IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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恐怖

 「雪菜」

 「あ、響介くん!どうしたの?」

 「いや、会いに来ただけだ。何か忙しかったか?」

 「ううん、もうちょっとで終わる所だったし、丁度良かったよ」

 「そうか。じゃあ、ドライブでもしないか?バイクでも車でも、どっちでも良いぞ」

 「じゃあバイクで!」

 「りょーかい、じゃあ正門でな」

 「はい!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 つい最近までは敬語がデフォルトだった雪菜だが、響介と2人きりの時だけは素の自分を露にしていた。最近は一夏達ともタメ口で話せる様に挑戦しているらしいが、まだ抜けるのは遠そうだと箒が言っていた事を響介は覚えていた。

 

 「お待たせ!」

 「おう。...ってか制服かい」

 「そんな事を言ったら響介くんもじゃん。コート着てるけどさ」

 「まぁな。お前も着てるけど」

 「流石に学園の制服でも、1枚じゃ寒いからね。重ね着重ね着」

 「よっしゃ、海でも行くか!」

 「海!?今から?」

 「そんな遠出はしねーよ。だけど、もうちょい家が疎らな所に行きてーな。つー訳で、ナビに此処の住所は入ってるし思うがまま気が向くまま、適当にドライブだ」

 「計画性皆無だね...」

 「ま、それも乙って事で。行くぞー」

 

 景色が後ろに流れていく。ヘルメット越しではあるが、冬の冷たい空気が雪菜の身体を冷やしていく。少し、寒そうではあった。

 

 「寒いか?」

 「え?あ、うん、少しね」

 「ろくな防寒具持ってきてないからなぁ....あ、そうだ。えっと~、先ずはこれ脱いで....」

 

 響介はロングコートを脱ぐと普通に雪菜にタンデムシートに座らせる。そして雪菜に後ろからコートを被せて少しだけ前にずらし、自分もシートに座ってコートを着る。

 そうするとどうなるか?そう、雪菜と響介は同じコートを着ている事になり、限りなく密着しているのだ。ピッタリとくっついた身体から、確かに温かい感触を感じる。それは、2人が生きているという何よりの証拠でもあった。

 

 「どうだ、暖かいだろ?」

 「うん....とっても暖かいよ、響介くん」

 「そうか、それなら良かった。よし、まだまだ行くぞ」

 

 所々で休憩を挟みながら、2人は思うがままの場所に向かった。海に行くのかと思えば山に行き、その次はご飯を食べに行く。結局海に到着したのはまるっと半日掛かり、日が短い今の季節だ、もう太陽は地平線の向こうに沈もうとしていた。

 

 「わぁ....凄く綺麗....」

 「だろ。まぁ、こういう風に綺麗って思えるのはお前らのお陰だよ」

 「それは私だって同じ。響介くんが居なきゃ、今の私はきっと居ないし、居ても景色を綺麗って思えるか怪しいよ」

 「嬉しい事言ってくれんじゃん。にしても、本当に綺麗だな」

 

 響介は切り立った崖の先端に歩いていく。風も無い上に落ちてもISを展開すれば怪我も無いからだ。雪菜は響介に問う。今まで訊こうと思っていた事を、改めて訊いたのだ。

 

 「ねぇ、響介くんは夏蓮さんをどうするつもりでいるの?」

 「ん、どうしたいきなり」

 「気になったの。あのお母さんは--」

 「--違う。アレは母さんじゃない。ただ母さんの記憶を持っただけの傀儡だ。あの存在だけは許さない。人の命を冒涜するあの存在だけは、絶対に許しちゃいけないんだ」

 「...そう、なんだ。でも、夏蓮さんは?唯一の肉親なんでしょ?」

 「.....夏蓮をどうするか、か。どうしたいんだろうな、俺は。アイツを断じたいのか、赦したいのか、俺には分からねーよ。でも、それはアイツ次第じゃないかな。夏蓮が殺意に身を任せる獣なら殺してやる事が家族としての、兄貴としての責任なんだろうよ。でも、その殺意に苦しんでいるのなら助けたい。お前らが俺にしてくれたみたいに、引っ張りあげてやるよ」

 

 雪菜は響介に駆け寄り、抱き着いた。顔を響介の胸に埋めて、自分の顔を見せない様にして。一瞬戸惑う響介だったが、ゆっくりと抱き寄せ、背中を一定のリズムで叩く。

 

 「....怖いの。このまま戦ったら、何か大切なモノを喪いそうな、そんな予感がするの。だから--」

 「--戦いってのはな、何も得られるモノは無いんだ、雪菜」

 「じゃあどうして戦うの?得られるモノが無いなら、戦わなくても良いのに!」

 「その通りだ。でも、戦わなきゃ喪うモノは多くなるだけだ。それを止める為に、俺達は戦うんだよ。....大丈夫、俺が居る。戦いが怖いなら、俺の傍に居てくれ。俺が守るから」

 

 コートに温かい水が滲みてくる。それが涙だという事は嫌でも分かった。だが、響介はこれ以上声を掛ける事無く背中を擦っていた。彼女が自分から話し出すまで、微動だにせず。

 

 「--ね」

 「ん?」

 「何処にも、行かないでね」

 「...任せろ」

 

 いつの間にか上っていた月が、柔らかく2人を照らしていた。その蒼みがかった光は何処までも冷徹で、何処までも柔らかく、それでいて暖かかった。冬の冷たい空気も、響介達の居るその空間だけは寒さを和らげている様な、そんな感覚があった。ただただ、2人は戦いへの恐怖を此処に置いていこうと、抱き合っていた。


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