IS学園、戦艦発着所。とは言うものの、実際は沿岸部に突貫工事で建造された間に合わせの発着所である。戦艦の発着はIS学園の生徒なら見放題、どうにか民間人には隠せている程度で、箝口令を敷かなければSNSで瞬く間に拡散され、直ぐにマスコミの餌食になってしまうという御粗末なものだ。
まぁ、そんな発着が見えてしまう発着所だ。そしてその戦艦には雪菜が乗っている。ならば、彼女が来ない理由が無い。更識刀奈の実妹にして舞原雪菜と結ばれた未来の妄想に耽る愚か者、更識簪が来ない訳がない。
そして成果が無かったのなら良かった。だが、彼女達は確実な成果を
「なんつーか、休み疲れたな」
「これからはリハビリと訓練の日々ですから、安心して下さい。その前に絶月の修理は必須ですけどね」
「....ん、で――」
自分の恋人が帰ってきた――そう思っていた簪には余りにも衝撃的で、そして憎かっただろう。何故なら、今までの人生で最も目障りに感じていたが、やっと消えたと思った人物が、そして雪菜との
「なんでお前が
「またですか...いい加減にして欲しいものですが...」
「楯無、アイツが妹か?」
「....うん」
楯無は眼を伏せて答える。きっと簪のあの様子は自分の対応が作り出した答えだと思っているのだろう。現に聴くに堪えない妄想を並べ、唾を飛ばして響介の存在を否定している。だが響介は聴かない。聴いても意味がないと解っているから。狂った者の対応は慣れているから。
「無視するな!!」
「......下らねぇ。行こうぜ」
「ッ...死ねェェェェェェェ!!!!!」
此処は戦艦のメンテナンスをする場所でもある。故に、ドライバーなどの工具が並んでいる。簪はその中から一番長いドライバーを――心臓を貫ける長さを選ぶと、響介の元へと走る。
ISを展開し、AICで簪の動きを止めようとしたラウラを右手で制し、響介は義手を起動する。
「大丈夫だ。...ありがと、ラウラ」
「え....私の、名前...」
「案外記憶ってのはユルユルなのかもな。頑張って思い出せたぜ。でも、お前ら2人以外は無理だった。名前を言えるのは雪菜、楯無、そしてラウラの3人だけかな。あぁ、菫先生は改めて自己紹介したからノーカンな?」
「だからっ、私を無視するなッ!!」
「.......さっきからブツブツブツブツと、鬱陶しいんだよッ!!」
ラウラに向けていた身体を180度回転し、薬莢を激発させながら腹部にストレートを打ち込む。ドボッ!という鈍い音と共に、軟らかい腹部に拳がめり込む独特の感触が義手の擬似神経を介して伝わってくる。
愚かでも対暗部組織の家系、咄嗟に後ろに跳んで勢いは多少殺した様だ。だが、鋼鉄を凌ぐ堅さの義手に殴られては流石にノーダメージではない。しかも喰らった当人は響介に向かって走っている最中に喰らったのだ。後ろに跳んだとは言え前へ進む慣性は残っていた訳で、マトモに喰らったと言っても過言ではないのだ。
「ゴッ.....ぐ、はぁっ...」
「さっきからなぁ、訳の分からん主張を繰り返してるお前に教えてやるよ。.....雪菜は俺の女だ!お前の女じゃねぇ」
「なっ.....なっ...!」
「ふざ、けるなぁ!雪菜は私の彼女だ!!」
「ハッ、笑える。お前が来たって分かった時、雪菜はスゲー嫌そうな顔してたけどな」
「それはお前が居たからだろ、クソ兄貴」
「それとこれに何の関連性が有る?もし雪菜がお前の彼女だとして、俺が居たからどうして嫌そうに演じるんだ?」
「それは...」
「何も言えねーのか。ハァ....こんな低能が妹か。かた...楯無も可哀想だなぁ!」
響介は簪を嘲笑う。一目見ただけで理解できたからだ。簪と自分は相容れないと。コイツは嫌いなタイプだ、と。響介は内心笑い、記憶を失う前の自分に称賛を与えていた。「よくコイツを妹と思えたな」と。
ならば貶そう。完膚無きまでに叩き潰し、自分の周りに近付かない様にしよう。響介からはもう『和解』という選択肢は無くなっていた。
「なんだと...!?」
「人を妬む事しかせず、自分の長所を見ずに短所だけを見続ける。例え勉強が出来ても生きる術を知らず、勝てないと解っている相手の土俵でひたすらに勝負を挑んで、勝てなきゃ口から出るのは嫉妬、憎悪の言葉だけ。こんなヤツ、誰でも嫌うだろうに」
「分かった様な口を叩くな!」
「本当に分かってねーんだな。そんなお前に心の奥底から付き合ってくれる友達なんてのは居ねーんだろうな。全部表層だけの付き合いだ。学校だから、席が隣だから、偶々知り合ったから、仕事だから、家柄だから。そんな付き合いに気付けず、ただ独り仲良くなった気でいるだけ。哀れで滑稽だな。この場にお前の味方が何人居ると思ってる?」
簪は不意に気付いた。この場に居る全員から注がれる目線は全て突き刺さる様だと。あの温厚な真耶ですら目を反らし、実の姉である刀奈も自分を見ようとしない。響介は言わずもがなだが、簪が最も信じていると言っても過言ではない雪菜はどうだろうか?眼を伏せていて、誰にも分からない。
「ゆ、雪菜...」
藁をも掴む思いで雪菜に語り掛ける。しっかりと発したと思った声はか細く、自分でも聴こえるかどうかくらいの声だった。そんな声でも雪菜は顔を上げ、言い放った。
「前も言いましたよね。その気色悪い夢物語を語らないで欲しい、と。そして、2度と近付くな、と」
「ぁ......ぇ....?」
足場が全て崩れた。そんな錯覚に襲われた。当たり前の様にそんな言葉を言われた記憶を封じていた簪は、解き放たれたその時の記憶と今の記憶の衝撃のダブルパンチで、世界が滅びたと思う程の衝撃を受けていた。憎んでいる
クラスメートは自分から距離を置き、今までは後ろを着いてきていた本音も最近は見なくなった。前は鬱陶しい程に着いてきていたのに、だ。簪は急に怖くなった。本音は、
「....馬鹿だな。変に劣等感に取り憑かれなきゃ、まだ歩み寄る余地は有っただろうに」
「後悔してるんですか?響介くん」
「まさか。アイツとは解り合えないよ、何となく解る。これで良いんだ、俺達は」
「.........」
「悪いな、楯無。あのままじゃ、きっとお前とも――」
「良いの。あの様子じゃ、誰の声も届かないだろうから」
「...そうか」
「なぁ、嫁よ」
「嫁って...まさか、まさかとは思うが俺の事か?」
「そうだ」
「日本語的に俺は婿なんだがな....で、何だ?」
「私もお前を愛しているぞ。忘れるなよ」
「......Oh」
まだまだ響介は迷う事になりそうだった。
簪は走る。寮長の千冬は居ないから、咎める者は誰も居ない。いや、そもそも自分から簪に話し掛ける
「ほ、本音!!」
居た。自販機の前で、フルーツミックスを持って呆けている。息を切らしながら、不思議そうに自分を見詰める本音に問い掛ける。
「ね、ねぇ....本音は、私のこと...好き?」
その答えに、本音は答えた。だがその答え方は簪が求めているいつもの間延びした喋り方ではなく、滅多に無い真面目な口調で、答えた。
「前のかんちゃんは好きだったよ。真っ直ぐに努力してたし、あの時のかんちゃんは眩しかった。....でも、もうあのかんちゃんは居ない。濁って、形振り構わなくなった。私は、そんなかんちゃんは嫌いだよ」
続いて大きなショックだった。誰も自分を必要としないではないか。結局専用機を仕上げたのは雪菜で、この4組のクラス代表で日本の代表候補生という立場も家が――ひいては、ロシアの国家代表である刀奈の妹という期待から来るものではないか。
結局、自分は誰にも必要とされず、自分の環境は周囲の人物によって作られ、与えられたものなのだ。姉はロシアの国家代表で生徒会長、兄は世界で2人しか居ない男性操縦者で更識家の裏の側近、そして副生徒会長だ。比べて自分はどうだ?何も誇れるものは無いではないか。
「ハ、ハハハハ......何を勘違いしてたんだろ。.....馬鹿らしい」
そう言うと彼女は専用機を秘匿状態にすると、学園から出た。フラフラと、殆ど荷物も持たず。誰にも気にされる事も無く、学園から消えた。
クラスメートは、彼女の行き先を気にする事は全く無かったという。