「弱い」
IS学園の玄関前に広がる光景は地獄絵図だった。ISに乗った者は地面に伏し、乗らない者は剣に斬られ、凶弾に倒れていた。血と硝煙の匂いが空気に混ざり合っていた。
「脆い」
それでもこれ以上被害を拡大させてはならん、と教師陣は襲い掛かっていく。瓦礫の山の頂上に君臨する彼女は視線を向ける事も無く、手の一振りだけで全てを薙ぎ払う。動けない
「遅い」
背後からダメージ覚悟で現れた一夏、その横にはブレードが浮いており、反応しきれない一夏は容易く吹き飛ばされる。その先にはやっと起き上がったシャルロットが居たが、一夏に巻き込まれたせいで再び倒れてしまう。
「貴方達はISを信頼し過ぎている。例え絶対防御が有ろうと――」
「蓄積する衝撃はどうしようもないのでしょう!?」
「その通り。でも、その程度の剣閃じゃ私を捉えられない」
雪菜の突きも簡単に流され、腹部に痛烈な膝蹴りを喰らってしまう。致命的ではないにしろ、絶対防御が吸収する事の無い衝撃が内臓に浸透し、胃酸が逆流する。生理的に拒絶する酸っぱい味が口の中に広がると反射的に吐き出してしまう。
その間も彼女は襲い掛かる訳ではなく、無感動な眼で頂上から周囲を睥睨するだけだった。
「....貴女じゃないのだけどね、私が待っているのは」
「よくも....私達の学園をッ!!」
怒りに駆られる楯無は両手で【蒼流旋】を握ると彼女へと掛かっていく。水で形作られた
「カハッ....!」
「ふん、まだ穿てませんか。ハッターの様には行きませんね」
「ハッター、ですって...?」
「耳が良いですね。盗み聞きは感心しませんが、まぁ許しましょう。詮無き事ですし」
「貴女は、あのテロリストの一員ね!逃がす訳には...
「テロリストとは失敬な。私達の高尚な理想の、致し方無い手段なのですから仕方が有りません。...あぁ、因みに貴女の予想は見事に正解ですよ。私は【
彼女――クイーンは優雅に一礼し、全員に向けて挨拶をして見せる。だが、印象は優雅な一国の女王ではない。むしろ国を滅亡させた魔女、不吉を人間の形に形成した様に見える。
起き上がろうとしても、全員不思議と身体が動かない。ISの動きも鈍いが、何より自分の身体の動きが重いのだ。まるで、病に蝕まれる様に。
「ハッター....あぁ、響介と呼んだ方が馴染み深いですよね。響介は来ませんね。此処に居ないのか、はたまた心が折れたのか....どちらせにせよ好都合、全員殺させて貰います」
「何故....そんな事をする意味は...無いハズ」
「まぁその通りですね。これは私の独断ですが――危険の芽を摘むことはいずれやる事でしょう。ナイトは最終決戦に叩き潰す気でいる様ですが、私にとってそんな娯楽は必要有りません。殺せる時に殺す、それだけですから」
殺せる時に殺す。それは幼い頃の雪菜がやってきた事だった。自らの命の為に、気を許す内に殺さねば自分が死んでいただろうから。
だが、許せない言葉があった。それだけは、何に替えても訂正させねばならない言葉だったのだ。
「娯楽...?娯楽ですって?私達の声を、叫びを、娯楽だと!?」
「.....?逆に、
「っ、黙れェェェェェ!!!」
雪菜だけではない、雪菜の友と歩んできた軌跡も全て『娯楽』の一言で切り捨てられた。それは耐えられない。
雪菜は動きが鈍い身体に鞭を打ち、突きを当てようとする。雪菜の細剣【アコール】に搭載された【ヤタノカガミ】は刀身全てにその効力を行き渡らせる訳ではない。
そしてヤタノカガミの強みは一夏の【零落白夜】とは違い、発光も何もしない事だ。オンオフの見分けがつきにくい。それ故に特別な攻撃だと思われにくく、今の雪菜の突進も怒りに駆られてやってしまった無謀な突撃と思われるかも知れない。そんな計算もしつつの突撃なのだ。だが――
「甘い」
「なっ!?」
「かつて響介が使っていた技...と言うより機能ですか。開発者としての腕は最高ですね。ですが、ドミナントは其処まで甘くはないんですよ」
クイーンはその本能に従い刺突を回避、特別頑丈に造ってあるハズのアコールを容易く一撃で折ってしまった。一夏では目立ちすぎて当てる事は不可能、もう雪菜は抵抗しようにもその手段が無い。
だが、まだ
「むっ....!」
「どうかしら?私の
ラウラのAICを遥かに超える拘束力、それが楯無のIS【
「ラウラちゃん、後はお願い!」
「あぁ、任せろ!!」
そして拘束を敢えて力の劣るラウラに任せる。それはこの中で唯一クイーンを倒す――否、
「【ミストルテインの槍】ッ!!」
諸刃の剣となるこの能力は、楯無が追い込まれた時でも滅多に使わない。何故ならこの能力は霧纏いの淑女の特徴である防御用の水流装甲を全て一転集中し攻性転化、要するに攻撃に転化して強大な一撃を放つ能力だからだ。だが防御用の水流装甲を使用する事は、装甲を無くす事と同義である。装甲が無くなれば強力過ぎる攻撃の余波を防ぐ事が難しくなり、小型気化爆弾4個分に相当する威力をマトモに受けてしまう可能性すら有るのだ。絶対防御が有っても無事な保証は1つも無い。
これを使えば水流装甲は一時的に使用不可能になり、自然と大きな隙を生んでしまう。そうなればクイーンは反撃し、楯無は大きなダメージを負うだろう。だが、やらねばならない。楯無の中に有るのは生徒会長としての責任と、愛した人が戦わなくても良いように、という心配だった。恐怖だって勿論有るだろう。しかし、楯無は退かない。それ程に想いは強いのだから。
「はあああああぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
「っ、これは...!」
「つ、ら、ぬ、けぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
雪菜の指示で怪我人を1ヶ所に集め、ラウラのAICで全力で守る。他にも紅椿の展開装甲、雪羅の【霞衣】、エクレールのシールドビット、それらの防御武装を使って全力で耐えた。経験した事も無いような衝撃が伝わり、煙が晴れていく。其処には――
「.....中々に良い一撃でした。貴女の戦いは娯楽ではない、貴女は本当の戦士です」
組み合っている様にも見えたが、直ぐに墜落してしまう楯無と右手の装甲がボロボロになったクイーンが居た。これ以上やっても勝てない、もう終わりだという空気が蔓延する中、クイーンは口を開く。
「彼女の覚悟と戦いに敬意を表して、今日はもう退きます。ですが、明日も私は襲撃に来ますよ。その時は娯楽ではなく、しっかりと『戦い』が出来る様にしておく事をお薦めします」
クイーンは来た時と同じ方角にソニックブームを起こしながら去っていく。呆然とした面々は、楯無の事を思い出すと直ぐに【アーク】の医務室へと運んでいった。