「....こうして、夢の中で会うのは初めてだね、響介」
「そうだな」
確実に夢の中だ。響介の足元は白い床で、【彼女】が座る山は無数の骸骨で構成されていた。座る玉座の様な椅子も、人の大腿骨や頭蓋骨、即ち人間の骨で出来ていた。そんな非現実的な光景を見れば、嫌でも夢の中だと分かる。
「世界は何処までも理不尽で、暴力的で、優しさなんて見せずに全てを奪っていった」
「あぁ」
「響介は初めから何も持っていなかった。親から与えられるのは裕福で幸福な未来。でも、響介はそれすらも奪われた」
「あぁ」
「そんな世界を壊す選択は何も後悔していない。例え自分の記憶を灼き尽くしたとしても、目的は揺らがない」
「....そうだ」
「だが、そんな世界も悪くはないではないか。そう思わんか、我が主人よ」
「お前は....」
「貴方の機体だよ。私が呼んだの」
「その通りじゃ」
黒い和服に身を包み、2本の角を生やした少女が笑う。自分は響介の機体【絶月・災禍】なのだと。この世界が夢と理解しているからこそ、響介は彼女の存在を認めた。元々創造主が管理を放棄した発明なのだ、不思議にも思わない。
「人は痛みや疲労を感じ過ぎるとそれらを遮断する。自分を保つ為に」
「それは
「気付いてるでしょ、響介なら。貴方の身体も精神もボロボロだって」
「だから我が主人は造り出したのだろう?自分の精神的なダメージを肩代わりする為の虚像を。そしてその虚像に自分の能力の全てを分け与えた」
「それが【私】。名を持たない、都合の良い虚像」
「違う....お前は、アリシアだ。アリシアなんだよ、お前は....」
元より気付かない訳が無いのだ。自分の想い人がイマジナリーフレンドではない事は知っていた。なのに、何故【彼女】は宙を舞い、声を出さずとも意思が疎通できるのか。不思議に思ったとして、響介は無視していた。自分を保つ為に、無意識下で。
「我が主人は何も与えられなかった。そう思っていたのだろう」
「でも、自分を愛してくれる人と出逢えた。何度拒否しても追い掛けて、そして今想いを伝えてくれた」
「いや、違う....アイツは――」
「恐いのか?我が主人よ。もし我が主人が彼女の申し入れを受け入れたその後に、死んでしまう事が。世界に奪われる事が」
「貴方は何重にも予防線を張ってる。それは全部、自分の保身の為。そして貴方が自分が傷付く事を何よりも、誰よりも深く恐れているから」
「幼少の時、家族と幸福を奪われた痛み。初めて人を殺した時の、自分の何かが削れていく恐怖。求めていた家族を突き放した自分への嫌悪。無垢なる者が淘汰される事への憤怒。それら全てで今の我が主人が形成された」
「どれだけ記憶を灼いても、無意識に刻まれた恐怖は拭えない。だから響介は臆病に近付く者を全部壊してるだけ」
「......ぁ.......」
「その恐怖を自覚すれば響介は壊れる。
その通りだ。眠らないのは感覚を研ぎ澄ます為?そんなのは詭弁だ。それならば眠った方が何倍も効率が良い。夢は深層意識の影響を顕著に受けると言う。それを知る響介は夢を見て、自分が意識したくない恐怖を自覚する事を恐れた。だから寝ない。夢を見なければ、それを自覚しなくて済むのだから。
「――だが、それで良いではないか」
「.......え?」
「月並みな言葉で言えば、人は誰しも痛みやトラウマを抱えて生きていく。響介はそれが少し人より大きいだけ。それを補完していくのが、人間じゃないの?」
「でも、俺は.....」
「先の事など言っても、結局は机上の空論よ。人生など行き当たりばったりで良いではないか。うだうだ考えて悩むより、我が主人を愛してくれる彼女と共に歩んでみてはどうだ?」
「俺は.....弱い。例え力はあっても、心が弱い」
「あの子は正反対じゃない?支え合おうよ、響介」
「我が主人よ」
「....何だ?」
「私は、我が主人の決断のままに力を振るう。だから、少しでも迷うのなら自分が理想とする方に決断して欲しい。他ならぬ、主人の為に」
結局は自分で決めるしかないのだ。【彼女】に何を言われようと、絶月に諭されようと、全ての決定権は響介自身にある。それが解っている絶月は響介に委ねた。自分がどんな風に扱われようと、絶月は兵器に変わりない。後悔などしない。
「........そう、か。もう
「それ、本心?」
「いや、多分迷ってる。でも、このまま悩むのも悪くない。もう記憶を灼いた人生だ、俺は悩みながら生きていくよ」
「良いのか?決断し続ける事より辛いとは思うが」
「良いさ。悩みながら前に進む。悩んでも、選んだ道に後悔はしないからな」
「.....そう、決意は本物みたいだね。じゃあ、力を返すよ。響介の、本物の力を」
【彼女】は響介にキスをした。だが、それだけで何も変わらない。そう思った瞬間に風が吹き荒れ、世界が光に染まっていく。夢から覚めるのだろう。結局、響介は【彼女】に何も言えないまま夢から目覚めるのだった....
「起きましたか?」
「.....雪菜」
「きょ、響介くん!?」
目覚めると、目の前には雪菜の顔があった。そして頭には柔らかい、しかし弾力がある触感。確実に膝枕だろう。響介は雪菜の頬に手を伸ばし、柔らかな頬を撫でる。
「俺は悩んでる。このまま戦い続けるべきか、それとも止めるべきか、とか。他にも色んな事に」
「そうですか...それは――」
「だが、今結論を出せた答えがある。......雪菜、俺は、お前を愛する。いや、俺はお前が好きだって解ったよ。記憶を無くす前からきっと、お前が好きだってな。....いつまでも悩んでる、こんな脆い俺を愛してくれるか?」
「勿論ですよ.....言ったじゃないですか、私は貴方が好きだって。どんな貴方でも、私は響介くんの味方です!」
「....ありがとう、雪菜。...ぁ、愛してる」
「....ゎ、私もです」
やっと愛を伝えた2人。そして愛してるの一言で顔を真っ赤にして、顔を背ける。だが、響介は膝枕の姿勢からは脱しようとせず、雪菜も止めさせようとはしていなかった。
そんな2人の門出を祝福するかの様に、暖かい風が頬を撫でる様に吹く。そして響介の耳には「良かったね」という声が聴こえた気がした。