それは愛にも似た、   作:pezo

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第三章 二人の女と、二つの商会 二

 

 

女は、シシィと言った。

 

栗色のゆるやかにウェーブした髪を下ろした、上品な女だった。黒いドレスは店の他の女より圧倒的に露出も少なく、店内のランプにさらされている白い肌は、腕と鎖骨ぐらいのものであったが、だからこそだろうか、香り立つような凄まじい色気を持っている。腰のあたりで切り返したドレスは、足首あたりまでその女の肌を隠しているが、胸といい、腰といい、腕といい、痩せていて、豊満なリザとは真逆の薄い身体をしていた。が、一目見て、彼女が店の稼ぎ頭であろうことは、リヴァイにも知れた。

 

 

「ごめんなさい。前のお客さんが長くなってしまって」

 

「いや。シシィは人気だからな。こうして君についてもらえるだけでも幸運だ」

 

 

歯の浮くような口説き文句を一通り吐いたエルヴィンは、彼女の酒を美味そうにあおる。リヴァイの隣についているリザは、すっかり黙ってしまっている。リヴァイはどちらかというと、堅物だと思っていたエルヴィン分隊長の様子に、まじまじと見入ってしまっている。珍しいものを見せてもらった、と少々面白おかしい感情が去来する。

 

 

「それにしても遅かったな」

 

「ちょっと粘るお客さんだったから。絡まれてしまったけど、レヴィが助けてくれたの」

 

「へえ」

 

 

栗色の女の顔に向けられていた碧眼が、ふいに自分に向けられたので、「憲兵団だった」と答えてやる。

 

「あの人たち、しつこいの。最近よく来てたのよ。ずっとシシィに接客してもらいたがってたから」

 

拗ねたように言ったのは、ブロンドの髪のリザだった。「シシィはあんな中央の憲兵なんて相手にするような安い女じゃないわ」と続けて、シシィに咎められた。どうやらリザは彼女に傾倒しているようだった。

 

 

「中央の憲兵?」

 

「ええ。少し年のいった……。確かに、中央からシガンシナまで憲兵が来るのは珍しいわね」

 

 

言いながら、シシィはエルヴィンとリヴァイのグラスに酒をつごうとしたが、エルヴィンはそれを止めて「今日はもうしまいにしよう」と突然立ち上がった。

 

 

驚いたのはシシィだけではない。

 

 

「あら、お気を悪くされたかしら。さっき来て下さったばかりじゃない?」

 

「いや、憲兵と聞いて、急ぎの仕事を思いだしてしまった。明日までに憲兵団に提出する書類があったんだ。レヴィ、戻るぞ」

 

 

いそいそと上着を羽織る碧眼の男に、意味が分からないと不平を言えば、「戻るぞ」と再度急かされる。言外に「命令だ」といつもの台詞が隠されていて、リヴァイは重い腰を上げた。せっかく、少しは楽しめるかと思ったのに、とシシィを見ながら思う。

 

 

「では、外までお送りします」

 

 

男の突然の行動に悪い顔ひとつせず、シシィはリヴァイに笑っていった。くしゃりと無邪気に笑った顔に、見目の割に年を食っているのかもしれない、とぼんやりと思った。

 

 

「またいつでも来て下さい。今日は少しだけだったから寂しいわ」

 

「ああ。近いうちに。くれぐれも身体には気をつけるんだよ」

 

 

まるで恋人同士のように見つめ合って囁いた二人は、ごく自然に頬に唇を寄せ合って別れの挨拶をした。本当に珍しいものを見ている。兵舎の奴らにこのエルヴィンの緩みきった顔を見せてやりたいとリヴァイは少し喉の奥で笑った。

 

 

「レヴィも、どうかまた来て下さいね」

 

す、と差し出された右手の甲には、本来ならキスを贈るべきだろうが、リヴァイは「ああ」とだけ無表情に答えるだけでその手を無視した。

 

 

シシィはそんなリヴァイの不遜な態度にも笑顔を崩さず、すい、と彼の懐へと近づいて、彼女の名刺をジャケットへと忍ばせた。

 

 

「必ずよ。待ってるわ」

 

 

女の甘くも爽やかな匂いが、鼻孔をついた。

 

 

 

*****

 

 

「いい女だろう」

 

 

笑った男の声が石畳の上に響いた。

 

 

「てめぇが鼻の下を伸ばしきってるのを見れたのは良かった」

 

 

揶揄すればエルヴィンは帽子の下で笑った。だが、どこかその声は堅い。

 

 

「おいエルヴィン。これはどういうことだ。書類の話はウソだろう」

 

 

ちらりと碧眼が黒髪の男を見下ろした。ああ、と頷いた顔はもう、分隊長のそれであった。

 

 

「ラング商会。お前も知ってるだろう」

 

「……?ああ。ロヴォフと繋がりのあった商会だな。だがお前のせいで、奴は没落した。大顧客の地下との繋がりが立たれたラング商会も廃業寸前だと聞いたが」

 

「その通りだ」

 

 

エルヴィンが懐から、自由の翼を取出す。それは、兵服にあしらわれた調査兵を表すものだった。どうやら兵服から切り取られたそれは、赤く血のような色に塗れており、その中心にはナイフでえぐったような大きな穴が開いていた。

 

 

「先日、私宛の書簡として送られてきたものだ。書簡のなかでは、これがナイフと一緒に入っていた」

 

 

こう、とえぐられた穴に指を入れて、その様を表す。

 

ナイフで一突きにされた自由の翼。

 

 

「宛名は匿名だったが、探ればどうやらラング商会の関係者から送られたものだった。どうやら私はラング商会に狙われているらしい」

 

 

憲兵団にいる友人が親切に忠告してくれたよ、とため息交じりにエルヴィンは言った。

 

なかなか敵の多い人間だろうということは、出会った瞬間から感じていたリヴァイは特に驚くでもなく、そうか、とだけ返した。

 

 

「それと今回の件との関係は?」

 

「私も命が惜しいからな。探りを入れてやろうと思ったんだが、シシィのもとに憲兵団が来ていたのなら、動きづらいと思って出直すことにした。それだけだ」

 

 

壁外に出る死に急ぎが何を言うか、とか、だからといってすぐに帰ることはなかったんじゃないのか、とか色々と思うところはあったが、何より「シシィ」の名にリヴァイは首をひねる。

 

 

「どういう意味だ。シシィ。あの女、何者だ」

 

 

その策士たる分隊長は、地下で見た時と同じような、狡猾さを滲ませながら笑った。

 

 

「あれは、俺の切り札だ」

 

 

女を情報源として利用する男の姿に、リヴァイは苦々しく舌打ちした。やはり敵の多そうな男である。

 

 

「そういえば、明日にはシグリが戻るな」

 

「あ?ああ」

 

「彼女とは、くれぐれも仲良くやってくれよ。これからも君には補佐についてもらう」

 

 

珍しく話が飛ぶ。

 

怪訝に思いながらも、「明日の夜は自室に戻っていいか」と尋ねる。もう体調も万全である。寝込んでいたときならまだしも、健康な状況のなかでシグリの部屋で寝泊まりするのは避けたい、と素直に異議申し立てをすれば、「ダメだ」とあっけなく却下された。

 

 

「……そうだな。同室は明日が最後だ。それからは、扉一枚くらいは挟んでやろう」

 

 

前を向いたまま呟いた男の言葉の意図を、リヴァイが悟るのはそれから数日後のことである。

 

 

 

 

 




『悔いなき選択』のラング商会ってどんなだっけとか、名前あってたっけとか、思うけど、調べず。まあ適当に。

イメージの中のエルヴィンは、ザ・やばくてやばい男。

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