正直大した事無いし、数が多いだけだ」
「世界でもトップレベルの教育を受けてるとは思えない発言ですね、更識くん」
「そうか?まぁ、俺の小遣いの何%かは数学の問題を解いて提出した金だからな。正答すりゃそれなりの金が貰えるからやってるんだけど」
「そんなの有るんですか?」
「やりたかったら先生に言えば良い。自分は簡単すぎてやる気が昔に失せたらしいからな、幾らでもやらせてくれるぜ?」
「へぇ...今度やってみようかな」
とかいう会話をしているが、2人は高校生にしては多すぎる資産を持っている。響弥は日本の暗部の幹部だし、雪菜はデュノア社に送っていなかった稼ぎが未だ手元にある。使い切れなくて困っている程だ。金欠から殴られても文句は言えないだろう。
「響弥」
「ん?あぁ、ラウラか。どうし--ッ!?」
後ろから呼ばれ、振り向いた先にはラウラが居た。話そうとしたその直後、ネクタイを引っ張られて唇に柔らかく温かい感触がする。若干濡れているソレと、近い距離にある目を瞑ったラウラが居た事から、呑気に結論を出した響弥が其処に居た。
--あ、これキスされてら。.....殺気!?
唇を離し、前へ飛ぶ。首の後ろからは風切り音が、本能が五月蝿い程の警鐘を鳴らす。ラウラを抱き抱えて後ろを見ると、ナイフと刀を持って微笑む雪菜が居た。
「...うふふ、篠ノ之さん、刀借りますね?」
「....言う前に借りてるじゃないか」
「響弥くん、ラウラさんとはもうそんな関係だったんですね~?」
「おい待て、俺は何もしてねぇ!むしろ被害者だろ!?」
「響弥は私の嫁だぞ、異論は認めん!」
「お前は黙っててくれェェェ!!」
「うふ、うふふ、あははははは!!...死んで、響弥くん」
「待て待て待て待て!それはマジで死ぬぅぅ!??」
朝からバタバタとしていた...
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
所変わって応接室。良く分からない絵や高そうな壺が置いてあるその部屋に、響弥と楯無は居た。雪菜はこれから面接する人との関わりがあるので今は自室に居る。機嫌は一緒に買い物に行くという約束をして直した。良い笑顔をしていたので、まぁまぁだろう。
「響弥くん...やれる?」
「俺がやんなきゃ駄目だろ。シャルロットを完全に解放する為にも、な」
入室してきたのは1人の女性。濃いメイクに絢爛な服装と、かなり金遣いが荒そうな女性だった。名前は覚えたくないので覚えていないが、この女性こそがデュノア社副社長、シャルロットの継母である。
「本日はIS学園まで御足労頂き、誠に有り難う御座います。つかぬことを御聞きしますが、アルベール・デュノア様はどういたしたのでしょうか?」
「あの人は今病気で寝込んでいるわ。だから私が来たの」
「そうでしたか。なら、お帰りの際にお薬をお渡ししますね」
「あら、有り難う」
こんな耳に優しい話は小手調べ。全ての文字に仮面を被せた虚飾にまみれた会話だ。これからは本題に入っていく。焦らず、相手から不利な、此方に有益な情報を引き出さなければならない。手に滲んだ手汗を拭って会話を切り出す。
「最近学園で噂になっていますが、シャルルくんが女子という噂が立っています。プライバシーの問題になりますが、それは真実なのでしょうか?」
「それは有り得ませんわ。あの子の母親から託されたあの子は紛れもない男子です」
「まぁ、そうですよね。ですが、担任に相談が有ったらしいのですが...」
「どんな話でしょうか?」
若干声が変わる。焦りよりも怒りが滲んだ声だ。楯無に目配せし、ボイスレコーダーを起動させる。
「貴方や他の身内に殴られた、性別を偽る様に言われて無理矢理学園に転入させられた、等の話ですね」
「そんな...そんな事する訳が有りません!まず、そんな事をしてもメリットが有りません!」
「デュノア社は今、経営困難に陥っている様ですね。世界で3番目の男性操縦者が発見されたとなれば、広告塔代わりになるのではないですか?」
「そんなのでは何も変わりません!元々、アイツの子は--」
「アイツ?どの人の事でしょうか?」
「ッ....何でも有りません。兎に角、全てその話は嘘です」
「本当に、そうですか?検査した教師陣が言うには腹部には打撃痕が、更にはちゃんと女性器も確認され、乳房も確認出来たという報告を受けていますが...まさか、我が学園の教師が虚偽の報告をしたとでも?」
「ッ...」
「それでは、次の話に移りましょう。その話とは、デュノア社の買収です」
「買収ですって!?」
「はい、森守技研がデュノア社の技術と会社を買収したいと言っているのです。私はその件の交渉役として参りました」
「却下です。絶対に、
「私の会社を?貴方、私達が貴方の事を調べていないとでも思っているのですか?」
「何ですって?」
「役員の買収、開発資金の横領、荒い金遣いに役員の異常な賃金の高さ。そしてイグニッション・プランに選抜されなければ停止される政府からの援助金。それの大部分を貴方が横領している事実。全て調べがついています」
其処まで言うと副社長は俯き、その直後立ち上がってバッグから拳銃を取り出して響弥に突き付ける。
「うっさいのよこのクソガキィ!アンタの調べは全部真実よ!それでも、アンタらを殺せば訴える奴も居なくなるわよねぇ!?だって、あの泥棒猫の子供は死んだんだから、揉み消すのは簡単なのよッ!!」
「...やっと本性晒しやがったかクソババア」
「あ--ッ!?」
腰に装備しているホルスターからXD拳銃を
「これまでのアンタの発言は全部記録されている。それに、アンタが拳銃を突き付けた事も記録してる。アンタはもう終わりだ。それに、アルベール・デュノアが監禁されてる事も知ってる。....法に裁かれろ、副社長。社長もそっちに送ってやる」
同時に警官隊が入ってきて、副社長を引き摺る様に連行していく。その眼差しは、憎しみ一色に染まっていた。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
今回の結末。アルベール・デュノアがしていた事になっている無垢な子供達を戦場に送り込む、別名『選別』が世間に公表され、アルベール・デュノア含めた役員は全員無期懲役となった。
「君が、更識響弥くんかね?」
「あぁ、そうだ。そして、アンタらが殺した赤羽の生き残りだ」
「....君が長男、か。謝って許されるとは思わない。だから、私は君にある事を伝えたいと思う」
「ある事?」
「君は前に【
「...あぁ」
「その時、『アリス』と出会ったハズだ。奴は恐ろしく強い。かつてアリスは軍隊を相手取った時、装甲に傷1つ付けられずに全員を殲滅した程の化け物だ。そんなモノが通常の人間な訳が無い。奴等、【御伽の国の破壊者】は化け物だ。全員が生まれつきある能力が秀でている【ドミナント】だ」
「【ドミナント】...」
「あぁ、そうだ。身体の何処かを犠牲にして、機械に代えた。そして何処かが狂っている。特に危険なのは『アリス』と『チェシャ猫』だ。どちらか一方だけに目を付けられただけならまだしも、両方に付けられれば命は無いと聴いた。...気を付けろ、赤羽くん。そして、シャルロットを頼んだぞ」
これでアルベールと響弥は別れた。その1週間後、獄中でアルベール含めた役員全員は死亡していた。死因は射撃による失血性ショックだそうだ。響弥は丘に1輪の花を持って、1人で立っていた。其処は、フランスだった。
「...アルベール・デュノア。アンタはもしかして、シャルロットの事を想っていたのか...?それならどうして笑ってやれなかった。どうして...愛してるの一言も言えなかった...!その一言だけでシャルロットは救われただろうに...」
響弥はその丘の頂上に竜胆の花を置いて去っていった。狂ってしまったであろう、妹の名前を呟いて。
「夏蓮、お前は...もう...」
竜胆の花言葉は【正義】と【悲しんでいる貴方を愛する】だ。その花言葉に彼は何を込めたのか、それは響弥しか知らない...