◇ ◇ ◇ ◇
嘲笑が聴こえる。全方位360度全てから、存在そのものを嘲笑われている様な笑い声が。これが夢だという事は既に理解していた。でなければこんな真っ暗で上からも下からも声が聴こえるのはおかしいからだ。響弥はひたすら歩く。前に歩いているかは解らないが、どんどんと声が強くなっていく。
どれぐらい歩いたかは解らない。1分かも知れないし、1時間歩いたかも知れない。響弥の目線の先には、膝を抱えて泣くラウラが見えた。嘲笑の中、か細いラウラの声が耳に届く。
「私は力を持っていなければならないんだ」
「どうして?」
「私が力を失えば、笑われてしまう。信じた者も、今までは笑ってくれていた者も、力を失えば私を嘲る」
「....そうか」
「あぁ。しかし、前に1度教官に言われたのだ。『力』とは『攻撃力』と同義ではないと。ならば、『力』とは何なのだ?」
「知らねーよ、そんな哲学的な事。一夏なら『守る事』とか言うんだろうが、んな訳
「『意志』?」
「あぁ、そうだ。結局どれだけ訓練しても、強くなりたい、こうなりたい、みたいな『意志』が無けりゃそれは空っぽだ。織斑先生がモンド・グロッソで優勝したのは『力』を持っていたからだ。でもその『力』は、両親が居ない中、
「じゃあ、お前はどうして鍛えたんだ?お前は...どんな『意志』を持ってたんだ?」
「俺か?...そうだな、強いて言うなら、俺と同じ様な奴を増やさない為、かな。あと、お前を助けたのはお前の為なんだぜ?」
「え?」
ひたすら自分の足元を見ていたラウラは、此処で初めて響弥の顔を見た。長い睫毛には、大粒の涙が乗っていた。響弥は手を伸ばしてその涙を拭いながら言った。
「お前は何だかんだ、俺の前では加害者じゃなかった。それどころか、寧ろお前は被害者だったんだ。だから助けた。俺の手なら、普通の人じゃ届かなくても届かせられるからな」
「そう、なのか...」
「そうだ。....だから、これからもお前を護ってやる。お前が泣くなら、その泣く原因を叩き潰してやる。お前が転んで、立ち止まってしまったなら待っててやる。そして--」
響弥は足の薬莢を撃発、大きく跳躍し、更に落下の勢いと義手の薬莢を撃発させる勢いをプラスし、地面を思い切り殴った。そして黒い空間には皹が入り、砕け散った。千冬擬きの黒い装甲の様に、硝子が割れる様に。
「--このお前を苛む黒い空間も、壊してやるからさ。お前はまだ、自分が誰なのか自信を持って言えないかも知れない。だからこれからの3年、俺の傍に居ろ。お前が胸を張って自分が『ラウラ・ボーデヴィッヒ』だって、言える様にしてやるから」
「....本当か?本当に私を、護ってくれるのか?」
「おう、お前が望むなら、絶対にな」
「....じゃあ、私を護ってくれ、響弥」
「オーケーだ、俺はお前を絶対に護ってやる。ほら、手出せ」
「あ、あぁ」
響弥はラウラの手を引っ張って立たせる。そして扉の様な光へと2人は入っていく。入っていくラウラの眼に、もう涙は無かった。
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◇ ◇ ◇ ◇
目覚めた響弥は、医務室に居た。先程までの一幕は夢なのか、とも思ったが、それは無いと内心首を振った。
IS同士の感応現象、殆ど確認されてはいないが一応存在する現象。これだろうとアタリを付け、取り敢えず立ち上がって制服に着替える。頭痛も無い上に普通に立てるので、生徒会の仕事を手伝いに行く気だ。初めは面倒臭がっていた響弥だったが、既に副会長っぷりが板に付いていた。楯無には色んな意味で勝てないが。
「......響弥」
「一夏か」
「.....どうして」
「あ?」
扉から入ってきた一夏は響弥の胸ぐらを掴み、壁に叩き付けた。突然の暴力に体制を整えられなかった響弥は壁と一夏の身体に挟まれ、肺の空気が押し出されてしまった。
「ガホッ...いきなりなんだ」
「どうしてお前がアレを倒した!アイツは、アイツは俺が倒さなきゃならなかったのに!」
「は?」
「千冬姉の事を何も知らない響弥が、どうしてアレを倒したんだって聴いてんだよッ!!」
「お前、何を勘違いしてんの?」
「は--!?」
頭突きを鼻に喰らわせ、仰け反った所で肋骨の間に通す様に貫手を突き込む。肺を刺激された一夏は咳き込みながら床に倒れ込む。
「俺がアレを倒したのはラウラを助ける為だ。お前の大好きな千冬姉をどうこうする為な訳ないだろ。あと、お前あんな状態でISをどうにか出来るとか思ってる訳?アニメの主人公でもないし、勝てる訳無いだろ」
「でも、アイツは俺が--」
「あのさ、それなんだよ。俺が気に入らねぇのは。お前は人を守る事だけが正義だと思ってるみたいだが、それは絶対に違う。お前のソレはただの自分の価値観の押し付けだ。前も言ったが、人を守りたいなら力を付けろ」
「お、俺が人を守れないって言いたいのかよ!」
「おぉその通りだ。白式を貰って何を舞い上がってんのか知らねぇけど、お前は一番弱い。セシリアや鈴、ラウラやデュノアは勿論、適性では上回っているハズの箒よりもな。俺よりも弱いし、生身での戦いですら誰にも敵わない。舞原にもな」
「勝てないからって守れないって訳じゃないだろ!?」
「ハァ....本当に分かってねぇガキだな、
「ッ.....!!だ、黙れよ!話題を逸らすな!」
「逸らしてねーよ。俺はお前がどれだけ弱く、お前の今回の事がどれだけ愚かだったか教えてやってんだろ?そもそも、お前が専用機を貰えた理由すら分かってねぇ癖に大口叩いてんじゃねぇ」
「ど、どういう事だよ」
「此処まで言っても察する事が出来ないのか。いや、目を逸らしてんのかな?じゃあ教えてやるよ」
響弥は言った。身内の威光に頼る事を嫌う一夏が、今まで必死に気付かない振りをして、目を逸らしていた事実を。
「
「ち、違うッ!!」
「図星だから怒鳴るんだろ?ったく、情けねぇよなぁ。姉みたいに人を守りたい、そう思って今まで生きてきたのに、結局お前は何処に行っても【織斑千冬の弟】という肩書がお前を守る。それに気付かない振りをしてたんだろ?」
「そんな事してねぇ!」
「まだ反論する気力があるのか。じゃ、思い知らせてやるよ。お前がどれだけ弱く、矮小で、どれだけ姉の威光に守られてるのかをな」
そう言うと響弥は一夏の腕に付けられているガントレット--白式の待機形態を外し、手の中で弄ぶ。
「か、返せよ!」
「やだね。これはお前みたいな雑魚が持ってて良い力じゃねぇからな。そうだな....ラファールでも打鉄でも何でも良いから、箒と専用機持ち4人に勝て。そして俺に挑んで勝てたら返してやる。なに、不安がるな。俺は副会長だ、お前のISを没収する理由には事欠かないからな」
「ふざけんなッ!!」
上体を起こし、響弥から白式を取り戻そうとする一夏に響弥は更に言う。
「おっと良いのか?今の俺ならISを部分展開して白式を握り潰す事も容易い。このまま来るならお前は白式を2度と纏えないだろうな」
「グッ...」
「分かったらさっさと此処から消えろ。じゃ、お前がコレを取り返しに来る時を楽しみにしてるぜ?ま、一生来ねぇかも知れないが。あ、手を抜かせるのは無しだぞ?」
「ッ、クソォォォォッ!!」
そう叫んで医務室から出ていく一夏。それを見て響弥は呟いた。
「...これで力を付けてくれりゃ良いんだが。自分の願いの叶え方も分かんねぇんだからな、アイツは」
憎まれ役を買って出た響弥だったが、その本心は一夏の事を想っての事だった。それにも気付けない程の鈍感が、一夏なのだが。此処で生まれた確執は、未来への歯車を大きく加速させていく...