IS ~義肢義眼の喪失者~   作:魔王タピオカ

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必要とされるもの

 『IS学園は閉校しろー!!』

 『俺達を散々見下しやがって!!』

 『どうせ今もその安心安全なISに引き籠って見てるんだろ!?』

 『臆病者!!』

 「....何と言うか、嫌になりますね。彼等の叫びは真っ当なモノですが、余りにも表現が野蛮過ぎます」

 「皆、心の奥底では恐がってるのよ。私達女は、その気にさえなればISであの人達を薙ぎ払えるんだからね」

 「裏を返せば、そうでもしなきゃ女は男の人を黙らせられないって事ですけどね」

 

 以前の【ヘルメス・レター攻防戦】で全世界に向けて放送された内容の影響で、IS学園は連日のデモに悩まされていた。まだ一体感は無く、各々が言いたい事を言うだけだが彼等が団結してしまえば簡単に制圧されてしまう。どうにか治まるまで黙秘を貫くという、危ない綱渡りを繰り返していた。

 

 「簡単な話、殺せば良いのに」

 「夏蓮ちゃん」

 「女権団が勝手に揉み消してくれるでしょ。アイツらは自分達の保身には余念を許さないからね」

 「...それはそれで一時の鎮圧にはなりますね。ですが古今東西、暴力的に口を封じた勢力は滅ぶと決まっています。現代でもそれは例外じゃありません」

 「楯無も雪菜も甘っちょろいね。私が【結月】使って殺してあげようか?」

 「認可は下ろしてませんから、ISは展開出来ませんよ」

 「あ、そうだったね。でも、どうするの?このままやり過ごすのも無理だけど」

 

 ニュースを始めとしたマスメディアでも女権団はのらりくらりとした言い訳を重ね、世間から反乱を買っている。未だに支持しているのは女尊男卑に染まりきった世の中の殆どの女性であり、一部の女性(既婚女性や相手がいる女性)や男性のほぼ全員は解散を求めていた。

 だがその中で気付いた者が居た。『IS学園は兵器を操る者を育成する戦争の為の機関』だと気付いたや否や、早々に廃校を求める声が治まる事を知らずにデモという結果として表れたのだ。当たり前の事ではあるが、やはりやられれば中々にクるものがある。

 

 「雪菜も自制が良く利くよね。そんな(IS)を握ってるのにさ」

 「力や感情を抑えられないのなら、それはただの獣です。私は獣には成り下がりたくはありませんから、どうにか抑えているだけです」

 「へぇ」

 

 既に雪菜のISは完成していた。【絶月】にも使われていた特化パッケージの強化版も既に造り終え、その気にさえなれば今すぐにISを纏って校門に群がる者共を一掃できるのだ。それをしないのはかつて戦場で『力』の使い方と意味を知った雪菜だからこそなのだろう。

 

 「はぁ....やっと居なくなったわね。そろそろ何か手を打たなきゃ、生徒達に危険が及ぶわ」

 「今ならまだ女尊男卑の割合の方が多いから権威を保ててるけど、そろそろ転覆も考えられるからね。下手に強行手段に出ればマスコミに取り上げられて、情報規制もろくに出来ないままIS神話は終わりを告げると思うよ」

 「別に私はそんなのどうでも良いの。確かにISは力だけど、同じ人間を虐げる物じゃないのは解っているから。でも、流石に学園の生徒達を傷付けさせる訳にはいかないわ。だって私は--」

 「--生徒会長だから?何と言うか....嫌になる程面倒な使命感だね、それ」

 「そうかしら?」

 「うん。楯無だって人間だよ?守りたくない人間や、守るに値しない人間だって勿論居るのに、【生徒会長】という肩書きが楯無自身の意思を黙殺しちゃうんだからさ」

 

 楯無....更識刀奈は様々なものに縛られている。姉という血や、【更識一族】の当主、生徒会長という肩書きも刀奈の精神を雁字絡めにしているのだ。それでも擦り切れないのは、成長する中で学んだ自分の心の押し殺し方や想い人の存在が有ったからだろう。だが、今はその想い人は居ない。そして押し殺し続けた心すら、今では誤魔化し切れなくなっていた。

 

 「此方側に来なよ、2人とも」

 「....そちらの組織に入れと?」

 「そうだよ。世界の闇を実際に体験した雪菜、闇を知りながら仕事を捌き続ける辛さを知る楯無。私の仲間と同じ、2人は世界の腐った所を知ってるんだ。だから、こんな世界に尽くす事は無い。一緒に世界を滅茶苦茶にしようよ」

 

 悪魔の誘いだった。夏蓮の言う通り、2人は世界の汚点や闇を既に知っている。雪菜だって幼い頃はどれだけ世界が滅べば良いと思ったかは数え切れないし、楯無は世界の汚点を見てどれだけ幻滅したかは分からない。少し道を違えれば簡単に組織の側へと寝返ったかも知れない。だが、2人にはそれをしない理由があった。

 

 「私はあの人がこの場所に戻ってこれる様に、此処を守ろうと思います。確かにあの人と肩を並べて戦うのは魅力的ですが、私まで闇に沈めば誰があの人を引き上げるんですか?」

 「私も、家族がこの学園に居るから。あの子達を放っていく訳にもいかないし、間違えた響弥くんを更正させるのも会長の役目だからね」

 「......そう。気が変わったらいつでも私に言ってね。じゃあ、頑張ってね」

 

 そうは言ったものの、2人の気が変わる事が無いことは判っていた。だが、夏蓮は1つだけ思うのだ。

 2人は響弥が『間違えた』と言った(厳密に言えば雪菜は違うが、似たような事を言ったので別に良いだろう)。だが、彼が闇に沈んだ訳ではない事を夏蓮は知っていた。敵には激情を顕にするが、家族や味方にはとても優しい事を知っていた。だから、それを連れ戻すのは余りにも身勝手ではないだろうか?二律背反、アンビバレンツ。同じ意味の2つの言葉が頭に浮かぶ。彼は学園の生徒だったという過去とテロ組織の一員という今に挟まれていた。どちらも彼を必要としている。だが....彼はどちらを必要としているのだろうか?

 

 (....お兄ちゃん。お兄ちゃんは何が必要なの...?)

 

 そしてそれは、実の妹である夏蓮にすら分からない難題だった。


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