「響介を捕捉したぞ、雪菜。今は10キロ先の海上を飛行中だ」
「.............」
「雪菜さん、どうか致しましたか?」
「あ、いえ、何でも有りません。そうですね....この距離を維持しつつ彼を見張りましょう。流石にこの距離なら大丈夫でしょう」
「そうか。...雪菜よ、お前はそろそろ休め」
「箒さん?」
「私達はお前に頼り過ぎたのだろうな、疲れも溜まっているだろう。部屋に戻ってゆっくり休め。
「....はい。御気遣い、有り難う御座います」
響介を捕捉したという報に雪菜が気付かないハズが無い。そしてそれでも反応を示さないのは何かに迷っているから。それをただ1人察した箒はそれとなく雪菜に「行け」と伝えていた。雪菜は察してくれた箒に感謝しつつ、司令室から出てカタパルトへ向かう。
自分が持つ権限をフルに活用し、カタパルトへと至る通路の扉を全てロック。更に捕獲用にも転用できるエネルギーネットを使用禁止、最後に兵器の使用を禁じ、独断で行動を開始する。
(本当に感謝します、箒さん)
◇ ◇ ◇ ◇
◇ ◇ ◇ ◇
「雪菜が無断で出撃だと!?」
「響介の所へ行くつもりなんだ!早く止めなきゃ!」
「行かせはせんさ。少なくとも、私は通さない」
「はぁ!?箒、アンタ頭おかしいの?今の響介に会えば殺されるかも知れないのよ!?」
箒はいつでも帯刀している真剣【緋宵】を構え、全員に意識を向ける。少なくとも千冬と菫には勝てないと判ってはいるが、代表候補生ならどうにか止めて見せる。そう誓った。自分の身勝手な行動で雪菜の身体に消えない傷を負わせてしまった、愚かな過去への贖罪の為に。
「退いてくれ、箒。今はそんな事をしてる場合じゃ――」
「――そんな事だとッ!?貴様、一夏ぁ!ふざけるなよ、どれだけ雪菜が自分を殺してきたのか、見て来なかった訳ではないだろうが!!」
「だけど――」
「だけどもされども無いだろう!!お前達もお前達だ!見ただろう、響介を喪った時の雪菜の壊れ方を!直視に堪えない、あの弱りきった姿を忘れた訳ではあるまい!!」
「それと今の行動に何の関係がある?少し冷静になれ、そして雪菜を止めねばなるまい。今の嫁は壊れている。手加減などする訳がない」
「ッ......そうして、私達は雪菜の意思を殺し続けてきたのだろうがッ!!」
愚か者は吼える。ただ1度、自分に課した贖罪を果たす為に。自分達が無意識に殺してきた雪菜の我が儘を叶える為に。千冬に殴られようと、菫に正論を叩き付けられようともこの時だけは退かない。それが雪菜の友達として出来る、現状唯一の最善だと信じて。
「私達はずっと雪菜に頼り続けてきた!その度に雪菜は自分の時間を無くし、どれだけ疲れようとも無理を自らに強いた!それでいて何でもない様に笑って取り繕うのだぞ!?そんなの、痛々しいだけではないか!それに、雪菜が共に過ごしたいと願うのは私達ではない。雪菜が真に願うのは、響介と....大切な者と添い遂げる事だと、解らないお前達ではないだろう!?」
「だが....」
「私は箒に味方するけどね~」
「夏蓮さん!?」
「何を言おうが記憶を無くそうが、雪菜はお兄ちゃんが選んだ、隣に居て欲しい人には違いないんだよね~。それに、今のお兄ちゃんの現状は私としても好ましくはない訳だし.....要するに私は恋する乙女の味方ってこと!人の恋路を邪魔するヤツは、馬に蹴られて死ぬのが道理ってもんだよね?」
妹の想いは変わらない。自分の兄にとって最善になりそうな結果を取り続けるだけだ。それに、戦艦に乗った多勢が1人を助けるより、純白の機体に乗った姫が狂ってしまった王子を助ける方がロマンチックではないか。たったそれだけだ。単純にして明快、深い理由は無い。だが、夏蓮にとってはこの程度で満足なのだ。
「....言わせておけば篠ノ之、私が本気を出せば終わりだと気付かない訳ではあるまい?」
「それなら私は――」
「――確かに織斑先生、君の運動能力にはこの中の誰も敵わないがね、少しは食い下がって見せるよ。私だってかつては【天才】と持て囃された身だ、多少はやれるさ」
「森守先生!?」
「雪菜は私の出来の良い教え子だからね。ちょっと世間の荒波に揉まれて
【天才】は見守る。自分が育ててきた教え子が、自分が教えた教え子に救われようとそうでなかろうと、2人が選んだ結末ならば黙って見届ける。その選択を阻む障害は自分が排除する。その為なら【
「ですが皆さん、落ち着いて考えてみて下さいまし!今の響介さんに近付けば、命の保証なんて無いのと同じなのですよ!?」
「まぁそうよね。でもねセシリアちゃん、私達は冷静よ?近付けば殺されるかも知れない人に近付こうとする友達を助けて、一緒に戦う仲間を敵に回して、それで【世界最強】も敵に回してる今でも私達は冷静なの。
臆病者は笑う。今まで自分が臆病だったせいで傷付いてしまった想い人に幸せでいて欲しいから。自らの行動は自分から彼を遠ざけ、恋敵に塩を送るのと同じだと分かっている。それでも構わない。それが、臆病者の自分に踏み出せる最大限の1歩なのだから。
「.......分かった」
「教官!?」
「教師が生徒を信じず、誰が生徒を信じる。帰って来たら
「....はい」
「確かにお前の心配も分かる、ボーデヴィッヒ。だが、少しは信じてやれ。自分が好きになった者と友人をな」
「分かり、ました」
張り詰めていた空気が解け、雪菜を見守ろうとした瞬間、ドアが開く音が響く。それと同時に全員の警戒度が最大限にまで跳ね上がる。
「まぁ待ちな、そう焦るな。私は話がしたいだけだ」
「貴様....何処から入ってきた?」
「ドアから――あぁ、待て待て、真面目に答えるから。カタパルトからだよ。開きっぱなしだったからね、失礼だけど入らせて貰ったよ」
「誰なのだ、お前は?」
「私の素性...と言うか名前は夏蓮が知ってるハズだよ。そうだろ、【チェシャ猫】?」
この中で唯一、突然現れた彼女の名前を知る者である夏蓮は名前を呼ぶ。
「まさか.....【ジェミニ】?」
「その通り。久し振りだね、夏蓮」
響介が狂ったある意味での原因。響介が死んだと誤認し、響介が愛した女性の裏人格。その人格の名前は【ジェミニ】、本来の名前は【アリシア・フォン・エラウィ】。響介の手足と眼を奪った張本人が、其処に居た。