IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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対話

 波瀾を匂わせる、嫌な予感。それが扉の前に居た。シャルル・デュノア--本名、シャルロット・デュノアが其処に居たのだ。響弥の仇敵であり、雪菜の幼少期を酷いものとした間接的な原因が。

 

 「響弥、良いか?」

 「.......入れよ。良いよな、舞原?」

 「はい、どうぞ」

 

 中心に置いてあるテーブルの壁側に響弥と雪菜が、扉側に一夏とシャルルが座った。座布団を4人分敷いて、お茶を用意した所でやっと一夏が口を開き、話を始めた。

 

 「その、驚かないで聴いてくれ。シャルルは--」

 「女だった。そしてデュノア社の人形だった事を知って、お前は助けたいと思った。違うか?」

 「ど、どうしてそれを!?」

 「見てれば分かります。デュノアさんは高校男子にしては喉仏が出ていませんし、線が細過ぎます。それに筋肉の付き方も女子のそれでしたし」

 

 嘘だ、響弥達は初めから知っていた。更識の情報網をフルに活用して手に入れた情報の1つがソレだったのだから、忘れている訳が無い。

 

 「率直な意見を聴かせてくれ。俺はシャルルを特記事項を利用して助けたいと思ってる。具体的には『特記事項第21 本学園における生徒はその在学中においてありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない。本人の同意がい場合、それらの外的介入は原則として許可されないものとする』を使いたい。...2人は出来ると思うか?」

 「不可能だ、確実に」

 「えぇ、そうでしょうね」

 「え!?」

 

 一夏が考えた事を2人は全く思案せずに一蹴する。響弥は暗部の幹部である視点から、雪菜は自分の記憶と能力から判断した事だった。この状態の2人の予想は殆ど覆らないだろう。其処までの予測なのだ。

 

 「一夏くん、考えてみてください。確かに特記事項に本人の同意が無ければとは言っています。でもそれはあくまで『原則として』なんです。この世界、原則を覆す手なんて腐るほど有ります」

 「それに、ソイツが男子として潜入した理由は俺達との接触の為だろ?履歴書の改竄に隠蔽、そして他国でのスパイ行為。今挙げただけでも原則を潜り抜けて本国に送還される理由には充分過ぎる」

 「でも、其処までしてシャルルを捕らえる理由なんて無いだろ!?」

 「....お前は俺の想像以上に馬鹿だったか。まずフランスはISの技術的に他の国より劣ってる。一番メジャーな企業でもデュノア社しか無い上に、一番の看板は量産機の世界シェア第3位。それじゃ余りにも弱いし、簡単に他国に潰される」

 「国にどころか世界にたった2人の男性操縦者は貴重です。それを言い方は悪いですが、幾らでも替えが効く女性操縦者に偽らせた。これだけでも死刑は免れません。ですが、もっと困るのはデュノア社でしょう。非公認のテストパイロット、それだけではなく自らの子供を危険を省みずに学園に送り込んだ。世論はあっという間にデュノア社打倒の方向へ傾くでしょう」

 「でも、どうして助けようとしないんだ!?どうしてお前らはそんな冷静でいられる!?友達が困ってるんだぞ!」

 「そう、其処だよ一夏。()()()()()()()()()()()1()()()()()()()()?」

 「えっ....そんなの、当然....」

 

 結局一夏は自信を持って言い切れなかった。当たり前だろう。自分の正義感のみで()()()()()()()()()一夏は1度もシャルルの助けを聴いていないのだから。何も耳に入っていない。

 一夏は人を守る事に並々ならぬ憧れを抱いている。それは自分を常に身近で守り、支えてくれた千冬への憧れだ。それを叶える為に他人が困っているのなら絶対に助ける。例え他人が助けを求めずとも。それはもう、正義ではなくただの自己満足だ。

 

 「デュノア、お前の首に付いてる首輪は何なんだ、答えろ」

 「一応カメラだよ。....本当は僕を殺す為の物だけど」

 「自爆機能付きのアクセサリーですか。あの会社がやりそうな事を.....」

 「な、なぁシャルル。お前は助かりたいよな?」

 「.......いや、更識くん達が正しいよ。僕は罰せられて然るべきだ」

 「そんな!」

 「......ハッ、悲劇のヒロイン気取りか。だからお前らは--」

 「何なんだよ響弥、お前はッ!!」

 

 堪忍袋の緒が切れた一夏は響弥の胸ぐらを掴み、机を飛び越えて響弥を床に叩き付けた。お茶は既に雪菜が片付けていたので被害は無かったが。

 

 「シャルルだって被害者なんだぞ、それをなんでお前はこんなに冷たく当たれるんだ!?」

 「知ったこっちゃねぇよ、そんな詭弁」

 「詭弁だと!?じゃあお前が言ってるのは屁理屈だろうが!!」

 「......ハァ。この機会だ、教えといてやるよ。まず--」

 

 響弥は左手で一夏の貫手で鳩尾を突き、出来た隙を突いて立場を入れ換えた。響弥が上、一夏が下だ。左手で胸ぐらを掴み、空いた右手はチョキの形にして両目の前に添えた。目潰しの体勢だ。

 

 「人を守るって言うなら自分を守れる様になれよ!他人に守って貰ってる事も自覚出来ねぇ餓鬼がッ!!それに、この世に完全な被害者なんざ存在する訳無いだろうが!どんな聖人君子でも絶対に加害者の1面は有る!其処の人形も同じだッ!!」

 「シャルルが加害者だと!?」

 「俺はデュノア社に奪われた!目玉と手足だけじゃない、家族を!舞原だって幼少期を悲惨な物にされたんだッ!!それをシャルル・デュノア個人が知るか知らないかは重要じゃない。アイツがデュノアである事が重要なんだ!俺は、俺達はデュノア社に奪われた!俺は家族と身体を失って、雪菜はあの小さい手を血に濡らしたんだ!なんでそんな会社の子供を助けなきゃならないんだ、言ってみろよ織斑一夏ァ!!」

 「でも、やったのはシャルルじゃないだろ!ただの八つ当たりじゃねぇか!例えシャルルが加害者でも、シャルルがお前と同じ被害者だって事は変わんねぇ!」

 「違うッ!!確かに八つ当たりかも知れない。確かにアイツは被害者かも知れない!だけど俺達と同じなんざ有り得ねぇ!!正義の為なら誰でも協力するなんて、夢見てんじゃ--」

 「更識くんッ!!」

 

 2人が唾を飛ばす事も構わずに叫び合い、乱闘にまで発展するかと思われたその時、雪菜の声が響いた。その声は2人の動きを止めるには充分で、もう先程までの雰囲気は霧散していた。

 

 「更識くんも、織斑くんも落ち着いて下さい。怒鳴り合っても何も解決は出来ませんから、ね?」

 「......舞原、お前は....」

 「織斑くん、どうか理解して下さい。私達は絶対にデュノアさんを助けたくない訳じゃないんです。寧ろ助けたいと思いますが、心の深い所では助けたくないとも思っていて、私達も悩んでいます」

 「....そうだよな。ゴメン、響弥。頭に血が登っちまった」

 「俺も悪かった。...明日、落ち着いてから話をさせてくれ。その時、俺達が考えた案を言うよ。完全に協力するかは分かんないけど」

 「それぐらいしてくれるなら充分だ。有り難う」

 「....ゴメンね、2人とも。僕が謝って済む問題じゃないけれど」

 「許しはしない。でも、俺はお前個人に恨みは無い。...悪い、まだ気持ちが整理出来ねぇんだ。明日、明日にな」

 「....うん、有り難う」

 

 もう夜も深いので静かに出て行った2人の後ろ姿を見て、響弥は雪菜に問い掛けた。

 

 「.....なぁ舞原、さっきの俺はどう見えた?」

 「さっきの更識くんは鬼みたいでした。復讐に取り憑かれた、復讐鬼みたいでしたよ」

 「そっか。舞原、俺はどうしたら良いんだ?教えてくれ」

 「.....分かりませんよ、私にも。でも、助けた方が良いと思います。あの人を助ければ、期待はあまりしませんが、内部情報はそれなりに探れるでしょうから」

 「......分かった。助けよう、アイツを」

 「はい、分かりました。プランは私に任せて、もう寝て下さい。凄い表情ですよ」

 「ハハ、笑えねぇや。そうする、寝るよ。お休み」

 「はい、お休みなさい」

 

 精神的にも肉体的にも疲弊していた響弥はベッドに寝転がると直ぐに寝息を立てて眠りについた。それを見て雪菜は小声で呟いた。

 

 「.....更識くん、あんなに辛そうに叫ばないで下さいよ。自分の事は何でもない様に言って、私の時だけ涙を流すんですか....」

 

 指で響弥の頬に伝う涙を拭うと、雪菜は自分のパソコンの前に座り、計画書を作り始めた。シャルルの為ではない、響弥の為に。


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