コツ、コツ、と足音が響く。白衣のポケットに両手を突っ込み、敵の戦艦【イグドラシル】の中を歩いているのはただ1人、菫だけだった。千冬も共に侵入したのだが、彼女は目的の人物の気配を掴むと走って行ってしまった。そんな芸当が出来ない菫はこうして歩いているのだ。
恐らく中枢か、という所で何と無く扉に入る。敵地に関わらず、とても無用心に入った。だが、菫には確信が有ったのだ。此処には敵は居ない、そして入った先に自分の因縁の相手が居ると。
「そのノックせずに入ってくる癖、直した方が良いと何度も言った気がしますよ、菫」
「ノックする前に自動で開いたんだ、仕方無いだろ、楓。....いや、今は【ハンプティ・ダンプティ】か?」
まるで学校の友達と軽口を叩き合うかの様に話す2人。
「どうして此処が?私が地上に居ないとは考えなかったのですか?」
「お前が宇宙に行けるハズがないと知っていたからな。お前のその肉体の異常な虚弱さと、地上で制御する奴も必要だろう。此処は軌道エレベーターの冷却装置、だろ?」
「...まぁ、そうですね。そう言えば宇宙工学は貴女の方が得意でしたね、失念してました。まさか一目で見破られるとは」
「外じゃ大量のISが戦ってるし、引き籠りのお前だ、こういう中枢に居るとは思ってたよ。...まさか、組織の中枢に居るとは思ってなかったがな」
楓は顔を俯かせて言う。対称的に菫は顔を上げて返事をした。
「貴女は後悔していないんですか?あの研究のせいで私達は学界から追放されて、こうなっていると言うのに」
「してないさ。...と言ったら嘘になる。今でも後悔してるよ」
「そうでしょう?だから--」
「だが、それは『発表しなかったら』という後悔じゃない。何故あの時私はお前を慰めて、死ぬ気で止めてやれなかったのか、と後悔しているよ。あの時自分の世界に引き籠らず、お前と共に歩んでいけたなら、あの子達に大人の尻拭いをさせずに済んだだろう」
「結局それはIFの話でしょう?貴女は公開していないとは言っても非人道的な装置や装備を造り出し、私は世界的なテロ組織の幹部、研究主任です。かつての【天才】は自らの手を汚さずに世界を引っ掻き回したんですよ」
「その一番の被害者は私達2人と関わり、そしてこの戦いの渦中の中心に居る。私の造った義手と義足と義眼、そしてお前の機体の魔改造、そのどちらも受けていながら生きている【化け物】が」
「えぇ。貴女の教え子で私の仲間だった赤羽響介その人ですよ。この世界には可哀想な人が沢山居る中で、その中でもトップクラスに哀れな人生を送ってきましたよ、響介は。家族を奪われ、手足と眼にを喪い、名前を封じ、心を通わせた友達を喪い、そして人を殺した。そして再開した家族
「何だと?家族全員は違う。アイツの父親は死んだハズだ」
「それは行方不明になっていただけですよ。....まぁ、地上に残っている私達が言っても仕方が無い話です。さぁ、菫」
「....あぁ。そうだな、楓。これで--」
2人は白衣のポケットから黒光りする武骨な物体--ハンドガンを取り出し、撃鉄を起こして互いの心臓に銃口を向けて言った。
「「決着を」」
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
菫と楓が居る冷却室の更に奥に第2冷却室がある。其処に、千冬と束は立っていた。
「....束」
「...ちーちゃん。流石だね、一応気配は消してたのに、直ぐにバレちゃった。やっぱりこういう実戦的なところじゃちーちゃんには勝てないや」
千冬は右手首を軽く触る。其処には、普段は絶対に着けないであろうブレスレットが白く輝きを放っている。
「こんな世界、やっぱり下らないよね。皆
「それはな、束。私達がこの世界の異端、人間を狩る為に生まれた人間だからだ。優れた者に歩幅を合わせれば、それ以外の人が着いてこれなくなってしまう。ただそれだけの話だろう」
「そう、考えれば解る話だよね。でも、もう耐えられないの。理解して貰えない苦しみも、きっとちーちゃんは解らない。周りに仲間が居たちーちゃんには、絶対に!」
束はISを纏う。抱く印象は黒い紅椿だが、搭乗者本来の能力と明らかに改造されている事から、同じ機体とは思わない事にしていた。千冬は怯む事無く話を紡ぐ。
「そうだな、私には解らない。一夏が居たから私は『普通』でいられた。だが、お前には居なかったな。箒やおばさん、おじさんでさえもお前を理解できず、少しの距離を置いていた」
「そうだよ。ちーちゃんといっくんの関係に憧れた私は箒ちゃんを愛したのに、結局箒ちゃんも私を理解出来なかった。....私は、この世界で独りなんだよ」
「.....お前がISを世に発表して、否定された時私はお前を殺す気で止めるべきだったんだ。あの【白騎士事件】がお前と私を別ち、そしてあの子達に私達の尻拭いをさせる事になった。...だから、此処で決着を着けよう。私達の縁にも、私達が背負う大罪も!!」
千冬はISを展開する。かつては普通にしていた事でも、今では久しい感覚だ。装甲が展開され、伸ばした手には刀型の近接ブレードが握られる。第一回モンド・グロッソ優勝機にして、世界唯一の【ブリュンヒルデ】の名を受けた機体。今では
「...へぇ、使うんだ、その機体」
「あぁ。この刀で、決着を!!」