IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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因縁、決着-2

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 「...何故撃たないのですか?菫。私が先に撃って良いと言いたいんですか?」

 「...ハッ、そんな訳が無いだろう。お前には撃てんさ。いや、()()()()()()()()()()()()()、楓。」

 「その理由は?」

 「お前の体質を覚えていないとでも思ったか。いや、体質ではなくドミナントとして生まれ持った欠陥か?その異常なまでの虚弱体質でハンドガンは撃てまい。何せ、反動で狙いがズレる事は確実だし、下手をすれば骨折する程にお前は弱い。そんなお前が私を撃てる訳が無いんだよ」

 

 情けない事に、それが事実で全てだった。何せ、ハンドガンを構えているこの状態ですら既に辛いのだから、発砲なんてしたら当たる訳が無い。

 だが、楓にも撃たれない自信はあった。楓の後ろには冷却に用いる為の液体窒素が流れるパイプが束ねられている。と言うより、そのパイプが集約する2つの部屋の1つなのだが。そしてこれを撃てば楓もろとも菫も流れ出る液体窒素に呑み込まれ、氷像となって死ぬ。

 

 「ならどうしますか?このまま撃てば貴女も死にますし、撃たなければ此方に好都合なだけです。まさか、私を殺さないなんて選択肢を取る程貴女は夢想家ではないハズです」

 「そうだな。あの馬鹿な教え子達ならお前をどうにか連れて行けたのかも知れないが、少なくとも私には無理だ。元々、人の感情の種類は分かっても他人の感情の機微には疎い私だ。お前を此処から連れて帰れる気がしない」

 「そうですね。確かにその通りです。反論してくる人をいつも理詰めで真正面から叩き潰していた貴女に説得をされる未来が私には見えませんからね」

 「そんな私がどうにか考え抜いて、やっと1つの結論を導き出した。これが最良ではないのかも知れないが、少なくとも私にとっては最善の手段だ」

 

 ハンドガンを構えたまま歩き、楓の軽い身体を軽く持ち上げるとパイプに楓を押し付ける。これでは銃よりナイフの方が早く殺せる、そんな距離。そして勿論こんな距離では菫が発砲した瞬間に2人は液体窒素に包まれてしまうだろう。そう、一方的に楓を殺せる菫も、共に。

 

 「何を...?っ、まさか菫、貴女は--!?」

 「あぁ、お前の想像通りだ。...お前1人を死なせはせんよ、楓」

 「馬鹿ですか!?あの距離で私を撃って全力で走れば貴女は生存できる!それを、私もろとも氷漬けになって心中ですか!?」

 「そうだ。....私もお前も、間違え過ぎた。そんな私達がのこのこと生きて帰るなど、アイツらが許しても世界と自分自身が許さん。だから、共に逝こうと思ってな」

 「貴女まで付き合う事は無い!貴女は彼の、響介の命を繋いだのでしょう!?それを免罪符にしても誰も責めはしない!」

 「...どうだろうな。少なくとも、響介の義手と義足と義眼は私が『兵器』として造ったものだ。アイツは本当の意味での【人間兵器】として世界で初めて生まれ変わった。将来がきっと明るかった少年の生存欲に付け入り、合意を無理矢理引き出したのと同じだ。少なくとも、私自身は大罪だと思っているよ」

 「っ....本当に、変な所で頑なですね、貴女は!」

 「知ってるさ。良く言われるからな」

 

 菫は楓と笑い合い、パイプに向けて立て続けに弾丸を放つ。カチッという音がして弾が発射されなくなると、上から低温の煙が降りてくる。液体窒素から溢れる煙だろう。

 手足の感覚が消え、段々と身体が動かなくなっていく。視界には氷のシルエットの様なものが見え、そして何も見えなく、聴こえなくなる。感じるのは抱き締める様に拘束した楓の極僅かな体温だけだった。楓の身体も完全に冷たくなり、もう直に菫も死ぬだろう。そんな時、菫は言った。いや、言ったのかは菫には解らない。だって、耳は既に聴こえていないからだ。

 

--響介、雪菜、世界に目にものを見せてやれ

 

 その想いを浮かべたのか、それとも口に出したのか。誰にも分からない。だが、菫は僅かに微笑み、氷像になった。楓を抱き締め、銃を構える物言わぬ氷像に。かの天才、そして【神医】と言われた1人の女性と、記録から抹消されたもう1人の天才は、此処で死んだのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 白と黒が振るう刀が交差する。だが、この戦いの優劣は既に明確だった。黒を纏う束には傷が目立つのに対し、白を纏う千冬に目立つ傷は1つも無かった。元より、今千冬が使っている【暮桜・改】は白式の稼働データを元に機体の癖をそのままに、世代を第四世代機体である【紅椿】相当にアップグレードしたものだ。つまり、この機体はただ展開装甲を持たない第四世代だ。

 それを束を含めても尚世界最強の座を我が物にする千冬が使えばこの結果になるのは当然と言えるだろう。

 束は刀を1本投げ付け、自分も突進する。防ごうと刀を構える千冬の裏を掻き、束は千冬を素通りして後ろに回り込み、投げた刀を自分でキャッチして2刀を叩き付ける。が、それすら純粋な反射神経と動体視力の前では無力。束の元へと加速、手首を掴むと人間離れした膂力で束の刀を止める。もう1本の刀は敢えて防がず、肩口を斬らせる。肩の筋肉の収縮で無理矢理に刀を抜かせない様にすると、千冬は押さえている束の右手に握る刀を奪い取り、後方へと投げ捨てる。自由に手に握るのは雪片、そして発動させるのは言わずもがな【零落白夜】だ。あらゆるエネルギーを無効化する必殺の刃が、束の機体を斬り裂いた。エネルギーの流出過多により、機体は粒子に還って束の身体は力無ぐったりと巨大なパイプに寄り掛かっていた。

 

 「やっぱりちーちゃんには、勝てないね....私も昔よりは、強くなったと思うけど....」

 「私はお前の頭脳に敵わない。どんな分野でも勝てた事は無いが、肉体面ではどんな分野でもお前に負けた事は無い。いつもそうだっただろう」

 「確かにね。....で、ちーちゃんは私をどうする気なのかな?このまま殺していっくん達の援軍にでも行くの?それならオススメはしないよ。間に合うかも知れないけど、きっとアイツ....ラビットには勝てるか怪しい。アイツは紛れもない『化け物』だよ」

 「それはどういう意味合いでの話だ?ドミナントとしてなのか、それとも--」

 「アイツは『例外』。復讐と盲目的な使命感に取り憑かれた、人であって人では無い存在。物理的にも、比喩的にもアイツは人間じゃない。この私が、産まれて初めて言い知れない恐怖と嫌悪感に襲われたって言えば、ちーちゃんも理解しやすいかな?」

 「そうか...だが、奴等なら大丈夫だろう。私達とは違う、明るい未来を切り拓いていくだろうさ。私達は此処で、2人氷像にでも成り果てよう」

 「....な~んだ、ちーちゃんも此処で死ぬ気なの?」

 「....その言い方で言えば、お前は元から死ぬ気だったとしか思えないな」

 「そうだね、それで良い。だって、それ以外の意味で言ってないからね」

 

 束は更に力を抜き、ズルリとパイプから少しずり落ちる。そのパイプには紅い鮮血がこびりついていた。それは腹部から、千冬が斬った腹部から流れ出る血液だ。ドミナントとは言え痛覚が麻痺している訳ではない束は、今でも耐え難い激痛に苛まれているハズだ。だが、その痛みが本望と言う様に微笑み、その想いを溢した。

 

 「あの時、雪ちゃんに私の才能の事を言われた時、初めて考えたよ、私の今までの人生をね。この私が、初めて他人の立場に立ってみて、どうにか他人の感情を推察したんだよ、ちーちゃん。そしてその時、私はきっと箒ちゃんに恨まれてるって気付いたんだ。好きな人と引き離されて、学校をたらい回しにされて、やっと高校で一緒になれたかと思えばこんな戦いに巻き込まれて。だから、箒ちゃんが私を躊躇なく斬れる様にこんな芝居を打った。...まさか、ちーちゃんが来るとは思わなかったけどね。そんな見るのも嫌な機体(ガラクタ)を使える様に改造までしてさ」

 「...やはりお前は馬鹿兎だな。妹に人殺しの咎を背負わせようと言うのか?そんな事をするのは私で充分だ。元より、沢山の人を殺した事を隠して世界最強と祭り上げられた大罪人だ。今更お前が増えた所で何とも無いさ」

 

 千冬はマイクの電源を付けると、自分の教え子達に向けて最期の言葉を言った。そして最後には--

 

 「お前は優しい子だ、一夏。きっとこれから先、その優しさで痛い目を見る事が多くなると思う。だが、お前が優しいままで居てくれる事を願っている。....愛しているぞ、一夏。私達はずっと、永遠に一緒だ」

 

 と言う、らしくもない言葉を言った。

 もう束の血液は千冬の靴を濡らし、周囲に血溜まりを作っていた。千冬は歩み寄り、機体の展開を解除しながら手に持つ雪片を投げ付け、パイプを貫いた。降り注ぐ大量の液体窒素が血溜まりを凍らせ、2人の身体を文字通り芯まで凍らせていく。

 

 「後悔....してないの?」

 「ハッ、今更動けん。それに、お前が一番他人を必要としていた時に私は一緒に居てやれなかった。その償いと思えば良い。....何より、お前と私は腐れ縁(親友)だろう?地獄巡りくらい、共に行ってやる」

 「.......ホント、ちーちゃんは素直じゃないなぁ...。ありがとね、ちーちゃん....」

 「....あぁ、此方こそ、束....」

 

 こうして、2人の大罪人は死んだ。歴史の闇に葬られた罪に苦しんだ千冬と、理解されぬ孤独に苦しんだ束。一時代を創り上げる発端となった2人の死は誰にも見られず、誰も知らず、とても静かだった。氷像となった2人の表情を見れば、どうにか辛うじて判る程度。どちらも、解き放たれた喜びを噛み締める様に微笑んでいたという...


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