IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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理想

 『苦労したわ。貴方達が余りにも遅いから、少し強引にしちゃった』

 「全くだ。滅茶苦茶過ぎるんだよ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんてな」

 

 IS学園の保有する戦艦はデュノア社跡地に来ていた。それは以前言われた『私達の始まりの地』と響介が解っていたからだ。しかし、真っ直ぐ此処に来るつもりは無かったのだ。

 敵の構成人数は不明、その状況で戦艦という閉鎖空間で無意識に溜まるストレスが命取りになる事も有り得る。故に協力を得られたロシアで暫く休養をとるつもりが、原因不明の乱れた気流により此処――フランスに来なければいけなくなったのだ。

 

 「アンタ1人なのか?」

 『貴方は確か織斑一夏くん、だったわね。そうよ、私は1人で此処に来た。それは貴方達全員を相手にしても勝てる自信が有るからよ』

 「響介には勝てないんじゃなかったのかよ」

 『確かに勝てなかったわ。でもそれは()()()()()()って事、覚えていて欲しいわね』

 「...どういう意味?」

 『気付いてないのね、更識楯無ちゃん。その鈍さが妹を傷付けた事、学んでないとしか思えないわ』

 「何ですって!?」

 「落ち着いて下さい、楯無さん。敵の挑発に乗ること程無意味な事は有りません」

 『流石ね、舞原雪菜ちゃん。響介、貴方が気付いてない訳が無いわよね?貴方が弱くなってる事』

 「........チッ」

 

 言い返せなかった。思い当たる節は有るから。それは相手への殺意の減少で、容赦をしてしまう故にだ。自分を想ってくれる人は誰も殺人を望んでいない、その事実が響介から戦いに於ける思い切り(殺意)を失い、結果的に弱くなってしまったのだ。【ドミナント】の強さの根源は、殺戮に有るのだから。

 

 「本当に残念だわ、響介くん。戻っては来ないの?」

 「...スコールか」

 「ええ。これから【亡国機業(ファントム・タスク)】は【御伽の国の破壊者(ワンダーランド・カード)】と協力する事にしたの。貴方が戻れば私達の理想は更に近付く、それは貴方の理想に近付くのと同義じゃないの?」

 『そうよ。織斑千冬は認められないけど、他の生徒なら歓迎するわ。篠ノ之箒ちゃんも一夏くんも言ってしまえば、この時代の被害者なんだから。あ、ラウラちゃんも勿論そうよ?』

 「..........黙れ」

 

 響介は静かに怒りを募らせていた。一夏も箒も、今の響介から見れば時代に抗おうと必死になって食らい付いているのだ。それを『被害者』の、たった3文字の言葉で済まされるのが堪らなく苛ついたのだ。

 響介は右手に【贄姫】を喚び出し、自分の母親に刃を向ける。

 

 「俺はアンタらの理想には賛同しちゃいない!そんな上からの....哀れみで救われる程、俺は落ちぶれちゃいないんだよッ!!」

 『あら、自分の母親に刃を向けるの?確かに機械の身体になったとは言え、意思は(蓮菜)のままなのよ?』

 「母さんは...俺の母親は目の前で死んだ。お前は幻影だ、母さんの姿で騙る、忌まわしい幻影だ!!」

 

 蓮菜(幻影)は空を仰ぐように手を広げ、スピーカー越しの声を出す。その声は喜色に満ちて、それでいて何処か狂っている声だった。とても無邪気で、息子を想う母親の優しさを内包した狂気。とても性質(タチ)が悪いモノだった。

 

 『この世界は不公平よね。響介や雪菜ちゃんみたいにドン底の不幸を体験した人も居れば、何も不自由が無い幸福を初めから得ている人が居る。とても酷いとは思わない?』

 「それが世界ですわ。どんな不公平でも、有史以来人類が平等で公平だった事は無いのですから」

 『その通りよ、セシリア・オルコットちゃん。でも、有史以来無いのなら創れば良いじゃない。この女尊男卑の時代もたった1人の存在が創り上げたのよ?歴史なんてどれもそう。1人が成せばそれに便乗していくものなの。なら、私達が切っ掛けを創れば世界はその方向に向かっていくわ』

 「それをするのが生半可じゃないんでしょ。それが誰にでも出来るなら苦労なんてしないわよ!」

 『フフ、ごもっともよ。其処までズバズバ言えるのは貴方の個性よね、鳳 鈴音ちゃん。でもね、私達にはそれが出来るの。常軌を逸した能力を持つ人間になら、ね』

 「....それが【ドミナント】と言うのか?」

 『そうよ、流石は夏蓮が認めた子ね。貴方も近いのだけどね、ラウラちゃん。私達の最強の切り札、アリスの能力は誰も知らないわ。いえ、その言い方は正確ではないのね。....そう、一部の人しか知らないわ。私ともう1人、それしか知らない』

 「アリスの能力だと?単純な身体強化って聴いたぞ。まさかアリスに嘘を吐かせたのか?」

 『そうね、それは真実でいて真実じゃないわ』

 「本人にも知らせてなかったって事かよ」

 

 響介が言うと、やっと気付いたかと言わんばかりにさっき以上に喜色を滲ませ、話を続ける。

 

 「そんなのあんまりだ!ドミナントには欠点が付き物なんだろ!?欠点も知らずに能力を使わせてたのかよ!」

 『普通ならそう思うわよね。でも違うわ。アリスの能力は特別でね、メリットとデメリットが表裏一体なの。正確なデメリットは無くとも、強力過ぎる能力だからその能力自体がデメリット』

 「....アイツの能力は何なんだよ?!」

 『計画じゃもっと早く教えるハズだったから教えてあげるわ。アリスの能力はあらゆる人を魅了する事よ。誰1人その魅力には逆らえず、彼女の為に動くの。そのせいで小さい頃に危険な目に遭って、もう1人の人格を作り出したらしいけどね』

 「それが【ジェミニ】と呼ばれる人格ね。自分(アリス)を守護する為に生み出された傀儡程度、本来は意思なんて持たせなくても充分なのに、残酷よね。『反応』としてじゃなくて、わざわざ『人格』として生み出したのだから」

 

 どんな人間でも魅了する能力、字面だけなら大した事がないとも取れる能力だろう。それなら響介の思考速度の加速、体感速度の拡張の方が強そうとも言える。

 しかし、魅了するというのは対象の心を自由にできるに等しい。まるで風俗嬢が男に貢がせる様に、アリスは自由に対象に何かしらの行動をさせられるのだろう。視覚を媒体にした大量の人間を対象にしたマインドコントロール、こう言えばその能力の凶悪さが滲み出る。

 だが、それにより自分が危機に瀕したという事は完全に支配下に置く事は出来ないという事実を告げている。それでなければ、彼女達が言う事が真実だと言うのならジェミニは生まれていないハズなのだから。

 

 『我が強い貴方ですらアリスの魅了には逆らえなかったよね、響介。思考速度の加速、言常人よりも考える速度も質も段違いの貴方ですら呑まれたのだから、全世界で逆らえるのは何人居るのかしらね?』

 「わたくし達が逆らいますわ!」

 「そうよ!そんな人生を否定する様な世界、あたし達は真っ平御免なの!!」

 『あらあらまあまあ、立派ねぇ。でも、貴女達と同じ学園の生徒の1人は賛同してくれたわよ?』

 「皆、久し振りだね」

 「.....簪ちゃん.......!」

 「良い世界だと思わない?優秀な姉と兄に悩まされる事も、周りから出来損ないって呼ばれる事も、同い年の子に護られて惨めになる事も無い、そんな世界。私は良いと思うな」

 

 心が既に擦り切れていた簪に、アリスの魅了は強すぎた。無意識だが、強烈に刷り込まれたアリスの、そしてアリスの望む世界を叶えたいという欲求が今の簪を突き動かしていた。その為なら、憎んでいた楯無と響介に笑顔を振り撒く事だってやってのけた。

 しかし、かつてその魅力に取り憑かれた男は叫んだ。その計画の決定的な欠点を。

 

 「....ふざけんなよ!!」

 「何もふざけてなんかいないわ。全部事実よ」

 「全人類が平等で公平な世界?それは良いさ!だがな、アリスはどうなる?お前らの計画は歴史を創る、つまりはその状態をキープし続ける事が前提になる。そんなのにアリスの能力を使ったとしたら、アイツに自由は無いだろうが!!」

 『何を言ってるの?それはコラテラルダメージ(必要最低限の犠牲)でしょ?仕方無いの』

 「ッ........!!この、外道がァァァァァ!!!」

 『【斧槍(ハルバード)】』

 

 響介の心からの叫び、そして【絶月】を纏い万全に贄姫を扱える様にした突進は蓮菜の言葉に阻まれた。正確に言えば、言葉と共に空中に現れたハルバードによって、だが。

 

 『【投槍(ジャベリン)】、【弓矢(アロー)】』

 「クソッ、どれだけ武器を隠して――」

 『【長剣(ロングソード)】』

 「ファング!」

 『無駄よ、【戦斧(バトルアックス)】』

 「ガアアァァ!!!」

 

 響介の左腕に斧の刃が食い込む。第二次形態移行(セカンド・シフト)の影響で絶対防御が最低限しか発動しない絶月はもっと大きな威力を持つ攻撃でなければ攻撃を防げないのだ。

 脳が焼き切れる程の痛みを痛覚が伝える。その中に自分の血が皮膚に付く生暖かさとヌルリとした液体が流れていく感覚が気持ち悪い。それでも傷口を押さえつつ蓮菜を睨む。その能力を見破る為に。

 

 『私は基本的に誰ともペアを組まないの。組んだ時は殆どアシストに回るし、誰も私の戦い方を知らないわ。何故か分かる?』

 「知、るかよ....んな、下らねー事」

 『騎士は単体ではなく集団で戦うのよ。私の能力の名前は【騎士団(ナイツ)】、1人で軍と同じ力を保有してるのよ。そんな私に、貴方が勝てる訳が無いじゃない。人を殺す事を恐れた、ただの()()に』

 「ク.....ソ、が......」

 

 響介は気絶した。未だにコンディションは戻っていないのだ。更に先程まで敵の襲撃に備えてずっと神経を尖らせていたのだ。疲労も蓄積するだろう。

 

 「響介くん!!」

 『貴女も、響介が大事なら下手に殺意を抑えさせない方が良いわよ。ドミナントの強さの根源は、何よりも強い殺意なんだからね』

 

 そう言って蓮菜とスコールは飛び立ち、恐らく拠点へと帰っていった。簪もそれに続こうとするが、楯無が呼び止める。

 

 「簪ちゃん!」

 「...........」

 

 しかし、その言葉は届かず自分のISを展開して2人に着いていった。かつて要らない、と言った【打鉄弐式】で.....


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