IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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刀奈として

 「フッ、ハァッ!!」

 『記録、3分53秒。被弾数、3。トレーニングを終了します』

 「っ.....」

 

 楯無は焦っていた。どんどんと遠くへ離れていく想い人(響介)距離と、落ちていく訓練の成績に。理由は解りきっていた。簡単な話、迷っているのだ。彼が敵対した事が明らかになった今、もし自分が響介を追い詰めた時に殺せるのかを。

 楯無は暗部組織の頭領だ。だから人だって何度も殺した事はある。だが、その回数は響介と比べれば圧倒的に少ない。それは響介が彼女の分の仕事を請け負っていたからだ。それは汚れ仕事のもっと底辺、汚れ過ぎて澱んでしまう程の汚れ仕事だった。殺し、諜報、拷問など、現代社会では考えられない程の仕事を響介は成していた。

 

 (それに対して、私は....ッ!!)

 

 響介に仕事を任せっきりにし、虚と共に明るい仕事をしていた。虚の時でも少しは流血騒ぎはあったが、ソレが普通な響介の方ではひたすら響介が仕事をこなしていたのだ。1人で、ただひたすらに。これが仕事だから、と皆に言って心配を掛けない様にして。

 

 (....そう言えば、どうして私は響介くんを好きになったんだっけ....?)

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 それは少し前の過去の話。楯無と簪の実父、響介からすれば義父が死に、刀奈が【楯無】を襲名する少し前の話だ。

 

 「お父さん.....うぅ、ぐすっ」

 

 刀奈は自分の部屋の布団の中で泣いていた。父親が死んだのだ、まだ精神的には未成熟な刀奈にとってそれは大きな衝撃と哀しみをもたらしただろう。しかし泣けば愛する妹にもその感情は伝播し、周囲の大人にも舐められてしまう。それは解っていても、溢れ出す哀しみと涙を完全に抑える事は困難なのだ。

 

 「刀奈」

 「きょうや....くん?」

 「うん、ちょっと用があってな」

 「....ど、どうしたの?楯無襲名の手続き?それとも――」

 

 響介....いや、この頃は響弥だった。彼が襖を静かに開けると刀奈は弱味を見せまいと飄々と、気丈に振る舞う。少なからず、彼だって父が死んだ事に哀しみを覚えているだろうから。だが、彼は彼女を抱き締め、背中をぽんぽんとゆっくりと叩いていた。

 

 「刀奈、泣いても良いんだぞ。お前はまだ子供、そんな涙を抑える様な歳じゃない」

 「でも....でも、【楯無】足るものは....」

 「まだお前は更識家の当主じゃないだろ。今のお前は襲名前、要するに【刀奈】のままだ。だから泣け。【楯無】になれば泣ける事だって少なくなる。その前に、その感情全部吐き出しちまえ」

 「良い、の?本当に、泣いても....」

 「()()()()少しの間この辺はあまり人が通らなくなるらしい。今の内だ」

 「あ、あ゛ぁ゛.......お゛と゛う゛さ゛ん゛!!!ああぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 「.....そうだ、泣いても良いんだ。俺はそれを全部受け入れてやる。そして、この世界の一番穢れた部分の仕事からは俺が守ってやる。だから刀奈、お前は、お前だけは――」

 

 彼は言った。刀奈とは1歳離れているだけの彼が、自分が穢れる代わりに彼女に託した想いを。

 

 「――笑顔でいてくれ。どんな時も」

 「うあぁぁぁぁあぁあぁぁああ!!!!」

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ◇ ◇ ◇ ◇

 

 

 

 

 

 

 (そうか、私は響介くんの性格に惚れたんだ。他人の為に自分を犠牲に出来るその性格に惚れたけど、其処がどうしても嫌だったんだ)

 

 彼は自分の事は二の次で、面倒そうな言い種をしながらも他人を想い、そして自分が傷付いていても笑って嘘を吐く。自分が一番傷付いて、一番助けが必要なのは自分なのに彼は助けを求めないのだ。彼は与えるだけで、誰からも与えられていないのだ。強いて言えば与えられたのはたった1つだけ、誰しもが必ず持っているモノだけだ。

 

 (菫先生が助けた....『命』だけが響介くんが他人に与えて貰ったモノなんだ。そう言えば、響介くんが泣いている所を見た時無いな)

 

 楯無は時折彼の感情は一部欠如しているのでは、と感じる事がある。喜怒哀楽の内、何処か欠けている気がするのだ。保証も無ければ確信も無い。だが、何故かそう思うのだ。いつも彼は自分達に話を合わせ、笑う。でも何処か『ズレて』いるのだ。世間一般の『ズレた人』と自分が感じる『ズレ』は全く違う。まるで、元からの人種が違う様にも感じるのだ。

 

 「......考えてても分からない、わね。出直しましょう、人に教えを乞う自分に。今の響介くんは強い、強すぎる。だから力を持つ人、知識を持つ人に教えを乞いましょう。.....全ては、彼を取り戻す為に」

 

 これはIS学園の生徒会長としての責任感?いいや、違う。なら、家族としての責務?これも違う。暗部として口封じをする為?全く違う。

 ならば何なのだ、と問われたなら彼女は言うだろう。今まで長い間恋い焦がれた人の為と。簡単な話、これは単純かつ明快な答えだ。そう、これは、ただ単純な――

 

 「自己満足の為よ」

 

 そう言って彼女は1歩踏み出した。羅刹を取り戻す、厳しい道を本当の意味で踏み出したのだった....


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