それは愛にも似た、   作:pezo

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第六章 拳銃と海 二

調査兵団エルヴィン・スミス分隊長を狙った狙撃事件。すぐさま調査兵達は犯人と思わしき人物を追ったものの、捕縛までにはいたらなかった。

 

その騒動が、まだ冷めやらぬ中。

 

壁外調査の疲れを癒やす間もなく、分隊長たちへの尋問が行なわれた。

 

 

「エルヴィン・スミス分隊長殿。今回の件に関してお心当たりは」

 

 

執務室の中で、初老の男の粘着質な声が詰問する。問われたエルヴィンは、ため息をつきながら、「真面目に仕事をしている調査兵が命を狙われることに心当たりがあるとでも?」と大仰な身振りで答えた。

 

 

執務室のソファに腰掛けたその男の背中には、一角獣があしらわれている。彼の背後には、彼と同年代と見える部下らしき男が二名、控えている。対面のソファに腰掛けるエルヴィンの背後にも、ハンジ班長とシグリ副官、そしてリヴァイの三名が直立不動の姿勢で控えていた。

 

 

「ただ、数ヶ月前に何度か、ラング商会から嫌がらせはあったことは確かです」

 

「ラング商会?」

 

 

エルヴィンの合図により、副官の黒髪の女が執務机から、ローテーブルへとそれらを持ってきた。数本のナイフと切り裂かれた自由の翼の紋章。

 

 

「最近はこんな嫌がらせの書簡も来なくなっていましたので……。今回の件がラング商会かどうかは……」

 

「ああ、君は?」

 

「失礼いたしました。エルヴィン分隊の副官、シグリ・アーレントと申します」

 

「アーレント……?」

 

 

憲兵に説明を始めたシグリに、その初老の兵士は首を傾げた。

 

 

「ギード隊長。それにしても、あなた方中央の憲兵が、こんなに早くシガンシナまで来られるとは……。何か他に別件の用事でも?」

 

 

シグリを下がらせてエルヴィンは問う。執務室のなかには斜陽が深く、差し込んでいる。窓からは、壁の向こうに沈もうとしていた。

 

 

調査兵団の本部へ狙撃があってから、まだそれほど時間は経っていない。シガンシナ区の治安維持も担っている駐屯兵団への報告の後、兵団本部へ来たのは、彼ら王都に配属されている憲兵団であった。

 

 

「ええ。キース団長に。今回の壁外調査とハロルド商会の援助の件について。不正があったという報告を受けたもので」

 

「援助の件で?」

 

 

「まさか!そんなはずはない!ハロルド商会との交渉は、私とリヴァイが担当しましたが、会長とは、」

 

 

「ハンジ」

 

 

エルヴィンの後ろから食らいつくように声を荒げたのはハンジである。身を乗り出して我先にと憲兵へと食いかかる彼女を、隣にいたリヴァイが抑えた。

 

 

「まあ、そちらの調査は後日にすることにしよう。ひとまずは今回の狙撃の件だ。壁に埋まった弾痕と銃弾から、拳銃の持ち主を探ることとなる。あなた方エルヴィン分隊にも協力を仰ぐことこともあるかもしれない。そのときは応じるように」

 

「はい。承知いたしました」

 

 

如才なく答えた分隊長に、ギードという名の初老の男はひとつ頷き、立ち上がって執務室を出ようとしたが、リヴァイの横、最も扉に近い場所で直立している女性の前で立ちどまった。

 

 

「アーレント君といったかな」

 

「はっ」

 

「拳銃を出したまえ」

 

 

男は大きな手のひらを指しだして、彼女を促す。

 

 

「分隊長殿が狙撃された際、副官が拳銃で威嚇して盾になったと言っていたな。副官は君だろう?」

 

 

出せ、と目尻の皺をさらに深めて、男は目を細めながら言った。求めに応じてシグリは懐から、一丁の拳銃を取出して、グリップを男に向けて手渡した。

 

 

グリップを重厚な木で作り上げた、兵団支給の単発式の拳銃だった。憲兵団が持つような大型の拳銃とは異なり、殺傷能力も命中精度も低い代物である。

 

 

「調査兵団は巨人相手ではなかったか?」

 

「私は副官です。分隊長を壁内、壁外問わずお守りすることも任務のひとつです」

 

 

かつりと一つ、男がシグリに近づく。ハンジが少し身じろいだが、リヴァイが静かに制した。

 

 

「君がいた場所から、狙撃犯のいた塀まで、この拳銃では弾が届かんが」

 

「ええ。威嚇の意味しかありませんでした」

 

 

 

対するシグリは、男の執拗な詰問に、強くも丁寧な口調で返している。黒い瞳は、まっすぐに男の眼を睨み付けていた。

 

 

「威嚇のために、身を投げ出して上官を守ったと?」

 

「お言葉ですが」

 

 

黒髪の女は、そのまま一角獣を背負う男を見上げて、己の右拳を心臓へと置いた。敬礼の形をとったまま、

 

 

「我々調査兵団には命の優先順位があります。あの場で最も優先されるべきはエルヴィン・スミス分隊長の命でした。私の行動はその優先順位を守ったまでのこと。壁外での行動と何ら変わることはありません」

 

 

「上官のために死ねると?」

 

 

「人類のために私は死にます」

 

 

 

数秒。

 

部屋の中に差し込む橙色の陽光が、ゆっくりと壁の向こうへと沈みきってしまうほどの時間。男は女性兵士を、女性兵士はその初老の男を見返していた。張り詰めた緊張の糸を先に切ったのは、一角獣の男の方であった。

 

 

「なるほど。さすが壁の外に出る人間はひと味違うというところだな」

 

 

手の中に持った拳銃を彼女へ返し、エルヴィンを振りかえって「長居したな」と挨拶した。

 

 

「そうだ、アーレント君。君、事故には気をつけたまえよ」

 

 

それだけ言って、彼ら中央の憲兵団は執務室を後にした。

 

 

 

 

憲兵団が去って、そのまるで尋問のような調査にまず不平を漏らしたのは、やはりハンジであった。ぼさぼさの頭をさらにかき乱す様は、いつも以上に動作が大きく、錯乱している。彼女はどうにも狙撃があってからかなり機嫌が悪い。

 

 

それは兵団本部への異例の襲撃とそれを許した兵団の甘さに、というよりかは、咄嗟に自分をかばったエルヴィン分隊長その人に向けられているようだった。

 

 

「上官のために死ねるのか、だって?ふざっけんなよあのヒゲ!そんな今更なこと聞いてんじゃねえよ!調査兵団のこと馬鹿にしやがって~~~~」

 

 

エルヴィンはさすがに少し悪いと思っているのか、ハンジをなだめながら、

 

 

「ああ。あの瞬間、私の盾になってくれたシグリには感謝するよ。私を守ろうとしてくれたハンジをおさえてかばってしまった私が、あのとき一番調査兵らしからぬ行動をしたな。反省している」

 

 

と笑った。それぞれへねぎらいの言葉をかけた後、その場を解散とした。壁外調査後の会議は、後日改めて行なうことになった。しかし、

 

 

「リヴァイ。お前は少し残れ」

 

 

シグリとハンジが執務室を出たあとに続こうとしたリヴァイに、そう声をかけた。彼女たちが出て行ったのを確かめてから、リヴァイは扉を閉めて、執務机の前に立つエルヴィンに向う。

 

いつの間にか、部屋の中はすっかりと夜の帳が落ちている。藍色の夜が、窓からしみこんできて、エルヴィンの影を細く伸ばしていた。

 

その金色を夜に染めた男が、机の上のランプにマッチをすって火を入れた。

 

 

「何だ」

 

「いくつか聞きたいことがある。まずひとつは、ハロルド商会の件だ」

 

 

憲兵は「不正があった」と言っていた。それをエルヴィンは問う。ハロルド商会との交渉は、地下街に興味関心を持っていた会長の意向を取り入れて、リヴァイを加わらせていた。それを決めたのはエルヴィンである。キース団長から一任され、人選はエルヴィンが行なっていた。

 

 

「俺が不正を行なったと?」

 

 

やけに薄い色の瞳をさらに細めて、リヴァイが問うた。

 

 

「俺はお前を信頼している。それはないだろう」

 

 

間髪入れずに答えたエルヴィンに、執務室に来てから全く表情を崩さなかったリヴァイが、僅かに驚いたように眼を見開いた。

 

 

「えらい盲信っぷりだな。数ヶ月前に俺を利用してたやつの言葉とは思えねぇな。頭にクソでもつまったか?」

 

 

「信じるさ。そうでなければそもそも仕事を預けたりはしない。しかし、お前が何かしら動いていることは分かっている。聞きたいことはそれだ。……シシィか?」

 

 

ランプの光に、金色の男の横顔が照らされる。リヴァイはそれにうっそりと眼を細めて、「違う」と否定した。エルヴィンは、それにひとつ頷いてから、

 

 

「では、あの設計図については?知っているのだろう?」

 

 

「…………わからない」

 

 

「では、質問を変えよう。あの中身を理解しているか?」

 

 

男は問う。問われた黒髪は、一呼吸置いて、「ああ」と頷いた。

 

 

「さっき、理解した」

 

 

エルヴィンはその答えに満足したようで、何度か一人で頷いた後、「わかった。ありがとう。もう下がって良い」と促した。

 

 

しかし、リヴァイが扉を開けようとしたとき、エルヴィンは思いだしたように声をあげた。男の珍しい感嘆詞のような言葉に、リヴァイが振り向けば、彼は「話しは変わるが」と少し軽い口調で続けた。

 

 

「シシィは元気かい?」

 

 

聞いて、リヴァイは苦々しく舌打ちをした。

 

 

「てめぇも会ってんだろうが。いい加減、その茶番もしめぇにしろハゲが」

 

 

今度こそ、エルヴィンは我が意を得たり、とでもいうかのように頷き、暗い執務室の奥から一本の酒を持ってきた。

 

 

「試して悪かった。今日の調査での君の活躍は素晴らしかった。これは、そのせめてもの礼と詫びだ。シグリとでも飲んでくれ」

 

 

黄色く澄んだ色の葡萄酒であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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