IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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決意

 「菫、少し良いか?」

 「ん、織斑先生――いや、千冬か。良いぞ」

 「すまんな」

 

 千冬が訪れたのは戦艦【アーク】の医務室の隣にある菫のラボだ。部屋はしっかりと片付けられ、床には物1つ置いていない。

 

 「かなり整理整頓が行き届いているな」

 「ハッ、まさか。私じゃない、雪菜がやるのさ。全く、お人好しな教え子だよ。それで?私に何の用がある?」

 「なに、大した事じゃない。少し、聴きたくてな」

 「何をだ?」

 「このまま敵と戦えば、いずれ私達は因縁がある相手と戦うだろう。その心積もりをな」

 「私に因縁が有ると分かっている様な言い種だな、千冬。お前らしくもない」

 「確信は無いが、お前が響介と夏蓮から敵の情報を聴いた時、少し身体が強張った。それだけだ」

 「.....本当にお前は出鱈目だ。まさかお前の両目は私が造った義眼なのか?」

 「そんな訳無いだろう。その反応を見る限り、事実で良さそうだな」

 

 しれっと話を反らそうとしていた菫だが、流石に誤魔化しきれないと分かると笑い、肯定した。元々隠す気は無かったらのだ、どちらにせよ雪菜にも聴かれていただろう。

 

 「まぁ、そうだな。【ハンプティ・ダンプティ】は私のライバルであり、親友だった」

 「お前のライバル...か」

 「私と違い、表舞台には滅多に出なかったな。性格は良いんだが、身体に問題があったからだろう」

 「問題?待て、ソイツは【御伽の国の破壊者(ワンダーランド・カード)】の研究者....そうか、【ドミナント】だったのだな」

 「普通、脳筋と言うかそういうキャラは頭が悪いのが定石だと思うんだがな。つくづく、お前は反則級だと思う。お前の思う通り、ヤツは...天崎(あまさき)(かえで)はドミナントだ。能力は知らんが、私とヤツがドミナントの研究を始めたのはヤツの異常な程の演算能力が人間離れしていたからだ」

 「異常な程の演算能力か。何処ぞの天災の様だな」

 「...恐らく、篠ノ之束もドミナントだ。周囲よりも優れ過ぎた頭脳や能力を排斥された過去が有るのだろう?」

 「あぁ、アイツは昔イジメを受けていた。私が止めさせたが、思えばああいう風になったのはそれからだったか...」

 「少し話がズレるが、ドミナントのデメリットについて解説しようか」

 

 大抵のドミナントには気付いている、気付いていないに関わらず大きなデメリットがある。

 【御伽の国の破壊者】幹部であった【ジャバウォック】の様に内臓が病魔に蝕まれ続けたり、夏蓮の様に痛覚が無いといった気付きやすいデメリットも有ればアリスの様に能力のメリットと表裏一体になるデメリットもある。更に響介は能力を本気で使う度に記憶が消えていくなど、気付きたくとも気付けないモノもある。

 しかし、これらは先天的ではなく後天的に表れるものだ。それはドミナントが覚醒する理由に起因する。そもそもドミナントは人間を間引く為に産まれる生来の化け物であり、その殺戮本能や残虐性は常人の比ではない。しかし、ドミナントが物心ついた時からそんな残虐性を持っていれば人は迫害し、いずれは殺されてしまう。

 だから進化した。人間はコミュニティの中に居る特異な存在を排斥し、自己を保つ生き物だ。それならば、そのコミュニティの中に紛れ込ませてしまえば良い、そうなったのだ。何かしらの感情の爆発が起こった際、本能に掛けられた殺戮本能と共に天才的な才能が目覚める。これがドミナントが覚醒するまでのロジックだ。

 だが、時代の進歩がドミナントの存在を目覚めさせにくくしてしまった。戦争がずっと起きていた時代なら親との死別、家族の喪失は茶飯事だった。だからこそ英雄とも言われるドミナントが生じていたのだ。しかし、現代では争い事を嫌い、先進国では両親と幼少期に死別する方が珍しい程だ。だからこそ、今の時代のドミナントはより特異に見えてしまう。ドミナントは覚醒する前でも何かしら秀でた才能は有るが、篠ノ之束はそれですら常人の遥か上を行っていた。故に、歪んでしまったのだろう。自己を保つ為に、本能がそうしたのだろう。

 

 「――という事だ。連続殺人鬼(シリアルキラー)やサイコパスにドミナントが多いのは感情の起伏が大きいからとも言われている。....とは言うが、そんな研究をしていたのは私と楓しか居なかったがな」

 「何故だ?充分に研究する価値は有ると思ったが」

 「....其処だけを言えば私達は篠ノ之束と同じだったのかもな。私達も双璧を成す【天才】だった。だから周囲は着いてこれなかった、それだけだ。何年にも渡る研究を否定された後、私は医療に専念し楓は消息を絶った」

 「..........」

 「私は楓を追えなかった。そして専念した医療ですら弟1人も救えなかった....!」

 「私だって、そうだ。一夏(家族)を守る為に、と言って盲目的になり、幼馴染みの狂行を止めるどころか肯定した。....今でも覚えている。纏ったIS越しに伝わる肉を斬る感触、死にたくないと叫ぶ声、そして私に憎悪をぶつけるあの視線。私だって罪人だ」

 

 俯く2人。会話は途切れ、このままずっと過ごすのか、と菫が思った瞬間に千冬は語る。その決意を。

 

 「だから止めねばならない。始めたのは私と束の2人だ、だから後始末も私達がしなければならない。....止めるさ、例え刺し違えようともな」

 「.....そうか。だが、死ぬのは止めろ。それは贖罪なんてものでは決して無い。ただの自己満足だ」

 「分かっているさ」

 「私も、再び会わねばならないのだろうな。過去を清算する為にも、そして同じ研究者として」

 「....お前の決意を聴けて良かった。時間を取らせて済まなかったな」

 「いや、此方としても有意義な時間だった。有り難う」

 「此方こそ」

 

 そう言って部屋を出ていく千冬の背中を見て、菫は思う。

 

 (....お前のその異様な責任感の強さも、デメリットの1つだろうな。あの身体能力で常人とは思っていなかったが、千冬....)

 

 願うのは、千冬が責任に押し潰されない事だけだ。


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