「あの機体は、夏蓮の....!」
「響介くん、先に行って」
「いや、アイツは俺が--」
「--駄目だよ。この先には確実にあの人が居る。私じゃ倒せないから、響介くんに託すよ。夏蓮さんは私がどうにかして見せる。だから....」
「.....分かった。信じてるぞ」
「何をごちゃごちゃと....!」
「貴女の相手は私です、夏蓮さん!!」
夏蓮の進路を阻みながら右手に【アコール】を喚び出し、突き出す。スレスレで回避した夏蓮はスラスターを噴かして雪菜を回り込み、響介を追おうとするが雪菜の放ったネットに絡め取られ、断念せざるを得なくなる。
「チッ、面倒臭いなぁ、もう!!」
「面倒臭くて結構!貴女を此処に留めるのが私の役目なんです!!」
夏蓮が喚び出したのは鎌だった。まるで死神が使う様な、命を刈り取る大鎌。構えるとその黒い天使の翼の様な意匠を見て取れるスラスターを噴かして突進してくる。
大振りな横薙ぎの一撃を上に飛んで避ける。夏蓮はその勢いのまま下に大鎌を持っていき、脚で蹴り上げる事で雪菜を追従してくる。跳ね上がってきた大鎌を雪菜は蹴りで弾くが、その衝撃の大きさに一瞬怯む。その隙を突き、防ぐ腕の隙間を縫う様に大鎌の柄が杖の如く突き出される。
雪菜は距離を取ると左手に【ロングストローカー】というハンドガンを召喚、ろくに狙いを定める事無く放つ。追尾性を持つ光の弾丸は夏蓮を追い掛けるが、それも夏蓮の一閃で掻き消され、有効打にはなり得ない。
ならば、と喚び出したのは長槍【グングニール】。巧みな槍捌きで千雨の様な突きを繰り出すが、それは痛みを恐れない夏蓮が槍を掴み、投げ捨てる事で終わらせられる。
「痛みを感じない身体、ですか....難儀なモノですが、敵に回すと此処まで厄介だとは思いませんでした」
「私は難儀な身体、なんて思った事は無いけどね!」
明らかに身体に多大な負荷が掛かる加速、それを夏蓮は行って雪菜に肉薄する。雪菜は反射的にアコールを横に思い切り薙ぐ。それが功を奏し、夏蓮の大鎌は火花を立てて弾かれる。きっと地球でなら甲高い金属音を響かせていただろう。
「私の【デスサイズ】相手に良く立ち回ってるね、雪菜」
「ギリギリですよ。そもそも大鎌なんて使いにくい事この上無い武器と相対したのはこれが初めてです」
「使いにくい...そうだね。使い慣れた今でもそう思うん事は良くあるよ。剣みたいに鍔競り合い出来る訳でもないし、槍程のリーチも無ければ突きも出来ない。鎖みたいに武器を奪える訳じゃない。でもね、使う人が居ないからこそ、戦う人は皆不馴れなまま死んでいくんだよ!!」
雪菜の目前に迫るのは槍で言う石突きの部分、それを左の裏拳で弾く。横に弾かれた勢いを利用し、夏蓮は巧みに掌の上でデスサイズを回してくる。ヘリコプターのプロペラの様に回転すると、刃の部分が向かってくる。それを屈んで避けようとするが--
「甘い!」
「っ....!!」
夏蓮が放ったのは直接の膝蹴り。内臓が圧迫され、嗚咽が漏れる。横目で鎌の位置を確認すると、回転と位置をはそのままに虚空を斬り裂き、虚しく回っているだけだった。
武器は見当たらない。そう確認した雪菜は反撃しようとするが、夏蓮の手首を見ると自分の首を横に傾ける。急に傾けたからか、ボキボキと節が抜ける感覚が首に走るが、無視する。夏蓮の手首にはマシンガンが搭載されていたのだ。銃口は腕の装甲に隠れて確認しにくくなってはいたものの、ISのハイパーセンサーはそれを確かに捉えたのだ。
「貴女は...殺意に溺れて、いるのですか...?」
「私が?....さぁね、もう分かんないよ」
会話を打ち切り、突き進む夏蓮を迎え撃つ様にアコールを突き出す。奇しくもこの戦いの始まりと同じ構図にはなったが、夏蓮は防御する事無く進んできた。
「痛みを喪って、私は何が何だか解らなくなった。人を殺す嫌悪感も、罪悪感も喪って、それでも殺しは進んではやってこなかった」
右手に【ヴルム】を喚び出すと乱射するが、夏蓮はそれでも止まらない。刃にビームを纏わせると無造作に振るう。それだけでビームの膜が作られ、夏蓮の身体を守っていた。
「だからって殺意に溺れてないって訳でもないでしょ?狂ってる人が何で狂ってるって言われるか、雪菜に解る?それはね--」
アコールで鎌の一撃は防ぐが、次は拳を叩き込まれ、吹き飛ばされる。異常に強い力は、痛みを感じないが故に脳がリミッターを外しているからだ。痛みは身体を守る為の指標だが、それを感じないなら指標もクソも有りはしない。
「--自分が狂ってるっていう自覚が無いからだよ」
その言葉と同時に放たれた蹴りに吹き飛ばされる。雪菜はそれを利用して態勢を立て直そうと画策するが、刃の切っ先を肩に引っ掛けられて引き戻される。急な動きのベクトル変化に着いていけず、脳が揺さぶられて嘔吐感が沸いてくる。吐瀉物を吐き出す前に、夏蓮は身体を回転させて遠心力を付けた斬撃を雪菜の身体に当てていた。
「....でも、きっと貴女は戻れます」
「え?」
「貴女と私の実力差なら、こんなに時間を掛けずに私を倒せています。でも、貴女と私は今こうして対峙していて、私は生きている。貴女が
「.......うっさいなぁ」
夏蓮は鎌の柄にあるスイッチを親指で押す。すると、今まで石突きだった部分に刃が装着され、両刃槍の様な形状になる。
「もう殺してあげるよ、雪菜」
「やってみて下さいよ、夏蓮さん」
雪菜の眼から輝きは、消えていなかった。