夜、夜も更け、月が天頂を越える時間。ISの格納庫に3人の人影があった。1人はシャルル・デュノア、1人は舞原雪菜、もう1人は更識響弥だった。響弥が持っていたのは無骨に黒光りする金属の物体--拳銃だった。
「....救ってやるよ、シャルル・デュノア。お前の悩みから。そして救ってくれ、お前の死で、俺達の血塗られた過去を」
「....うん、有り難う。そして君達を救おう、僕が」
「さようなら、シャルルさん。そして、有り難う御座います」
「....あばよ」
パンッという乾いた音が2発、3発と響き、周囲は再び静寂に包まれた。2人はシャルルの身体を抱え、何処かへと運んでいった。
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翌朝、シャルルの席は空席になっていた。それを見た一夏は怪訝そうな表情をしたものの、千冬が入ってきた事によりHRか始まる。そして千冬は真剣な面持ちで話を切り出した。
「全員、驚かず良く聴くように。....今朝、シャルル・デュノアが死亡した。正確には昨日の夜中、銃弾を撃ち込まれて死亡したらしい。血痕が海まで続いていて、恐らく犯人はデュノアの遺体を海に投げ込んだのだろう。捜索はしたが、昨日は波が激しかったせいで発見はほぼ不可能だ。デュノアに向けて今から黙祷を行う。.....黙祷」
千冬の言葉は誰にも質問を許さない語調の強さと早口で告げられた。いつもなら質問して突っ掛かっていく一夏ですら、告げられた事実に唖然として、黙っている事しか出来なかった。響弥と雪菜は全く表情を変えず、黙祷を捧げていた。
「...良し、目を開けろ。実はもう1つ知らせがある。入ってこい、
「え...」
一夏は入ってきた転校生を見て、声を漏らしてしまった。金色の髪、紫紺の瞳、それはあまりにも昨日死んだとされるシャルルとそっくりだったから。女子の制服を着た転校生は千冬の隣に立ち、自己紹介を始める。
「皆さん、初めまして。『シャルロット・メイル』と言います。森守技研のテストパイロットなので、一応専用機を持ってます。でも、まだまだ知らない事が沢山あるので色々教えてくれると助かります。じゃあ、これから宜しくお願いします!」
勢い良く御辞儀をすると1本に縛られた髪がぴょこんと跳ねる。シャルルとは違い、活発なイメージを抱く女子だ。だがそれは、心を開いたシャルルと同じだった。
「メイルはそうだな...更識と舞原の隣に座れ」
「はい、分かりました」
まだラウラは容態が回復しておらず、医務室で療養しているらしい。シャルロットの紹介も終わり、粗方話も終わった所で千冬は自分のクラスを休みにした。今の状態ではロクな勉強も出来ず、実技をさせる訳にもいかないからだ。
さっさと身支度をして寮の部屋へと戻る響弥達を一夏は追い掛けていった。
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響弥と雪菜の寮の部屋まで尾行はしたが、それから一夏はどうすれば良いか分からなくなってしまった。其処で既に気付いていた響弥は一夏に向けて話し掛ける。
「...どうした一夏、何か聴きたいのか?それか、もう全員倒したのか?」
「響弥...」
「入れよ。どうせデュノアの事だろ?」
「お前は、何でも知ってるんだな」
「あぁ、そうだな」
紙パックの牛乳をコップに注ぎ、一夏の前に置く。一夏は一口だけ口を付けると、早速本題に入る。交渉のイロハなどかなぐり捨てたやり方だ。
「お前はシャルルがどうなったか、知ってるのか?」
「あぁ、知ってるさ。知ってどうする?」
「捜しに行く」
「....お前は全くと言って良いぐらい学ばねぇな。まだ自分の都合で他人を振り回すのか?」
「俺の都合で、だと?」
「教えてやるよ、シャルル・デュノアは死んだ。だって、俺が殺したからな」
「な...んだとォ!?」
「頼まれたからな。助けて、楽にしてくれってな。だから楽にしてやったよ。今生で幸せになれないなら、来世で幸せになるしかねーだろ」
「だからって!だからって殺さなくても良かっただろ!?それ以外にも何か--」
「じゃあ、どんなやり方が有るんですか?言ってみて下さいよ」
急に割り込んできた雪菜の質問に一夏は答えられなかった。シャルルの陥っている状態が何処まで酷かったか、何も情報を集めていなかった一夏には解らなかったから。シャルル・デュノアの苦しみを、理解しきれていなかったから。
「....今まで更識くんの前だったので言いませんでしたが、もう言わせて貰いますね」
冷酷に、冷徹に。存在を拒絶する様な声を、雪菜は発した。
「もう2度と、出しゃばらないで下さい。正直、邪魔なんですよ貴方が。いつもいつもいつも、貴方が変な気を起こすから更識くんが無駄な怪我を負う。掛けなくても良い迷惑を周りに掛けて、それを姉の肩書に守られる。そしてそれを自覚しない貴方がまた迷惑を掛ける。そんなの、私達が損するだけじゃないですか。良いですよね、『世界最強』の身内は。それだけで専用機を貰えて、そして何をしても皆に笑って許される」
「そ、そんな事は--」
「そんな事あるんです。貴方と同じ独断専行と敗北を更識くんがすれば重大な罰則を受けた後に専用機を没収されます。他人を守りたい?笑わせないで下さいよ。今まで貴方が何を成しましたか?貰った
全て事実だ。今までは偶然全てが上手くいっていただけなのだ。運が悪ければ雪菜は硝子が刺さった事による失血性ショックで死んでいただろうし、ラウラ戦では響弥の脳が壊れていたかも知れない。それら全てとは言えないが、少なくとも一夏が面倒を起こさなければ良かったのだ。
実力が勝っている響弥に、楯無に、代表候補生に、教師陣に任せてさえいれば、何も誰も危険には遭わずに終わっていたハズなのだ。それを全て一夏が台無しにしていた。
その事実を受け止めた時、一夏の何かが壊れた。白式を、ISを持ち続ける事が怖くなった。そして何より--周囲からの視線が、信頼が、怖くなった。
「ぁ...ぁ、あ....うわぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
そして響弥達から逃げた。突き付けられた事実から逃れる様に、全力疾走で。廊下を走るな、という寮長である敬愛する姉の声すら自分を責める様に聴こえて、堪らなく怖くなった。怖くなった一夏は、布団に潜り込んで周囲からの音を遮断して固く目を瞑り、眠りに就いた。眠った先の夢ですら自分を責めている様に思えて、何度も起きてしまったが。