最近はデュノア社は来ていない。恐らく諦めたのだろうと麗治は予想し、最近溜まり始めていた仕事を消化していた。家に帰れない日が続き、麗治の我慢も子供達の我慢も限界に達していた。どうにか蓮菜が宥めてはいるが、そろそろ限界なので疲労を取る目的で一旦家に帰宅する事にした。それが、災禍の幕開けだという事を知る由もなく....
「ただいまみん--グフッ!!」
「お父さん、仕事しすぎ!」
「夏蓮達寂しかったの!」
「お帰りなさい、麗治さん。その子達も私も寂しかったんですよ?」
「ゲホッゲホッ....ゴメンね、これからは気を付けるよ。皆、許してくれるかい?」
「許してあげる。お父さん、お帰りなさい!」
「お帰りなさい!」
「うん、ただいま。もうお腹がペコペコだよ。さぁ、ご飯を--」
パァンッ!!
「......お父さん?」
「皆、逃げろ!速くッ!!」
「麗治さんも!」
「蓮菜さんッ!!」
「ッ.......!!皆、此方に!」
麗治は扉越しに撃たれたのだ。銃声よりもインパクトが大きかった、麗治の怒鳴り声に気圧されてフリーズしたまま蓮菜の手に引かれていく。
麗治は腰に吊っていたホルスターからベレッタ92を抜き、扉を開けて乱射する。そして扉を施錠して大きめの人形と手を繋ぎ、身体で窓ガラスを割って逃げ出した。囮になる為だ。デュノア社が雇った、又は自社が元々持っていた戦闘部隊が麗治を追う。一瞬だけ姿を見失ったと麗治が判断すると、木の上に人形を投げ、部隊を迎え撃ち始める。
だが、余りにも分が悪すぎた。相手は戦闘のプロ、麗治は飽くまで護身の為に拳銃を持ち歩いているだけで、射撃の心得が有る訳ではない。更に防弾チョッキを着用すらしていない麗治の身体に銃弾が撃ち込まれる瞬間は直ぐに訪れた。
(此処まで時間を稼げたならきっと逃げられるハズ。....蓮菜さん、後は頼んだよ......ゴメンね)
その思考が浮かんで直ぐ、麗治の視界はブラックアウトした。
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
蓮菜は2人の子供を連れて逃げていた。自分の最愛の子供を守る為に、最愛の夫を犠牲にした罪悪感を必死に押し殺して。
「ねぇお母さん、お父さんは?」
「後で話すから、今は走って!」
「お母さん後ろに何かいる!!」
蓮菜は後ろを見る。その時視界に入ったのは、金色で円錐形をしている、高速移動をする物--銃弾だった。
「お母さん!?」
「お兄ちゃん、お母さんが!!」
超速で飛来した銃弾に眉間を貫かれ、脳髄をぶちまけて動かなくなった。即死だった。だが、いくら優れたスナイパーでも動き続ける
「いや~、やっぱ凄いねぇ!ISってのは!」
そう、ISだ。ISのハイパーセンサーなら優れた者でもそう簡単に出来ない芸当ですら、簡単にこなす事が出来る。だからこそ装着出来る女性が優遇されるのだ。
母親が一瞬で殺された響介と夏蓮は立ち止まってしまう。走り続ければ、2人だけならば生き残っていたかも知れないのに。
「おい、母親の死体はどうすんの?」
「使いようはあるらしいから持っていきなさい」
「なぁ!其処の男の子めちゃめちゃにしても良いか!?」
「妹には手を出さないなら良いわよ。男は要らないらしいからね」
夏蓮は腕を掴まれ、無理矢理連れていかれてしまう。取り戻そうと走り出そうとするが、それを見逃す訳はなかった。
「その要らない脚はチョッキンとな♪」
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ!?!??」
今まで発した事が無い様な絶叫が響介の口から迸る。余りの負荷に声帯が耐えきれず、血の味が口の中に広がる。片足になっても手で這いずって夏蓮を取り戻そうとする響介を、更なる苦痛が襲う。
「ありゃ、そんなに妹が大事かー?なら腕もチョッキン♪」
「カ゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!」
更に腕も切断される。左腕では無かった事を喜んだ方が良いのか嘆くべきか。良く言えば生きる時間が伸び、悪く言えば死ぬまでの苦しみを多く味わう事になるのだから。
「あ、そうだ!なら妹ちゃんが目に見えないすれば良いじゃん!」
「あ゛....ガギッ....」
右目を指でくり貫かれる。眼窩を指で滅茶苦茶にされる感覚は形容しがたく、少なくとも心地良い感覚ではないのは確かだろう。グチャグチャにされた目は女の口の中に消え、とても美味しそうに咀嚼する。それを見て響介は更に痛みに加味して吐き気を覚えた。胃の中に入っていた物全てを吐き出してしまった。それを見て更に女は笑みを深めていく。
「キミ、凄く良いなぁ...叫び声とか吐くタイミングとか、全部ボクの好みだよ!ねぇ、コイツ連れて帰って駄目か?」
「駄目よ。そういうのが脱出とかして情報が漏れたらどうする気?だから置いてきなさい」
「あ~、そっかぁ....でも、殺したくないし...じゃあこのまま殺さずに置いてくよ。また会えたらボク達、運命の人だよね?よし、帰ろ!」
「ハァ....アンタのその気紛れに困らされるのは何度目かしら。まぁ良いわ、帰るわよ『アリス』」
「そうだね。あーお腹空いた!」
後々デュノア社を建設する為だろう、林檎農園どころか全ての畑が燃え始める。二酸化炭素を大量に吸い、段々と薄れていく意識を感じながら、ゆっくりと左目を閉じた。その時だった。
「おやおや、赤羽農園を視察に来たハズなんだが、まさかこんなに燃えているとはね。おや、随分と死にかけた者が居るじゃないか」
「.....だ、れ...?」
「私は...いや、良いや。なぁ君、君はそのままなら死ぬだろう。だが、このまま死ぬのは実に忍びないだろう?その命、私に寄越してみないか?此処に居たのが私達の当主ではなくて助かったな、君。あの人なら此処で君の苦しみを終わらせただろうね」
「どう....意味?」
「あぁ、喋らなくて良いよ。これは提案だよ、君。私は君を生かす事が出来る。君は生きれば復讐でも何でもするが良い。私にもちゃんと得する事があるからね。さぁ、此処でこのまま野垂れ死ぬか、私の提案を受け入れて生きるか。受けるなら腕を上げて、嫌なら脚を動かすんだ」
誰だか分からず、意識も朦朧として何がなんだか分からない響介だったが、生きる事が出来るなら答えは簡単に決まっていた。既に8割ほど意識に帳が降りてきていたが、どうにか腕を動かした所で意識を手放した。