「響弥くん、私はそろそろご褒美が欲しいです!」
「....ぅえ?」
「ご褒美よご褒美!!そろそろ私にもご褒美欲しいの!」
療養という目的で学園を1週間休んだ後の土日、楯無が響弥に言った願望だった。
「雪菜ちゃんとの相部屋にするのも頑張ったし、あの事件の事後解決も頑張ったし、そろそろご褒美!」
「おま...語彙力が溶けてんぞ。落ち着け落ち着け」
「響弥くんとお買い物に行ーきーたーいー!!」
「わぁったよ、菫先生に聴いてくる。許可貰えなかったらまた今度な?」
「....むー、分かったわよ」
寝てばかりだった身体を起こし、歩き始める。ミシミシと節々が軋む感覚と共に廊下を歩いて地下室へと向かう。壁に付けられた液晶に表示されているノックボタンを押し、返事を聴かずに部屋の中に入っていった。
「菫先生、ちょっと聴きたい--」
「出掛けるんだろう?義手と義足を使わないならば大丈夫だ」
「お、そうか。じゃあ行ってきま......おい、何で知ってるんだ?」
「........私は急用が出来てしまった!あー忙しい忙しい!」
「......ま、今に始まった事じゃねぇか。あんま私服は無いんだがなぁ...」
自分の部屋に帰る道すがら、楯無に大丈夫だったという旨の内容のメールを送信し、自室に戻って服を選ぶ。と言っても、服なんて数種類しか持っておらず、マシな組合せを選ぶだけなのだが。
「こんなもんか。後はアイツを待っときゃ良いな」
選んだ服は黒の半袖の上に黒のパーカー、そして黒のチノパンに絶月の待機形態である黒のチョーカーという見事なまでの黒ずくめだった。夏ならば熱を集めてしまう凄まじく暑くなりそうな服装だが、まぁ良いだろうと思って楯無の事を考える。
確かに最近は楯無に任せっきりだっただろう。しかも雪菜との相部屋に関しては若干...いや、かなりの脅迫が入っている。更には全ての後始末を任せておく始末。今回の件だって響弥の独断専行での罰則を軽くする事に楯無が尽力してくれた事もあり、罰則が反省文だけで済んでいるのだ。恩返しをしなければバチが当たるのが当然だ。
「きょーやくん!」
「んぁ、楯無か。.....その服、似合うじゃん」
「そ、そうかなぁ...?ありがとう」
楯無が着ていた服は自分の髪の色に合わせた淡い水色のワンピースだった。手に持っている白のポシェットがポイントだろうか。普段響弥は意識していないが、こうやって私服姿を見せられると嫌でも美少女だという事が思い知らされる。いつもは胡散臭く見える表情も、今の無邪気な笑いを見たらそんな印象なんて全て吹き飛んでしまうだろう。
「で?響弥くんは私を何処にエスコートしてくれるのかな~?」
「ん、そうだな....『@クルーズ』にでも行くか。今は期間限定のパフェが出てたハズだ」
「パフェ!?ん~、楽しみ!」
「....いつもそんな無邪気なら良いのにな」
「え?なんか言った?」
「いいや、何でも。じゃ、行くか」
軽自動車の運転席に響弥が、助手席に楯無が乗り込み自動車は走り出す。本来はまだ免許は取れないのだが、響弥は菫の指導によって自動車は勿論、戦闘機に至るまでの乗り物が操縦できる。更には戦艦の全ての役職に対応出来るのだ。故に軽自動車なんてラジコンで遊ぶのと同じ位の難易度なのだ。
「ほい、到着。金は結構有るから、好きなもん食え」
「本当!?...なんて、そんなに食べないけどね」
「別に遠慮なんてしなくても良いんだぞ?」
「乙女には色々あるの!デリカシー無い男の子は嫌われるぞ?」
「はいはい、私が悪ぅござんした」
自動ドアを開けると外より少し涼しい空気が身体を包む。珈琲や紅茶などの特有の匂いや控え目に響く音楽が心地よさを感じさせる。休日なだけあって少しだけ混んでいたが、空いていた席に座ってパフェ1つと響弥はアイスコーヒーを、楯無はトロピカルジュースを頼んだ。
「なぁ楯無、貴重な休日を俺との1日に費やして良かったのか?もっと面白い事も出来ただろうに」
「....今日だけは楯無って呼ぶの禁止。刀奈って呼んで」
「分かったよ。で、刀奈、俺で本当に良かったのか?」
「響弥くんだから良いんだよ。虚ちゃんもプライベートは必要だろうし、ね」
「そっか。...お、パフェが来たぞ」
「あ、本当だ。美味しそー!」
運ばれてきたパフェは大きめの冷やされた器の底にコーンフレークとヨーグルトを、そしてオレンジのアイスを盛り付け、その上にホイップクリームと柑橘類の果物をふんだんに使ったパフェだった。値段も高めだが、その分の量と味は期待できそうな1品だった。
「んー!甘味と酸味のバランスが絶妙!」
「そうか、それなら良かった。まだ時間はたっぷり有るから、味わって食べな」
「響弥くんも食べなよ!はい、あーん」
響弥は甘いものが嫌いな訳ではない。甘党までは行かずとも、好きな部類に入る味だ。しかし何故そんな響弥がパフェを食べないのか?それは周りの視線が怖いからだ。この@クルーズにはカップルしか来ない訳ではない。男のグループや女のグループが来るのだ。そしてお洒落な美少女の刀奈に「あーん」して食べさせて貰うとする。そうした先に襲ってくるのは男の僻みの視線だ。しかし食べなければ刀奈を悲しませる。その2つを天秤に掛けた響弥は....
「あ、あーん...」
「どう、美味しい?」
「あぁ、刀奈の言う通り、すげぇ美味いよ」
「でしょ?...響弥くん、口の端にクリーム付いてるわよ」
「えっと....何処だ?」
「ハァ....何歳になっても、こういうのは変わんないね」
「え、ちょっとお前...」
刀奈は机から身を乗り出し、指でクリームを掬うとそのまま自分の口へと運んでいった。一瞬豊かな母性の象徴が見えそうになった事で目を逸らしたせいでこうなったのだ。恐らく無意識にやったのだろう、何か気にする様子も無くパクパクとパフェを食べ続ける刀奈に何処か安堵と複雑な感情を抱きながらアイスコーヒーを口に含んだ。ブラックの苦味が、舞い上がった頭を冷ましてくれる感覚を感じながら。
「御馳走様でした」
「お粗末様でしたってね。んじゃ、次は買い物で良いんだろ?『レゾナンス』で良いな」
「うん、お願いね♪」
車を運転し、大型ショッピングモールである『レゾナンス』に向かう。食料品は勿論、アウトドア用品やらゲームセンターにブランドまで出店している大きな所だ。その分はぐれやすいという難点こそあるが、高校生の2人は携帯を持っているのでその心配は無いが。
「う~ん....どっちが良いかな?」
「どっちでも良いと思うぞ」
「そういうのは駄目なの!う~ん...」
「......俺はどっちでも似合うと思うんだけどなぁ」
女子の服選びの長さも体験しつつ、着々と時間が進んでいった。刀奈が満足した時には既に時間は夜になっていた。
「今日は楽しかったよ、響弥くん。ありがとね」
「まぁ、俺の気分転換にもなったし、此方こそ有り難うだな。また今度、誘ってくれよ?」
「ぇ.....うん、勿論だよ!」
そして2人は更識邸の自室へと戻っていった。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
自室で刀奈は布団の上でゴロゴロしていた。喜んでいたのだ。
「まだ響弥くんは家族ってしか見てくれないけど、頑張んなきゃ。.....雪菜ちゃんは強敵かもだけど、諦めて堪るもんですか。響弥くんへの想いは負けないもん」
そんな決心が、同じ邸で決められていた。そしてその想われている当人は....
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「へぇ~、そうだったんですか。私を置いて楯無さんと?へぇ~」
「いやな?違うんだって。そん時お前寝てたからさ、誘いたくても誘えなかったんだって」
「でも着替えに来たんですよね?その時起こしてくれれば良かったじゃないですか」
「いや、その....寝顔が可愛かったからさ、起こすのが勿体無くて」
「っ....!あ、ありがとうございます....って、騙されませんよ?今考えましたよね?」
「........ごめんなさい、ぶっちゃけ誘うの忘れてました」
「ハァ、許してあげますよ。その代わり、次は私と2人きりでお出掛けして下さいね?」
「....仰せのままに」
雪菜に言われるがまま、次のデートの約束をさせられていた。