「さっさと此処を明け渡したらどうですか?謝礼は出します」
「断る。この農園を売れば失業する者がどれだけ居ると思っている。従業員全てに謝礼を出すなら話は別だがな」
「ッツ.....後悔しますよ」
「知るか。さっさと帰れ」
静かな言い争いの声が早朝の赤羽家に響く。これでかれこれ1週間ほどこの訪問と言い争いが続いている。初めは家の中に入れていたが、今では玄関先になっている。最後の麗治の言い方にもうんざりしている気持ちやストレスがない交ぜになって言葉として出ているのだ。
「お父さん....どうしたの?」
「響介...いや、何も無いよ。ほら、お母さんのクラムチャウダーを食べよう」
「クラムチャウダー!?」
「お母さんはそう言ってたよ。ほら、行っておいで」
「やったー!!」
麗治は嘆息し、将来の事を考える。今の時勢は女を優遇するものに変革しつつある。何故ならばISは女しか扱えないからである。しかもISには現代兵器の全てが効かず、ISに対抗できるのはISだけ。オマケにISを造る為に必要となる『コア』はISの創造者である篠ノ之束にしか造れない。この赤羽農園はかなりの面積を誇る。故に従業員と利益の多さはフランスのトップである。それ故に『デュノア社』の提案を謝礼欲しさに受けたとすれば失業者した従業員は暫く生活が苦しくなるだろう。ISにも乗れない、又は乗る所か見た事もない者が威張り、優れた男でも虐げられる時代がいずれ来るなら、麗治はこの農園を男が逃げ込める最後の砦にしたいのだ。
それよりも気掛かりなのは3人の家族。蓮菜は怒れば威圧感は凄いが実際はただの主婦に過ぎず、響介と夏蓮だって特別な技能を持っている訳でもない。無邪気な2人は簡単に誘拐され、デュノア社が傭兵を雇ってこの土地との交換を持ち掛ける可能性だって充分有り得るのだ。守らねば、その意思を改めて麗治は固めた。
「麗治さん、朝ごはん出来ましたよ。冷める前に早く来て下さい」
「お、分かったよ。いや~、蓮菜さんのクラムチャウダー楽しみだな~」
それでも麗治はその考えを表に出さない。それどころか、今はかなり緊迫した状況下にある事も知らせていない。言えば蓮菜は麗治の重荷を共に背負おうとし、疲労を顔に出すかも知れない。子供の直感は鋭いもので、大人の麗治や蓮菜が隠している事をズバリ当てて見せる事がある。夏蓮は極々稀にしか当たらないが、響介は絶対に侮れないのだ。響介は推理や結論に辿り着く才能に長けている。直感がとても鋭く、麗治は隠し事をする時に最も気取らせない様にしているのは響介なのだ。響介が気付かなければ相手方の社長や秘書に隠し事や引っ掛けを気取られない事が多い。響介は正に未来を読んでいるかの如く物事を当てる。一時期は本気で響介を日本の巫女や占い師に弟子入りさせる事も考えた事がある程だ。
「お母さん、御馳走様!!」
「うん、今日も綺麗に食べたね。歯を磨いてらっしゃい」
「夏蓮も食べた!」
「じゃあ夏蓮もね。歯を磨いて?」
「分かったー!」
ドタドタと走って洗面所に向かう2人の子を見ながら、蓮菜は言った。
「麗治さん、何を隠してるのですか?」
「え?」
「麗治さんは嘘とか隠し事をする時は右手の親指を軽く握り込むんです。分かってるんですから」
「......蓮菜さんには敵わないなぁ。でも、今は言えない。夜、あの子達が寝静まったら言うよ」
「分かりました。待ってますからね?」
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「....って感じなんだ。事態はかなり逼迫してる」
「全く...どうして言ってくれなかったんですか?」
「いや、その....心配掛けたく、なかったから...」
蓮菜から目を反らしてボソボソと喋る。最後まで聴こえたらしい蓮菜は心底呆れた様な目をして麗治に言った。
「言われない方が心配するんですよ?私には麗治さんが家に居ない時、あの子達を守る役目が有るんですから。麗治さんが居ない時に襲ってきた時、何も知らない私達はどうしたら良いか分からなくなっちゃいます。....私達は家族です。今のあの子達にはまだ無理ですけど、家族に重荷を預けて下さい。貴方だけが苦しむ姿を見るのは皆嫌なんですから、ね?」
「...そうだね、ゴメン」
「もう寝ましょう。考えてても仕方無いですしね」
2人がベッドに横たわった時、寝室のドアがノックされる。麗治が立ち上がり、警戒しながらドアを開ける。
「お父さん...」
「響介?それに夏蓮も。どうしたんだい?」
「何か嫌なのが来るの。その、一緒に寝て欲しいから...」
「...怖い夢を見たんだね、分かった。今日は皆で寝よう。1つのベッドに、皆でね」
「うん...」
「じゃあ夏蓮はお母さんの隣ー!」
「皆、ベッドに乗ったね?それじゃ、おやすみ...」
運命の時は、すぐそこに...