漆黒の、光沢など無い装甲のエクレールに変異した簪は瞬時加速で刀奈に迫る。元が打鉄弐式だとは思えない程の加速と武器の切り替えの速さに驚愕しつつも蒼流旋を横にして頭上に掲げる。重い手応えが伝わり、見れば影の様な黒い大剣を簪は装備していた。
(あの大剣は何!?シャルロットちゃんのエクレールが元になってるなら、エクレールに装備されてない武装は無いハズ。だけど、あんな剣--)
「ヒャアアアアァァァ!!」
「くぁっ...。っ、思考の隙は与えないって事かしら!?」
出鱈目な体重移動で放たれた横薙ぎの一撃は刀奈の頚を目掛けて放たれる。先程の一撃で腕が痺れる程の打撃を受けた刀奈は冷静に
事実、一瞬取り回しに困った簪は挙動が遅れる。そのまま腹部に掌底を当てようとするが、それより先に刀奈の腹部に鈍痛が走る。突然の痛みに揺らぐ視界で自分の腹を見ると簪の左手が握られ、めり込んでいるではないか。
驚愕する暇もなく、蹴りを放つ挙動を取る簪。後ろに回避行動を取るが、次は剣による突きが刀奈を襲う。蒼流旋では間に合わないと悟った刀奈は未だ痺れる右手で裏拳を放ち、強引に剣を反らす。
分析を進める刀奈の中で、やっと解った。今簪が使ったのは更識を初めとする古武術の奥義、【幻殺】だ。これは殺意を凝縮、そして自分のこれからの動きを強くイメージする事により相手の『読み』を透かさせ、自分は違う動きをする事で何かしらの有効打を出すという技術の1つ。しかし、この技術を行う事は生半可な事ではなく、刀奈自身も確実に出来る訳ではなく、響介レベルで実戦レベル、これ以上となると長年の修行の成果と才能の問題となってくる。だから刀奈は警戒を怠っていたのだ。
(あの濃密な殺意、まるで響介くん.....どういう事なの?あの剣も良く見れば【贄姫】に似ている様な...?)
刀奈は次を『読む』事を止めて攻撃を『反射』で捌く。次に簪がしたのは胴への蹴り、それはマトモに受けず、衝撃を流して往なす。繰り出される斬撃は水流装甲で勢いを殺しつつ思い切り弾き返し、搭載されているガトリング・ガンで反撃を試みる。簪は一旦上に加速した後、次は下に加速して上下にジグザグの機動をとる。
これは刀奈が良く使う機動で、考案したのは自身だが公開した覚えは無い。つまり、刀奈の完全オリジナルの機動方法だ。にも関わらず簪はそれをした。偶然だ、と言われればそれで終わる事だが、何処かに違和感を抱いていた。
簪は大剣を自分の装甲へ還元し、次は
「アアアアァァァァァ!!」
「クッ、やっぱり槍捌きは私よりも...!」
本来の簪が使うのは薙刀なのだが、基礎となる槍術は元来刀奈よりも腕前は上なのだ。それを刀奈は基礎体術と総合的な機体の性能で繰り上げているだけで、槍オンリーの組手となると簪には10戦中4勝という結果で勝ち越されてしまう。
分が悪いと前以て解っていた刀奈は焦らずに蒼流旋から蛇腹剣【ラスティーネイル】に持ち換える。鞭の様にしならせた剣閃は簪のランスに強力な一撃を与えるが、痛覚が麻痺しているのか怯む様子を見せない。
構わずに突撃してきた簪の槍の切っ先に乗り、敢えて吹き飛ばされる。乗った時にガトリングも再現されていないか、と冷や汗が背中を伝ったが再現されていなかったのかそれとも撃つという結論に至れなかったのか、それは不明だが弾丸に足を撃たれる事はなく、無事に(?)吹き飛ばされる事が出来た。
「......切り札は最後で取っておくって言うけど、簪ちゃんになら使えるわ。.......引導を渡してあげる、簪ちゃん」
刀奈の纏う水流装甲が紅く染まる。これが【
IS学園が襲撃された時は怒りでISの力を引き出せたのかこの形態を取らずとも【
瞬時加速を行う。先程よりも速くなったからか、さっきまでの速度に慣れていた簪は一瞬刀奈を見失う。いやずっと見失っていた。何故なら、刀奈は前にもやった水の反射率を制御して完全に姿を隠していたからだ。
「....!オオォォォァァァアア!!!」
目を瞑り、感覚を研ぎ澄ませた簪ら背後から襲い来る刀奈の気配を感じると、武器を突撃槍から大剣に瞬時に変えて横一閃に薙ぎ払う。刀奈は見破られると思っていなかったのか、そのまま胴を斬られてしまう。そしてその後、
「ハアアアアアァァァァァァ!!」
そう、これは刀奈が作り出した水の分身。水流を操って分身の分の水を回収した刀奈は全装甲を蒼流旋に集中、一点に貫通力を集約して槍を突き刺した。刀奈最強の一撃、【ミストルテインの槍】がなんと
例えるなら、絶対防御は泡の様に展開される。つまり、命を奪いかねない一撃を関知したISが絶対防御の膜を展開する前にコンマ1秒、いや、それよりも短い時間無防備になるのだ。そして外からの衝撃には最高の防御性能を誇る絶対防御だが、内側からの衝撃にはかなり脆い。そう、刀奈はその防御膜が展開されるよりも早く簪の身体を貫いた、ただそれだけなのだ。
もう内臓の大部分が消失し、死ぬのも時間の問題だろう。力なく寄り掛かる妹を優しく抱き留め、刀奈は言った。
「ねぇ、簪ちゃん。アレは憧れの具現だったの?」
「......ぅ、ん」
「やっぱり。そしてアレはVTシステムの模倣で、簪ちゃんの憧れの具現化が現れる様にプログラムされてたんだね」
「な.....ん、で...?」
「何で解ったか?それはね、武器を見れば直ぐに解る事だった。全部、あの時に使った技術も、皆簪ちゃんには出来なかったものばかり。武器だって、私や響介くんと同じだったし、何より機体が
「ぁ......」
「何度も考えてた。ついさっきまでも考えてた。簪ちゃんを連れ戻せないかって。でもね、やっぱりダメだった。本当に私はダメだなぁ.....。いつもいつも、何処か肝心な所で間違っちゃう。1人で変に頑張って、それで--」
「はやく.....行け!ぉ、ねえちゃん、なんて....はやく、いけば....」
「.......分かった。ありがとね、簪ちゃん」
刀奈は振り向く事無くパッケージを拡張領域に再び収納すると、全力でブースターを噴かして響介の元へと向かった。本当に振り向かずに、妹の最期を省みる事無く。
「.....ごめんね、お姉ちゃん」
コアを貫かれた今、もう簪に生き残る手段は無い。刀奈に話せたのも残留エネルギーが有ったからであり、もうそれも残り少ない。貫かれ、宇宙の高温に熱せられた機体が赤熱していく。もう直ぐに爆発してしまうだろう。そんな状況下の簪が口にした言葉は--
「--大好き、だったよ」
姉への愛の、憎悪に隠した愛の言葉を独り口にした直後、機体ごと簪の身体は爆散した。刀奈にも、誰にも見られる事無く、孤独に陥った少女は孤独のまま死に至った。それでも、最期の最後に姉への愛に気付けたのは幸運だったのか、それとも呪いの名残なのか、それは誰にも判断は出来ない。何故なら、誰もその言葉を聴いた人は居なかったのだから....
はい、簪は死にました。簪ファンの方、本当に申し訳無いです。私の勝手な妄想で死んだ彼女に、感謝と哀悼を。