それは愛にも似た、   作:pezo

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第三章 二人の女と、二つの商会 四

 

 

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湯浴みからあがって部屋のドアを開けた瞬間、鼻孔に甘く、しかし清々しい花のような香りが少しだけ香った。

 

 

見遣れば、いつの間に戻ったのか、シグリが簡易ソファに横になっていた。ジャケットを脱いではいるが、兵服のまま、ブーツも脱がずにベルトで身体を拘束させたままの姿だった。細い両足は下に下ろされ、両腕に抱えるように書類がおさめられているところを見ると、書類を読んでいる途中に、少し身体を横たえて、寝てしまったというところだろうか。

 

 

タオルでまだしめった髪の毛をふきながら、室内を見回せば、冷たそうな水差しが戻ってきている。リヴァイはそこからガラスのコップに水を入れ、

 

 

「…………」

 

 

口をつけようとしたのをやめて、窓際にそえられた一輪挿しの花瓶に流し込んだ。シグリがいたときは毎日かえていた水が、少し乾いてきていた。青い花が揺れる。

 

 

振り返れば、女はまだ眠っている。疲れているのだろうか。なかなか危機意識の薄い女だ、とリヴァイは人ごとのように思った。印象的な黒くて大きな瞳が閉じられ、長い睫がその影を落としている。

 

 

紅を引いていないにもかかわらず血色の良い唇が、わずかに開いていた。

 

 

 

「…………」

 

 

女の手にある書類が落ちないように、ソファに身を寄せる。リヴァイの体重を乗せたソファが、ぎしりと微かな悲鳴をあげたが、女は規則正しい寝息を崩さない。

 

 

橙色のランプの中の炎が揺らめいた。女の顔に、リヴァイの影が落ちる。その端正な顔に、己の顔を近づけて、

 

 

「……ぇ」

 

 

至近距離で、女と目が合った。黒く丸い瞳がリヴァイの薄氷の瞳を見つめて、しばらく瞬きをした後、

 

 

「ちょ、え?オイオイオイオイオイオイオイ、ちょ、ちょ、リ」

 

 

挙動不審な声がリヴァイを押しとどめようとした。常に冷静な彼女に珍しく、目が泳いでいる。身体を起そうとしたが、リヴァイがそれをしっかりと押さえ込んでいるものだから、さらにシグリは混乱したように奇声を発した。

 

 

「色気ねぇな」

 

 

「いやいやいやいや、は?ちょっと、なんだ、上官にあなた、」

 

 

上官侮辱罪で今度こそ独房行きだろうか、と僅かに思いながら、リヴァイは彼女の首筋に鼻を埋めた。暖かな女の体温が、肌を通して伝わってきて、息を吐けば、女が言葉をなくして身体を強ばらせたのがわかった。

 

 

ばさりと書類が床に落ちる。

 

 

数秒。そのままの状態を維持し、目的を果たしたリヴァイが少し身を起して女の顔をちらりと見れば、シグリが今まで見たことのないほど真っ赤な顔をして黙りこくっていた。

 

 

常に理性の光を宿した瞳が、恐怖か混乱か、抑えきれない感情による涙を湛えていて、リヴァイはこくりと喉を鳴らした。

 

 

うっかりその唇に触れそうになったが、その瞬間に左から右拳の強烈な一撃が迫ってくるのを感じて、瞬時に身体を離した。

 

 

「何!?リヴァイ、どういうつもりで、」

 

 

「お前、ベッドで寝ろ」

 

 

「は?!」

 

 

身を起こしたシグリの隣へ腰掛けて、目の前のベッドを指さした。

 

 

「シーツは洗ってある。俺はここでいい」

 

 

「……」

 

 

顔を赤くしたまま、何か言おうと口を開閉している様は、頭の悪い川魚のようで、間抜けそのものだった。

 

 

「それとも一緒に寝るか」

 

 

「結構だ!!」

 

 

今度こそ怒ったらしく、立ち上がった彼女の顔は、激昂で赤くなっている。ソファの脇に置いていた布鞄を手に部屋を出ようとするので、「どこにいく」と問えば、「風呂だ!」とリヴァイを見ることなく乱暴にドアを閉めて出て行った。

 

 

からかいすぎたことに少しだけ反省しながら、思いの外うぶな反応に、リヴァイは満足してソファに横になった。

 

涙を湛えた瞳を思いだして、常に理知的な瞳を混乱で堕とす愉悦を覚えて、喉を少し鳴らした。

 

 

 




ようやく役者が出そろった。ややこしい。

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