IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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決闘ー2

 八重霞を左手に、空いた右手に握ったのは小太刀だった。

 

 「【水鳴刀(すいめいとう) 鬼百合(おにゆり)】。【八重霞】と共に、汝を久遠の幻へと導かん」

 

 鬼百合は切断力特化の小太刀だ。加速してセシリアへと肉薄し、右手を一閃する。すんなりと刃はブルー・ティアーズの装甲に通っていく。水を斬るかの如く、何の抵抗も無く。スラスターを吹かしてどうにか被害を最低限まで減らしたと言っても、既に装甲の一部は綺麗に斬られていた。

 逃げたセシリアを追い掛ける事はせず、無造作に左手の八重霞を振るう。再び『見えない斬撃』が飛び、それなりにSEが減ってしまう。だが、その『見えない斬撃』の種を見破った者が1人、管制塔に居た。

 

 「アレは....鞭だ」

 「織斑先生、どういう事ですか?更識くんの【八重霞】は明らかに刀ですけど...」

 「あぁ、刀だ。しかし、同時に鞭でもある。更識は斬撃の際に鞭である刀身を伸ばして攻撃しているんだ!」

 

 そう、千冬が見破った事が種の全てだ。八重霞は刀であって刀ではない。武器の分類として八重霞は『鞭剣(ウィップ)』となるのだ。八重霞を振るう瞬間に光学迷彩を搭載し、不可視となった刃をセシリアに当てる。そして再び戻せば、周囲の人間にはまるで響弥が『見えない斬撃』をしている様に錯覚してしまう。そんな刀でも、使い手の鞭を振る速度が遅ければ直ぐに種は見破られてしまう。この状況に辿()()()()()()には、響弥の血を吐く様な努力が有ってこその状況なのだ。

 だが、千冬が八重霞の種に気付いたとして、セシリアが気付かなければ意味が無い。明らかに間合いは刀の射程外、それでも斬り裂かれて減っていくSEを視界の端で捉えながら怯えていた。今までは自分の理路整然とした戦闘プランで戦えば相手は負け、この学園の面接官すら倒す事が出来た。しかし目の前の敵にそのプランは全く通用せず、更には自分が追い込まれているではないか。普通なら降伏(リタイア)しても不思議ではない状況だ。しかし、セシリアはそれをしなかった。

 

 「まだ...ティアーズは残っていましてよッ!!」

 「ッ.....!!うっそだろ!?」

 

 1度も飛ばしていない弾道型(ミサイル)のティアーズ。それを肉薄してきた響弥に発射したのだ。更に爆炎の中に居るであろう響弥に向けて3度、スターライトmkⅢの引き金を引いた。いつもの高貴さをかなぐり捨てた、泥臭い一撃。それでも、そこまでしても、響弥は--

 

 「『ヤタノカガミ』」

 「嘘...でしょう?わたくしの、ティアーズを受けても、傷1つッ...!」

 

 衝撃やエネルギーを完璧に相殺する盾、それが【ヤタノカガミ】。両腕に装着された籠手型のシールドはヤタノカガミ本体に充填されたSEを消費する事によって理論上では全てのISの攻撃を相殺し、相手の射撃攻撃を完全に無効化する事が出来る。搭乗者が相殺時の衝撃に耐えられなければ意味が無い武装ではあるが、左腕はまだしも右腕が義手の響弥ぐらいにしか運用は出来ないであろう武装だ。

 

 「終幕(フィナーレ)だ、オルコット」

 「....え」

 

 終幕はとても鮮やかで、一瞬の出来事だった。意識の隙間に入り込む様な自然な接近。それからセシリアに見えたのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。余りにも速く、(はや)い一撃。音を置き去りにして放たれた単純な攻撃--パンチは凄まじい衝撃を伴ってセシリアの腹部に突き刺さり、ブルー・ティアーズのSEは0になった。試合の終了は、戦闘中の派手なものとは違い、呆気ないものとなった。

 

 「.......この程度だったか」

 「今、なんと?」

 「良い試合だった。このまま一夏との戦いも頑張ってくれ」

 

 心にも無い事を呼吸する様にセシリアに告げて、響弥は戻っていった。

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 ロッカールームで汗を拭き、冷たいスポーツドリンクを流し込む。冷たい感触に一瞬寒気がして、響弥はこれからは控えようと思った所で闖入者が現れた。それは癖っ毛で、水色の髪をした少女だった。

 

 「...楯無、いきなりどうした?」

 「あら、気付いてたの?」

 「楯無が本気で気配を消してれば気付けないだろうがな」

 「むう...まぁ良いわ。はい、この書類」

 「お、ありがと」

 

 茶色い封筒の中に入っていたのは大量の書類。だが、その全てが軍の機密レベルの物で、一介の学生が持てるハズがない代物だった。まぁ、この2人は暗部の人間であり、一介の学生とは程遠いのだが。

 

 「妹さん達の情報は....その」

 「構わないさ。別に、其処まで期待はしてないから」

 「...ごめんなさい、力になれなくて」

 

 そう言って楯無は響弥の右手を見る。ナノスキン技術の進歩によって最近漸く肌色の肌を取り戻した響弥の義手を。

 響弥は今までずっと情報を探り続けていたのだ。自分の家族に関する情報を。しかし、人の生き死にに関する、しかも公には公開できない事だったのだから、そうそう有力な情報は見付からない。有ってもガセやそっくりな人の事で、自分の家族の名前すら最近は見ていないのが現実だった。

 

 「響弥くん、副会長になってくれない?」

 「は?副会長は虚さんじゃないのか?」

 

 一転して笑顔で告げる楯無に顰めっ面で返す響弥。かつての素直な面影は消え去っていた。

 

 「いやねぇ、虚ちゃんはもっと副会長に相応しい人が居るって言ってね、会計をやってるのよ。響弥くんの事だと思うから、ね?」

 「ハアァァァァ.....わぁったよ、やりゃ良いんだろ?刀奈」

 「その名前は2人っきりの時だけよ、響弥くん?」

 「はいはい」

 「『はい』は1回。と言うわけで、織斑先生に話はつけておくからね」

 「頼んだ。俺はこれからコレ読むから」

 「うん、おねーさんに任せなさい!」

 「うぃっす」

 

 響弥は生徒会の副会長に就任する事となった。寮の部屋に戻り、書類を読もうとするが、思いの外疲労が溜まっていたのか眠気が襲ってくる。その睡魔に抵抗する様な無駄な事はせず、素直に布団に潜り込んで眠る響弥であった。


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