IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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模索

 「ぁあ....クソ、身体痛ぇ....」

 「久し振りだな、響介」

 

 艦に収容され、傷を癒す響介の前に現れたのは菫だった。その表情からは感情の動きを捉える事は無理そうだ。

 

 「お前は忘れたかも知れんが、私はお前にその腕と脚と眼を移植した医者だよ。色々教えた、先生的な立場でもある」

 「へぇ、アンタがね。あ、もしかしてアンタは森守菫ってヤツか?」

 「その通りだ。だが、それを誰から聴いた?」

 「【ハンプティ・ダンプティ】。アンタと同い年とか言ってたよ」

 「......そうか。悪いな、変に起こして。ゆっくり休めよ、響介」

 「....?あ、あぁ。分かった」

 

 急に表情を暗くして出ていった菫を怪訝そうな眼差しで見る響介だが、身体が全く動かない為追い掛ける事を断念する。休んだせいで蓄積された疲労や損傷が表層に全て出てきたのだ。そして響介の蓄積されたソレは並々ならぬもので、ISにも同じ事が言える。左のテーブルに置かれた端末にはダメージレベルDと表記されていた。

 

 「....当分戦えやしないな」

 「それはそうよ。そもそも、響介くんの身体が動かないと思うわよ」

 「えっと、刀奈?」

 「思い出してくれたのは嬉しいけど、皆の前でその名前は駄目だよ。まぁ、無意識に思い出したんだから仕方無いけど」

 「悪い、殆ど覚えてねーんだ。名前と本当に少しだけの記憶だけだ、思い出せたのは」

 「菫先生が言うには、それを思い出せただけでも奇跡的なんだって。だから文句なんて言えないよ。...それに、嬉しかったし」

 「何が?」

 「醜い女の想いだよ。ラウラちゃんは思い出して貰えなかったけど、私は思い出して貰えた。そんな、汚い優越感」

 

 響介は少し黙ったが、右手を刀奈の頭の上に乗せ、撫でる。柔らかで絹糸の様な質感の髪は指の間をすり抜ける様にさらさらと流れていく。

 

 「汚くても良いじゃねーか」

 「え?」

 「人間、汚い奴はもっと汚い。俺が見てきた中じゃかなり綺麗な方だ。だから、誇っても良いんじゃねーのか?お前は、自分の汚い面をしっかりと見詰められるってな」

 「自分の汚い面を、しっかりと?」

 「それが出来ねーヤツは多い。自分の劣情を見てみぬ振りをずっとして、周囲に当たり散らす様なのも居れば、他人に勝手に好意を向けて、それが受け入れて貰えないと被害者面したり変に事実を曲解するアホも居る。お前はそんな事もせず、しっかりと自分を見れてるんだ。誇っても良いと俺は思うぜ?」

 「...思えないよ。私は変な使命感で妹の心を深く傷付けた。そんな私を誇りに思える訳ないよ」

 「それってさ、俺も関係有るのか?」

 「.....無いよ。だから心配しないで」

 

 彼女は笑って嘘を吐いた。響介に、また家族の事で心を痛めて欲しくは無いからだ。だが、表情に表しては意味がない。響介の義眼は嘘すら見通す。心拍数、眼の動き、体温の変化から簡単に判るのだ。

 

 「嘘だな。言ったろ、少しだけ覚えてんだよ。俺を含んだ5人で遊んでた事をな。誰が誰だか覚えてはいないけど、あんなに仲が良かったお前らが生半可な事でバラバラになるとは思えねー。...それに、俺なら放っておかねーだろうからな。きっと首を突っ込むだろうし、無関係って事は無いだろ?」

 「やっぱり、響介くんに嘘は通じないね。昔から響介くんは吐いても良い嘘は放っておいて、駄目な嘘だけ止めるんだもん。...今回も、やっぱり駄目だったよ」

 「...まぁ、人の悪意にはそれなりに敏感だしな。嘘にはどれだけ人の為と思っても多少の悪意はやっぱり含まれるんだよ。それに、俺には【眼】があるし」

 「今の響介くんなら、簪ちゃんと和解できるのかな。前の響介くんは、自分は別に疎遠でも構わないって感じだったから」

 「そんなの、誰にも分かんねーよ。その簪ってヤツが俺をどれだけ嫌ってるかによる。もし俺の事を嫌ってなくても、俺が嫌いなタイプなら俺は和解する気は無い」

 「変わんないなぁ、響介くんは。我を通す、って感じでさ」

 「俺は俺だからな」

 

 響介がそう言うと、会話が少しだけ途切れる。刀奈は意を決した様な表情になると、突然会話を切り出す。

 

 「響介くん!」

 「お、おう。いきなり大声出してどうした?」

 「私は...更識刀奈は、貴方を愛してます!ずっと、小さい頃から好きでした!」

 「えっ....」

 

 冗談だろ、そうは言えなかった。それ程に刀奈の眼と表情は真剣だったのだ。だが自分は雪菜を愛する事に決めている。だから答えに詰まった。中途半端に保留するのは避けたい。しかし、好意を向けて貰えるのはとても嬉しい、故に受け入れたい気持ちもある。でも響介は雪菜を愛する。浮気だけは絶対にしない。それは2人にとって失礼だから。だが断れない。それでも受け入れ難い。

 そんな二律背反の思いに囚われた響介はフリーズし、答えに詰まる。そんな響介を見て刀奈は笑い、言った。

 

 「えへへ、困らせてゴメンね。でも、伝えておきたかったから。君を愛してるのは雪菜ちゃんだけじゃないって事も、覚えてて欲しかったんだよ」

 「あ、あぁ...そうか」

 「返事は後で良いの。でも、いつか答えを聴かせて貰うからね」

 

 そして部屋から出ていく刀奈。その背中は少しだけ寂しさに彩られていた。

 響介は迷う。迷いながら進み続けると【彼女】に誓った。だが、まさかこんな早くに難題にぶち当たるとは思っていなかった。響介はどんな答えを導き出すのだろうか。取り敢えず響介はIS学園までの道すがら、自分の中で答えを探し続けるのだった。


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