IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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正体、化物

 「アリス!」

 

 迷わずに中枢に辿り着き、アリスの名を呼ぶ響介。シルクの様な質感を持つドレスを着せられ、磔にされている彼女の前にはスーツを着た()()()立っていた。

 

 「来てしまったんだね、響介、夏蓮」

 「アンタは....誰だ?」

 「声的にはラビットだけど、まさか男だったとは思わなかったよ」

 「ハハハ、そうだね。ISを用いた武装集団の実質的なリーダーなら確かに普通は女だろう。...本来、此処に来られるのは響介1人だけだと思っていたのだけどね。まさか君達、ドミナントではない人間が3人も来るとは。これも愛の成せる業かな?」

 「えぇ、そうね。少なくとも、私は響介の力になる為に此処に来たわ」

 「妹を犠牲にしながらも?...中々に君も狂っている。暗部組織の頭領に幼い頃に据えられ、人間の裏表を見ても未だに人を信じられる。君は他ならぬ【愛】に狂っているよ、更識刀奈」

 「例え人を犠牲にしても、嫁の為なら化け物にでも狂人にでもなってやる。私はそう誓ったんだ」

 「ラウラ・ボーデヴィッヒ。君は私達と同じく、この時代の被害者だ。掃いて捨てる程...事実捨てられてきたデザイン・チャイルドで在りながらマトモな人間よりも希望を抱く。....君ほどに真っ当な人間で在ろうとする人間はきっと居ないさ」

 「...私達は時代の被害者では有りません。そうやって『被害者』という名詞で括られて、勝手に同情されるのは正直言って迷惑です。私達は自分で選択して自分でこの人生を選んだんです、貴方達に憐れまれる義理は無い...!」

 「人を殺し、その両手を血に染めても未だに人殺しの嫌悪にも快感にも染まらず、良く正常でいられるね、舞原雪菜。人としての『君』を繋ぎ止めるモノは何だい?どうして、そうやって自我を保てるのか、実に不思議だ」

 

 称賛とも羨望とも取れる言葉を3人に掛ける彼。その実、彼の眼は何も見てはいない。視ているのは【理想】。彼が取り憑かれた盲執と理念が濁り、彼の心に沈殿し、かつては綺麗だったであろうソレはヘドロの様に汚く、その辺の石よりも無価値で、そして何処か惹き付ける輝きを放っていた。

 

 「響介、君は気付いてるんじゃないか?()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、きっともう気付いてるだろう」

 「...その言葉で、全部分かった。さっき見た時から大体察しは付いてたが、やっぱりアンタだったのか...」

 「....お兄ちゃん?」

 「アンタは死んだハズじゃなかったのか。なぁ、赤羽麗治」

 「赤羽!?それでは、まさかあの人は....」

 「うん、そうだよ。雪菜の思ってる通り。其処の2人も、解ってるでしょ?あの人は--」

 「そうだ。俺達の....父親だ」

 

 彼は--麗治は振り向く。10数年ぶりに見る麗治の顔は一切衰えておらず、その時点で尋常ではない存在である事を解らせる。声からその眼を想像できたが、見ていて気持ち悪く、そして言い知れぬ恐怖を感じる程に濁りきっていた。夜よりも深い、決して光が射さない闇の中の様な眼は表面上は全員を映していた。

 

 「そう、その通り。僕は響介と夏蓮の実の父親さ。この組織に居た【切り札の騎士(トランプ・ナイト)】は響介と夏蓮の実の母親....の記憶と肉体を持った存在さ」

 「アンタはどうしてこんな所に居る?元は戦いに関係は無かった人間だろ」

 「その話は長くなるから、話す気は無いよ。さて、此処に来たって事は解ってるんだろう?僕らの望みを叶えるには、戦うしか無いって」

 「っ....お父さん...!」

 「クソッ....アンタを殺す、赤羽麗治!!」

 

 瞬時加速、そして義手の薬莢を激発させた神速の一閃。しかし、麗治はしゃがんで避ける。他にも全員の攻撃をひらりとI()S()()()()()()()()()()()()()()。彼は埃を払う様な仕草をした後、指を鳴らして言う。

 

 「【反IS領域(アポクリファ)】、展開」

 

 麗治の身体から紫のエネルギーが放出され、この部屋を満たす。響介達は攻撃に備えてブースターにエネルギーを充填しようとした所で、決定的な違和感を覚えた。

 

 「ISの機能が....!?」

 「動かなくなった!?」

 「【反IS領域】ですか、厄介でしかも対処のしようが無いモノを...!」

 

 【反IS領域】とは読んで字の如く、ISの機能全てを停止させる領域の事だ。この中でのISはただ重いだけの鉄屑同然であり、機能を回復させるにはこの領域を脱け出すかプログラムを読み取り、中和プログラムをISにインストールするしかない。

 そもそもこの研究はISの研究が第二世代の開発に差し掛かっていた時点でされている。が、その研究は女性権利保護団体(通称【女権団】)に強制的に終了、それ以上の研究を禁じられていた。自らの保身故の行動により隠蔽された研究だが、雪菜はデュノア社の密偵だった時代に【反IS領域】の土台を学ばせられており、対応策も知っていた。だが、今は退けない状況で逃げるという手段は使えず、パソコンも無い上に何より時間が無い。つまり、この領域を解除する事は出来ない。

 ISが使えない。その事実に1人を除き、全員の思考が停止する。今まではISを用いた戦闘しかして来なかったのだ、当然と言えば当然だ。だが、その1人の行動は速かった。

 

 「ISが使えねぇってなら、自分の手で殺せば問題無いだろッ!!」

 「そう、それが正解だ。でも、出来るかな?タイムリミットは刻一刻と迫ってる」

 

 響介が放つ正拳を捌き、その力を利用して投げる。響介は無理矢理身体を回転させ、着地すると同時に薬莢を激発、勢いに任せ蹴りを放つ。その蹴りも激発による加速の恩恵を受け、凄まじい速さで麗治の頭に脚が迫る。それをバックステップで回避した後、首を咄嗟に前に倒す。

 麗治が肘打ちを繰り出すと、刀奈とラウラの鳩尾にクリーンヒットする。後ろから急襲してきたのは刀奈とラウラだったらしい。人体の急所を突かれた2人はえずき、蹲りそうな身体に鞭打って刀奈は前転、ラウラは横に飛び退く。

 

 「...そうだった。君のその剣はISでは小太刀として、生身では太刀として使えるんだったね、夏蓮」

 「ッ、やっぱりバレてた....ね!!」

 

 振るわれる刀を麗治は前腕で受け止める。斬れたスーツからは目立たない様に黒く塗られた小手が見える。夏蓮は本能が鳴らす警鐘に従い、バック転で後ろに下がる。麗治が右手を薙いだ軌道には夏蓮の髪があり、僅かに触れたその髪を切る。パラパラと落ちる夏蓮の髪は、明らかに麗治が何かを仕込んでいる事を教えていた。

 回復した刀奈の膝蹴りをマトモに腰に受けるが、怯まずに麗治は裏拳を放つ。咄嗟に見切った刀奈はサイドステップで避けるが、その先に置くように放たれていたソバットを見て、驚愕する。

 

 (誘導されてる!?でも--!)

 

 避け切れない、今までの経験から悟った刀奈は反射的に後ろに跳ぶ。交差させた両腕にミシリと骨を軋ませる様な衝撃が走るが、ダメージは幾らか軽減出来ただろう。だが、腕は痺れて暫くは使い物にならないと刀奈は理解し、邪魔にならないであろう場所へと下がった。

 ラウラは太股に付けていたナイフを使うが、麗治の手刀にナイフを破壊される。そのまま頭を掴まれそうになるが、彼女の強みである小さい身体を活かして股の下を潜り抜け、金的を殴る。が、鉄板でも仕込んでいるのか痛むのはラウラの拳だけで、麗治は構わずにストンプを仕掛けてくる。転がって回避するが、殴った右手の痛みにほんの一瞬気を取られる。その意識の空白を縫う様に放たれた麗治のストレートはラウラの顎に微かに擦らせる様に当てる。それだけでラウラの視界はグラリと歪み、力が入らなくなる。脳震盪だ。ラウラは一瞬だけ力を入れ、着地は胴体で取るという無様な着地になりながらも退避し、回復に専念する。

 首を狙って放たれる一閃。夏蓮の刃は僅かに届かず、麗治は懐に入り込んで夏蓮の鳩尾を殴る。しかし、痛覚が無い夏蓮には通じず、夏蓮は構わずに刀を鞘に納める。すると、左手で握る鞘から鋭い棘が生え、夏蓮の掌を貫く。流れる血液は刃をコーティングし、単一仕様能力でもある【忌刃】と同じ状態になった。

 

 「擬似的に再現、ね。まぁ血流操作はISが無ければ出来ない事だし、無意味だよ」

 

 構わずに袈裟懸けに剣を振る。空を斬るが、その勢いを利用して回転斬り。麗治は屈んで回避するが、夏蓮はそれを読んでいた。脚払いで跳躍させ、麗治を空中に浮かせるが刀は振れなかった。何故なら、麗治の脚が刀を弾き飛ばしたからだ。その勢いで頭に渾身の一撃を入れ、麗治は着地する。強烈な一撃と共に視界をシェイクされた夏蓮は崩れ落ち、眩む視界と明滅する意識にどうにか耐えようとするが、流石に無理と感じたのか大人しく下がる。

 夏蓮と交代する様に出てきたのは雪菜だ。顎を目掛けて放たれる拳をスレスレで回避、腕を掴み投げ飛ばす。壁に叩き付けられるかと思ったが、麗治は何と空中で1回転、壁を蹴って三角飛びをしてから蹴り掛かる。回避をしようにも雪菜の思考では何処に逃げても追撃される。其処に現れたのは響介だ。響介はジャンプし、手の薬莢を激発させて加速し、蹴りを麗治の足にぶつける。が、麗治の脚は止まらず、響介は吹き飛ばされて雪菜に覆い被さる形になる。しかも直ぐには動けず、雪菜も動こうにも響介のせいで動けない。そんな雪菜に麗治は歩み寄り、爪先で雪菜の顎を蹴る。ラウラと同じ状態になり、腕から力が抜けて一時的に動けなくなる。

 

 「グッ.....強い...!」

 「お父さんが、こんなに強いとはね....」

 「暫くは、動けんっ...!」

 「クソッタレが....!」

 「脳震盪を意図的に、こんな局面で....」

 「君達は勘違いをしてる。僕の目的は無差別な殺戮でも、この惑星の破壊でも無い。僕は君達を殺そうとはしてないのさ。.....うん、タイムリミットだ」

 「何だと!?」

 「世界が変わるよ、響介。変革の時を、この特等席で見ると良い」

 

 外壁がスライドし、巨大な窓となる。その先には蒼き星、地球がある。この人工衛星に集束されたアリスの能力は既に発射寸前だ。

 止めようと動かしにくい身体に鞭を打って駆け出す響介。麗治はそれを横目で眺めつつ、発射の合図である指を鳴らした.....


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