IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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感情、爆発

 「....ん」

 

 響介は微睡んでいた。覚醒と睡眠の間をさ迷う時間は唯一悩みから解き放たれる時間であり、心を癒すにはピッタリの時間だ。だが、割り当てられた部屋の前を通る声は逼迫しており、焦っている菫の声が聴こえた。

 

 「安心しろ、私の全力を以て楯無は助ける!」

 「......楯無?」

 

 疑問を抱いた響介は久し振りに自分の意思で外へ出る。見えたのは、担架に乗せられた傷だらけでボロボロの楯無の姿。それだけで、響介には充分だった。楯無は実力者だ。殺意を使わない響介と戦えば少し苦戦する程度だが、それは響介の腕前がぶっ飛んでいるだけだ。世界規模で見てもかなりの実力者だろう。その楯無が此処まで傷付いている。

 その事実は響介を多少揺り動かしたが、現状の響介の精神ではろくに戦えない。響介は楯無を一瞥すると、再び部屋へと戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 また、響介は眠っていた。だが、部屋の前を走る足音と砲撃音、慌ただしい声が響介を叩き起こした。菫の声も聴こえる時点で既に楯無の手当ては終わったのだろう、そう響介は当たりを付けると楯無の元へと向かう。

 楯無の部屋ではなく、菫の部屋に向かう。何故なら菫の部屋は自室兼医務室であり、怪我人が運ばれるのは此処だと楯無から聴いたからだ。

 

 「............」

 

 眠っている楯無の隣に座り、包帯で巻かれた手を見る。傷も何も無い、白魚の様な生物的な白さだった手は丁寧に巻かれた包帯で人工的な白さに塗り替えられており、見るに無惨な傷跡があるのだろうと響介に思わせた。

 その手を傷に障らない程度に握る。血を流したからか、体感的に少し体温が下がっている気がした。髪を透くと、蒼く綺麗な髪が指の間を通り抜けていく。頬を撫でると、滑らかな肌が響介の指にその感触を伝えた。

 

 「....どうして、こんなになるまで戦えるんだ。お前は強いよ、刀奈.....」

 

 更識に仕えているという皆から話を聴けば、元はこんなに強くなかったという。昔は自分に守られてばかりで、それが嫌だから強くなったと。それが響介には信じられなかった。元から強い訳がないと知っていても、解っていても信じられなかったのだ。

 

 「......うぅ」

 「刀奈!?」

 

 突然身体を起こした刀奈をゆっくりと寝かせる。自分が起こした事も有るだろう。しかし、何故戦いに行こうとするのか理解が出来なかった。

 

 「きょうすけ、くん....?」

 「あぁ、俺だ。もう止めろ、お前は傷だらけなんだ。行かなくても誰も責めやしない、だからっ...!」

 「.....だめだよ」

 「なんでだよ!?どうしてお前は――」

 「一応....此処も学園なんだから、楯無って...呼ん、でくれない、と」

 

 痛みで言葉が詰まりながらも、いつもの冗談めかした口調で誤魔化す。だが、響介には分かる。刀奈は本来は喋れない程の重傷を負っているのだ。ドミナントでもない、身体的にはただの一般人である刀奈では到底耐えられない程の怪我でも、彼女は戦おうとしたのだ。はっきり言って異常だ。

 

 「ごめん、ね」

 「なんで謝るんだ?お前は俺に悪いことなんてしてない!」

 「響介くんの、居場所....」

 「え?」

 「この、学園を.....守れ....なかった」

 「おま....そんな、その程度の事で...」

 

 楯無はただ、響介の居場所を守りたかったのだ。記憶を喪い、心が傷付いてしまった響介を受け入れる居場所。それがこの学園かも知れなかった。だが、それは他ならぬ敵の手で壊された。だからこそ怒り、これ以上壊されない様にらしくない事をやったのだ。

 

 「それに....また、響介くんが戦う、事に...なっちゃった」

 「そんなの、そんなの良いから....」

 「ごめんね....ごめんね響介くん......」

 

 刀奈の瞳からは大粒の涙が零れた。自分の無力に泣いているのだ。傷付いた愛する人を再び戦いに巻き込んだ無力さ、生徒会長(学園最強)と銘打たれても守れなかった自責、それら全てが一挙に押し寄せてきたのだ。自分の傷ではない、他の皆の為に涙を流しているのだ。

 それを見て、響介の燃え尽きた『ナニか』に火が点いた。刀奈が涙を流す度、『ソレ』は大きくなっていく。刀奈が謝罪を重ねる度、『ソレ』の勢いは増していく。冷たいハズの義手と義足に熱が宿る。義眼から火が出そうな程に熱くなる。胸を焦がす『ソレ』は響介に言葉を紡がせる。

 

 「....刀奈」

 「どうしたの?」

 「俺が生徒会長副会長だったってのは、本当か?」

 「....うん」

 「そうか。....それなら、()()()()()

 

 静かに、とても静かに紡がれたその言葉を放つその様はまるで響介が記憶を喪う前の様だった。幼い頃の記憶が刀奈に甦る。いつも響介を頼っては、この言葉を聴かされた事を。そしていつも不思議と上手くいくのだ、この言葉を聴いた後は。

 それを知る刀奈は涙に濡れたくしゃくしゃの顔で、笑って言った。

 

 「....うん、お願い」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 【アーク】から降りると、冬の冷たい外気ではなく戦火の炎で変に暖められた風が頬を撫でる。道に飛び散った血痕、校舎や建造物らしき瓦礫。それらを見る度に自分の中で『ソレ』が膨れ上がるのか知覚できる。

 正面を見れば、1機のISが襲い掛かる複数のISを蹂躙していた。襲い掛かっているのは皆自分の友達だ。皆は響介を心配し、声を掛けなかった。その気遣いに響介は甘えていた。だからこそ、今回はその恩を返す為に走る。

 脚に力を込め、走る。薬莢を断続的に激発させながら、限界を超えた速度で走る。跳躍し、拳が届く位置に敵が来た。響介は吼え、渾身の一撃を隙だらけの背中に放つ。

 

 「オオオオオォォォォォァァァァアアア!!!!」

 「グヌッ!?」

 

 元はISを破壊する為に造られた義手(兵器)だ、簡単に装甲を貫いて見せた。

 

 「ハッター...!戦えないハズでは?まぁ良いです。今回の一撃は見逃しましょう。帰りますよ」

 

 手を差し出し、にこやかに近付くクイーン。しかし、響介がその手を取ることはなく、代わりに放たれたのは展開された【贄姫】による斬撃だった。

 

 「それが答えですか。何故か聴かせて貰って良いですか?心が折れていた貴方が立ち上がれた理由が知りたい」

 「理由....?理由だと?んなの決まってんだろ、それは――」

 

 響介は気付いた。自分は脳神経を焼き切る様なこの衝動を知っている事に。胸が張り裂けそうな程に膨れ上がるこの感情を、知っているのだ。そう、これは簡単な問題だ。名前を付ける以前にもう知っていた。あぁ、この感情の名前は純粋な『怒り』。化け物(ドミナント)が初めて抱いた、混じり気の無い()()()()()()()だ。

 

 「テメーが、刀奈を泣かせたからだろうがッ!!」


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