それは愛にも似た、   作:pezo

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第八章 異邦人 二

 

リヴァイがその執務室の扉を乱暴に開ければ、部屋の主人はのんびりと茶の用意をしていたところだった。

 

 

「リヴァイ。上官の部屋にはノックしてから入れと何度も言っているはずだが」

 

 

「悠長なこと言ってんじゃねえぞ、エルヴィン。これはどういうことだ」

 

 

執務室の主、エルヴィン・スミスは、鬼気迫る表情のリヴァイには答えず、「お前も飲むだろう」とカップをふたつ取り出し、茶会の用意を続けるばかりである。

 

 

リヴァイは舌打ちして、大股で彼の傍へと近づいて、その大男の胸ぐらをつかんだ。身長差はかなりあるはずだが、リヴァイの右腕はエルヴィンの首元を容赦なく締め付けた。金色の分隊長はされるがまま、その青く冷たい眼をリヴァイに注ぐだけで、何も言わない。

 

 

「シグリの退団が正式に受理されたそうじゃねぇか。おかしいだろう。お前、憲兵団が来ても身柄は引き渡さないと言ってなかったか!?」

 

 

連発式散弾銃の設計図。それを持っていたという事実から、シグリ・アーレントに王政への反逆罪の嫌疑がかけられていると知らせたのは憲兵団のナイル・ドークである。あれからすぐにハロルド商会の会長への逮捕状が正式に許可されるまでに、会長は強盗によって殺害された。それから数日とまたず、調査兵団本部にシグリの身柄拘束に訪れた憲兵団。

 

 

しかし、エルヴィン分隊長その人は、その事実を全て知った上で、彼女の身柄を兵団で保護することを取り決めていたはずである。

 

 

話が違う、とリヴァイは殴りかからんとばかりの勢いでエルヴィンに詰め寄る。いや、返答次第では殴ることも辞さないと彼は拳を握りしめた。

 

 

「……ああ。彼女がいなくなったことには私に責任がある。言い訳はしない」

 

 

彼の予想とは異なり、エルヴィンは厳しい表情で非を認めた。少々驚いたリヴァイが黙して固まっているのを見て、エルヴィンは「手を放してくれ。話をしよう」と彼をなだめるように言った。

 

 

 

「まさか彼女が自ら出て行くとは思っていなかった。彼女は決してここを出て行かないと想定していた私の判断ミスだ」

 

 

 

兵団支給の白いポットから紅茶を注ぎながら、エルヴィンは静かに言った。リヴァイからすれば悠長に茶を飲んでいる暇はない、と言いたいところではあるが、「我々ができることは少ない」とエルヴィンは言った。ならば、と焦る気持ちを抑えて、ひとまず話を聞くことをリヴァイは選んだ。

 

 

 

「シグリはお前や調査兵団に迷惑がかからないように、自ら退団したと。その理解でいいんだな」

 

 

「ああ。彼女の目論見通り、朝に来た憲兵団はそのまま帰ったそうだ。実際、キース団長を含め、ほとんどの調査兵にはその居場所もわからない。追及されても何も出ない」

 

 

「あいつの居場所は?お前なら分かるんだろう」

 

 

問えば、金色の男はきっちりと分けられたその前髪をおさえて、俯きながら言った。

 

 

「分かる。お前も予想しているだろう。だが、そこにも長居はできないはずだ。逃げたとしても、この壁の中だ。逃げ切れるはずがない」

 

 

ならばどうなるのか。憲兵団に捕まればどうなるのか。エルヴィンは、「殺されるだけだ」と言った。

 

 

「反逆罪はそれほど重いのか。設計図の保持だけなら、それほど酷な処罰にはならねえんじゃ、」

 

 

「動いているのは表向きの憲兵団とは異なる可能性が高い」

 

 

「表向き?」

 

 

「分からない。しかし、憲兵団の同期が彼らの動きを知らなかった。王政への反逆について、秘密裏のうちに動いている憲兵がいることは前から知っているが……今回もそれが動いている可能性が高い。彼らが動けば、罪状をかけられた人間はほとんど殺される。ハロルド会長の死も、彼らが関わっていると考えられる」

 

 

大きなため息をついて、エルヴィンは言った。

 

 

 

「……ならば、彼女も間違いなく殺される」

 

 

「……よく知った口だな。その物騒な奴らとお知り合いか?」

 

 

秘密裏に動く奴らだと言う割に、まるでその実態を知っているかのような言いぶりにリヴァイは問うた。エルヴィンは、「シグリの件で一度。その前にも一度、奴らとは縁があってな」と自嘲気味に笑った。珍しく、彼の顔に疲労が色濃く乗っている。

 

 

シグリが消えたことについて、彼なりに堪えているようだ、と察したリヴァイの中で、エルヴィンに対する怒りは徐々に鎮火していった。

 

 

「彼女が自分から出て行ってしまった以上、私にできることは限られている」

 

 

机の上に置かれた書類から一枚、紙を取出して、リヴァイに差し出した。それは、一人の女の名前と人生が書かれた簡素な公的文書であった。

 

 

「マリア内地の学校教諭の戸籍を偽装した。それがあれば、なんとか憲兵の目をごまかして少しでも長く生き延びることができるかもしれない。彼女の教養があれば、実際に教師として働くことも不可能じゃないはずだ」

 

 

「……どうあがいても、あいつが兵士に戻れる道はないってわけか」

 

 

「…………ない、わけではないが」

 

 

躊躇って紡ぎ出された言葉に、一瞬リヴァイは瞬いた。なぜ、それを言わないのか。なぜ、それをすぐに実行にうつさないのか。声をあげかけたとき、エルヴィンは珍しく、本当に珍しらしく。リヴァイに己のなすべきことを問うた。

 

 

「俺は、どうすべきだろうか。彼女にとって、調査兵団に戻すことは幸せなことなのだろうか。リヴァイ。お前なら、どうする?」

 

 

「あ?お前、今さら何を……」

 

 

「リヴァイ。彼女がここに来るまでのことを……聞いてくれないか」

 

 

室内は静かだ。遠く、遥かに馬上訓練をしている兵士達の声と馬の駆ける音が聞こえる。リヴァイには、その沈黙が痛いように感じた。

 

 

 

「彼女と出会ったのは、壁外だ。あの日は、雨のひどい壁外調査だった」

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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