それは愛にも似た、   作:pezo

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第十二章 平穏な日常・酒宴

その冬の終わりに入団してきた新兵は数人いた。そのなかのひとりの女が皆の前で紹介されたとき、調査兵たちは一様に喜びの咆哮をあげた。

 

 

それは、以前、壁外追放になったエルヴィン分隊長の副官であった。

 

 

 

その後、彼女は他の新兵たちとともに一兵卒として任務に就いていたが、春先の壁外調査からは班長として就任した。

 

 

調査から班員の犠牲を出すことなく帰還した後は、以前と同様にエルヴィン分隊長の副官として採用された。

 

 

 

名前は変わったが、それは半年前と変わらぬ光景であった。が、半年前とは大きく状況は異なりつつあった。

 

 

半年前、新兵であったリヴァイは驚愕のスピードで出世を果たし、現在は班長を勤めていた。兵団内の発言権だけで言えば、かなりあり、それこそ副官の彼女よりも強力であった。

 

 

ミケ・ザカリアスやハンジ・ゾエもまた、幹部候補として分隊長付きの仕事のために、エルヴィン分隊から他の分隊にうつった。

 

 

シグリ副官に淡い想いを抱いていた、女癖の悪いエーミールも、班長になり、エルヴィン分隊で優秀な兵士として頭角をあらわしはじめていた。

 

 

 

春になり、少なくはあるがさらに新兵たちも入団した。

 

 

そしてついに次の壁外調査から、エルヴィン分隊長が団長として全体の指揮をとることが決定した。

 

 

キース団長はその日のうちに内地へと向かい、調査から帰還後、エルヴィン新団長率いる調査兵団への任務交代の式が行なわれることになった。

 

 

 

「ついに!我らがエルヴィン・スミスが団長に!!人類はこのとき初めて前進するだろう!!我々自由の翼の未来に、幸あらんことを!!!」

 

 

 

酒を片手に大声で暑苦しく叫んだハンジは、とうにできあがっている。もうすっかり彼女の隣が定着化したモブリットは、酒を飲みながら「あんた酒溢れてますよ!服汚さないように!」と砕けた口調で、相変わらずのオカンぶりを発揮している。

 

 

「それにしても主役たちはいつ来るっていうのかな?ミケ、エルヴィンたちまだ仕事してるの?」

 

 

白い頬を赤らめて言ったのはナナバである。常に中性的な雰囲気をもつ彼女だが、酒を飲むと年若い女性らしさがにじみ出る。彼女の端正な美貌に、エルヴィン分隊の後輩兵士たちはそわそわとしている。誰がナナバの隣に座るか、そんな話もしているようだった。

 

 

無防備な可愛らしいナナバの横に座ったのは、ガタイのいい兵士、ミケだった。ミケが分隊長となれば、おそらく副官になるのはナナバである。未来の部下であるナナバを、そっと守るように隣を陣取ったミケはまさに漢の中の漢であろう。

 

 

「キース団長との打ち合わせが長引いてるみたいだな。副官殿はもう来てるみたいだが」

 

 

酒を注いでまわっている店主、アリスに目配せしてミケが言えば、アリスは困ったように笑った。

 

 

「あの子なら、うちの子のご機嫌とりに今、上に上がってるわ。ごめんなさいね」

 

 

「リザ、だったか?」

 

 

ミケが問えば、ナナバは「シシィとして働いてた時の後輩でしょ?」と尋ねた。アリスは、

 

 

「リザはあの子のこと、大好きだから、ね。まあ、そんなことは置いといて!今日はお店は貸切なんだから、存分に楽しんでちょうだい!!」

 

 

店主のもてなしに、エルヴィンの部下たち調査兵たちは、うおおおおおおと喜びの雄叫びを上げて喜んだ。

 

 

お店の接待役の女性や男性給仕たちも、調査兵たちと共に飲んで遊んでいた。

 

 

 

「ママ。私にもお酒ちょうだい」

 

 

店の奥から声がしてアリスは笑って振り返った。

 

 

「あら噂をすれば新団長の副官殿!早く来なさい!今日はあなたも主役の一人なんだから!」

 

 

「リザはまだ許してくれないみたい……。今日は少し話もしてくれたけど……」

 

 

「もう!リザったらまだヘソ曲げてるのね!シシィが調査兵だったこと隠してたのは仕事のためだって何度も言ってるのに!もういいわ。あなたは今日は気にしないで楽しんで!あの子には私からよく言っておくから!」

 

 

 

言ったアリスも片手に酒の大瓶を掴んでいる。

 

喉を潤すようにそれを仰ぎ飲む姿を見るに、どうやら彼女は女店主から、昔の屈強な調査兵へと戻っているようである。

 

 

心なしか、いつもより声も野太い。

 

 

「おーっと!!シグリぃ、早くこっち来てくれよぉ!この前見かけたあの奇行種のあの子さあ、やっぱり興味深いと思わなーい?だって、ぐげぇ!!」

 

 

ハンジが大きな声を上げて悲壮な悲鳴をあげた。彼女の首に男の腕が回っている。

 

 

「ちょ!リ、ぅ、」

 

 

「クソメガネ。シグリじゃねえだろう。名前間違えるな」

 

 

「リヴァイ兵長!!ハンジさんが死んでしまいます!!」

 

 

ハンジを遠慮なく締め上げていた小男に、モブリットが叫んだ。一方、呼ばれたリヴァイは眉をひそめる。

 

 

「兵長?」

 

 

不機嫌にも聞こえる声に、酔っても真面目なモブリットは、立ち上がり模範的な正しく美しい敬礼をとった。

 

 

 

「失礼いたしました!リヴァイ兵士長!!」

 

 

 

上ずった声に憐れみさえ覚える。

 

 

 

「リヴァイ。いいじゃないか、兵長。そちらの方が兵士長より呼びやすいな」

 

 

いつもより穏やかな声でそう言ったのは、リヴァイと共に遅れて店に入って来たエルヴィンであった。

 

主役の登場に、店内の十数名の兵士たちが一気に脇立つ。

 

 

「エルヴィン団長!!リヴァイ兵長!!」

 

 

新たな役職を与えられた彼らに、調査兵たちは希望をこめて彼らの名を呼んだ。

 

 

鬼才とも言える指揮官、エルヴィン団長。人類の英雄とも言える兵士、リヴァイ兵士長。

 

 

彼らが先頭に立つ新たな調査兵団は、変革の旗印を掲げる。今までのような食われるばかりの人類ではない。そんな期待と高揚感が、兵士たちのなかにあった。

 

 

「我々人類の反撃は今、この二人のもとから始まる!我々の希望の翼に!」

 

 

 

再び暑苦しい賛美をハンジがとなえて、皆一様にグラスを掲げて二人に酒を手渡して笑った。

 

 

 

「カンパイ!!!!」

 

 

 

 

エルヴィン団長が率いる初めての壁外調査の二日前の夜。エルヴィンを支えていた腹心たちが、その場に集って期待に胸を膨らませながら酒を仰いでいた。

 

ある者は、歌を歌い、ある者は今までしなかった未来の約束を口にしていた。

 

 

その場にいたエーミールは、同じ班員の女性の手を握り「結婚しよう!」と言っていたものだから、新たな兵士長はさすがに呆れて口を挟んだ。だが、エーミールは「エルヴィン団長のもとなら、俺たちは死にに出るだけじゃないだろう!!俺だってアルバンみたいにたった一人の女を思って生きたいよお!」と、女と共に死んだ仲間を思って泣きながら叫んだ。

 

 

鼻水混じりのプロポーズに、周りの調査兵たちは大声で笑いながら祝福し、乞われた女もまた、恥ずかしそうに笑って手を握り返したものだから、エーミールはその男前の顔をぐちゃぐちゃにしながら大声で泣いた。

 

 

祝福と笑いが店内を満たす。

 

 

ナナバは、ほわほわとその様子を嬉しそうに眺めて手を叩き、ミケはそんなナナバの様子にすこし意外そうに、彼女を見つめながら酒を飲み続けていた。

 

 

ハンジはそんな祝福の雰囲気は一切歯牙にかけることなく、新団長をつかまえて、巨人捕獲作戦について意気揚々と語っている。

 

 

モブリットはその隣で、酒瓶を胸に抱きしめながら、ハンジの上官への失礼をぼそぼそとたしなめていた。

 

 

アリスが男性給仕にピアノを弾かせて、野太い声でこぶしをきかせながら歌を歌いだしたので、祝福の言葉は未来への賛歌へと変わっていく。

 

 

 

浮かれまくったその雰囲気を、新たな兵士長となったリヴァイは酒を片手に観察していた。黙りこくっているようで、彼はこういう場は嫌いではなく、むしろ好きな方だった。

 

 

兵舎内での仲間内での酒盛りも、ほとんど参加していた。女がいなければ、地下で鍛え上げた猥談を男兵士たちに披露して英雄たらしめられているぐらい、リヴァイはすっかり調査兵だった。

 

 

「……浮かれやがって」

 

 

「滅多にないことだからね」

 

 

答えたのは、彼の近くで座って酒を飲んでいた、団長付きの副官となった女だった。

 

 

以前、シシィという娼婦として同じ席で互いに飲んだ頃からは、想像もしなかった光景に、彼女は嬉しそうに笑った。

 

 

「未来の約束なんてするもんじゃねえと思うがな。死ぬリスクが消えたわけじゃねえだろう」

 

 

プロポーズの成功に感極まって酒を吐き出した情けないエーミールを見ながら、リヴァイは言った。女はその言葉にひそやかに笑った。

 

 

「同意するよ。でも……、きっと彼女は全部受け止める構えだ」

 

 

醜態をさらしまくって笑われているエーミールを、微笑みながら介抱する女兵士は、いつか、アルバンを亡くした壁外調査の帰りに、エーミールがリヴァイに紹介した女だった。あれから、数度の調査を生き延びたらしい。

 

 

「あんな聖母様みたいな女性なんて私は無理だけどさ。あの子のあの表情は、エーミールを生かすためにプロポーズを受けたって感じだね」

 

 

「どういう意味だ」

 

 

「好いた男に生き延びてもらうために、希望を見せてあげるつもりでいるんだよ。絶望的な調査兵団のなかでも、前を見て生きていけるようにね。そのくせ、彼女はその絶望も全部受け止めるつもりでいるんだ」

 

 

副官殿は、「なんてセクシーで魅力的な女性なんだ!」と大仰に芝居染みた表現で笑った。ハンジの影響か、最近この女は酔うと大仰になる。

 

 

「願わくば、彼より先に彼女が死なないように。願うしかできないけどね」

 

 

女は笑った。リヴァイは問う。

 

 

「お前は、結婚を申し込まれたらどうするんだ」

 

 

「は?」

 

 

「お前は未来を誓うのか?」

 

 

純粋な問いだった。女もまた、訝しむようにしたあと、一瞬金色の男に視線をやり、そしてニヤリと笑った。

 

 

「なあに、リヴァイさん。プロポーズしてくれるの?」

 

 

うひひ、と下卑た笑みを浮かべて近寄ってきた彼女に、リヴァイは少々苛立ち、苛立ちついでにその冗談に乗ってやった。

 

 

「だとしたら、受けてくれるのか。お前は」

 

 

周りの調査兵たちはまだ大声で歌っている。

 

そんななか、やけにリヴァイが放った言葉が真剣味を帯びてしまう。女は少し驚いて目を見開いた。冗談だ、と済ませてしまえばそれでもよかったが、この女がどう答えるのか。リヴァイはその答えを知りたかった。

 

 

 

「……未来の約束は、「最後の一矢になるまで」。それだけでいいと思わないか?」

 

 

女は下卑た笑みを引っ込めて、神妙な顔でそう言った。

 

つまり、命尽きるまで、前進しようと。そう言ったのだ。

 

 

その黒曜石の瞳の誓いに、柄にもなくリヴァイは心臓が高鳴った。

 

 

汚いクソの肥溜めから生まれたと自称するリヴァイにとって、そうした高潔さは心の柔らかいところを締め付ける強さを持っていた。

 

 

 

「……誓おう。俺は最後まで一人きりになっても飛んでやる」

 

 

 

告げた誓いに、女は目をキラキラと輝かせて、その酒臭さを身にまとったまま、リヴァイに抱きついてきた。

 

 

「だからこそリヴァイだよ!あぁ、もうっ!!あなたは本当に男前なんだから!!」

 

 

「!!おい、おま、離せ!クセェ!!」

 

 

 

そんな二人の様子を見て、ナナバを始め、他の兵士たちが野次と歓声をあげて二人を茶化した。

 

 

 

 

そんな様子を穏やかに笑いながら見るエルヴィンに、アリスは少しため息をつく。

 

 

「エルヴィン。あなた、あの子ときちんと話した?」

 

 

「ん?うん……いや、特に話すことはないだろう……?」

 

 

歯切れ悪くエルヴィンは酒を飲みながら言う。絡んでくるハンジをたしなめながら、副官を見る視線は優しい。

 

 

「……もう!あなたたちはきちんと話さなきゃダメよ!あの子がなんで戻ってきたのか!あなたがなんであの子を副官に戻したのか!腹を割って話さなきゃ!!」

 

 

「う〜〜ん……まあ、そうかもしれないが……仕事もうまくいってるしなぁ……今更そんな、」

 

 

「ただの部下ならね!でもあんたにとってもあの子は大切な子でしょう!!?ぼやぼやしてるとリヴァイに取られるわよ!!」

 

 

「いや、それこそ祝福すべきことじゃないのか……?」

 

 

 

アリスが「この朴念仁!」と叫んだ声も、調査兵たちの歓声に消されていく。

 

 

 

その日の夜。エルヴィンの腹心の調査兵たちと、アリスたちは朝方近くまで宴会に浸った。

 

 

新団長と新兵士長の就任祝いを冠した宴会は、途中からエーミールとその恋人の結婚のお祝いに代わり、賑やかながらに穏やかな宴会となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あなたも降りてくればよかったのに、リザ」

 

 

調査兵たちが皆帰り、店内に静けさが戻ったとき、朝日が差し込む部屋の中にリザがゆっくりと入ってきた。

 

 

「シシィは?」

 

 

「帰ったわよ。また、明日の壁外調査から戻ったら、リザに会いに来るって」

 

 

 

アリスの答えに、リザは幼い顔を歪めて泣きそうな顔でアリスに抱きついた。まだまだ彼女は、庇護の必要な幼子だった。

 

 

「あなたは本当にシシィが大好きね」

 

 

「そうじゃないもの」

 

 

胸の中で涙をこらえる子どもの頭を撫でながら、アリスは言った。

 

 

「わかってるわ。あなたはシシィに恋してるのよね」

 

 

ピクリと震えた背中をさすってやる。遠慮しなくていいのよ、と彼女に諭す。

 

 

「私もね、調査兵団にいたとき、好きな人がいたわ。でも彼は私のことを仲間だと思っていたし、私も男だった。何度も想いは告げたんだけど、彼は仲間同志の好きと勘違いしててね……。結局、私は迷惑になってはいけないと思って、その気持ちは墓場まで持っていこうと思ったの」

 

 

兵団内での同性同士の恋愛はさして珍しくはない。特に命のやり取りが過酷で、かつ女性兵士の少ない調査兵団ならなおさらだった。それでも、決してそれが表立って主流であったとも言えなかった。アリスは、調査兵として、その言葉に蓋をした過去を想う。

 

 

「後悔してるわ。あの日、彼は巨人に食われて死んでしまった。私も、怪我で戦線を離脱せざるを得なくなった。彼の仇を討つために戦うことも、仲間とともに死ぬことももうできなくなった。彼に想いを告げておけばよかった……今でも思うわ。悔しくて仕方がない……。リザ。あなたにはそんな想いをして欲しくないの」

 

 

 

じっとアリスの話に耳を傾けていたリザが、涙に濡れた瞳で見上げた。

 

 

「シシィがもどれば、しっかり話して想いを告げなさい。調査兵団が好きじゃなくても、シシィのことは好きなのでしょう?」

 

 

リザは少し躊躇った後、しっかりとひとつ頷いた。

 

 

アリスはその小さな体をぎゅっと抱きしめてやる。

 

 

アリスがリザを引き取ってからまだ一年と経たない。父子家庭で育ったリザの父親は、調査兵だった。

 

 

幼い頃から英雄としての誇りをリザに説き続けた父親を、彼女はどんな気持ちで送り出していたのか。

 

 

聞かずともその辛さは、彼女の調査兵嫌いに表れている。

 

「英雄気取りの勘違い野郎」。

 

 

リザが罵りに使う調査兵団への悪口である。

 

 

 

どうか。

 

 

どうか、神様。

 

 

 

 

あの子たちに神の加護があらんことを。どうか、この哀れな女の子の想いびとたちが死地から戻ってきますように。

 

 

 

アリスは窓の外の朝日を見ながら、切に彼らの無事を祈った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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