IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

31 / 152
訪問

 コンコンと控え目のノック音が響弥の部屋に響く。訓練で鍛えられた目覚めの良さが功を奏したのか、直ぐに目覚めた響弥は半分キレながらドアを開けた。現在は8時である。

 

 「.....オルコット?」

 「あ、その、更識さん。お話が、有りまして」

 「....そうか、入って適当な所に座っててくれ。紅茶で良いな?」

 「あ、はい。有り難く頂きますわ」

 

 電気ポットでお湯を再び沸騰させ、紅茶を入れる。そもそも響弥は茶を嗜む様な男ではないのだが、楯無の側近としてのスキルとして仕込まれたのだった。平均以上には出来るとは言っても、未だ虚の足元にも及ばない腕前ではあるが、客に出せるぐらいには飲める紅茶を入れられるのが響弥の腕前だった。

 

 「頂きます。...あ、美味しい」

 「そりゃどうも。んで、何の用?俺のISについては何も教えないからな」

 「いえ、そんな事ではなく、謝罪をしたいと思いまして」

 「謝罪?」

 「はい。男性の方を見下す発言や勝手な振る舞い、此処で全てを謝罪したいと思い--」

 「いらねぇ。それは他の不快な気分になった奴等にやれ」

 

 セシリアの言葉を最後まで聴かずに響弥は話題をぶったぎった。目を見開いて驚くセシリアに響弥は静かな声で言った。

 

 「力が無い者が淘汰されるのは自然の(ことわり)だ。今のISがある世の中は女が強く、男が立場でも力でも弱い。俺は女尊男卑の風潮は嫌いだが、でもそれは自然の理に則って考えれば自然な事だと思ってる。だから、お前が調子に乗っていた所で俺からすれば自分の実力に酔った用にしか見えず、不快な思いはしなかった。だから謝る必要は無いんだ」

 「ですが...」

 「それに、お前が男を信じられないのは当たり前と言えば当たり前じゃないのか?なぁ、オルコット家の御令嬢、セシリア・オルコット?」

 

 再びセシリアは驚愕した。響弥の顔付きは明らかに日本人であり、外国人が日本語を覚えて話す時独特の訛りを感じない。故に生まれ育ちがどちらも日本人だろうと思っていた響弥が、自分の家の事を知っていたからだ。オルコット家は名門であり、多くの遺産を抱えている事も、響弥は知っているのだ。

 

 「うんざりしてたんだろ?自分の家が抱える遺産にハイエナの如く寄ってきて媚を売ってくる男に。だから強くなって、その機体(ブルー・ティアーズ)を勝ち取った。お前は確かに強いだろうが、まだ井の中の蛙だったって事だ。自分より強い奴が世界にまだ居るって事を学べたなら、俺には別にどうだって良い事だ」

 「あ、有り難う御座います....その、其処の書類は...?」

 「ッ.....!!...そうだな、俺がお前の事を一方的に知ってるのはフェアじゃねぇからな。俺もお前に教えるべき、か」

 

 セシリアが見付けたのは茶色い封筒に入っていた書類だった。半分ほど封筒から引き出されているので、少しの内容は読む事が出来たのだ。書類を読まれたのなら仕方がないと、響弥は自分の過去を語った。ゆっくりと、語調は穏やかなままで。

 

 「お前は、赤羽農園って知ってたか?」

 「えぇ、まぁ。フランスにあった、果物や野菜を沢山出荷していた会社ですわよね?原因不明の火災で更地になった後、デュノア社が跡地に建てられたとか...」

 「そう。そして俺は其処の農園の長男だった」

 「え?」

 「馬鹿げた広さの土地を持ってたからな、IS至上主義の今の時代には良かったんだろ。デュノア社、強いては国が農園を明け渡せと言ってきた。俺の父さんは従業員の食い扶持とかの事を考えて絶対に渡そうとはしなかったんだ。だが、ある日の夜に現れた傭兵が俺の家族を滅茶苦茶にした。で、俺は更識家に引き取られて今に至るって訳だ」

 「御家族が居なくなった時はどう思ったのですか?」

 「.....さあな。感じたのは自分への怒り、なんてプライド高いもんじゃないのは確かだな。もう、忘れちまった。...っと、こんな時間だ、早く部屋に帰って寝ろ。夜更かしは美容の大敵なんだろ?」

 「はい、そうしますわ。...今日はお話を聴かせて下さり、有り難う御座いました」

 「礼を言うほどの事じゃないと思うがな。...また明日な」

 「はい、また明日」

 

 ドアを開けてセシリアの足音が遠ざかる音を聴きながら歯を食い縛った。絶月の待機形態であるチョーカーを引き剥がす様に握り締め、忌々しげに言う。

 

 「忘れて堪るかよ...あの日のあの感情を。あの--」

 

 語尾は小さすぎて、人が対面しても何も言っていないのと同じ様なボリュームにしか捉えられない声で言った。その一瞬後にはない交ぜになっていた感情から発される重圧が全て霧散し、響弥は再び眠りについた。悪夢から逃れる様に、布団に潜り込んで。


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。