「刀奈、傷はどうだ?」
「7割って所かな。リハビリもあるけど、決戦には間に合いそうだよ」
「そっか。....外は出歩けないもんなぁ」
「うん、ゴメンね」
「謝んなよ。じゃあ、そうだな....俺の部屋でも来るか?」
「響介くんが良いなら、お邪魔しようかな」
以前のクイーンとの激闘から、刀奈の傷はまだ治りきっていなかった。菫の造った回復ポッドでかなり回復は早まっているのだが、やはり十全とは言い難いのが現実だった。その程度で焦る様な人物ではない、とは知っているものの放っておく事も出来ず、響介は刀奈を自分の部屋に誘ったのだった。
「あんまり良いのは出せないけど我慢してな」
「だいじょぶ」
刀奈にはカフェオレを、自分には砂糖を少し入れた珈琲を配ると響介はベッドに--刀奈の隣に座る。時計が無いから何分経ったかは分からないが、沈黙が続く。それは気まずい沈黙でも何でもない、大切な人と共に在る一時を楽しんでいるのだ。
が、刀奈はある事を思い付く。響介が珈琲を飲み終え、前の机にカップを置いた時に響介の首を引っ張り、自らの膝に響介の頭を乗せた。要するに、膝枕をしたのだ。
「えいっ」
「おぉっ!?....いきなり引っ張んないでくれよ、心臓に悪い」
「えへへ。それ、気を許してくれてるって証拠よね」
「え?...まぁ、そうなんのかな」
刀奈は響介の長くなった髪を手で透く。すっかり襟足も長くなり、女子のショートカットくらいの長さはあるだろう。時間も無い上に響介も気にしていないので放っておかれていた。
「髪、長くなったね」
「うん?あぁ、何だっけ、臨海学校以来切ってないからな。大して気にしちゃいないけど」
「邪魔じゃない?」
「いんや、別に?」
「そっか」
そして再び沈黙。成されるがままにされていた響介は刀奈の目を見て、頬を撫でる。
「きょ、響介くん?」
「......お前のお陰だよ、刀奈」
「え?」
「今、俺がこうしてゆっくりしていられるのも、全部お前のお陰だ。雪菜もラウラも頑張ってくれたけど、怖がってた俺を引っ張り出してくれたのは刀奈、お前なんだよ。....本当にありがとう」
いつもは言わない言葉。それを聴いた刀奈はポツリポツリと自分も語る。
「私ね、響介くんが戦う覚悟をしてくれた時、不謹慎だけど嬉しかったんだ。あの時『俺に任せろ』って言ってくれた時、やっぱり根っこの所は私が知ってる響介くんなんだなぁって判ったの」
「そうか?でも、記憶が無いとは言っても俺は俺なんだ。昔の俺を知ってるお前がそう思ったんなら、きっとそうなんだろ」
「そういう言い回しもやっぱり響介くんだよ。自分は言わずに、本人の意志を尊重するの。....ホント、優しいんだから」
「.......それは、きっとお前らが隣に居てくれるからだよ」
その言葉に嘘偽り、誇張は何一つ無かった。事実、響介を想ってくれる3人と友達が居なければ響介は未だに組織の側に、人を殺し続けていただろう。1度は灼いてしまった人間性を取り戻したのも、燃え尽きたハズの記憶から燃えカス程度でも記憶を掘り起こせた事も、皆が居なければやろうとなかった。それどころか人間性を殺意の篝火にくべて、ただ本能のままに殺戮を続ける獣となっていたかも知れないのだ。
だからこそ、言いはしないが響介は感謝していた。もう2度と裏切らない、
「お前らが隣に居て、俺を人間だって肯定してくれてる限り俺は人間だし、絶対に死なずに戻ってくる。だから、託しても良いか?俺の【
「うん。例え皆が忘れても、私だけは覚えてるよ。だから教えて?」
「ありがとう、刀奈。俺の【祈り】は--」
身体を起こし、彼は彼女に囁く。誰にも聴こえない、刀奈1人だけに向けた大きさで、響介の記憶が消えたとしても心に残り続けるであろうその【祈り】を。
「--うん、分かった。でも、その代わり、御褒美が欲しいな」
「御褒美?....分かった。ちょっと目を閉じてな」
「うん」
刀奈の膝から重みが消える。響介が身体を起こして普通の体勢に戻ったのかな、と刀奈が思った瞬間に唇に柔らかい感触が触れた。軽く、だが長く、柔らかく湿ったソレは刀奈の唇に触れていた。
「こんなんで褒美になるかは分かんないけど、今出来るのはコレぐらいだからさ。許してくれよ?」
「.....っ!きょ、響介くんのばか!」
「刀奈の初めて、頂きましたってか?これじゃ俺への褒美だな」
「ううん。.....私にとっても、御褒美だよ?」
「可愛い事言いおって....」
「だから、その...もう1回だけ....」
「っ、ハハッ!....えー、ゴホン。仰せのままに、お姫様」
響介はゆっくり、もう1度刀奈に口付けをした。--おっと、これ以上を伝えるのは野暮というもの。この一時をお伝えするのは、此処までといたしましょう。
1つ言うとするなら、この後の2人はとても幸せそうだったと言っておきましょう.....