IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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IS学園防衛戦線 -アリーナ-

 --ずっと、今まで戦いから逃げていた。望まない入学、放り込まれた状況、その全てから眼を反らして弱いままの自分を肯定していた。「仕方無い」、「何も知らないのだから当然」と。でも、もう1人の男子の変貌を見てそんな自分を殺したくなった。だって、アイツは--

 

 

 

 

 

 

 

 

 「クソッ、まだ調整すら終わってないってのに!」

 

 白式の調整はまだまだ終わるどころか半分にさえ到達していなかった。これから連射モードで連射した時、1発1発の威力の調整や消費するエネルギーの調整をしなければならなかったというのに、運命とは意地悪なものだと一夏は思う。

 アリーナの中心で暴れるのは毒々しい紫とオレンジの配色が特徴的な6本の腕があるIS。以前戦った【アラクネ】にそっくりな....いや、そのものだった。

 

 「出てこい....出てこいよクソガキ共ぉぉぉぉぉ!!!それで私と戦え!早くしねぇと此処のガキ共ぶっ殺してやるからなぁぁぁぁぁ!?」

 「アイツは確か亡国機業(ファントム・タスク)の.....でもあの様子は普通じゃない....」

 

 唾が飛ぶ事も厭わずに叫び、血走った眼をギョロギョロと左右を見回す。一夏は見付からない様に壁に隠れると、コッソリとアリーナの中を覗く。

 【アラクネ】の搭乗者、オータムは自分の4本の複腕に生徒を引っ掛け、時折銃口を向けては怯える様子を見て悦に入っていた。それを見て一夏は怒りを覚えるが、流石に成長したのか直ぐには突っ込まない。

 一夏は此処がアリーナである事を生かしてピット内に入る。読みが当たり、その中には幾つかの射撃武装が保管されていた。自分が扱える範囲で、しっかりとオータムまで届く銃を選ぶと【雪羅】に接続し、エネルギーを送り込む。銃身が赤熱し、明らかに限界を告げている。しかし一夏はそのまま引き金を弾くと同時にカタパルトから自身を射出、瞬時加速(イグニッション・ブースト)を使用して生徒を助ける。

 

 「あっ、織斑くん!」

 「早く逃げてくれ!!アイツの相手は俺がするから!」

 「あー......いってぇなぁこのクソガキがぁぁぁぁ!!」

 

 本当に痛かったのか、半狂乱になって一夏にマシンガンを一斉射撃する。4本の複腕から放たれる弾幕は一夏に迫るが、それは偶々手元に残っていた壊れた銃を投げ付けておく。以前のオータムなら回避していた適当な投擲も直撃し、4本のマシンガンの内一丁の銃身(バレル)がひん曲がる。そうなってしまえばマトモに射撃など出来ないだろう。

 

 「あああぁぁぁぁぁ!!ざっけんなよオラァ!!」

 「チッ、本気でマトモじゃないなアンタはッ!!」

 「ハッ、あの化け物を人間って言える奴らが言えた口じゃねぇよなぁぁぁぁ!?」

 「あの化け物....?」

 「惚けんなよぉぉぉ!居ただろ、あの気に食わねぇクソガキ....あ~、思い出した思い出した。赤羽響介って奴だよ。....思い出すだけで苛々すんだよッ!!」

 「響介が.....響介が化け物だと!?」

 「化け物ォ.....良い響きじゃねぇかぁ?少なくとも、人間なんて--」

 「喋るなぁぁぁぁ!!」

 

 【雪羅】から放たれる荷電粒子砲。連射された粒子砲は複腕の1本をへし折り、マシンガンを破壊していく。それでもオータムは笑いながら怒っている。友達同士の様な半端なものではなく、全力で怒っているのに笑っている。その様子はハッキリ言って--狂っていた。

 その笑顔のまま彼女は一夏へと襲い掛かる。身体中に粒子砲を受けながら、だ。咄嗟に構えた【雪片弐式】で防ぐも、複腕を重ねて重くなった一撃に足が地面にめり込む。

 

 「お前はどうして化け物を拒むんだ、うん?お前の『お友達』もその化け物なんだろぉ?」

 「違う!響介は化け物なんかじゃない!!アイツはれっきとした人間だ、お前より何倍も人間らしい!」

 「お~お~、傷付くねぇ。そんな言葉を真剣に言えるお前の方が化け物みてーだ。そうだろぉぉぉぉぉぉ!?」

 「ゴフッ!!」

 

 蹴りで腹部を強かに打たれ、僅かに身体が浮き上がる。その隙に3本の複腕の先端に仕込まれたブレードが装甲に傷をつけ、視界の端に浮かぶSEの値を減らしていく。

 どうにか後ろに離脱するが、何故かオータムの方向に引き戻される。予想外の負荷に一瞬動転し、雪片を手放してしまう。それでも雪羅をクローモードにして応戦しようとするが、先程までとは変わった、洗練された動きで投げ飛ばされ一夏は壁に叩き付けられる。

 

 「ガッ.....ハッ.....!」

 

 肺の中の空気が無理矢理押し出され、脱力してしまう。突然酸素を失った身体は酸素を求めて呼吸を荒くし、視野を狭くする。顔面に迫る蹴りに気付くのが遅れたのは、確実にそのせいだろう。

 ISのパワーアシストのお陰か、オータムの細い脚からは出ると思えない強さで蹴り上げられ、複腕を使って磔にされてしまう。

 

 「ったく、面倒掛けさせやがって」

 「何だ....お前は?」

 「あ?」

 「変わり身が...激し過ぎるだろ。まるで、薬物でも--」

 「黙りやがれクソガキがッ!!」

 「ガフッ!!」

 「なぶり殺しだ.....先ずは叩き付けだなぁ!!」

 

 ジャイアントスイングは人間がするだけでもかなり危険な技だ。それをISの補助ありで、しかもバーニアの加速によるブーストがある状態でやられれば、幾ら絶対防御があろうとただでは済まない。

 銃弾の様な速さで放り出された一夏はアリーナの壁を突き破り、部屋の中に叩き込まれる。転がる一夏の隣にはある物が鎮座していたが、衝撃のせいか倒れて一夏が手を伸ばせば直ぐに届く位置にあった。ソレを使えばきっと、いや、確実にオータムを倒す事が出来る。だが、それと同時に使って倒すという事は『殺す』という事に他ならない。

 ゆっくりと、それでも確実に近付いてくるオータムを他所に一夏は、場違いなある記憶を掘り起こしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「なぁ響介、聴いても良いかな」

 「何だ?」

 「その、響介ってさ、人を....その...」

 「あぁ、殺したよ。何人もな。それがどうかしたか?」

 「後悔は、してないのかなって思ってさ。やっぱり後悔はするもんなのかな」

 「してねーよ。全くな」

 「え?」

 「何にせよ、俺が人殺しをしなければドミナントとして戦う事は出来なかった。だから今の俺が居るし、此処まで生き残ってきたんだと思う。それを後悔して否定しちまったら、俺が歩んだ道と殺したヤツの命も無駄になっちまう」

 「そっか....凄いな、響介は」

 「あん?」

 「そういう風に割り切れて、本当に凄い。俺はまだ迷ってるから」

 「俺だって悩んでるさ。でも、迷い続けるのも悪くはない。そう思った方が人生楽しいだろ?」

 「......あぁ、そうだな!」

 

 --俺はその時、肯定しか出来なかった。でも、今思えばアイツはやっぱり後悔していたんじゃないかって思う。変に正気を取り戻した、とも言えるアイツには、殺した時の記憶がしっかりと残っているだろう。だから、俺はアイツを人間と言い続ける。皆が化け物と言おうが、俺はアイツを追い掛け続けると決めたんだ。それが、アイツを化け物にした原因の一端でもある俺の『ケジメ』だから--

 

 

 

 

 

 

 

 

 「もうお前は用無しだ。さっさと--あ?」

 「.........やるさ。アイツ1人が罪を背負うんじゃ、俺は自分を許せない」

 「ガッ....!」

 

 一夏が何をしたか、単純な話だ。右手を伸ばし、其処にあったIS基準でも巨大な剣【アロンダイト】をオータムの腹部を薙ぐ様に振り払ったのだ。

 元々響介の剣だったアロンダイトには、当然の様に【ヤタノカガミ】が搭載されている。SEを無視し、そして搭乗者ごと斬り捨てる事が出来るその剣で斬り払われたオータムの腹部からは鮮血が溢れる。

 

 「ヘッ....自分から化け物になんのかよ」

 「そうだ、俺は化け物になってやるさ。...いや、違うな。俺は化け物に憧れる狂人だ、狂ってやるよ」

 「開き直りやがって.....よ!!」

 

 手首の部分に隠された銃口から、拘束用のネットが放たれる。一夏はシールドを展開し、ビームで構成されたネットを掻き消す。後ろに飛んで逃げるオータムを追い掛け、追い付いた先で一夏はオータムを押し倒し、アロンダイトを突き付ける。

 

 「ハッ、ヘタレなガキかと思えば殺れるじゃねーかよ」

 「.....決めたんだ、もうアイツにだけ辛い思いをさせないって」

 「.....餞別だ、くれてやるよ」

 

 オータムが左手に握らせたのは注射器だった。何本も連なっている上に中の液体は血のような赤色で、危険な薬物なのは簡単に理解できた。

 

 「【ドミナント模倣薬】だ。色んな脳内物資を過剰に分泌して、化け物(ドミナント)を模倣するらしいな。私もこの戦いの前に使ったけど、このザマさね。副作用は知らんけど、ロクなもんじゃないだろ」

 「アンタは--」

 「殺れ。殺しに時間を掛けるな、この隙にテメーを3回は殺せるぞ」

 「ッ......うああああああぁぁぁ!!」

 

 一夏は叫んだ。だが、その叫び声とは全く反対に、静かにアロンダイトをオータムの胸に突き刺した。肉を裂く不快な感触がIS越しに伝わる。急激に嘔吐感が込み上げるが、それを飲み込んで一夏は立ち上がり、雪片を拡張領域に収納する。

 

 (俺は人を殺した。誰にも言うつもりは無いけど、もう戻れない。俺は、人殺しだ)

 

 一夏は壁に大穴が空いている整備室から手榴弾を持ってくると、ピンを抜いてオータムの元へと投げた。まるで、花束を手向ける様に。

 

 「...さようなら」

 

 轟音を立てて遺体は吹き飛んだ。抉れた地面の破片が機体に当たる。それは、まるで罪人を咎める裁きの様にも感じられた。


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