IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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IS学園防衛戦線 -海上-

 箒は戦える精神状況ではなかった。響介の行方不明と豹変、雪菜の崩壊による心労、そして実の姉は敵となった。彼女は確かに大人びて見える。だが、それは見てくれだけのもので実態は一般的な高校1年の少女と大差無い。戦いに身を置くハズが無かった少女なのだ。

 

 「箒ちゃん、此方側に来なよ。楽しい訳じゃないけど、正しい世の中を創る為にさ。箒ちゃんが居れば百人力だよ!」

 「貴女は....!」

 

 だからこそ、()()()()()()()()()()()()()()に理解が及ばなかった。引け目など感じていない様に、束は黒いISを纏って笑いながら手を伸ばしていた。

 雨月と空裂を構えるが、刃が曇っている事は分かりきっていた。迷っているからだ。そして、今まで自分を必要としなかった束に誘われている事が、何処か嬉しく感じている自分が居た。

 

 「箒ちゃんだって本当は天才の部類に入ると思うよ?其処まで努力を続けていっくんを想い続けられるなんて、少なくともこの束さんには絶対に出来ない。剣も、いっくんも諦めないその真っ直ぐな姿勢はきっと天才って言えると思う」

 「貴女は何故そっち側に行った!?私も一夏も、千冬さんだってそんな事を望んではいなかった!!」

 「そうだろうね。でも、他ならない私がそう望んだ。それだけで理由は充分でしょ?」

 

 箒は気付いた。束の一人称が『束さん』から『私』に変わった事に。そして覚えていた。その時の束は冗談1つ言わない、本当の事しか言わない状態だと。

 

 「私は世界からも、妹の箒ちゃんからも理解されなかった。心を許したハズの人にも理解されないのは、凄く辛かったよ。でも、そのお陰で踏ん切りがついたんだ。.....世界が私を理解しないなら、()()()()()()()()()()()()()ってね。だから--」

 「な、速--!?」

 「来ないなら、再起不能になって貰うよ」

 

 束の挙動、これは箒も良く知る動きだった。織斑姉弟も修めている篠ノ乃流古武術が奥義【零拍子】だった。

 

 「違うよ。これはその先、私とちーちゃんしか知らない段階。奥義【無拍子】、それが今の技の名前」

 

 【零拍子】が相手が常にしている呼吸、それが戦闘の呼吸に変わる前に仕掛ける『先』の奥義ならば、【無拍子】は更に先を行く『先の先』を取る奥義だ。音楽プレーヤーで曲を切り替えた際の、曲が始まる前の空白の僅かな時間の様な瞬間が人の呼吸にはある。更に短い時間、人は一瞬だけ意識が消え、反射すら出来なくなる時間が存在する。その隙を突く奥義が【無拍子】。神速どころか気付く事すら難しい不可視の奥義だ。

 それが爆発的な加速を可能とするISならその速度--特に体感速度は何倍、下手をすれば何十倍にも感じるだろう。それをギリギリでも防いだのは日々の鍛練の成果の顕れだろう。だが、忘れてはならない。束が天災と呼ばれる所以はその頭脳だけではなく、常人離れした身体能力も持ち合わせていたからだという事を。

 左から迫る刀を避け、自分の雨月を両手で握って叩き付ける。案の定弾かれるが、それは予想通り。箒は刀を手放し、掌底を叩き込もうと懐に飛び込む。手応えは、とても軽かった。その時、その一瞬で箒は悟った。

 

 (誘い込まれた!?狙いは、蹴りか!)

 

 無造作に跳ね上げられた束の左膝が箒の腹部を突き上げる。余す事無く衝撃を伝えられた一撃に、箒は距離を離して嘔吐しないようにする事だけで精一杯だった。至近距離の戦闘ならばこの学園のトップに入る実力の箒ですら手も足も出ず、束は息を切らす事は無かった。

 

 「...なぁんだ。結局箒ちゃんも()()()()の人間なんだね」

 「貴女の側に行って堪るものか.....貴女の様な狂人に、近付きたくはない!」

 「狂人、狂人ねぇ。それなら、響くんも狂人だよ」

 「違う!アイツは誰よりも人で在ろうとしてるんだ!貴女の様に堕ちたりはしていない!!」

 「赤羽響介はドミナントなんだよ、箒ちゃん。ドミナントは人を殺す為に産まれた変異種で、人間を間引く為に生きる。言わば、人間に擬態したエイリアンなの。醒める前に死ねば人間のまま、1度醒めればもう手遅れ。溢れ出す殺意や強い感情に引っ張られて、どうしても人から浮いてしまう。そんな存在を人間だって言うの?」

 「.....なら--」

 「なに?」

 「それなら、私が、私達が呼び戻してやる。私達は友達だ。その友達を、私達が『お前は人間だ』と胸を張って言わずして、誰がアイツを肯定してやれると言うんだッ!?」

 「そんな不確定なもの、取るに足らないよ。クソの役にも立ちやしない」

 「人の想いは奇跡を呼ぶ。不確定だと貴女が言うなら、私達が確定的なものにして見せるッ!!」

 

 束は此処で初めて表情を歪め、構える。

 

 「.....もう良いや。こんなに箒ちゃんがお馬鹿さんだとは思ってなかった。そんな箒ちゃん、もう要らないよ」

 「頭が良くなってそんな捉え方になるのなら、私は馬鹿のままで構わないッ!!」

 

 同時に飛び出し、居合い抜きの様に構え振るう。鍔競り合いに持ち込むが、恐らくはISの性能と搭乗者の地力の差だろう。それを受け流すが、読まれていたのか束は下に向けて急加速、慌てて下を見れば極太のレーザーが迫る。瞬時加速を使って退避するが、紅椿の装甲が色を失い展開されていた装甲が収納される。SEが切れたのだ。

 

 「使いこなせてないんだ。そんな状態で私と戦えると思った?」

 「くっ!」

 

 つい先程までは自分の身体の様に動いていた機体は鉛の様に重く、動きは鈍くなっていた。そんな状態で攻撃を捌きつつ箒は願う。

 

 (頼む紅椿、力を貸してくれ!響介を助ける為に、そして姉さんを止める為に!)

 

 機体が輝く。それは何故か、箒には分からなかった。だが、きっと紅椿が応えてくれたのだと信じ、その能力を発動させる。

 【絢爛舞踏】、一夏の【零落白夜】と対を成す単一仕様能力だ。内容はSEの増幅、そして譲渡。その恩恵を受け、紅椿のSEはみるみる内に跳ね上がり、満タンになった。

 

 「主人公補整ってやつ?まぁ良いや。箒ちゃんはもう私の世界には要らない、必要ない。次会ったら敵同士、容赦しないから」

 「な、待て!」

 

 小さくなっていく束の姿を見て、箒はたった一言呟いた。

 

 「そんな世界、ただの貴女の箱庭じゃないか....」


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