それは愛にも似た、   作:pezo

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第五章 壁外調査 三

 

「リヴァイ!!後ろをやれ!!」

 

 

前方に迫る15メートル級二体を見据えながら、背後にいたリヴァイに叫んだのは、分隊随一の戦力を誇るミケである。リヴァイの視線の先には、10メートル級二体が笑いながら駆けてきている。周囲には、何体か小さな巨人が群れており、それを調査兵が巧みな連携プレーで応戦している。

 

 

応戦可能なのは、その森の中の遺跡の建物が頑強で城のように高く、立体機動の利点を最大限に発揮できる環境であるからだろう。

 

 

――それにしても数が多い。

 

 

後ろでミケが飛ぶ気配がして、リヴァイは振り返らずにトリガーを調整する。目の前に迫った巨人の足の間にアンカーを放って瞬時に背後に回り、一息の間に二体のうなじを削いだ。

 

 

赤くて独特の臭気を放つ血が視界を染め上げるのを見ながら、家屋の屋根に降り立ったとき、ミケが二体目の巨人のうなじを削いだのが視界の隅に映った。

 

 

「シグリ副官!!」

 

「焦るな!ミリア、援護しろ!ハンス、負傷兵と後方で待機!!」

 

 

聞き慣れた名前に思わず振り向いた先で、女性兵士二名が軽やかに飛ぶ姿が目に入った。15メートル級をものともせずに相手をする勇敢な二人の背後。森の影から、何かが飛び出す。

 

 

「森から三体接近してるぞ!」

 

 

叫んだのはミケだったか。15メートル級をしとめた矢先、討伐補佐にまわっていた女性兵士を頭から食いちぎったのは5メートル級の目のでかい気持ち悪いやつだった。ほとんど間をおかずにシグリがうなじを狙うが、さらにその背後から二体、森を出てシグリめがけて走り寄っている。近くにいる他の兵士には目もくれない。

 

 

――奇行種か。

 

 

思ったときには、リヴァイは動いていた。奥の奇行種の身体にアンカーを放ち、移動する間に手前の奴の足の腱を削いでやる。振り返った奥の奇行種の身体を使ってワイヤーの方向を変えれば、難なく背後に回りこめたので、そのまま勢いを殺さずにうなじを削ぐ。高速で巻き取ったワイヤーが腰元の射出機に戻れば、巨人が身体を地面にひれ伏すまえに、腱をそいで動きを止めていた巨人にアンカーを打ち込んで高所より垂直に切り下ろしてやった。

 

 

そのとき視界の隅に認めた3メートル級は、切り下ろす寸前に近くの建物の壁に放ったもう一本のアンカーを巻き取る移動時に削いだ。

 

 

 

数えること十数秒。リヴァイが削いだ巨人たちが倒れて、あらかたその遺跡にいた巨人たちは倒したらしい。生き残った調査兵達の声が森の中にこだましていた。

 

 

「……すごい。ひとりであの数の奇行種を一瞬で……」

 

 

周囲の兵士がリヴァイを遠巻きに息を呑む。当の本人は厳しい顔をそのままに、手についた巨人の血を白くて清潔なハンカチでぬぐっているところだった。

 

 

「ミリア!ミリア!!」

 

 

リヴァイを見ていなかったのは、その黒髪の兵士だけだった。切羽詰まった叫びにリヴァイが振り向けば、それは同じ分隊のアルバン。リヴァイにも隔たりなく接するひょうきんな男であった。

 

ミリア、とは確かアルバンの恋人だったか。先ほど、シグリの補佐にまわって巨人に頭から食われた女だと思いだし、リヴァイは彼に近づいた。

 

 

「アルバン」

 

 

男は、上半身をなくした死体にすがりついて泣いている。兵服が、その両手が、泣き顔が女の血で塗れて混じり合っている。ちぎれてこぼれ落ちた臓物を拾い上げながら、必死に残った下半身に戻そうとする男に、リヴァイは思わず悪寒を感じて足を止めた。

 

 

「アルバン!死にたくなければ立ちなさい!」

 

 

彼の悲しみを切り捨て、男の傍で言ったのは、シグリだった。見たこともないような冷たい双眸で彼と死体を見下ろす様は、まるで冷酷そのものである。

 

 

「し、しかし」

 

「死体の回収はあとだ。遺跡調査を行なう。お前はその間、周囲の索敵に回るはずだろう」

 

「ミリアはあなたを援護して食われたんですよ!!彼女がいなければ、あなたが食われてた!」

 

 

上官に抗する男に、思わずリヴァイは「おい、」と声をかけようとしたが、シグリにそれを視線でとめられた。

 

 

「だからどうした。彼女はもう死んだ。私が生き残っている以上、調査は続行する」

 

「そ……、そんな言い方……。遺跡の調査なんかが一体何の役に立つんだ!こんなに人が死んでも続行する価値はあるのか!!?」

 

 

アルバンが泣きながら叫んだとき、エルヴィン分隊長がシグリを呼ぶ声が耳に届いた。その声に顔をあげたシグリは、彼に一言、「それを決めるのはお前じゃない」と冷たく言い置いて、踵を返した。

 

凄惨な血の匂いにむせかえりそうになったリヴァイが、臓物を抱きしめる男に歩み寄ろうとすれば、女の厳しい声に咎められる。

 

 

「リヴァイ!来い!そいつは捨て置け!」

 

 

リヴァイは舌打ちして。後ろ髪を引かれる思いを残しながら、仕事へと戻った。

 

 

 

 

 

エルヴィン分隊長の副官、シグリの指揮のもと、ハンジ班とエルヴィン、そしてリヴァイの数人は集落の中心にある礼拝堂のような建物へと入っていった。

 

リヴァイが中を確認し、巨人の有無を確認して、それぞれに機具を持って中に入る。

 

 

「ああぁぁ。本当は古城の方も見たかったんだけどなあ!」

 

「ハンジ班長、時間がありません!早く!」

 

 

モブリットに急かされながら、ハンジたちは礼拝堂のなかで計測器を持って建物内の大きさを測り出す。

 

 

その遺跡の中は、ひどく広い空間であった。

 

 

天井は高く、アーチ状に組まれた柱が強固な城のような屋根を支えているらしい。その天井の一角には、何か、絵が描かれている。ところどころはげ落ちているそれや建物の構造は、王都で見るような頑強で壮麗な建物と似通っている。古来の、「宗教」なるものの名残だろうか、とリヴァイが思っていると、シグリがその礼拝堂の前方中央に配置されている立像へと走り寄っていった。

 

彼女の後ろを、エルヴィンと共についていけば、それは女の像である。子供を抱くその姿は、なよやかで優しい表情を残していた。損傷は激しくないらしい。その女が抱く赤子の胸に、十字のモチーフが添えられていた。

 

女の像は壁内でも珍しくはないが、特定されたモチーフがあるのは初めて見る。ただ、リヴァイに学がないだけかもしれないと思いエルヴィンに尋ねると、彼も厳しい顔のまま首を横に振った。

 

 

「二人とも、これは見たことがないんだね」

 

 

振り返って確認するように言ったのは、シグリである。十字のモチーフも、赤子を抱いた女の立像も見たことはない、と短くエルヴィンが答えれば、シグリは思い詰めたような表情で言った。

 

「リヴァイ。これ、ここから外せる?」

 

 

持ち帰ろうというのか。確かに小柄なリヴァイよりさらに小さな立像は、土台となっている石の台座に載せているような簡単な造りである。台座からはずせば、像だけなら可能だと答えれば、「頼むよ」と女は言った。

 

 

「なるべく傷つけないように」

 

 

無茶なことを言う、と思いながら、ブレードを抜いた。女はその隙に脇にかかえた大きな筒状の紙を広げて、石の台座に綴られた古代文字をうつしとっていった。

 

エルヴィンの手も借りて、なんとかその石像を台座からひっぺがすが、やはり無理があったようで、立像の足が砕けてしまった。「すごい力だな」と呟くエルヴィンに舌打ちしながら、自分でもまさか石の像を壊せると思わなかったリヴァイが、それを支えながらシグリに声をかけようとしたとき。

 

 

「シグリ……」

 

 

女は、台座の文字を書き写しながら、静かにその両目から、大きな涙を流していた。ぬぐう間もなく、ぼたぼたと音が出るのでは、というほど大きな涙の粒が、彼女の頬を伝って紙を濡らしていく。

 

 

「おい」

 

「ああ、ありがとう。今度はそれをこの……布にくるもう」

 

 

立ち上がって彼の持つ像に、彼女は手を添えた。地に下ろしてしまえば、それは思いの外小さく、リヴァイとほとんど同じ身長の彼女が抱えてもまだ小さかった。

 

 

「――……ま、」

 

 

何か、かすれた声で彼女が呟いて。その抱えた像をまるで恋人にするかのように、しっかりと抱擁した。涙を流しながら抱きしめる姿は、まるで死に別れた恋人との再会のようでもあった。

 

部下の死にはその瞳の色ひとつ変えなかった女が、今、かび臭い立像を大事そうに抱きしめて涙している。その異様さに、リヴァイは思わず恐怖を感じて言葉をなくしてしまう。得体の知れないものを見るかのような彼の視線に、エルヴィンがリヴァイの肩に手を置いて首を横に振った。

 

 

「シグリ。そろそろ時間だ」

 

 

碧眼の男は表情を崩さず、言いながら懐から出したハンカチを差し出した。彼女は、は、と我に返ったようで、差し出されたハンカチを断りながら乱暴に兵服で顔をふいた後、手際よく立像を布にくるんでリヴァイへと手渡した。

 

 

「あと少し。先に出てくれ」

 

 

立像の背後の棺桶のようなものへ走りより、彼女はさらにメモに何かを走り書きしていく。放り出した台座の文字を記した紙を拾い上げてまとめたのは、ハンジだった。

 

 

「なあ、私の言ったとおりだろう?彼女は常識人の皮を被った変態だ」

 

 

その言葉に、リヴァイは初めてハンジに同意した。

 

 

 

 

 

その後、いくばくもしない間に、巨人が多数襲来したというミケの報告により、遺跡調査は強制的に終わりを迎えた。

 

当初予定していた古城や周囲の建物群の調査はできず、礼拝堂の調査もかなりわずかな箇所しか行なうことができなかった。

 

収穫は、ハンジ班がはかった礼拝堂の大きさと、シグリがとった立像の台座の古代文字。そして、その十字のモチーフがあしらわれた立像だけだった。

 

 

それらの収穫が、人類の糧になったかどうか。それは、誰にも分からなかった。

 

 

 

そして、その調査で死亡した兵士は、全体の四割にも及んだ。

 

 

 

 

 

 

 


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